FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

サンクスギビング!


いつもほっぺとほっぺをご訪問いただきありがとうございます。

サンクスギビングの前にもう一つぐらい書きたいことがあったのですが、家の掃除とパーティの準備に追われてどうしても書く時間がとれそうにありません。すみません。

12月に入ると仕事のほうが少し落ち着きますので、またコメント欄もオープンにしたいと思っています。

アメリカ在住の方、どうか楽しいサンクスギビングを!



にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


スポンサーサイト

予想外の展開

*これは半年前のお話です。


毎年夏になるとジョンは長期の海外出張に出てしまう。

最初の二週間ぐらいは、私も子供達もなんとか乗り切ることができる。

そして四週間目ぐらいになると、「ジョンがいなくても結構私たち大丈夫かも?」

なーんて思ってしまうくらいジョンのいない生活に慣れてきてしまう。

それが

五週間目になると、なぜか私の様子がガランと変わる。

一ヶ月を過ぎると自分のキャパを超えてしまうのか、突然何もかもが嫌になってしまうのだ。

子供達の世話をするのも嫌。

家事をするのも嫌。

仕事をするのも嫌。

とにかく子供達からできるだけ長い時間離れていたいと思うようになってしまう。

そしてそんな私の雰囲気を察するのか、子供達は輪をかけて私にベッタリしてくる。

もうすぐ7歳のノッコでさえ、朝起きると「抱っこー!」

「しょうがないなぁ」と抱っこしてあげると、いきなり風太がモモンガ状態で私の背中に飛び乗る。

オッ、オモい、、、。

「もう重いよ、二人とも下りて 下りて」

そう言って二人を引き剥がすと、「私が先だったのにー!」とノッコの癇癪が始まる。

こんな毎日の繰り返しで本当にヘトヘトだった。

そんなある日、いつもに比べて更にハイパー状態の子供たちを見ていた私は、どうしても普段のように二人をお風呂に入れる気になれなかった。

(どうせ「お風呂だよー」って言っても「やだー!」って返ってくるんだろうな)

(そんでなんとかお風呂に入れても、またお湯をかけあったりしてふざけるんだろうな)

(ああ、やだやだ。このまま一人で夜の時間を楽しみたい、、、)

そこで思い切って、その日は二人の育児を放棄することに決めた。

「ねえノッコちゃん」

「なーに、ママ。」

「今日さ、ママすんごい疲れてるの。」

「ふーん。」

「だからさ、今どうしても一人になりたいのね。」

「うん。」

「だからさ、これから風太と二人でなんでも好きなことしていいから、ママを放っておいてくれないかな?」

私はこんな事を言ったら、二人の気持ちを傷つけてしまうことは分かっていた。

いかにも「あなたたちが鬱陶しくて仕方ないの」と面と向かって言っているようなものだったから。

それでもその時は本当に全てがどうでもいいような気がした。

二人が多少傷ついても、もうどうでもいい。

そんな投げやりな気持ちだった。

ところが、

私の言葉を聞いたノッコは、急に目をキラキラさせて意外な返事をした。

「えっ! じゃあ、今日はノッコが仕切っていいの?」

「えっ? 仕切るって、、、。  うん。いいよ。」

「やったー! 今日はノッコが仕切っていいんだー!」

そう言ってうれしそうにジャンプしたノッコは、

「ほら、風太、今日は私の仕切りだからね。私の言う事を聞かなくちゃだめだよ!」

「えーっ!」

風太が面白くなさそうな顔をした。

「そうだよ、風太くん、今日はノッコちゃんがママだから、ちゃんとノッコちゃんの言う事を聞いてね。」

「う、、ん。」

「ほら、風太、じゃあ、まずお風呂だよ。その前に歯磨き。いい?」

「うん。」

「ママは2階に上がってこなくていいからね。ノッコが全部やるから。口出ししちゃダメだよ。 イェーイ!」

そう言って二人は2階に消えていった。

この展開には私もかなりビックリしてしまった。

少しいじわるのつもりで「ママを放っておいて」って言ったのに、ノッコはそれを「仕切っていい」といい方に解釈するなんて。

しかもあんなに張り切って。

ノッコの「仕切り」に多少の不安はあったけれど、それでもそんなノッコの反応に感謝せずにはいられなかった。

たまにはこうして二人を突き放しても大丈夫なんだ。

というか、ノッコはそれをうれしいとさえ感じる年齢になったんだ。

その成長ぶりがちょっとさびしいような、うれしいような。

それから30分。

待てど暮らせど全くお風呂から出てこない二人。

40分ぐらいしてようやく出てきたかと思ったら、床は洪水状態だった。

でもそれは想定内だったから良しとした。

ノッコは風太にパジャマを着せ、ベッドに入ってから子守唄を歌ったりしていた。

でも二人ともはしゃいでいつまでも寝付かれない様子。

しばらくキャーキャー騒いでいたが、9時半ごろパタッと眠りに入ったようだった。

その間に二人がしていた会話:

「ねえ風太、もう寝た?」

「寝てない。」

「風太さ、キンダーガーテンに行ったら何するの?」←風太は2017年から入園予定

「自転車に乗る」

「えーっ! キンダーガーテンに自転車ないよ。ポゴスティクならあるけど」←ホッピングのようなもの

「それさぁ」

「なあに?」

「空飛ぶの?」

ププーッ!

かわいすぎるゾ、風太。



次の日の朝、すっかり充電させてもらった私は気分良く二人を起こすことができた。

ノッコちゃん、風太くん、ありがとね。







Super heroes
スーパーヒーローごっこをする時も、、


Princesses.png
プリンセスごっこをする時も、


いつも二人いっしょ



兄弟っていいですね。


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村



究極のポジティブ思考


*これは今朝のことです。

以前もこのブログに書いたけれど、うちでは子供達の服や靴はいつもused のお店で買っている。

usedと言ってもそのお店は子供服専門店で、わりと知られているメーカーの新品同様なものしか置いていないので、普通のおしゃれなお母さんたちでもけっこう利用している。

それでもやはり私はusedしか買ってあげないことを時々申し訳なく思ったりすることもあるのだけれど、当のノッコと風太は全く気にしていない様子。

もともと物欲のない二人は、「洋服を買ってあげるから一緒に行こう」と言っても「行かなーい」と断ってくる。

それでも昨日は、ノッコの靴が2足とも破れてしまったので買わない訳にはいかなかった。

ついでに風太のスノーブーツも買う必要があった。

早速みんなで車に乗りジョンの運転でそのお店に着くと、子供達はすぐ店内にある遊び場で遊び始めた。

何足かよさそうな靴を選んでノッコに履かせてみたけれど、どれもイマイチ気に入らない様子だった。

でもそのうち「これがいい!」という靴にぶつかった。

けれどノッコが選んだ靴は、そのお店にしてはちょっと古いものだった。

でも作りがとてもしっかりしていたし、ノッコの足にもピッタリだったので購入することにした。

そのお店にいた時は靴にはあまり興味を示さなかったノッコだったけれど、家に着くとすかさず靴を袋から出して眺めたりしていた。

「ママ、ノッコこの靴好き!」

そう言って古い方の靴を履いてみたりしていた。

そして今朝、

「そうだ! 学校に新しい靴履いていこう!」

そう言って張り切って起きたノッコは、すばやく朝の準備を終わらせ、いつもの10分前に車に乗れる状態になっていた。

そして昨日買った靴を履いて、

「わーい! 新しい靴! 新しい靴!」と飛び回っていた。

(どう見ても新しい靴じゃないのに、きっと学校に行ったらみんなに自慢するんだろうな)

朝からなぜか虫の居所が悪かった私は、そんなことを考えていた。

そしてふと、新しい靴とusedの靴の区別さえもつかないノッコが不憫に思えてきてしまった。

別に貧乏という訳じゃないんだから、次は新しい靴ぐらい買ってあげよう。

そんな風に思っていると、急にノッコが

「キャー!」という悲鳴のような声をあげた。

「なっ、なに? ノッコちゃん!」

私がそう聞くと、

「パパ、ママ、見て! このクツ光るの!」

そう言いながら、ノッコが片方の足を「ドンドン」と地面に叩きつけた。

すると確かに靴の脇の部分がピカピカと光った。

「やったー! これ光る靴だったんだー! やったー!」

気が狂ったように走り回るノッコを見ながら、風太も大喜びだった。

「昨日履いた時は気がつかなかったのに。うれしー!」

そう言って、もう片方の足でドンドンと床を踏んでみた。

するとそっちの靴は光らなかった。

「あれー?」

そう言いながら何度もドンドンやってみたけれど、やっぱり光らない。

「きっと片方は壊れちゃってるんだよ」

(Used だから仕方ないよ)と思いながら私がそう言うと、

「違うよ、ママ。これは元々一足しかピカピカしない靴なんだよ。」

「そうなのかなぁ」

「うん!ピカピカする靴だなんて知らないで買ったのに、ノッコって本当にラッキー! 一足だけでもピカピカするなんて、すごいラッキー!」

そう言ってニッコニコしているノッコを見ながら、私は一人でused にこだわっていた自分が急に恥ずかしくなってしまった。

ノッコ本人が全然気にしてないのに、私はブツブツ何にこだわっていたんだろう。

ノッコがこんなに喜んでるんだから、それでいいじゃない。

そう思うことにした。

そして何度も靴をピカピカさせて喜んでいるノッコを見ながら、私は心の中でつぶやいた。

ワタシハ アナタノ ソウイウトコロガ ダイスキ 

ノッコが大好き

にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村



アメリカがよく分からない

あああ、

ショックで、、、

立ち直れない。



昨日の夜ジョンと一緒にテレビで選挙結果を見始めたけれど、ものすごい頭痛に襲われたため、渋々9時半頃一人でベッドに入ってしまった。

けれど選挙の結果が気になっていたせいか今朝4時に目が覚めてしまい、そのまますぐコンピュータに向かって「2016 Election result」とタイプした。

するとまさかの「Donald Trump won the presidency (ドナルドトランプ、大統領に当選)」の文字が!

しばらくその事実を受け入れることができずに呆然。

それから急いで、どの州が共和党を選んだのかを地図でチェックした。

そしてそれを8年前のオバマ当選の時の地図と比較。

もう全然だめだ。

フロリダもオハイオもトランプに取られてる。

あの人がこの国を代表して各国を回るなんて。

あの人にこの国の運命を預けるなんて。

アメリカよ、本当にそれでいいのか。

2000年にブッシュがアルゴアを破って大統領に当選した時も、そして2004年に再当選した時も本当にビックリして、アメリカに対する懐疑心が湧いたけど、今回は本気で自分がこの国に住んでいること、そしてこの国でノッコと風太を育てていくことに不安を覚えた。

それはもちろんトランプという訳のわからない人間のせいもあるけれど、ブッシュやトランプを大統領に選ぼうと思えるこの国の国民に不安を覚えるから。

私は今回の選挙結果を見て、自分がどれくらい井の中の蛙だったのかを思い知った。

「井の中の蛙」という表現は、井戸の中が閉鎖的な環境で井戸の外が望まれる環境となっているけれど、私の場合はその逆。

私はあまりに恵まれた環境の中にいたので、井戸の外にどんな人たちがいるのかが全然分かっていなかった。

アメリカ人のほとんどは自分の周りにいるような、オープンで理論的な人たちだと思っていた。

トランプが大統領になるなんて信じられないと断言する人たち。

でも家の近くを車で走ると、トランプを応援する家がたくさんある。

それは「正常な価値観」を失っている人たち。

普段ニコニコして図書館のドアを開けてくれたり、子供を迎えに行った時にちょっと立ち話をするような人たちが、トランプにこの国を代表して欲しいと思っているなんて。

トランプの持つ人種差別や女性蔑視の価値観を少なからず共有してるなんて。

怖い。

すごく怖いと思う。

「Make America Great Again(昔のように白人男性が崇拝されていた時代に戻そう!)」←私はこういうふうに解釈している

ようやくマイノリティの人たちにとって住みやすくなってきたこの国で、このスローガンに共感する人がこんなにたくさんいるなんて。

なんだか誰を信じていいのかよく分からなくなってしまった。


今回トランプが当選したのは、もちろんヒラリーのせいでもある。

ヒラリーが民主党の代表に選ばれた時、ジョンは「もうこの選挙は終わりだ。ヒラリーではトランプを倒せない」と言っていた。

そして今回の結果を見ても、「バーニーだったら、トランプを倒せていた」と言っていた。

ヒラリー、、、

これだけが知名度あって、あれだけのお金を費やしたのに落選するなんて、「どれくらい不人気なんだ、お前さん」と言いたくなる。

今回の選挙では、もちろん私もジョンもショックを受けているけれど、私たち以上にショックを受けている人がここにいる。

それは、




ノッコ。

昨日ノッコを学校に迎えにいくと、胸に「I voted」という手作りのシールを貼ってた。

あまりにかわいすぎて笑ってしまった私。

「ノッコちゃんは、誰に投票したのかな?」

「もちろんヒラリー!」

「どうして?」

「だってトランプはいじわるなんだもん。大っ嫌い!」

どうやらジョンと私が毎日話しているのを聞いていたらしい。

昨日も「選挙結果が出るまで起きてる!」と言いながら8時半に寝てしまった。

そんなノッコだから、今朝起きてきた時に「トランプが勝ったよ」と言うと、

「えっー! どうしてみんないじわるな人が好きなの?」と聞いてきた。

その質問、私もアメリカ国民全員に投げかけてみたいよ。

3億人も人口があるこの国で、

「どうしてトランプなの?」って。



ジョンには中東出身の親戚が何人かいるし、私たちにはメキシコ出身の友人も何人かいる。

私は彼らの今後をすごく心配している。

そして日本のことも。

トランプはきっと他の国にもたくさんの敵を作ると思うけど、せっかく良好な日米関係までぐちゃぐちゃにするのはやめて欲しいと思う。

日本にいるみなさんも不安な部分が多いと思いますが、今は彼の「次に何をしでかすか分からない」という衝動性がいい方向に働くことを祈るしかないと思います。

この時点ですでに、

2020の選挙が待ちきれない

さわこでした。




にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村

母の日に、、

ノッコが一年生をもう一度繰り返すことになったエピソードを書き終わったので、また半年ぐらい前に戻って当時のことを綴っていきたいと思います。

皆さまどうぞお付き合いくださいませ。

                  ◇

もうすぐ母の日が近づいているある日のことだった。

私は毎年母の日には、日本の母に「おめでとう」と電話し、ジョンのお母さんにはちょっとしたプレゼントとカードを送ることにしていた。

ノッコや風太が絵を描いたり字が書けるようになってからは、二人にも何か描いてもらってそれを同封するようにしていた。

「ねえノッコちゃん、風太くん、もうすぐ母の日だからママはグランマにプレゼントを贈りたいんだ。二人も何かお手紙や絵を書いてくれるかな?」

「うん。」

そう言ってノッコと風太は、早速自分のお手紙用の紙を持ってきた。

以前に比べるとずっと絵も上手に書けるようになってきたし、短い文章なら私が手伝わなくても書けるようになってきたノッコ。

それでもやっぱり絵は5歳児の様なシンプルなもので、単語のスペルも間違いだらけ。

風太もはりきって自分の名前を書こうとしていたけれど、アルファベットが逆さになっちゃうし、文字の順番もぐちゃぐちゃなのでどうしても彼の名前のように見えない。

でもやさしいグランマは、そんな二人の手紙を受け取るといつもうれしそうに「ありがとう」と言ってくれるのだった。

グランマへの手紙を書き終わったノッコは、「あっ、そうだ!」と言って、カバンから何やらゴソゴソと出してきた。

「何それ?」

「日本語学校の宿題。」

「何の宿題?」

「母の日が来るから、お母さんに日本語で手紙書くの。ママ手伝って!」

「だってママのために書く手紙でしょ。じゃあ、自分で考えて書かなくちゃ。」

「ノッコ日本語だと書けないんだもん。ねえ、ママ手伝って!」

「じゃあ、できるところまで自分で書いて、分からなくなったらママが手伝ってあげる。いい?」

私がそう言うとノッコは渋々日本語で「ママへ」と書き始めた。

けれどそのあと鉛筆で消しゴムに穴をあけたり、練習用の紙の角を黒く塗ったりして一向にその先に進むことができなかった。

「ノッコちゃん、ママへって書いたあと何を書きたいの?」

「分かんない。」

「何かママに伝えたいことないの?」

「分かんないー! ねえ、ママ教えて!」

(どうして私宛の手紙を私が考えてあげなくちゃいけないんだ!)と思いながらも、ノッコの日本語能力では日本語で手紙を書けないのは分かっていたので、私は「はい、はい、」と言って手伝ってあげることにした。

「じゃあ、まず何かママにありがとうって言いたいことないの?」

「うーん」

しばらく考えていたノッコは、

「朝、ノッコと一緒に学校まで歩いてくれること」と言った。

「そう? じゃあ、それを書いたらいいんじゃない?」

「日本語で何ていうの?」

「schoolは?」

「学校」

「じゃあ、to walkは?」

「歩く」

「Thank you は?」

「ありがと」

「じゃあ、それを一緒にすると?」

「歩くの学校ありがと?」

(なんじゃ、そりゃ)

「学校まで一緒に歩いてくれてありがとう、だよ。」

私がそう言うと、ノッコはそれを一生懸命紙に書き始めた。

けれどしばらくすると、ノッコは動かしていた鉛筆を止めて急に下を向いてしまった。

「どうしたの、ノッコちゃん?」

私がノッコの顔を覗くと、ノッコはポロポロと涙を流していた。

「どうしたの、ノッコちゃん?」

私はビックリしてもう一度そう訊いてみた。

するとノッコは小さな声で

「I miss Jessica」 と言った。

「ノッコちゃん、、、、」

「ノッコ、ジェシカにもう一度会いたい。もう一度ハグして欲しい。」

そう言ってノッコは涙をぬぐいながらしゃくり上げ始めた。

その時私は、ノッコの中でジェシカという存在が変わり始めていることに気付いた。

今までノッコは、ジェシカが自分の産みのお母さんだということは知っていたけれど、それが一体どういう意味を持つのかよく分かっていなかった。

だからジェシカはママとパパの友人という感じで彼女と接していた。

けれど6歳になったノッコは、本当に漠然とだけれど「血のつながり」というのもが何なのか理解できるようになったのだと思った。

だからジェシカはただの知り合いではなく、自分と血の繋がりのあるかけがえのない人、母親だということが感覚として分かったのだと思った。

それでなかったら、母の日の手紙を書いている時に急にジェシカのことを思い出したりしないだろうと思った。

「ママ、ジェシカ、、死んじゃったの、、ノッコ、ジェシカに会いたい。ヒック、、、もう一度ハグして欲しい。」

ノッコは何度も同じセリフを繰り返しながら、泣きじゃくった。

「じゃあ、ジェシカにもお手紙を書いてあげる?」

そう訊いてみたけれど、ノッコは首を振った。

(これからノッコは一生ジェシカに会うことはできないんだ。)

(母の日に「おめでとう」と言ってあげることもできない。)

ノッコはこれから何度こうやってジェシカを想って涙するのだろう。

そんな事を考えながら、私もジェシカがギューっとしてくれる温かいハグを思い出した。

「ママもジェシカに会いたいよ。」

そう言って私はノッコを抱きしめた。


それ以外にノッコのために何ができるのか、その時の私には分からなかった。


IMG_5131.jpg
ノッコが5歳の時に描いたジェシカの絵
シンプルだけど、温かい


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村

一年生をもう一度やり直してみて思うこと

これは前回の記事の続きです。


今年の9月から、もう一度一年生を繰り返すことになったノッコ。

彼女は今どうしているかというと、

とても楽しく学校に通っています!

新学期になったらクラスに誰も知っているお友達がいないだろうと思ったので、ノッコにもそれとなく心の準備をするように伝えておいた。

けれど学期前に送られてきたクラス名簿を見ると、ノッコがプレスクールに通っていた頃のお友達が二人もノッコのクラスにいた!

担任の先生もカーター先生ではなかったけれど、補修クラスでノッコが知っている先生だった。

それですっかり安心したノッコは、初日もワクワクしながら学校に行くことができた。

グランマに買ってもらった新しい服と靴、新しいバックパックや新しいお弁当箱をもって学校に走っていくノッコからは「また一年生で恥ずかしい」というような態度はどこにもみえなかった。

そして新学期が始まったばかりの頃、ノッコが特別ハッピーだったのには理由があった。

それは「クラスで自分だけ学校のシステムをよく知っている」という優越感だった。

ノッコは学校から帰ってくると「ママ、今日カヤに図書館の使い方を教えたんだよ。」とか「今日ショーンがミルクをもらう場所が分からないっていうから教えてあげたの。」という報告をよくしてくれた。

学校のどこに何があるのか、どうやって使えばいいのかをすでに知っていたノッコは、とたんにクラスの人気者になったらしい。

そしてカフェテリアには、生徒が食べきれなくなったゼリーやフルーツを「自由に持ち帰って下さい」と書かれたプレートにのせるシステムがあるのだけれど、食いしん坊のノッコはそのプレートを漁るのをいつも楽しみにしていた。

なので彼女は、何時頃そのプレートを覗くとおいしいものがあるかなどの秘密までクラスメートに伝授してあげたそうだ。

毎日そんな得意げなノッコを見るのが私も大好きだった。

勉強も最初のころは「すごく簡単」と言っていて、実際もらってくるプリントの答えはほとんど正解ばかりだった。

あれから2ヶ月ちょっと経った今では、すっかり周りの子に追いつかれてしまいあまり余裕がないようだけれど、それでも去年の今頃のノッコを思うと、当時の2倍は勉強が分かるようになっていると思う。

以前遊んでいたお友達との関係も全く問題なく、親友のキラやエマとは今でもしょっちゅう遊んでいる。

そんなノッコを見ていると、自分があんなに気を揉んで色々悩んだことが何だったのだろうと思えてくるほどだった。

そして同時に私は、「学校教育ってなんだろう」とか「学年システムって何だろう」と思ったりするのだった。

それは特に日本の教育システムについて。

学校が、器械体操や水泳教室のようにスキルが身についた子から上のレベルにあがるというシステムにできないのは人数的な問題から理解できる。

でもどうしてレベルの全然違う子供たちを、無理やり一緒に進級させてしまうのかなとも思う。

泳げない子に「泳げ!」と言ってもどうしても泳げないのと同じように、この年齢の子供に「もっと上手に読んでみろ」「この算数の問題を解いてみろ」と言ってもできないものはできないのに。

そういう子はただ、まだそういうことができる準備ができていないだけ、

もうちょっと成長する時間が必要なだけだったりするのに。

一年生ならこれくらい理解できるはず。

7歳ならこれくらいの文章は読めるはず。

そんな計りで彼らをひとくくりにしようとしてしまう。

その「はず」は、いったいどこから来てどんな意味を持つというのだろう。

そしてノッコのように、その「はず」から大きくはずれてしまった子供達は一体どうなるのだろう。

6−7歳の子供の学習のレベルなんてさまざまなのは当たり前で、ノッコのように上の学年にあがっても必ず勉強についていけなくなることが分かっている場合、進級の決断をもっとフレキシブルなものにしてもいいのにと思う。

そうやって子供に基礎をしっかり身につけさせてあげることで、今後の勉強に対する意欲や取り組み方が全然違ってくると思うし。

日本には受験があるから仕方がないのかもしれない。

でも受験という制度がなければ、どれだけ多くの子供達がもっと伸び伸びと勉強できるだろうと思う。

そしてそれによって、どれだけ多くの親が進路のストレスから解放されるだろうと思う。

日本の小学校はすばらしいと思うし、受験制度に利点があることも知っている。

けれどもう少しだけ柔軟さが伴えばもっともっと良くなるのになとも思う。

ノッコのような子供達のためにも、

いつかそうなって欲しいと思わずにいられない。



長々と読んで下さってありがとうございました。



にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村

ノッコに一年生をやり直すことを伝えてみた

これは前回の記事のつづきで、半年前のお話です。


友人のトッドや精神科医のティムと話をして、ノッコが1年生をもう一度繰り返すことにすっかり前向きになった私とジョンは、そのことをノッコにいつ話そうかとそのチャンスを見計らっていた。

けれど自分達からその話を持ち出すことはせず、ノッコが新学期の話をし出すのを待つことにしていた。

なかなか新しい学期に興味を示さなかったノッコだったけれど、夏休みに入ってしばらくすると周りのお友達の影響もあってか、夏休みが終わったあとの話をするようになった。

ある日ノッコが「ノッコ2年生になったら、キラと同じクラスになりたいな」と言った。

キラと言うのは、ノッコが生まれた時から仲良くしている幼馴染。

「そうだね。キラと一緒になれたらいいね。でも2年生に上がる子もいるし、1年生に残る子もいるからねぇ。ノッコちゃんは2年生になりたい?それとも1年生に残りたい?」

「2年生に上がりたい!」

「そうかあ。でも2年生になるともっと宿題が多くなるよ。それでもいいの?」

「えーっ!やだー! じゃあ、ノッコ1年生のままでいい!」

「あはは、そうなの? 1年生に残ると勉強がやさしくなるしね。」

「ノッコ絶対に1年生がいい!」


そんな風に言い切っていたノッコだったけれど、新学期の1ヶ月前ぐらいになるとまた「はやく2年生になりたい」と言うようになった。

理由は、やはりキラと同じクラスになりたいから。

そうかと思うと急に「カーター先生がまたノッコの先生になるのなら1年生がいい」とも言うようになった。

自分の中でもどちらの方がいいのかよく分からない様子だったので、ジョンと相談のうえそろそろノッコに本当のことを知らせることにした。

ノッコに伝える上で一つ私たちが決めたことは、彼女が一年生に残るという決断は私たちが下したものではなく、学校が決めたこととして話すことだった。

ノッコにとってもその方が納得しやすいだろうと考えたからだった。

ある日ノッコが学校から帰ってきておやつを食べている時、私はできるだけ何気ない声で、

「ノッコちゃん、あのね今日カーター先生とお話ししだんだけど、やっぱりノッコちゃんは来年一年生に残るみたいだよ。」と伝えた。

するとノッコは、ほっぺをプクーと大きく膨らまして、

「えっー!」と言った。

「やっぱり2年生に行きたかった?」

「キラと同じクラスになりたかったー!」

「そうだよねぇ。でも一年生のクラスでもきっとたくさんお友達はできるよ。」

「カーター先生がまたノッコの先生になるの?」

「うーん、どうかな。まだ分からないけどたぶんならないと思うよ。同じ先生が同じ生徒の担任になることは少ないからね。でもノッコちゃんの知っているマイヤー先生や、ディビス先生がノッコちゃんの先生になるかもよ。」

「ノッコ、カーター先生がいい。」

「そうだね。ママもカーター先生が大好きだったよ。今度学校に行った時に、ノッコちゃんの新しいクラスに誰がいるのか先生に聞いてみるよ。プレスクールで一緒だったお友達がクラスメートになるかもしれないしね。」

「、、、、。」

「ノッコちゃんの知ってるジェーンも、トッドも、ママも同じ学年を繰り返したけど、勉強がすごく楽になって楽しかったよ。ノッコちゃんも去年勉強したことをもう一度やるから、きっと“なーんだ、かんたーん!”ってなるかもね。」

私はちょっと必死さを込めて、早口にそう言った。

「今度新しくキンダーガーテンから入ってくるお友達は小学校のことよく分からないだろうから、知ってるノッコちゃんが色々教えてあげれば? 算数も分からないって言ったらノッコちゃんが教えてあげればいいじゃない。」

そう話しているうちに、ノッコの表情がだんだん明るくなってきたのが分かった。

「ノッコちゃんも一年生になった時不安でいっぱいだったでしょ。だから今度はノッコちゃんがドキドキしているお友達を助けてあげたら?きっと喜ぶよ。」

「うん。」

ここでノッコは、ようやく自分が一年生を繰り返すことに納得したようだった。

                                   ◇

それから2−3日してジョンが私にあるエピソードを教えてくれた。

それはジョンがノッコをサマースクールに連れて行った時、ノッコのお友達のお母さんとばったり会った時のこと。

そのお母さんが、「ノッコちゃん、カレンが2年生になったらノッコちゃんと同じクラスになりたいって騒いでるのよ。」とノッコに言ったらしい。

するとノッコは「私、2年生に上がらないの。」と答えた。

すかさずそのお母さんは「あら?どうして?」と訊いた。

するとノッコは、「Because I am not ready まだ2年生にあがる準備ができてないから。器械体操でもレベル1だし。」と言ったそうだ。

そのお母さんはとてもいい人だったので状況をすぐに察したらしく、

「カレンはきっとがっかりするだろうけど、でもノッコちゃんにとってきっと楽しい一年になると思うわよ。」と言ってくれたそうだ。

それを聞いて私は、ノッコが学校の進級を習い事のレベルアップと同じように考えていたのだということに気がついた。

ノッコは器械体操や水泳のレッスンを一年近くやっていたけれど、一緒に入ったお友達はみんな次のレベルに上がったのに、一人だけまだ最初のレベルに残っていた。

器械体操では側転と後ろのでんぐり返りがまだ上手にできなかったし、水泳ではバックが上手にできなかったからだった。

なのでノッコの頭の中では、2年生にあがるのも習い事と同じで、自分にある程度のスキルが身についていないと上にあがれないと理解していたようだった。

ノッコは私たちなんかよりずっと理論的に物事を理解していた!

それであまり深く考えず、案外すんなりと留年を受け入れることができたのだ。

そんなノッコを見習って、私もとっても自然にノッコが留年することを周りのお母さんたちに知らせることができた。

そしてそのことでノッコに対する態度を変える人は、誰一人としていなかった。

その経験を通じて私は、一年生を繰り返すことをbig dealにするのもしないのも、結局は大人次第なのだと改めて思った。


つづく


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村

精神科医の先生への質問

* これは前回の記事のつづきで、半年前のお話です。


精神科医の先生に「お母さんのほうから何か質問はありますか?」と訊かれたので、私は以前から気になっていたことをいくつか先生に訊いてみることにした。

「先生は、私がノッコに日本語の勉強をさせることについてどう思われますか?」

ちょっと思いがけない質問だったようで、彼はちょっと驚いた顔をした。

「この間のレポートにも書きましたが、私は家でノッコに日本語で話しかけるようにしているし、毎週土曜日には日本語学校にも通わせています。日本語の読み書きもできるようにさせているので、その勉強にかなりの時間を費やしています。現地校の勉強にさえついていけないノッコに、日本語の勉強まで強いるのはかわいそうなのではないかと時々思うのです。なのでこのさい思い切って日本語の勉強は一旦やめて、英語の読み書きに集中させた方がいいのではないかと思うのですが、先生はどう思われますか?」

私がそう訊くと、先生はしばらく考えてから、

「どうしてお母さんは、ノッコちゃんに日本語の勉強をさせたいのですか?」と訊いた。

「それは、、、もちろん日本にいる私の家族と話せるようになって欲しいとか、将来就職する時にバイリンガルであることが有利に働いて欲しいという希望もあります。でも、、それ以外にも、ノッコに自信をつけて欲しいからという理由もあるんです。学校の勉強が遅れているうえに、習い事でもお友達にどんどん抜かされてしまうノッコは、ちょっと自分に自信がないようなところがあるのです。だから何か他の子にはできない能力をノッコに身につけて欲しいという思いから日本語をやらせています。彼女がどんなに落ち込んだときでも“自分にはこれがある”とちょっと自慢に思えるような能力を与えてあげたかったんです。実際彼女が ”自分は何も上手にできない” としょげている時に、”日本語ができる子はそんなに多くないよ”とか”日本語ができるなんてすごいと思うよ”と言うと、ちょっと気持ちが楽になるようです。」

「そうですか。」

そう言って彼は何度もうなづいた。

「それならいいのではないでしょうか。来年もう一度一年生をやり直すのであれば、時間的に今より余裕が生まれるかもしれませんし。来年の様子を見ながら続けるかどうかを決めていけばいいと思いますよ。バランスさえ保っていれば続けられるのではないですか?」

「そう言っていただけるとうれしいです。やはり私のエゴで日本語をやらせているという部分もありますので。」

「自分の母国語を子供に教えたいと思うことはごく自然なことだと思いますよ。」

「ところで先生は、今度の検査の結果から見てやはりノッコは来年も一年生をやるべきだとお思いですか?」

「そうですね、例えデータの上でノッコちゃんが平均の範囲に入ると言っても、クラスからかなり遅れているのは事実ですからね。もう一度一年生の基礎をやらせることは、今後の勉強に役立つことだと思いますよ。それに3年生になると学生は全員、全国規模の読み書きのテストを受けなければいけないんですよ。そしてその時3年生のスタンダードに達していないと見られた学生は強制的に3年生をもう一度やり直させられるんです。3年生になるとさすがにそれを恥ずかしく思う生徒も出てきますので、それを考えたら今一年生を繰り返させたほうがノッコちゃんのためになると思います。」

「そうですか、、、3年生で。 じゃあ、そうですね、、今繰り返したほうがいいですね。」

「一年生は、いい意味でも悪い意味でも、まだ学校の仕組みがよく分かっていませんからね。」

「そうですね。 、、、、それからもう一つ訊きたかったんですが。」

「何ですか?」

「これからノッコは2年生の年齢で1年生をもう一度やり直す訳ですが、今後の私たちの対策としては、2年生のお友達に追いつくように2年生の教材も少しずつ教えていった方がいいのでしょうか。それとも全くの一年生として去年やった教材だけをやらせていればいいんでしょうか。」

「お母さん、ノッコちゃんは2年生であるべきだったという考えはすっかり捨てて、全くの一年生として扱ってあげたほうがいいと思いますよ。」

「ええ。でも、、、どうしても本来は2年生のはずなのにという思いが頭から離れなくて。」

「その気持ちはよく分かります。でも今度ノッコちゃんが一年生を繰り返す時にお母さんとお父さんが全力ですべきことは、ノッコちゃんに勉強の楽しさを教え直してあげることです。去年よりやさしくなった授業や宿題を通じて、ノッコちゃんに学ぶこと、分かることはこんなに楽しいことだったんだと実感させてあげてください。それによって彼女が身につける自信は一生の宝物になるでしょう。ですからそこで2年生の教材を持ち出してきて、“本来はこれくらいできるはず”とやるのは、けして得策だとは思えません。今のノッコちゃんなら次に入ってくる生徒達よりきっと優位な立場になっていることでしょうから、どうかそれをノッコちゃんと一緒に楽しんであげてください。
どうしたらノッコちゃんが一年生としてこの一年を楽しく過ごせるのか。それをいつも頭におきながら過ごしてあげてください。」

私はこの言葉を聞いた時、(今日この先生と話せて本当によかった)と心から思った。

この人は学校のためとか、自分の立場のためとか、そんなことを気にしながらこの仕事をしている人ではないのだと思った。

自分が担当した生徒にとって、どうすることが一番いいのか。

彼が重点を置いているのは本当にそこだけなんだ。


(ノッコは幸せ者だなぁ。)

私はその時そう思わずにいられなかった。

こんなに制度が行き届いた学校に通い、カーター先生のようなすばらしい担任をもち、ティムのように親身な精神科医に検査してもらえるなんて。

その時、以前友人のトッドが言っていた「こんなすばらしい環境の中で勉強ができるのだから、きっとノッコちゃんは大丈夫だよ」という言葉を思い出した。

(本当にトッドの言う通りだ。)

そのあと私は何の迷いもなく ”一年生留年の申込書” にサインをし、何度もティムにお礼を言って彼のオフィスをあとにした。

なんだかほんわりと温かいような、清々しいような、不思議な気持ちで胸がいっぱいだった。


つづく

*次は、ノッコにこのニュースを伝えた時のおはなしです。


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村

sidetitleプロフィールsidetitle

さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitle管理者ページsidetitle
sidetitle広告sidetitle
sidetitleメールフォームsidetitle

名前:
メール:
件名:
本文:

sidetitle検索フォームsidetitle
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。