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がんばっている駐在員の奥さんたち

最近更新が遅れ気味でスミマセン。
これからはこんな間隔でしか更新できないかもしれませんが、どうぞよろしくお付き合いくださいませ。

今回の記事は、5ヶ月前のお話です。

ある日友人のパーティに家族で参加すると、その中に珍しく日本人の家族がいた。

30代前半ぐらいの旦那さんと奥さん、そして小学校4年生と2年生ぐらいの男の子が二人。

私たちが部屋の方へ入っていくと、パーティのホストが、「ちょっと紹介するわね。こちらはさわこさん家族。こちらは〇〇さん家族よ。」とお互いの家族を紹介してくれた。

するとその奥さんは、「ああ、日本人の方なんですね。よかったぁ」とホッとしたような顔をした。

そのあとソファーに座ってその奥さんと話をしてみると、旦那さんの仕事の関係でこちらに来てまだ3ヶ月も経っていないという。

「それじゃ、こちらの生活に慣れるの大変じゃないですか?」

私がそう聞くと、

「そうなんです。すっごく大変なんです!」

と、その人は首をブンブン振って答えた。

話を聞いてみると、

1、車の運転ができないので一人でどこも行けない。
2、英語が話せないので、子供達が学校に行っている間は一人で家にこもっている。
3、子供達が学校から持って帰ってくる連絡用のプリントを、英和辞書を見ながら一時間ぐらいかけて読む。
4、子供達の学校の先生と会話ができない。(だから子供達には「学校で問題を起こしてもお母さん助けてあげられないから、問題起こさないでね」と言ってあるそう)
5、子供達の宿題を全く手伝ってあげられない。
6、学校のボランティアもできないので、クラス分の鉛筆を削るなどのボランティアで勘弁してもらっている。

など、など。

本当に「お疲れ様です!」と肩を叩いてあげたくなるほどの苦労ぶりだった。

私は今まで駐在でこちらに来ている家族と知り合いになったことがなかったので、正直言って駐在の奥さんたちを誤解していたような部分があった。

自分がいつも貧乏留学生だったので、旦那さんの仕事の都合とはいえ会社のお金でアメリカまで来て、経済的な心配をすることなくアメリカ生活を送っている駐在の奥さんたちが羨ましいような気がしていた。

そして彼らの子供達にとっても、数年アメリカで生活できることは「ラッキー」なことだと信じて疑わなかった。

けれどその奥さんは、突然変わってしまった環境、子供達の問題、孤独な毎日のためにちょっと鬱になりかけていると言っていた。

そしてそんな話をしているうちに、その奥さんの目から涙がこぼれた。

それを見てよっぽど何か力になりたいと思ったけれど、遠くに住んでいる私にできることなど限られている。

なので帰り際に自分の電話番号を彼女に渡し、

「こっちの学校のこととか、分からないことがあったらいつでも連絡して。」

それだけ言って私たちはそのパーティをあとにした。

数日してから友人のマーナにその話をすると、彼女も

「すごく分かる!」と言っていた。

彼女も今年の秋からドリアンについてイタリアとドイツに一年間行かなければいけない。

「言葉もよく分からないところに子供達を連れていくのかと思うと、全然楽しみにできない。」

彼女はそう言っていた。

とても社交的で頭が良くいつも前向きなマーナでさえ、そう思ってしまうことにちょっと驚いた。

だけど確かにそうかもしれない。

今の慣れた環境の中でさえ子供達にイライラしてしまうことが多いのに、更に言葉の通じないところで中々ものごとが進まなかったら余計にイライラしてしまいそう。

しかもそばに相談できる人がいない。

そんな状況の中で前向きにガンガンいける人なんてきっと多くないのかもしれない。

私は以前ニューヨークに住んでいたことがあるのだけれど、当時は大学で勉強している日本人や現地の会社でバリバリ働いている日本人と、駐在で来ている奥さんたちの間にちょっと壁のようなものがあった。

特に現地の会社で働いている女性は、「努力が足りない」と言って駐在の奥さんたちを少し見下しているようなところがあった。

せっかくアメリカに来ているのに英語を勉強しようとしない。
いつも日本人とばかりつるんで、こちらの生活に馴染もうとしない。

そんな事を言っていたと思う。

けれど自分にも子供ができて、そして改めて駐在の奥さんの話を聞いてみた私は、彼女たちが本当はどれくらいがんばっているのかを学んだ気がした。

今日も辞書を片手に一生懸命学校からのプリントを読もうとしているお母さん。

慣れない運転で怖いけど、子供達のために一生懸命運転を覚えようとしているお母さん。

「日本に帰りたい!」そう泣いてみてもやっぱり帰れず、歯を食いしばってがんばっているお母さん。

そんなお母さんたちを心から応援したい。

そんな風に思っていた私は、更にがんばっているお母さんたちの存在を知ることになるのだった。


つづく


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コメントへのお返事です。公開にしてしまってすみません。

昨日書いた「子どもにできて、大人にできないこと」という記事へのコメントをいただき、そのお返事を書いているうちに、(今回の記事にコメントを下さったMarieさんや鍵コメさんのように感じた読者の方が他にもいるかもしれない)と思ったので、失礼とは思いましたがお二人へのお返事をまとめて、しかもこういう記事という形で書く事をお許しください。

まず最初に、戦争に関しては私もお二人と同じように、誰が加害者で誰が被害者か、誰に責任があるのか、などに拘って考えない方がいいと思っています。

ただあの時のノッコとの会話の流れでは、アメリカが日本に爆弾を落とした➡︎日本はただの被害者➡︎でもオバマ大統領は謝らなかった、という図式だけがノッコの頭に残りそうだったので、「日本も悪い事をした」という情報も入れておいた方がいいかなと思ったのです。

確かにアメリカのメディアでは、オバマ大統領がスピーチの中で詫びの言葉を入れるかどうかという点にすごく注目していたので、私も思わずノッコの前で「謝らなかったんだ」と言ってしまいましたが、Marieさんや鍵コメさんがおっしゃるように私も大部分の日本人は彼からの謝罪を求めている訳ではないのではないかなと思っていました。

むしろ日本人、特に被爆なさった方々やその家族の人たちは、アメリカを代表する人の「誠意」が見られればそれで満足しているように感じました。そしてその「誠意」は、オバマ大統領が広島を訪問したという行為自体から感じ取っているように見えました。

広島出身のMarieさんの戦争に対する考え方、そして広島での戦争教育のあり方など、とても興味深く読ませていただきました。

原爆で遺族を亡くされたMarieさんの言葉はとても心強いものがあります。

私は若いころ数年中国に住んでいたことがあるのですが、私のいた中国の大学では毎週のように抗日の映画を学生に見せていました。

私が見ても日本を大嫌いになってしまいそうな、ヒーローと悪者がはっきりした内容の映画です。

だから直接戦争を経験したことのない中国の若者の中には、未だに根強い対日感情があるようです。
(でもたいていの人は、日本政府が嫌いで日本人は好きだといいますが)


ああいう教育の仕方だと、戦争というつらい経験を通じてただ「被害者意識」」「日本への怒り、恨み」という感情しか生まれず、あまり建設的ではないように思いました。

それよりは広島の教育のように「痛みを共有しあい、もう二度と過ちを繰り返さない」という点を強調する方が次の世代のためにもなるような気がします。

Marieさんのおっしゃるように、戦争は善悪やモラルでは判断できない部分がたくさんありますよね。

ただそれでも私は全てを「戦争のせい」にしてしまうことにも少し抵抗を隠せません。

なぜなら、どんな戦争にもそこに至るまでの過程があるからです。

なにが日本を帝国主義に駆り立てたのか、中国のどんな状況が日本の植民地化を許してしまったのか、どうしてアメリカは核開発を行っていたのか。そういった「過程」における私欲、派閥、駆け引きなど。

「だれが悪かったのか」ではなく、「どんな状況がそれを許してしまったのか」を理解しておくことは、次の世代にとってとても大切なことだと思っています。

それは今のアメリカの大統領選を見ていてつくづく思います。

私が今一番恐れているのは、トランプという一人の人間のではなく、それをサポートしている国民なのです。

トランプのような人間をここまでの地位に登らせているのは、国民の中に潜む「怒り」と「不安」です。そして「何かが変わることへの期待」。

そしてそれらの怒りや不安の原因は、往々にして不安定な経済やテロリストによるものが大きいです。

だからそれが「トランプが大統領候補になることを許してしまった状況」に繋がっているのです。

もしも経済の安定している時期にトランプが立候補しても、ここまでサポートは得られなかったのではないかなと思っています。

ちょっと話が逸れましたが、「戦争」という漠然としたものを非難することで、そこに至るまでの状況を見過ごしたり、「戦争だったから仕方がない」と諦めることで「一体誰があの戦争で得をしたのか?」という問題をおざなりにする必要はないと思うのです。

加害者、被害者という意識を捨て、他国を許し、同じ過ちを犯さないように協力していくことはとても大切です。

私も、もちろんそういう教育をノッコや風太にもしていきたいと考えています。

そして更に、物事の本質を見抜こうとする力も彼女たちに養っていって欲しいなと思っています。




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子どもにできて、大人にできないこと

* これは先日のお話です。


ある日ノッコを乗せて器械体操の教室に向かっている時、ラジオからオバマ大統領が広島を訪問しているというニュースが流れた。

なぜか「オ バ マ」という響きが好きなノッコはそれを聞いて、

「ママー、オバマ(呼び捨てだし、、)が日本にいるの?」と訊いてきた。

「そうだよ。ノッコちゃん、オバマって誰だか知ってるの?」

「知らない。」

「アメリカの大統領だよ。」

「大統領ってなに?」

「アメリカのリーダーだよ。」

「。。。」

「その大統領がね、日本に行ったの。」

「おじいちゃん達に会いに?」

「あはは、違う違う。ごめんなさいをしに行ったんだよ。」

「どうして?」

「ノッコちゃんが生まれるずっと前にね、アメリカは日本に大きな爆弾を落としたの。それでたくさんの人が死んだんだよ。」

「それは悪いことだよ、ママ。」

「そうだね。」

「ノッコ、オバマ大っ嫌い!」

「違う違う、オバマ大統領が爆弾を落とした訳じゃないよ。もっとずっと前のこと。」

「どうして爆弾を落としたの?」

「それは日本がとても悪いことをしたからだよ。」

「人を殺したの?」

「そうだよ。日本も中国や韓国に爆弾を落としたり、人をたくさん殺したりしたんだよ。」

「中国に爆弾? はっ! パパ!」(ジョンは現在中国にいる)

「大丈夫。それもずっと前のことだから。パパは安全だよ。」

その時ラジオから「オバマ大統領は侘びの言葉を言わなかった。」という放送が流れた。

「オバマ大統領は謝らなかったんだね、、。」

「ノッコ、オバマ大っ嫌い!」

「あはは、ノッコちゃんは正直だね。 でも、、、すごく難しいことなんだよ。」

「ノッコ、日本に行って謝るよ。」

「ノッコちゃんが? でもノッコちゃん何も悪いことしてないじゃない。」

「風太叩いたから、、」

(ぷっ、かわいい、、)

「そうかあ、、それは確かに謝らないといけないことだね。大人達もノッコちゃんぐらい素直に謝れるといいんだけどね。」

「It’s very easy, mama. (謝るのなんて簡単だよ)」

                       ◇

「アメリカ人は謝らない」というのは日本人には割と知られている文化の一つだと思う。

でもこれは半分当たっていて、半分当たっていないと私は思う。

実はアメリカ人は知り合いにはよく謝る。

人を傷つけてしまった時や、ちょっとした誤解があった時。

少なくとも私の周りのアメリカ人はすぐに謝ってくれる。

でも「謝れよ!」と思うのに謝らない人たちもいる。

それはサービス産業の人たち。

日本の接客は世界に誇れるものがあるのでとても丁寧だし、とにかくすぐ謝ってくれる。

それに慣れていた私はアメリカに来たばかりの頃「どうしてここで謝らないかな?」と思う場面に多く出くわした。

でもアメリカ在住が20年にもなると、そういう文化の違いにも慣れてくる。

だからもう謝ってくれることを期待することもしなくなっていた。

けれど子供ができてから、この「謝らない文化」にけっこうカチンと来ることが多くなったように思う。

例えば先日。

風太の痙攣が最近またひどくなってしまったのでドクターと相談し、毎日飲ませている薬の量を増やすことにした。

けれど薬局の方でその量を増やすのを忘れ、量の少ない瓶を私にくれた。

そのせいで、本当は1ヶ月持つはずの薬が二週間ぐらいで使い終わってしまったので、薬局に追加の薬を取りにいくと「1ヶ月未満なので追加できない」という。

しかも追加するのを渋っているのは保険会社なのだそう。

でもこの薬をあたえるのを急にやめてしまうと風太の脳の働きに影響してしまうので、私もすごすごと引き下がる訳にはいかなかった。

ドクターに電話して確認したり、薬局に電話して問い合わせたりしていると、ようやく自分たちの間違いだったと認め追加分の薬を私にくれた。

けれどその間私の担当をしてくれた薬剤師から一度も「お手数をおかけして申し訳ありませんでした。」という言葉がなかった。

風太の脳に関わる大切な薬なのに。

薬が切れちゃったらどうしよう、とヒヤヒヤしたのに。


そして昨日。

あまりに疲れてお夕飯を準備する気力がなかったので、近くのサンドイッチ屋さんで何か買って帰る事にした。

そのお店には、パンを器代わりにした中にスープが入っているという食べ物があった。

ノッコと風太はその食べ物が大好きで、それが食べたいとクルマの中で大はしゃぎしていた。

ところが、

レジで「ブレッドボールにスープが入っているのを二つお願いします。」と注文すると、思いがけず

「今日はその品はありません。」という返事が返ってきた。

その時レジにいたのは韓国系のアメリカ人。

ニコリともしない。

「えーっ、ないんですか? 子供達がそれを食べるのをすごく楽しみにしてたんですけど。」

「ありません。」

ぜんっぜん、申し訳なさそうじゃない。

「じゃあ、普通のスープを二つください。」

「はい、かしこまりました。」

楽しみにしていた予定が変更になると発狂してしまうノッコ。

しかもそれが食べ物関係だと更にひどくなる。

その場で「ブレッドボールが食べたかったのにー」と泣き出してしまった。

それでもその女性は一言も「申し訳ありません」と言わなかった。

本来メニューにあるものがないためにそれを楽しみにしていた子供をがっかりさせたのだから、それはやはりお店が謝るべきだと私は思ったのだけれど、そのレジの女性は「ないんだから仕方ないでしょ」という態度で少しも悪いと思っていないようだった。

先の例の薬局も、このサンドイッチ屋のレジの女性も、例えお客に迷惑をかけても自分の個人的な責任ではないから謝らないのは分かっていた。

間違った量の薬をくれたのはその時カウンターにいた薬剤師じゃなかったし、ブレッドボールが品切れになったのもそのレジの女性のせいじゃない。

けれどがっかりしている子供を一生懸命なだめている母親の姿を見た時、普通の人間だったら「申し訳ありません」と言いたくなるものではないのだろうか?

一言「申し訳ありません」と謝ることに何の不利益があるのだろう。

各国のリーダーの「ごめんなさい」とレジの女性たちの「ごめんなさい」ではその言葉の持つ意味も重さも全然違う。

だけど、

「申し訳ないと思ったら謝る」

そんな基本的なことは、ノッコの言うように本当はとても簡単なことなのではないのかな、と思った。



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最悪のバレンタインデー 3


みなさん、だいぶ更新が遅れてすみません。今後もちょっとゆっくりめの更新になりますが、どうぞおつきあい下さいませ。

これは前回の記事のつづきで、5ヶ月前のお話です。

                     ◇


パーティ前のSUVのお母さんとの嫌なエピソードや、自分のゲームがうまくいかなかったことでちょっと気を落としていた私。

そんな私を更に落ち込ませてしまうような出来事がパーテイの最後に起こった。



結局パーティの残り時間が余りすぎてしまったので、カーター先生が「じゃあ、バレンタインの劇の練習をしましょう」と提案した。

その劇が何のためのものなのか私にはよく分からなかったのだけれど、別に保護者に見せるための正式なものではなく、ちょっと他のクラスと発表しあうだけのものだったらしい。

その発表が来週あるので、この時間を利用してもう一度練習しておきたいと先生は言っていた。

ノッコからそんな劇の話は全く聞いていなかったので、私は彼女がどんな役をするのかちょっと楽しみだった。

「はい、じゃあ、みんな、教室の前に集まって!」

先生がそう言うと、子供達は教室の前にバタバタと集まってきた。

けれど、

その中にノッコの姿はなかった。

ノッコだけじゃない。

あと4−5人の生徒がノッコと一緒に席に座っているままだった。

(あれ? どうしたんだろう?)

一瞬そう思ったけれど、あとから参加するのかなと思いあまり気にしなかった。

そして劇の練習が始まったので、子供達が立っている方に注意を向けた。

子供達はそれぞれ手に台本を持って、それを時々見ながら自分の台詞を言い始めた。

その様子を見ながら私は唖然としてしまった。

だって小学校一年生とは思えないくらい難しい単語がたくさん入った長い台詞を、みんなスラスラと問題なく言っているのだもの。

しかもただ暗記しているのではなく、ちゃんと台本に書かれた台詞を読んでいた!

(みんなはもう、あんなに難しくて長い文を普通に読めるんだ、、、)

ノッコの宿題だけを見てあげていた私は、時々(ノッコの音読力も一年生にしては悪くないんじゃない?)などと勝手に思っていたけれど、他のクラスメートはもう普通の本を普通に読めるほど読解力がついていたんだ。

その時私は初めて、どうしてノッコや数人の生徒がその劇に参加していないのかが理解できた。

They are not good enough  みんなはこの劇に参加できるほどの力がないんだ。

きっと彼らはこんな長い文章を読むことも覚えることもできないから、足手まといになっちゃうから、だから劇に参加させてもらえないんだ。(のちのノッコの話によると、彼女たちは台本さえも渡されていなかったそうだ)

それにしても、、、、

クラスでやる劇なのに、これはちょっとひどいんじゃないかと私は思った。

例えクオリティーを求める劇だとしても、せめてクラス全員に台詞を与える心遣いぐらいしてもいいのにと思った。

自分の娘が「参加できない組」にいたので、私は特にそう感じてしまったのかもしれない。

本当に短い一文でもいい。

一緒にステージに立たせて、何か台詞を言わせてあげられなかったのかな。

みんなが楽しそうに劇の練習をしている間、ポツンと席に座っているノッコや他の生徒がどんな気持ちでいるか考えられなかったのかな。

どうして自分たちは参加できないのか、そのことに子供達が気付いていないとでも思っているのかな?

私はなんだか泣きたくなってしまった。

なんとも情けないような、ノッコが不憫で仕方がないような、そんな気がして涙が出そうだった。

あんなに子供達のことを、ノッコのことを考えてくれていたカーター先生の裏切り。

その時はそんな風にさえ感じ、どうしてこんな劇のやり方をしたのかとカーター先生を恨んだ。

先生には先生の理由があったのかもしれない。

でも私は結局先生に「どうして?」と聞く勇気もなく、パーティのあと先生とジニーにお礼を言ってそのままノッコと教室を出た。

(なんか最初から最後まで最悪なバレンタインデーパーティだったな、、)

帰りの車の中で私はそう思ってしまった。

クラス役員をやるのがどんなに大変か知っているし、ジニーたちにはとても感謝しているけれど、それでもあの日の私は「もう少し段取りが、、」と思わずにいられなかったし、最後の劇は見ているのが本当に辛かった。

せっかくボランティアをしても、こんな気持ちになってしまうならもう参加しない方がいいんじゃないか。

そんな風にさえ思えた。

でもノッコは「ママが来てくれてうれしかった」と言ってくれたし、ジョンも「気にするな」と言ってくれたので、もうそれ以上はあまり考えないようにしていた。

でもやっぱり、、、

私はきっと、こういうボランティアはもうしないと思う。

その代り来年クラス役員になって、子供達もボランティアのお母さんたちも両方楽しめるパーティを計画していこうかなと思っている。



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更新が遅れます


いつも「ほっぺ と ほっぺ」を読んで下さってありがとうございます。

今シリーズものの途中なのですが、ちょっと急用が入ってしまいなかなか続きを書くことができません。

すみません!

この用事が済み次第、続きを書くつもりですのでよろしくお願いいたします。


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最悪のバレンタインデー 2

*これは昨日の記事のつづきで、5ヶ月前のお話です。


SUVに乗ったお母さんの傲慢な態度にプリプリしながらノッコの教室に入ると、

「ママ〜!」といつものように思いっきり甘えたノッコが走ってきた。

それと同時にノッコのクラスメートも私の周りに集まってきて、

「今日は何のゲームするのー?」と訊いてきた。

もうその笑顔だけで、さっきまでのプンプンはどこへやら、

私はすっかり気分がよくなってしまった。

その時、

「こんにちはー。」

そう言ってクラス役員のジニーと、カーター先生が私の方へ来た。

「今日はわざわざありがとうございます。」

「いえいえ、私も子供達とゲームをするのは好きですから。」

「じゃあ早速だけれど、子供達にスナックを配るので、それを手伝ってもらえますか?」

ジニーがそう言った。

「あっ、はい。でもゲームは、、、。」

「このあと私がクラフトをする予定なので、その前にスナックを食べてしまった方がいいかなと思って。」

ジニーがそう言うと、カーター先生が

「じゃあ、クラスを半分に分けて、最初のグループがゲームをしている間に残りのグループがスナックを食べるようにしたら?」と提案した。

「あっ、でも、、今日やるゲームは、クラス全員が参加するタイプのものなんです、、。」

「ああ、そうなんですか。クラスを半分に分ければ時間がセーブできるかなと思ったんですが。」

「すみません。」

私が謝ると、ジニーがすかさず

「すみません、先生。それ、私も聞いてなかったので」と言った。

私は一瞬「えっ?」と思った。

二日前ぐらいにジニーにはメールでゲームの内容を説明しておいたのに。

(ジニーってもしかして私が思っていたのとちょっと違う人なのかもしれない、、)

その時そんな気がしてしまった。

それからジニーは、

「とりあえずお菓子を配ってしまいましょう。そのあとゲームということで。」

そう言ってスナックやジュースを生徒一人一人の机の上に置き始めた。

それを見た子供達は喜んで自分の席に戻り、そのスナックを食べ始めた。

そして子供達がスナックを食べ始めて5分ぐらいしてからジニーが、

「じゃあさわこ、ゲームを始めてもらえますか?」と訊いた。

「えっ、でも子供達はまだスナックを食べてるから、、、。」

「このあとクラフトもあるから、早めにゲームを終わらせた方がいいかなと思って。」

「ああ、はい、、、、」

仕方なく私は持ってきた荷物を広げ、

「じゃあ、みんなゲームをしますよー。」と大きな声でアナウンスしてみた。

けれど子供達はやっぱりスナックを食べるのに夢中でこちらに来ようとしなかった。

カーター先生が、

「はい、みんなゲームするからね、ノッコちゃんのお母さんのところに集まって。」

そう言ってくれたので、ようやく子供達はモソモソと動き始めた。

けれど私がゲームの説明をしている間も子供達はお菓子を食べに自分の席に戻ったり、お菓子を投げ合って遊んだりしていたので、ほとんどの子が私の話を聞いていなかった。

それでも「やりたい!」という子が二人いたので、その子たちに目隠しをしてゲームを始めた。

その結果は、、、



もうボロボロ。

子供達は自分の席とゲームの場所を行ったり来たりしてとにかく落ち着かず、誰も集中していなかったので応援の声が全く出てこなかった。

なので目隠しをした子たちもそのうち飽きてしまい、「がおーっ」と周りの子を追いかけ始めてしまった。

それを見た私は(こりゃもうダメだ)と思ったので、ジニーに

「なんか子供達が遊び出しちゃったから、もうゲームは終わりでいいですよ。」と言った。

「あらっ、そう? じゃあ、私のクラフトを始めますね。もしも最後に時間が余ったらまたゲームをやってもいいし。」

「そうですね。」

一応「そうですね」とは言ってみたものの、内心は穏やかではなかった。

自分が用意したゲームに5分もかけられなかったし、せっかく買ってきた賞品さえも結局渡せていなかったから。

しかも!

子供達がスナックを食べ終わってからジニーのクラフトをやったはいいけれど、クラフトもものの5分ぐらいで終わってしまい、パーティ終了まで20分も時間が余ってしまったのだ!

さすがにジニーもちょっとまずかったかなと思ったらしく、「またゲームやってもいいですよ」と言ってくれたけど、私は

「いえ、もういいです。」と断った。

何もすることがなくなった子供達は、それぞれ絵を描いたりおいかけっこをして遊び始めた。

ベッキーのお母さんは確かにちょっと変わっていて私はあまりいい印象を持っていないけれど、でもパーティの段取りはとてもきちんとしていた。

ちゃんとゲームのための時間、クラフトのための時間を取って、それが終わってからスナックにしたので子供達もそれぞれのアクティビティに集中できた。

でもジニーは自分のクラフトのための時間を確保することばかり考えて他のアクティビティをおざなりにしたので、段取りがあまりうまくいかなくなってしまったのだと思った。

さっきのSUVのお母さんの態度とうまくいかなかったゲームのせいで、私はすっかり気を落としてしまった。

けれどそんな私に追い討ちをかけるように、もう一つの残念な出来事が起こったのだった。


つづく




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最悪のバレンタインデー

* これは、5ヶ月前のお話です。


ある日、ノッコのクラスのクラス役員のお母さんから「バレンタインズデーパーティのお知らせメール」が届いた。

そしていつものように、

「このパーティのボランティアをして下さる方は、下のリンクをクリックしてサインアップしてください。」と書いてあった。

もちろん私は、

ボランティアなどする気がなかった。

去年のクリスマスパーティでこりごりだったから。

もうベッキーのお母さんと関わるのも嫌だったし、

(私はもう十分貢献した。私がやらなくてもきっと他のお母さんがやってくれる。だから今回は遠慮させてもらおう)

そう考えていた。

それでもやはり気になってボランティアの状況をチェックしてみると、やはり「ゲーム担当」のところだけが空欄になっていた。

子供達がゲームを楽しめないんだと思うとなんとなく心が痛んだけれど、ジョンの「別にさわこがやらなくちゃいけない訳じゃないんだから」という言葉に説得され、ボランティアのことを考えるのは一切やめるようにした。

ところがパーティの数日前になって、もう一人のクラス役員であるジニーから、

「うちの息子が、クリスマスの時にさわこがやってくれたゲームが楽しかったと言っていたので、今回もまたお願いできないかな?」というメールが来た。

えっー、、、。

色々悩んだけれど、「今回ベッキーのお母さんは用事があって参加できないから、もう一人手伝ってくれる人が必要なの」という彼女の言葉に、やはり今回も参加することに決めた。

自分でも一体何やってるんだろうと思う。

でも「子供たちを楽しませたい」という思いは捨てきれず、私はもう一度がんばることにした。

それから前回同様、今回も仕事をそっちのけにしてパーティでどんなゲームをしようかインターネットで調べたりしていた。

そして今回は「ブラインド デート」というゲームをすることにした。

目隠しをした子供二人が、クラスメートの掛け声をもとに相手を探すというゲーム。

自分なりに(これは盛り上がるな)と自負していた。

そこで目隠し、プリンスとプリンセスの衣装、各種の賞品を用意して、パーティに臨んだのだが、、、

その日は、出だしから最悪だった。

ノッコの学校へ車で行ったはいいものの、学校の前の通りは両側に路上駐車している車がいっぱいで停められるスペースが全然なかった。

仕方ないのでその道を右折して少し離れたところに車を停めようと車を運転していると、前方から大きなSUVがこの道に入って来た。

学校の前の道は狭いうえに道路の両側にびっちりと車が停まっていたので、小さい車が2台ギリギリですれちがえるかなというスペースしかなく、私とそのSUVがすれ違うのは完全にアウトだった。

私はその道路の真ん中ぐらいにいて、そのSUVはこの道に入ってきたばかりだったので、その車がちょっとバックしてもと来た道に戻ってくれればお互いがすれ違えた。

それなのに、こともあろうかその車を運転していたお母さんは窓を開けて、

「ちょっと、後ろにさがりなさいよ!」と私に怒鳴った。

そして私に向かって「あっちへ行け」というように手を振った。

思いっ切りカチーンときたけれど、その勢いに思わず面食らってしまったのと、きっとノッコのクラスメートのお母さんだと思ったので渋々彼女の指示に従うことにした。

ギアーをバックにして後ろに下がり始めたけれど、あと50メートルは後ろにさがらないとすれ違えるスペースまで行けない。

私はそんなに運転が上手な方ではないので、路上に停まっているクルマにぶつけてしまうのではないかとヒヤヒヤしながらゆっくりと後ろにさがっていった。

するとそのお母さんは、

「何モタモタしてんのよ。早くしなさいよ」とでもいうように、私の車の前にぴったりとつきながら前進してきた。

すごくイライラしているのが、車の中からでもよく分かった。

ようやく50メートルをバックしてすれ違えるスペースまでくると、そのお母さんはブオーッとすごいエンジンの音をさせてから、キキキーッとタイヤを鳴らして道を曲がって行った。

ものすごーく気分が悪かった。

なんで私が道を譲らないといけないのよ。

そう思った。

私の車は小型車で、あの道でも十分すれ違える大きさだった。

あんな大きな車でこんな狭い道を通ろうとするから通れなかったのに、なんで私に道を譲らせるのよ。

そのお母さんは、すごくおしゃれをしたお金持ちそうな人だった。

こんなポンコツ車に乗ってるアジア人なら強く出てもいいと思ったのだろうか。

あー、やっぱり一言「あんたがさがりなさいよ!」とか「ありがとうぐらい言いなさいよ!」とか言ってやればよかった。

なんかすごく腹たつ!

私は漫画に出てくるサザエさんのように、プンプンしながらノッコの教室に向かった。

つづく



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もう本当にやめて欲しい!

*これは5ヶ月前のお話です。


私は近所の知り合いのお母さんに頼まれて、週に一日だけその人の息子さんを学校から家に送っていた。

その男の子も6歳で小学校一年生だった。

その子は三人兄弟の一番上だけれど、ちょっと幼稚でやんちゃなところがあり、そのせいなのかノッコとはとても気があっていた。

その子のお母さんはフィリピン系の2世で、とても気のいい人。

お父さんはとても大きな人で、今でもホッキーをやっている男っぽい人だった。

ある日いつものようにその子とノッコを学校まで迎えに行き、二人を車に乗せた。

そしていつものように「ロン君、週末はどうだった?」と訊いてみた。

するとロン君は、

「お父さんと銃の練習に行った。」とさりげなく答えた。

私は一瞬耳を疑った。

「えっ? 銃を撃つ練習に行ったの? どこに?」

「そういう場所があって行ってきた。」

「ロン君も撃ったの?」

「うん、おもしろかったよ。」

「そう、、、、。」

まだ6歳のロン君の説明では、彼らが一体どんなところに行って、どんな銃の練習をしたのかがよく分からなかったけれど、でもまだこんな小さな子供をそんなところに連れていくお父さんの気持ちが私にはよく分からなかった。

しかもロン君の話では、彼のお父さんは家の中に銃を置いているという。

それを聞いて私はすぐに、少し前にラジオで聞いた話を思い出した。

それは10歳の男の子が、お父さんがベッドルームに隠しておいた銃を見つけ出し、誤ってそれを発砲したために一緒にいた8歳の妹を殺してしまったという事件だった。

自分のしてしまったことの重大さに気づいた男の子は、すぐに911(日本の110番)に電話した。

その時の録音が今でも残っているけれど、

もう、涙なしに聞けない。

まだ声変わりもしていないその男の子の声が、どうしようもなく切ない。

(その放送はここから聞けます。)

http://www.npr.org/2016/02/05/465465204/gone-with-a-gunshot-his-little-sister-remains-eternally-8


そのあと思春期に入った男の子はかなり荒れた生活を送ったようだけれど、結婚し子供ができてから変わったという。

36才になった今、ようやくその時のことを話せるようになったと言っていた。




私は想像してみた。

一体どんな思いだったのだろうと。

10歳だった彼。

そしてその子のお父さんとお母さん。

自分の娘を亡くしただけでも悲しいのに、その子の命を奪ったのが自分の息子だなんて。

しかもその原因は自分たちの不注意から。

子供を持つ親にとって最悪と言える事件。

それぞれがどんな思いを胸に秘めて生きてきたのだろう。

そして、

いったい、

誰が悪かったのだろう?

発砲できる状態の銃を子供の手の届くところに置いておいたお父さん?

それを注意しなかったお母さん?

それともそれを取り出していじっていた男の子?

私にはよく分からない。

どうしてこんな悲しい事件が起こり得るのか。

しかもアメリカ国内では、こういう子供による誤射事件が毎年100件近く起きている。

今日もアメリカのどこかで、誤射によって子供の命が奪われている。



そして昨日、フロリダでまた乱射事件が起こった。

そこで49人の大切な命が奪われた。

もう、

やめて欲しいと思う。

本当にやめて欲しい。

いつになったら銃規制をしてくれるのか。

いつになったら、政治家、コーポレーション、NRAは自分達の「お金」や「地位」の前に、人の命を、子供の命を考えてくれるようになるのか。

アメリカで「銃」が、国民一人一人にとって「手に入らないもの」という存在に変わる日がくることを願ってやまない。

子供が「銃」に触れることなど考えられない。

そういう社会に生まれ変わってくれることを願ってやまない。



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アダプションという言葉の難しさ(犬編)2

*これは昨日の記事の続きで、5ヶ月前のお話です。


夜寝る前に、昼間ペットショップで一緒に遊んだマルチーズについて話し始めたノッコ。

「ねえ、ママ、今日モールで一緒に遊んだ子犬かわいかったね。」

「そうだね。

「ねえ、あの子犬飼っちゃダメなの?」

「うん、、、 ノッコちゃん、犬を飼うのはすごく大変なんだよ。家の中でおもらしをしないように躾けないといけないし、毎日散歩させないといけない。それにお庭でしたうんちを拾わなくちゃいけないんだよ。それは誰がするのかな?」

「ノッコが毎日散歩に連れて行くから大丈夫だよー。風太がうんちを拾うし。(←勝手に決めている)」

「でも風太はまだ小さいから、子犬を持ち上げたりシッポをひっぱったりして、子犬を乱暴に扱っちゃうかもしれないよ。そしたら子犬がかわいそうじゃない? 来年はまた日本のおじいちゃんとおばあちゃんの所にも遊びに行きたいし。その間、誰がその子犬をみるの?」

「一緒に日本に連れていけばいいよ。」

「うーん、、それはできないんだよ。」

「じゃあ、いつになったら犬を飼っていいの?」

「風太が一年生になった頃かなー。」

「じゃあ、ノッコは何年生?」

「ノッコが四年生になったらだね。」

「じゃあ、ノッコが4年生になったら飼っていいの?」

「そうだね。その頃だね(あー、こんなこと言ってしまっていいのか!)」

「じゃあ、ノッコが四年生になったら、今日見た子犬を飼っていい?」

「ノッコちゃんが四年生になった頃には、あの子犬はもう大きくなってるよ。それに誰かが買っちゃうんじゃないかな。」

「やだー!」

「それにノッコちゃん、犬を飼うのには二つの方法があるんだよ。一つは今日行ったみたいなペットショップからお金を払って買う方法。もう一つはシェルターからアダプションする方法。ノッコちゃんはどっちがいい?」

「ペットショップから買うのがいい。」

「そうなの?どうして?」

「だってかわいいんだもん。」

「でもペットショップの犬達は、みんなが高いお金を出して買いたがる恵まれた環境にあるんだよ。シェルターにいる犬達は、貰い手のないかわいそうな犬達なんだよ。一度飼われて捨てられたり、、、、(あ、、まずい、、)」

「シェルターの犬はパパやママもいないの?」

「そうだね。(あー、非常にまずい、、)」

「パパやママに捨てられたからシェルターに行ったの?」

「うーん、捨てられたっていうか、その犬の飼い主がそんなにたくさん育てられないから、他の人に育ててもらうためにシェルターに連れていくんじゃないかな。」

「どうして育てられないの?」

「だってノッコちゃん、犬は一度に5匹も6匹も赤ちゃんを産むんだよ。だからそんなにドッグフードも買えないし、お散歩も連れて行ってあげられないんじゃない?」

「ふーん。」

「だからシェルターに連れて行って、その犬達をアダプトしてくれる人を探すんだよ。」

「じゃあ、ノッコもシェルターから犬をアダプトする!」

「本当?」

「うん、だってシェルターの犬、誰も引き取ってあげなかったらかわいそうだもん。」

「そうかあ。」

「ノッコ、シェルターの犬をぜーんぶアダプトするよ。全部で一億匹!」

「あはは、それはどうかな。そしたら家の中がぎゅうぎゅうになっちゃうね。」

「いいのー!」

                            ◇

私はノッコを寝かしつけてから、さっきのノッコとの会話を思い返してみた。

人間の子供のアダプションについて話す時はできるだけポジティブな言葉を使い、アダプションに対してノッコや風太が変なイメージを持たないように気をつけていたのに、犬のアダプションになると、「捨てられた犬」「かわいそうな犬」と言ってしまった自分に驚いた。

結局私もなんだかんだ言って、アダプションされる子供や犬はかわいそうだという考えがあったのかしら。

でもあの時は、お金を出してでもかわいい子犬を買いたがるノッコにちょっと抵抗感を抱き、もっと恵まれない環境の犬達を労わる心を養って欲しいような気がしたのだ。

日本語だと「養子縁組」という言葉は子供との縁組にしか使われないけれど、英語の「アダプション」は人間の子供も犬も同じように使われるので難しい。

人間のアダプションの場合は、親が育てられないから養子に出すのに対し、犬のアダプションはそのオーナーが育てられないからシェルターに連れて行くわけで、そういう意味では「かわいそう」の意味合いも違ってくるのかなと思ったりするけれど、ノッコのような小さな子供にその違いはきっとよく分からず、ただ「親に捨てられたかわいそうな犬をアダプトする。」というコンセプトだけが頭に入ってしまったような気がする。

そしてその「捨てられた可哀想な」というイメージはそのまま自分の境遇に当てはめてしまうかもしれない。

世間一般で養子をそのように見ている人が多いように。

「アダプション」という言葉には、「無責任な親(オーナー)」や、「捨てられたかわいそうな子(犬)」というイメージがよくつきまとう。

だから養子を育てている親の一人として、その言葉の持つネガティブなイメージに子供達が振り回されないよう、そのイメージを変える努力をしていかないといけないなと思った。



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アダプションという言葉の難しさ(犬編)

* これは5ヶ月前のお話です。


6−7歳の子供にありがちなように、ノッコもこの頃急に「犬が飼いたい」と言うようになった。

「ねえママ、パパ、犬を飼おうよ。ねえ、飼おうよ。」

と夕食の時間や、寝る前の静かな時間になると決まって懇願してきた。

そのくせノッコは犬が大の苦手で、散歩中に向こうから犬が歩いてくると、例えそれが小さな犬でもすぐに固まってしまい、その犬が通り過ぎる時には私の腕につかまってガタガタ震えているくらいだった。

「でもノッコちゃん、いつも犬を怖がってるじゃない。あんなに怖がってたら犬なんて飼えないよ。」

「大丈夫! ノッコ達が飼う犬は怖くないから。絶対怖がらないから、ねえママ、犬を飼おうよー。」

ノッコは毎日毎日必死で私たちの説得に励んでいた。

そして週一回学校の図書館で借りてくる本もだんだん犬関係のものばかりになってきた。

『かわいい子犬達』

『子犬達の大冒険』

など、犬の写真がたくさん載った本をノッコは何度も何度も繰り返し見ていた。

私も犬は好きだし、子供達がもう少し大きくなったら飼いたいとは思っていた。

けれど今は日本への長期旅行も予定しているし、風太が子犬を乱暴に扱ってストレスを与えてしまいそうだったので、犬を飼うのはもう少し先がいいと思っていた。

ところが大の犬好きで子供には甘いジョンの心が、だんだん揺れ始めているようだった。

なにやらコソコソと犬のシェルターについて調べているみたいだった。

ある友人のパーティで、突然その友人の飼っている犬を指差して「この犬はどのシェルターからもらってきたの?」と尋ねてみたり。

そしてその友人が「〇〇シェルターだよ。」と答えると、

「ああ、あそこね。」

とかなり知っているような口調。

「なに、ジョン知ってるの?」

私がそう訊くと、

「まあね、、最近いろいろ調べてるから。」

そう言ってその友人から、どこのシェルターからもらうのがいいのか、どんな風に手続きを踏めばいいのかなどについて熱心に訊いていた。

なので私はパーティの帰りに、

「ねえジョン、犬を飼うのはノッコが8−9歳、風太が5−6歳になってからだよ。今からそんなに一生懸命調べなくてもいいんじゃない?」と念を押してみた。

「うん、でも情報はたくさん集めておいたほうがいいかなと思って。どう?今週あたりに例のシェルターに行ってみるだけ行ってみる?」

「ジョン、子供達を連れてシェルターに行ったりしたら、犬を引き取らずに帰れなくなることは分かってるよね。私だってきっと引き取りたくなっちゃうからダメだよ。」

「そうだよね、、、。」

私よりずっと大きいジョンが、急に子犬のように小さく見えた。

                                 ◇

ある週末に家族でモールに行くと、その中に犬や猫を売っているお店があった。

そのお店では、お客が数ドル払うと希望の犬をケースから出して個室で10分ぐらい一緒に遊ばせてくれた。

私たちも子供達にねだられて、マルチーズの子犬と少し遊ぶことにした。

個室に犬が入ってきた時、ノッコと風太は最初は怖がってキャーキャー言っていたけれど、あまりに小さくてかわいいのですぐに抱っこしたりキスしたりし始めた。

犬をケースに戻す時間になると、ノッコは「あの犬を連れて帰るー!」と癇癪を起こしてしまい、それを鎮めるのにとても苦労した。

その日の晩ノッコにいつもの読み聞かせをしていると、ノッコは今日見たマルチーズについて話し始めた。

つづく



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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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