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キャンプに行って分かったこと

これは去年の夏頃のお話です。


去年の夏、念願のマーナ家族とのキャンプに行ってきた。

山奥のキャビンを二泊三日借り、そこに二家族が一緒に泊まった。

「マーナ達とキャンプに行くよー」と伝えた時のノッコと風太の喜びよう、そしてその一週間前からのはしゃぎようと言ったら。

「ねえ、私エマと同じ部屋で寝てもいい?」とノッコ。

「風太もルルとバンクベッドで寝たい!」と風太。

「ねえ、キャンプファイヤーもやるの?」

「ジャグジーバスもあるんだよね。イエーイ!」

二人の頭の中は、毎日キャンプのことで一杯のようだった。

もちろん私もジョンもそのキャンプをとても楽しみにしていたし、それはマーナもドリアンも同じようだった。

そしてその週の金曜日、私たちは詰めるだけの荷物を車に詰めて出発した。

三時間かけて予約しておいたキャビンに着くと、すでにマーナ達は先に着いて夕食の準備を始めていた。

そのキャビンには3つの寝室があって、とても大きかった。

その裏庭にはバーベキューができるスペースとジャグジー風呂があって、その先はすぐ森になっていた。

私たちがマーナ達に加わってバーベキューの準備を始めると、子供達は早速ジャグジー風呂に入って大はしゃぎだった。

ご飯を食べた後も子供達はとにかくはしゃぎまくり、夜もなかなか寝ようとしなかった。

特にノッコとエマの部屋からは、いつまでも二人の笑い声が聞こえていた。

次の日も盛りだくさんの予定を次々にこなして、ハイキングをしたり湖で泳いだり、本当に何もかもが楽しかった。

個人的には、去年のような高級リゾート地で過ごすバケーションより、こういったバケーションのほうが合っているのかなと思ったりした。

ところで、今回のキャンプで気がついたことが二つあった。

一つは、私がマーナ達をどれくらい好きかということ。

マーナ達とは今までももちろん仲のいい友達だったけれど、今回3日間を一緒に過ごしてみて彼らがどれくらい気のおけない素敵な人達かということが分かった。

キャビンでの家事分担もどちらからともなく進んでやっていたし、お互いの子供達が問題を起こしても全然気にならなかったし、どんなにおしゃべりしても飽き足らないほどだった。

もっともっとしゃべっていたくて仕方がなかった。

それに以前の記事にも書いた通り、エマの自慰行為のこともマーナが私を信用して相談してくれたことがすごくうれしかった。

彼らとのつきあいはかれこれ10年になるけれど、これだけの時間を一緒に過ごして、それでももっと一緒にいたいと思えるのだから、きっとこれからもずっと大切な友達なのだろうなと思った。

そしてキャンプで気づいたもう一つのことは、

家族以外の人が周りにいるとき、ノッコがどれくらいいい子なのかということ。

キャンプ中の三日間ノッコは一度も癇癪など起こさず、それどころか天使のように穏やかでやさしい子供だった。

誰かがケガをすれば「大丈夫?」と走り寄って行ったり、

キャンプファイヤーで風太の焼いていたマショマロが落ちてしまった時も、すすんで自分の分をあげたり。

逆に普段は優等生で聞き分けのいいエマの方が、何かと文句が多くよく泣いていた。

マーナのデザートの切り方が気に入らないと言っては泣き。

エマより先にルルがジャグジー風呂に入ったと言っては泣き。

本当に小さなことでしょっちゅう泣いていた。

そしてそんなエマを慰めるのはいつもノッコだった。

そんなノッコを見てマーナが、

「エマよりノッコの方がずっと大人だ」と何度も言っていた。

普段のノッコを知っている私には、信じられない発言だったけれど。

家では気が狂ったように癇癪を起こすノッコを見ているので、今回のキャンブでノッコが普段友達といる時にどれくらい自分をコントロールしているのかを初めて見た気がした。

もちろんキャンプが楽しすぎて常に機嫌がよかったせいもあるし、ノッコの癇癪の一番の原因である宿題がなかったので、普段のようにストレスが溜まらなかったのかもしれない。

でも家でのノッコが本当のノッコだとすると、友達といるときのノッコはかなーりがんばっているんだなーと思った。(本人にはその自覚がなさそうだったけれど)

だから彼女は家に帰ってホッとすると、昼間我慢してたストレスが愚図りや癇癪という形ででちゃうのだろうなと思った。

もちろんストレスをそういう形で発散するのはよくない事だし、ノッコにはこれからももっと上手なストレス発散の仕方を教えていくつもりだけれど、でもノッコのストレスがどこから来るのかをちゃんとこの目で見れたのはよかったなと感じた。

今回のキャンプは、マーナ一家がどんなに気の合う友達かということ、ノッコが普段はどんな風にがんばっているのかが分かった点でも行って本当に良かったと思えた。

森林の中で思いっきりリフレッシュし、楽しい思い出を胸いっぱいにしたノッコと風太は、帰りの車の中でぐっすりと眠ってしまった。



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あるコメントを見て思ったこと

先日あるブロガーさんのブログを読んでいたら、ちょっと気になるコメントを見た。

そのブロガーさんはその記事の中でトランプの移民規制の政策を冗談ぽく批判していた。

その記事に対して一人の人が以下のコメントを残した。

トランプさんは不法に入国した人達を排除しようとしているのではないでしょうか。ロンドン在住の者ですが、やみくもに入国しようとしている人達のなんと多いこと! できることには限りがあります。
〇〇さん(ブロガーさんの名前)も知らない人をご自分の家には入れませんよね。 確かにやり方は乱暴で残念ではありますが、根本のところで彼なりに必死でアメリカの貧しい人達を守り、国の安全をまもろうとしているのでは?
一方的に彼を馬鹿よわばりするのもあまり民主的ではないのでは?

はっきり言ってこのコメントを読んだ時、

「この人は何を言ってるんだろう?」と思った。

トランプの経歴や政策、そして彼が各ポジションに起用しようとしている人達の経歴を見れば彼がいかに「貧しい人達を守ろうとしていないか」がすぐに分かると思うのだけれど、、。

なんだかブロガーさんへの態度も不快だったので、よっぽど私も反コメントを載せようかと思った。

けれど やめた。

そんなことしても無駄だと思ったから。

最近私の周りの人を見ていて気がついたのだけれど、トランプ政権について議論をする時、「感情」で討論しようとする人がとても多い。

特にトランプ支持者の間には、彼の政策や行動を分析した上で理論的に話そうとする人があまりいない。

それは当然といえば当然。

トランプが勝利した理由の一つは、正に「政策そのものではなく、国民の感情に訴えた」という点があるから。

彼の政治家としての経験より、彼の政策の内容より、彼が国民に訴えた「怒り」や「不安」「国民として誇り」のようなものが彼を勝たせたようなものだから。

私がそんなトランプサポーター達を見ていて思うのは、

トランプを支持する人達とそうでない人達は、きっと絶対に分かり合えないのだろうな、ということ。

どんなにお互いの意見を述べ合っても、どんなに討論を重ねても、どちらもけして譲歩することができない。

トランプ批判者は自分達の価値観が絶対に正しいと思っているし、トランプサポーターは感情に任せて反論するから。

私はよく「どうしたらトランプを支持する人達の目を覚ますことができるだろう」と思ったりするけれど、同時に、じゃあ自分も彼らに何か言われたからと言ってトランプをサポートできるようになるのか、と言ったら絶対にできない。

だから上記のコメントを書くような人と討論をしても無駄なんだと思った。

私と彼女は、政治観に関してはきっと絶対に分かり合えない。

じゃあ無駄だから何もしなくていいのかと言ったら、やはりそれも違うと思う。

じゃあ、どうしたらいいのか。

一つは、考えた方の違う人達といくら討論してもお互い譲歩できないのだから、もう相手を変えようとするのはやめて、同じ考え方の人達の結束を固くする。

そういう人達と頻繁に会い、意を共にして打開策を考える。

その結果が今国内外で起こっているプロテストやボイコットなんだと思う。

でもこれでは決裂した国民の溝は深まる一方。

アメリカがもっともっと危険な状態に陥る可能性が大きくなってしまう。

そんな時、ふと気がついたことがあった。

それは、

どんな人でも自分が信頼している人、尊敬している人の話は聞き入れやすいということ。

私は、どうしても今の段階ではトランプをサポートすることはできないけれど、ジョンがトランプをサポートするなら、彼の話を聞いてみようとは思える。

それはジョンという人間をよく知っているから。

彼を信頼し、尊敬しているから。

ジョンがいろいろ考えた結果トランプをサポートするというなら、どういう理由でそういう結論に至ったのかを聞きたいと思える。

もちろん現実ではジョンはトランプのサポーターではないけれど、時々トランプ政策の「これとこれは賛成できる」と言うことがある。

どうしてそれらの政策がいいと思うのかを彼が理論立てて説明してくれる時、私も「ああ、そういう考え方もあるんだな」と思ったりする。

だから、

そういうところから広げていけばいいんじゃないかな、と思った。

トランプサポーターの中でも比較的オープンな人と理論立てて討論する。(これにはもちろんある程度の知識が必要)。

その話し合いの中でトランプ批判派もサポート派もお互いに「そうかぁ」と思えるものがあったなら、それだけでいいと思う。

そういう人達から少しずつ「感情でしか討論できない人」に影響が及んでいけばいい。

私たちはやはり人間だから、結局一番大切なのはコミュニケーションなんだと思う。

相手の立場になって考えるきっかけさえ作ってもらえれば、人間はけっこうオープンになれるもの。

今回の移民制限だって、政府の方からもっときちんと「どうして今やらなければいけないのか」「どうして120日なのか」「その120日の間に何を達成しようとしているのか」などをもっと具体的に分かりやすく国民に話してくれたら、その内容によっては今ほど批判する人が多くなかったかもしれない。

その辺がトランプは本当に下手だなーと思う。

もしも相手を変えたかったなら、

まずは自分から意見の合わない人と信頼関係を築こうと努力する。

政治の面では衝突しても、音楽の趣味は合うかもしれない。
その話からその人の人間性が好きになれるかもしれない。

そういうところから始めていけば何かが変わるかもしれない。

世界が危険な方向に動き出そうとしている今、こうした基本的なコミュニケーションの重要さがものすごく問われていると思う。

だからこんな拙い子育てのブログからでも、

何かを発することはできないかなと思い、

子育てと関係のないこの記事を書いてみることにした次第です。




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風太の異父の妹とご対面!

* これは前回のつづきで、去年の夏頃のお話です。


縁組エージェンシーからメールが来てから数週間後の週末、いよいよデビー一家はやってきた。

朝から彼らの訪問を一番に楽しみにしていたのは、もちろん他でもないノッコ。

まだ約束の30分前から、窓のところに行っては「もう来るかなー」とソワソワしていた。

そんなノッコに影響されて、風太も「マダカナー?」なんてソワソワしていた。

ようやく「ピンポーン」というドアの呼び鈴が鳴った時、二人はダダダっとドアの所まで走っていき、「ママ〜! 来たよー!」と叫んだ。

私がドアを開けると、そこにはデビーと旦那さんがニコニコしながら立っていた。

「ハロー」

「いらっしゃい! どうぞ中に入って」

そう言って二人を中に通すと、ちょっと恥ずかしそうな娘のルビーちゃんがデビーの後ろから顔を出した。

「こんにちは、ルビーちゃん」

そう言ってみたけれど、ルビーちゃんは恥ずかしくて答えられない。

そんなルビーちゃんを見て私は、(ノッコも昔はそんな感じだったなー)なんて懐かしくなってしまった。

そして旦那さんの抱えたカーシートの中には、

キョトンとした顔のジューンがすっぽりと入っていた。

「これがジューンね。かわいい!」

私がそう言うと、ノッコも風太もジューンのところに寄ってきて、

「うわー、かわいい!」と言った。

ジューンは顔が本当にまん丸で、お目目もまん丸のかわいい赤ちゃんだった。

写真では風太に似ているような気がしたけれど、実際に会ってみるとそんなに似ていないように見えた。

お父さんが違うとやっぱりこんなに違ってしまうものなのかなーなんて思っていると、ジョンが、「風太が赤ちゃんの頃もこんな目をしてたよ。」と言った。

私は最近の風太を見慣れすぎて、赤ちゃんの頃の顔を忘れてしまっていたのかもしれない。

それからノッコと風太とルビーちゃん三人はおもちゃで遊び始めたので、私たち大人はリビングに座って少し話を始めた。

私がデビー夫婦に一番訊いてみたかったのは、もちろんジューンとの縁組の過程と、オープンアダプションがどうかということ。

そして風太とジューンの産みのお母さんに会ったことがあるかどうか。

けれど会った早々そんな立ち入った話も失礼なので、最初はジューンの育児の話をしばらくしていた。

デビーも旦那さんも本当に気さくな人たちで、私たちの話はどんどん盛り上がっていった。

私はそんな二人がすぐに大好きになった。

それからみんなでランチを食べ、先に食べ終わった子供達がビデオを見始めてから、私はようやくジューンの縁組について訊いてみた。

するとデビーは、ルビーは彼女と旦那さんとの間に産まれた子供だけれど、医師から二人目は難しいと言われていたので養子を考え始めたのだと教えてくれた。

ジェーンの出生の背景はやはり風太の時と同じように、ある日突然エージェンシーの人から電話がきて「病院でもう赤ちゃんは生まれている。もしも縁組をしたかったら、赤ちゃんに会ってみないか」と言われたそうだ。

ジューンの状態は風太の時とほとんど同じで、体内にドラッグの影響が出ていてしばらく入院することになると言われた。デビー夫妻は最初は戸惑ったけれど、一度ジューンに会ってみて、すぐにジューンを養子に迎えることを決意したと言っていた。

それからは週に何回か病院に通いながらジューンが退院するのを待ち、1ヶ月後には家に連れて帰ることができた。

そのあとは今のところ後遺症のようなものは出ていないし、ジューンはいたって健康らしい。

そして、

やはり産みのお母さんとはclosed adoptionで、彼女には一度も会っていないらしい。

うーん、残念。

きっとそうじゃないかなとは思っていたけれど、今回のデビーからの突然の申し入れは、もしかしたら神様が私たちと産みのお母さんを引き合わせてくれるチャンスをくれたのではないかと期待していた私は、やはりがっかり感を隠せなかった。

それでも今回、こうしてデビー一家と交流を持てたことは本当によかったなと思った。

最初はシャイだったルビーも、すぐにノッコと風太に心を開いて三人で仲良く遊べるようになったし、ノッコと風太は競ってジューンを抱っこしたがるほどジューンに首ったけになってしまったし、親同士である私たちもすっかり打ち解けてプライベートな話までできるようになった。

私は普段から「縁組家族同士だから」という枠組みで人間関係を築くのはあまり好きではないけれど、彼らとは友達として、親戚として長く付き合っていけたらいいなと素直に思えた。

「今度は必ずうちに遊びに来て!」

そう言い残して帰って行ったデビーたちからは、クリスマスに素敵なカードとノッコたちへのプレゼントが届いた。

本当にやさしい人達。

天涯孤独だと思っていた風太にとって

やっと繋がった一本の糸。

その糸を、

これからも切れることなく、

細く長く紡いでいきたいなと思う。






風太とジューン
風太とジューンのツーショット
これからも、この二人の成長をやさしく見守っていきたい。



長々と読んでくださってありがとうございました。



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ようやく会えた

* これは前回のお話の続きで、去年の夏頃のお話です。


もうすぐデビー家族とのランチが近づいてきたので、私は彼女にリマインダーのメールを打とうと思い、彼女から最初に来たメールを読み返していた。

すると、最初は気がつかなかったあることに気がついた。

それは彼女からのメールに、風太の産みのお母さんのファーストネームが書いてあったことだった。

(どうしてあの時こんなに大事なことに気がつかなかったんだろう)

私はそんな自分を不思議に思った。

きっとあのメールには色々な人の名前が書いてあったので見過ごしてしまったのかもしれない。

4年前に風太を引き取った時、産みのお母さんとはClosed adoptionだったので、私たちはこの4年間彼女の名前さえも知らなかった。

でも風太の入院していた病院のベッドに産みのお母さんの苗字は書いてあったので、彼女の苗字だけは知っていた。

その苗字で一度インターネットで調べたことがあったけれど、あまりにたくさんのヒットがあったので、結局どの人なのか分からずじまいだった。

けれど今回、デビーのメールにはっきりと産みのお母さんのファーストネームが書いてあった。

しかも彼女の名前はかなり珍しいもの。

その上、その綴りがまた珍しい。

こんなに珍しいファーストネームと、あまり多くないラストネームを組み合わせてグーグルしてみたら、もしかすると、、、。

そう思って私は咄嗟に、グーグルのページを開いて風太の産みのお母さんのフルネームをタイプしてみた。

そしてドキドキしながら「enter」のキーを押した。

すると、そこには五十人ぐらいのリストが出てきた。

それはちょっと多すぎて、一つ一つチェックするのは困難だった。

そこでデビーの住んでいる街の名前を付け足して、更に検索結果をしぼってみた。

けれどぴったり該当する人は誰もいなかった。

今度は縁組のエージェンシーがある街の名前をタイプしてみた。

すると、該当しそうなリンクは3つに絞れた。

(この三つに中にきっと風太の産みのお母さんがいる)

そんな確信に似た感覚を覚えながら、私は最初のリンクをクリックしてみた。

スクリーンに出てきた女性は、どこかの会社のエグゼクティブだった。

風太の産みのお母さんかどうか分からなかったけれど、顔があまり似ていない上に、以前ドラッグ中毒だった産みのお母さんが会社の重役になっているとはやはり思えず、たぶんその人ではないだろうと思った。

そこで次のリンクをクリックしてみた。

今度は高校生のような女の子が写真付きで出てきた。

なので、それも風太の産みのお母さんじゃないと思われた。

(じゃあ、残すはこれだけか、、、)

私は「えい!」と思い切ってその三つ目のリンクを開いてみた。


すると



そこにいたのは、



まぎれもなく



風太の産みのお母さんだった!


大きな建物の前で立っているその写真の中の女性は、

風太の生き写しそのものだった。

顔の輪郭も、鼻の形も、目の大きさも、まつげの長さも、全てが風太とそっくりだった。

まるで風太の女性版がそこにいるかと思うほど。

「あぁぁぁ、、、、」

その写真を見た瞬間、私は思わずそう叫んでしまった。

そして同時に涙がポロポロと目から溢れてきた。

「やっと、、、やっと会えた、、、風太のお母さん。」

あの時の感動は、どう表現したらいいのか今でも分からない。

養子を育てている人なら、きっと分かってもらえるんじゃないかと思う。

いつもいつも「どんな人なんだろう」と想像することしかできなかった人。

そしてきっと一生会うことはないと思っていた人。

その人が今、自分の目の前にいる。

子供とそっくりなその人が。

風太と産みのお母さんがあまりに似ていたことが、その時の私にはどうしようもなくうれしくて、

二人を確実に繋げている「何か」がうれしくて、

ただ、ただ泣くことしかできなかった。

「お母さん、風太は、、あなたの産んだ風太は、元気に育っていますよ。」

そう写真に話しかけた。

以前は風太を出産する寸前までドラッグを吸っていた産みのお母さんを恨んだこともあったけれど、その時はただただ感謝の気持ちしか湧いてこなかった。

「ありがとう。風太を産んでくれてありがとう」

本当にそれだけだった。

そして今すぐ風太を彼女に見せてあげたい衝動に駆られた。

そうすることで、風太はまぎれもなく自分の産んだ子だと彼女に噛み締めて欲しかった。

そしてもう一度風太を愛して欲しかった。

                          ◇

最初に見つけた産みのお母さんの写真から、私は更にもう二つの写真を見つけ出した。

一つは刑務所で撮ったもの。

もう一つは大学で撮ったもの。

刑務所での写真は数年前なので、恐らくそれから更生して大学に通い始めたのかなと思った。

なんて、どこかでそう思いたかっただけかもしれないけれど。

それから彼女のフェイスブックなども探してみたけれど、その3枚の写真以外は何も見つからなかった。

なので彼女の連絡先や彼女が今どうしているのかなどの情報は手にいれることができなかった。

私はとりえあずその3枚の写真を自分のコンピューターに保存しておくことにした。

いつか風太が、産みのお母さんの写真が見たくなった時に見せてあげられるように。

そしてそのサイトをコピーしてジョンにメールした。

するとすぐにジョンから電話がきて、「そっくりだね」と驚いていた。

そして「なんだか今までは本当にいるのかいないのか分からない架空の人物のようだったけど、こうして実際の写真を見ると急に身近に感じるね。」と言った。

私もそんな風に感じていた。

私は、

今日見つけてしまった彼女の顔を、今後忘れることなんてきっとできないと思う。

彼女をまた「架空の人物」に押しやることなんてできない。

それは、

風太を愛しているから。

風太を心から愛おしく思うから、

風太を産んでくれた彼女も愛おしい。


産みのお母さん、

私は、

あなたに会いたい。

いつかあなたに会って、風太がどれくらいスターウォーズが好きなのか、どれくらい泳げるようになったのか、そんなことをぽつりぽつりと話してあげたい。

その時 あなたは

どんな顔をするのでしょうか。



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もう一組の養家族とランチ

* これは昨日の続きで、去年の夏頃のお話です。

風太と(ノッコの)承諾を得られたので、私はエージェンシーの人に私のメールアドレスをそのカップルに渡してもらえるようお願いした。

すると二日ぐらいして、そのカップルからすぐにメールが届いた。

はじめまして、

エージェンシーの方からアドレスをいただいたのでメールをしています。私の名前はデビーです。風太君の産みのお母さんの〇〇さんが生んだ赤ちゃんと縁組をして今主人と育てています。赤ちゃんは今3ヶ月で名前はジューンです。目のクリクリとしたとてもかわいい赤ちゃんです。ジューンには3歳になるルビーというお姉ちゃんがいます。

もしもさわこたちの都合があえば、ぜひ一度お会いしたいと思っています。

ご都合の方を教えてください。

デビー


というような内容だった。

そしてジューンを交えた家族四人の写真が添付されていた。

そこにはやさしそうな白人の旦那さんと、ちょっとコロコロとした黒人のデビー、笑顔のとってもかわいいルビー、そして風太と同じ目をしたジューンの姿があった。

ジューンは風太と同じまんまるの顔をしていたけれど、髪の毛は赤毛だった。風太を養子にもらった時、ソーシャルワーカーの人から産みのお母さんは赤毛だったと聞いていたので、きっとジューンはお母さんの髪の色を受け継いだのだろうと思った。

デビー家族は本当に幸せそうで、見ているとほのぼのしてくるような写真だった。

風太の妹がそんな素敵な家族に引き取られたことが、私にとってもとてもうれしかった。

ジョンと相談して数週間後の週末にデビー家族と一緒にランチをすることにした。

デビーたちは私たちの所から一時間ぐらい離れたところに住んでいたのだけれど、ぜひこの街に遊びに来たいと言っていたので、うちの近くのプレイグラウンドがあるレストランで会うことにした。

けれどそのレストランを予約しようとしたところ、あいにく八月末まで改装工事中でお休みだったので、色々悩んだあげく家に招待することにした。

なぜ家に呼ぶことを躊躇したかというと、ノッコと風太の野生児度が家だと倍増するからだった。

プレイグランドがあればそこで仲良く遊べるのだけれど、家にいるとノッコと風太はすぐにけんかするし、ノッコの癇癪も起こりやすい。

これからお付き合いを続けたいデビー家族を、初対面でビックリさせてしまうことはできるだけ避けたかった。

けれどジョンが「子供達にはビデオを観せておけば大丈夫じゃない?」と言うし、デビーたちにとっても家で食事をした方が赤ちゃんのおむつ換えなどが便利だと思ったので、やはり家に招待することにした。

その旨をデビーに伝えると、

「家だと落ち着いてお話ができるわ。すごくうれしい」と言ってくれた。

そうして私は、自分のカレンダーに彼らとのランチの予定を書き込んだ。

ジューンに会えるのを楽しみにしながら。


つづく



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風太の気持ち

*これは前回の記事のつづきで、去年の夏頃のお話です。


風太の妹を引き取ったカップルが私たちに会いたがっているというメールをもらった日、私とジョンはそのことを風太に伝えてみることにした。

その晩、家族でお夕飯を食べている時、

「そうだ風太、今日珍しい人からメールが来たんだよ。」と切り出してみた。

「グランマ?」

と風太らしい返事。

「ううん、風太の縁組の時、お世話になったエージェンシーの人。」

「知らない。」

「そうだよね、風太はまだ赤ちゃんだったから覚えてないよね。ノッコちゃんは覚えてる?」

「覚えてない。」

「そっかぁ。すっごくお世話になったんだけどな。それでその人が教えてくれたんだけどね、最近風太の産みのお母さんが赤ちゃんを産んだんだって。風太君に妹ができたんだよ。」

「えーっ! やったぁーーーーー!」

と興奮気味に返事をしたのは、

風太ではなく、

ノッコだった。

「すごーい! 風太の産みのお母さん赤ちゃん産んだの? ノッコ会いたーい!その赤ちゃんに会いたーい! ねえ、いつ会えるの? 明日?」

テーブルの上に身体を乗り出して訊くノッコ。

それに比べて妙に落ち着いた様子の風太は、

「でもジェシカ死んじゃったもん」と言った。

「違うよー! ジェシカは私の産みのお母さん。風太の産みのお母さんは別にいるんだよ。そうだよね、パパ?」

「そうだよ。でも風太の産みのお母さんはパパもママも会ったことがないんだけどね。」

「でも赤ちゃんに会う時、産みのお母さんにも会えるんでしょ?」

ノッコが訊いた。

「それがね、その赤ちゃんも別のカップルに引き取られたんだって。ノッコや風太がパパとママに引き取られたように。それでそのカップルが風太にその赤ちゃんを見せたいんだってよ。」

「行く〜行くー! ノッコその赤ちゃんにミルクあげたいー!」

「あはは、その赤ちゃんの新しいママがいいって言ったらね。」

「イエーイ!」

ジョンは風太に視線を移し、

「風太はどうだ? その赤ちゃんに会ってみたいかい?」

「、、、、、」

風太はどう返事したらいいのか分からない様子で、恥ずかしそうに笑っているだけだった。

「もちろん風太も会いたいよね!ノッコと一緒にミルクあげようよ!ねっ?」

思いっきり興奮しているノッコの勢いに押される形で、風太も最後に「うん」と言った。

「本当に会ってみたいの、風太?」

「うん。」

「そう、よかった。本当はパパもママもその赤ちゃんに会ってみたかったのよ。みんなでうーんと楽しい事して遊ぼうね。」

「うん!」

風太は普段からノッコに比べてあまり縁組や産みのお母さんについて話したがらない方だった。

ママにべったりの風太には、もう一人知らないお母さんがいるというのはあまり喜ばしいことでもなかったし、ノッコの産みのお母さんと自分の産みのお母さんが違うということも彼にとっては残念なことの一つのようだった。

だから今回の妹との対面をきっかけに、風太とも気軽にアダプションや産みのお母さんについて話せるようになるといいなと思っていた。

                        ◇

その日の晩、いつものようにベッドの中で風太に読み聞かせをしてあげていると、ふいに風太が、

「I love mama, papa, and Nokko」と言った。

それを聞いてうれしくなった私は、

「I love you too」と言った。

すると風太は甘えるように自分のほっぺを私の肩に押し付けてきた。

そんな風太を見ながら、なんとなく風太の様子がいつもと違うような気がした。

風太は普段から私やジョンに「I love you」と言う事はあったけれど、今みたいに家族全員の名前を並べて「大好き」と言った事はなかった。

そう考えた時、

(もしかして風太は、異父の妹と会った時にそのまま産みのお母さんに引き取られるんじゃないか、私たち家族がバラバラになってしまうんじゃないか、という不安を漠然と抱えているのかもしれない)と思った。

そこで

「ねえ風太、風太はママの子供だよね?」と風太に訊いた。

「うん」

「そうだね。パパとママとノッコと風太は家族だね。」

「うん」

「私たちは何があってもずっと家族だね。そのことを風太はずっと忘れないで。」

「うん」

そう返事してから風太はもう一度

「I love mama」と言った。



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風太に異父の妹が

* これは前回の続きで、去年の夏頃のお話です。


養子縁組のエジェンシーの人から来たメールを読んだ後、私は早速ジョンに電話してみた。

その話を聞いたジョンは、私と同じようにとても驚いたようだった。

「そうかあ、風太に異父兄弟ができたのかぁ」

と、イマイチ実感が湧かない様子。

このブログを長くご覧の方はご存知のように、風太の縁組はノッコのと違ってclosed だったので、私たちは風太の産みのお母さんに会ったことがなかったし、彼女に関する情報もほとんど知らされていなかった。

風太の縁組のお話はこちら

ゆえに私たちの中で風太に血を分けた家族がいるという感覚が薄く、いつも彼は「親も兄弟もいない一人の独立した存在」という感じがしていた。

だからそんな風太に兄弟ができたと聞いても、すぐにはピンとこないのだった。

「風太の妹を引き取ったカップルが私たちに会いたいって。 どうする?」

「さわこはどうしたいの?」

「私はできれば会いたいと思うんだ。ほら、私たちだって以前ノッコの異父兄弟と連絡を取ろうとしたことがあったじゃない。私は基本的に異父兄弟同士が交流を持つことはいいことだと思ってる。風太にとってその赤ちゃんは大切な妹だし、そのカップルと交流を持つことは二人の成長にとってもプラスになることだと思うんだ。」

*まだ記憶されている方もいるかもしれないが、私は以前ジェシカが産んだ男の子を引き取った家族と交流を持とうとして断られた(無視された)という経験がある。

その時の記事はこちら

その時はひどくショックだったの、今回こうしてせっかく向こうから手を伸ばしてくれているのだから、それを喜んで受けたいという思いが強かった。

「そうだね。僕も会ってみたいと思うよ。でも問題は、風太が今回のことをどう受け止めるかということだよね。」

「そうなんだよね。まだ4才になったばかりだし、4才じゃ混乱するよね。」

「うん、風太は自分の兄弟はノッコだけだと思ってるからね、そこへ急に妹ができたって言っても分からないだろうね。」

「じゃあ、もう一度風太に産みのお母さんの話をしっかりしてみて、それでも妹に会いたいかどうか訊いてみる?」

「そうだね、それで会いたいって言ったら、そのカップルに連絡してみることにしようか。」

「じゃあ、子供達が学校から帰ってきたら 話してみる?」

「そうだね、じゃあ。」

ガチャン。

ということで私たちはその晩、風太とノッコが学校から帰ってきたら二人に今回の話をしてみて、風太の反応次第でどうするか決めることにした。

つづく

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人生何が起こるか分からない!

2017年が明けた時、「今年の抱負は、もっと頻繁にブログを更新することです」なーんて書いたくせに、一ヶ月でその抱負は崩れてしまいました。

またまた更新が遅れ気味ですみません。

今日は久しぶりに時間ができたので、近くの喫茶店に来て記事を書くことにしました。

家だとついダラダラしがちですが、外で仕事をすると効率がよくなるのでいいですね。

それでは、これは去年の夏頃のお話です。

(珍しく今回のお話の主人公はノッコではなく風太です。)

そして毎回の記事は短めになります。

                              ◇

ある日いつものようにお茶をいれ、自分の仕事部屋でメールをチェックしていると、懐かしい人からメールが届いていた。

それはノッコと風太の養子縁組をしてくれたエージェンシーの女性からだった。

「すっごい久しぶりだな、なんだろう?」

と思ってメールを開くと、

「さわこ、久しぶり、元気?」という文章に続き、

「実は、風太くんを産んだ産みのお母さんが、数ヶ月前にもう一人赤ちゃんを産んだの。」と書いてあった。

そこまで読んだ私は咄嗟に、

「えーっ! 私たちにその子を引き取らないかという申し出か?」と思い込み、その5秒間の間に色々な考えが頭をよぎったけれど、エージエンシーの人が言いたいのは、そんなことではなかった。

「その産みのお母さんが産んだのは女の子で、ある夫婦とめでたく養子縁組がまとまり引き取られました。さわこたちに引き取ってもらえないかと一度は思ったけれど、病院ですでに生まれてから私のところに連絡がきたので、さわこ達に打診している時間がなかったの。ごめんなさい。」

「今回こうして連絡したのは、その女の子を引き取った夫婦がぜひさわこ一家と会ってみたいと言っているんだけど、さわこの連絡先を渡してもいいかしら。」

というものだった。

私はあまりに意外であまりに突然な内容に戸惑ってしまい、そのメールを読んだ後、頭の中を整理するのにちょっと時間がかかった。

風太の縁組に関しては、私たちの中で「もう終わった」感が強く、将来風太が「産みのお母さんを探したい」と言ってくるまで産みのお母さんのことを考えることはあまりないと思っていた。

ノッコの産みのお母さんであるジェシカとは交流があったので、ノッコの異父兄弟について考えることがあったけれど、風太に異父兄弟がいるかも(もしくは、できるかも)なんて今まで考えたこともなかった。

でも風太にも異父兄弟ができたんだ。

これって、風太にとっては大事件!

ゆえに私たちにとっても大事件!

急に私はことの大きさに気づいて、心臓がドキドキしてきた。

そしてメールを読んでしばらく考えたあと、

「そうだ!ジョンに電話しなくちゃ!」と電話を取って、ジョンのオフィスに電話した。


つづく


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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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