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日本一時帰国:母との衝突の解決策


父と母がコンビニに出かけて行ったあと、私はキッチンで洗い物を始めた。

そして冷蔵庫にあるものでサラダを作った。

そうやって一人で忙しくしていると、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

それから15分ぐらいして父と母が帰ってきた。

「わざわざ買いに行ってくれてありがとう」

そう言ってご飯を受け取り、それをレンジで温めた。

「子供達、こんなの食べるかなと思って、、、。」

そう言って母はお惣菜やおやつを袋から取り出した。

別室から子供達を呼びみんなでご飯を食べ始めると、子供達は動物園でのことを父と母に競って話し、二人はうれしそうにそれを聞いていた。

ご飯が終わって私が洗い物をしていると、

母が、「今日はおばあちゃんがお風呂に入れてあげるからおいで」と言って、ノッコと風太をお風呂場に連れて行くのが見えた。

それを聞いてノッコは、

「えーっ、おばあちゃんが入れてくれるの? どうして?」

とうれしそうに聞いていた。

洗い物が終わってそうっとお風呂場を覗くと、母が子供達と一緒に入りながら色々お話をしたり、子供達の体を洗ってあげたりしているのが見えた。

お風呂から出て着替え終わったノッコが、私のところへタッタッタッと走って来て「おばあちゃんとお風呂に入ったの。これから毎日おばあちゃんとお風呂に入りたーい!」とうれしそうに言った。

「お母さん、ノッコがおばあちゃんと毎日お風呂に入りたいって言ってるよ。どうする?」

そう聞くと、横にいた風太が、

「僕も〜!」と叫んだ。

すると母は、

「べつにいいわよ」と照れくさそうに答えた。

                          ◇

その晩子供達が寝た後、私はリビングに行って母たちとテレビを見た。

そして折をみて母に、

「今日はご飯のとき、言いすぎちゃって悪かったと思ってるよ。」

と謝った。

するとそばにいた父が、

「いーいんだよ、あんな事ぐらい。お母さんは、あれくらいはっきり言わないと分からない人なんだから。」

と母の代わりに答えた。

「うん、でももっと子供達と接して欲しいなと思っていたのは本当なんだ。だから今日、子供達をお風呂に入れてくれてすごくうれしかった。夕食の片付けがずっと楽だったし、子供達もすごく喜んでたし。」

「あんなことぐらいでいいなら、毎日やるわよ。」

「うん、そうしてくれたら子供達にもお婆ちゃんとのいい思い出ができると思う。」

「そう?」

「そうだよ。」

「ねえお母さん、前から思ってたんだけど、お母さんてもしかして子供があまり好きじゃないんじゃない?」

「そう! そうなのよ! お母さん、別に子供が嫌いっていう訳じゃないんだけど、どう扱ったらいいのか分からないのよ。どうすれば喜ぶとか、そういうの全然わからないの。」

「やっぱりそうだったんだ。」

「だから、さわちゃんがはっきり“こうして欲しい”って言ってくれた方がお母さん楽なのよ。子供達をお風呂に入れて欲しいなら、そう言ってくれれば入れるから。」

「うん、じゃあこれからは何か頼みたい時はきちんと言うようにするよ。」

「そうね、そうしてくれると助かるわ。」

その日から母は、約束した通り夕方になると「ほら、お風呂だよー」と言って子供達をお風呂に入れてくれるようになった。

それは子供達にとってもすごく楽しい思い出になったようで、今でも日本での話をすると「お婆ちゃん=お風呂」というふうになっている。

今でもおばあちゃんのことを「好き」と言ってくれるので、例え一時的に感情的になってしまったとしても、あの時思い切って母に本当の気持ちを吐き出してよかったのかなと思ったりした。

私は誰といる時も、変に気を使いすぎたり遠慮してしまう傾向がある。

だから「こうして」と誰かに頼むより、自分でやってしまうことが多い。

それは家族といる時も変わらないので、あまり一緒にいる時間が長くなるとだんだんストレスが溜まってしまう。

そして今回のように相手にその鬱憤をまとめて吐き出してしまうことがある。

アメリカに住んでいる日本人のお友達は「日本に帰ると母が何でもしてくれるから楽」とか「いらないって言ってるのに子供におもちゃを買ってくれる」などと言っていたし、実際ジョンのお母さんはそんな感じなので、自分でも気付かないうちに母に対してももそんな期待をしていたのだと思う。(実際に実家に帰ったら、当然のようにおもちゃなど何も用意してなかったのだけれど、、。)

私の母は子供を三人も育てているし、同じ母親として子供とどう接したらいいのかなんて当然分かっているものだと思い込んでいた。

けれど確かに自分の小さい頃を振り返ってみても、母が私たちと遊んでくれた思い出などほとんどないし、母はあの頃からどうしたら子供と一緒に楽しむことができるのかなんて全然分かっていなかったのだと思った。

だから、それが分かっている私が「こうしてあげて」とか「こうしてくれる?」と、その都度伝えていかなければいけなかったことにようやく気がついた。

「こうしてくれるもの」と勝手に期待して、そうしてくれないと不機嫌になるより、ちゃんとやって欲しいことを口で言えばいい。

そうすれば、母は案外嫌な顔をせず何でもやってくれたのだ。

それからは私は、母が子供達と遊べるように折り紙をテーブルの上に用意したり、紙粘土を用意しておいたりした。

最初はあまり乗り気でなかった母も、子供達が喜ぶとやはりうれしいらしく、自分からあやとりなどを持ってきて「ノッコちゃんやる?」などと聞いてくれるようになった。

そのお陰で母と子供達の写真がどんどん増えていった。

親子間のコニュニケーションの大切さを改めて痛感した出来事だった。





紙粘土
子供達と紙粘土を作る母。 風太より下手っぴーで子供達に笑われてた。




水遊び
出先から帰ってきて水遊びに参加した母





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Re: No title


鍵コメ「ち」さん、

またまたコメントありがとうございます。

鍵コメさんのお母さまはもう他界なさっていたんですね。
確かにホテルに泊まるのは、日々の家事から解放されて快適ですが少しもの寂しい気もしますよね。
鍵コメさんがお母様の手料理を食べたい、甘えたいと思ってしまう気持ちもよくわかります。
私も少しそういうところがありましたから。

ただ今回の滞在で分かったことは、私が母に甘えたいと思っているのと同じように、母も私に甘えたかったんだなということです。
私たちの滞在中、母はほとんどの家事を私に任せて出かけたりテレビを見たりしていたのですが、近所の人には「娘が全部やってくれるから助かる」と自慢していたようです。
あの時はそんな母にもイライラしてしまったのですが、私が子供達と遊んでくれるおばあちゃんを夢見ていたように、母もこまこまと身の回りのことをしてくれる娘を夢見ていたのかもしれないと今では思います。

毎日の生活を慌ただしく過ごしていると、ふと誰かがそばに来てくれると頼りたくなってしまう気持ちはお互い様だったんだなと思います。
鍵コメさんのおっしゃっているように、ホテルを用意してくれるのも「みんなそれぞれ精一杯考えてしてくれてること」なんだと思います。

今回の滞在では学んだことがたくさんあるので、引き続き書いていきますね。
またよかったら、コメントをください。


Re: No title


鍵コメ「さ」さん、

そうなんですよ! 私は究極の「悟ってちゃん」なんです。
アメリカに来て少しはよくなったんですが、今でもジョンに時々叱られます。
自分で勝手に期待して、その通りにやってくれないと不機嫌になる。
ジョンにとってもこれはすごく面倒くさいようです。(そりゃそうですよね)

日本滞在中は、私もお世話になっている身である以上全て自分でやるべきだと思っていました。
だから「こうして欲しい」ということも中々母に言うことができなかったんだと思います。
けれど本当は心の奥底に「母に甘えたい」という気持ちもあったので、何もやってくれない母についついイライラしてしまったのです。

今回の鍵コメさんの厳しいコメントは真面目に受け止めています。
しかも鍵コメさんのように長いおつきあいのある方は、私のこともよく分かった上で書いてくださっていると思うので、ありがたく読ませていただきました。

ただ今回の件に関しては、「娘と孫が4年ぶりにアメリカから帰ってきたのに、一度も手料理を味あわせてあげないなんて、さわこさんのお母さん信じられない」と思う方もいれば、「小さな子供達とどやどや実家に帰ってきて、そのうえ母親にに何かしてもらおうと思うなんて、さわこさん信じられない」という二つの意見があると思います。
そしてそれはどちらが正しいとかどちらが間違っているというものではなく、ただ単にその人が置かれている環境による価値観の違いなのだと思うのです。

そして更に鍵コメさんと私の違いは、鍵コメさんはご自身のお母さまのことをよく理解しているのに対し、私は母親のことを分かっているようで本当はちゃんと分かっていなかったということです。

私の周りには、ジョンのお母さんを含め「孫大好き!」というおばあちゃんがとても多いです。ジョンのお母さんはバレンタインデー、イースター、誕生日など、季節のイベントごとに子供達にプレゼントを送ってくれるし、クリスマスでこちらに遊びに来る時は、1分でも多くの時間を孫達と過ごそうとしてくれます。ノッコ達の好きそうなゲームを買ってきて一緒に遊んだり、テーマパークに一緒に行ったり、「私たちが子供達を見てるから、ジョンと二人で素敵なディナーでもしてきなさい」と言ってくれたり。そして私の知り合いの中ではどのおばあちゃんもそんな感じで、これが「普通」のように思われています。

そんな義母に甘やかされていた私は、自分の母親にもそんな微かな期待をしていたのだと思います。
だからジョンのお母さんの姿がおばあちゃんのあるべき姿だと思い込んでいた私は、ジョンのお母さんと母親のギャップにとまどい、「どうして?」といつも思っていました。

でもよく考えたら、私の母親は昔から子供が苦手だったんです。子供が大好きで、子供はどんなことが好きなのか、何を求めているのかをちゃんと把握しているジョンのお母さんとは、全く別の人間だったんです。

鍵コメさんは、ご自身のお母様は孫をかわいがるタイプでないことをちゃんと理解していたから、大きな期待もせずその分がっかりすることもなかった。

でも私は勝手に母親に対し淡い幻想を描いて、それが叶わないから一人でがっかりしてしまったのです。

鍵コメさんの言うように、よく世間にある「おじいちゃん、おばあちゃんは孫がかわいくて仕方ない」というイメージは、現実では決して正しいものではないと私も思います。でもそんなイメージに振り回されているのは、小さな子供をもつ私のような親だけでなく、そのおじいちゃんやおばあちゃんもそうだと思うのです。少なくとも私の母は、彼女なりに「孫をかわいがるおばあちゃん」を演じようとしていたと思います。そんな母を見て私もついつい期待してしまったところがあり、それは反省しています。

でも結果的に母は子供達と接するようになって楽しそうだったし、子供達もおばあちゃんが好きになったし(私と母がけんかするまで、子供達はけしておばあちゃんのところに行こうとしなかったのです)、私の家事も楽になったので、個人的には母と話し合えてよかったと思っています。

でも鍵コメさんの意見を聞いて、自分はやはり少し甘えすぎだったのかなと思い直すことができたので、コメント書いてくださった事に感謝しています。

と言ったものの、、、実は母と私の試練はこれだけで終わらず、それどころか更にひどくなってしまったのです。なのでこの後まだいくつかの修羅場が出てきます。(それを聞いたらまた鍵コメさんに叱られそう〜)

それについてはまた少しづつ書いていきますので、引き続きご訪問くださいね!
辛口コメントも大歓迎ですよ!

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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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