FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

目から鱗の足し算術(2)

* これは昨日の記事のつづきで、6ヶ月前のお話です。


その晩お夕飯を食べたあと、ノッコはいつものように宿題をやりたくないとごねた。

そこをなんとか宥めすかし、とりあえずテーブルに座らせるところまで成功。

宿題用紙にとりかかるまえに、まずワームアップをした。

「ノッコちゃん1+1は?」

すかさず指を使って数えようとするノッコに、いつもだったら何も言わないのだけれど、その日ミカちゃんが一人で宿題を終わらせるのを見てしまった私は、なんとも情けない気持ちになってしまい、

「ノッコちゃん1+1は2だよ。毎日やってるんだからそれくらい指を使わなくても答えられるようにしようね。」

そう嫌味っぽく言ってしまった。

そのあといくつかの簡単な問題をやってから、宿題にとりかかった。

最初の問題は5+7。

「ノッコちゃん5+7は?」

また指を使い始めたノッコ。でも5+7は10本の指では計算できない。

ノッコたちが学校で、頭を叩いて計算するやり方を習ったのを知っていたので、

「ノッコちゃん、指を使わないで頭を叩いてから数を足すやり方、先生に習ったよね。あれでやってごらん。」

ノッコは「5」と言って頭を叩いてから「6、7、8」と数を足していったけれど、それでも混乱して間違えた答えを言ってしまった。

指を使うやり方も、頭を叩くやり方もできないなら、一体どうやって10以上の足し算を教えればいいんだろう、、、。

私は途方に暮れてしまったけれど、その時は紙に5つのボールの絵と7つのボールの絵を描いて、それをノッコに数えさせてその問題を終わらせた。

そして後半の問題は10と数字を足す練習だった。

そこで紙に

10+1=
10+2=
10+3=
10+4=

という風に、目で見て分かりやすいように問題を書いた。

これはノッコでもそのパターンが分かったらしく、指を使わなくても10+1=11、10+2=12と答えをかけた。

これで大丈夫かなと思って、宿題の問題にとりかかった。

ここにバケツが10個あります。ベンは更に3つバケツを持ってきました。バケツは全部でいくつあるでしょう。

そういう問題だった。

ノッコに文章の中の数字をマルで囲んでマークさせ、それに集中するように言った。

「ノッコちゃん、最初10個バケツがあって、3つ増えたんだって。全部でいくつかな?」

「9?」

「10個あって3つ増えたんだから、10より小さい数じゃないよ。」

「10?」

「3つ増えたんだからさ、、。じゃあ、この式を数字でどうやって書く?」

これがノッコには一番難しいタスク。

結局いくらやってもノッコは式にすることができなかったので、私が紙に10+3=と書いた。

この頃から私は非常にイライラし始めていた。

「ノッコちゃん10+3だよ、なんかさっきやったドリルに出てきたんじゃない、こういうの?」

「?????」

「いいよ、じゃあ、もう一回やってみようか。」

10+1=11、10+2=12、10+3=13、10+4=14。

もう一度そのドリルをやってから、

「じゃあ、10+3は?」

ノッコは体をフニャフニャさせたり、消しゴムをいじったりして中々答えようとしなかった。

「10+3だよ。いくつかな?」

ノッコは私の顔色を伺うように上目遣いをしながらようやく、

「じゅう、、、、ご?」

と答えた。

ピキーン!

その時私の中で何かが崩れる音がした。

てっ、てめぇは、バカかーーーーーーーっ!

大声で思いっきりそう怒鳴ってみたい衝動にかられた。

「ねえノッコちゃん、10個のバケツに3つ増えたの!だから10+3なの。ねえ、それ分かる?どうして10+3なのか分かってんの?」

そう言いながら私はテーブルを何度もドンドンと叩いた。

その度にノッコの身体が怯えるようにビクッと震えた。

そして見る見るうちにノッコは目をウルウルさせ、しまいには「うわーん」と泣きだした。

それでも私の怒りは収まらず、

「10+1=11、10+2=12、だから10+3=13なんだよ。今ドリルで練習したばっかりじゃない。どうしてそのパターンが分からないの?どうして10+3が分からないのよ!毎日やってんだからさ、それくらい分かってもいい頃じゃない。もういいかげん分かってよ!」

さらに大きな声でそう怒鳴った。

ノッコも天井を見ながら、「うわーん!」と更に大きな声で泣いた。

それを聞きつけたジョンが慌てて走ってきて、

「さわこ、いいよ、いいよ。あとは僕が見るから。」

そう言ってノッコを抱きしめた。

ノッコはジョンの腕の中で「算数嫌いー!ママ嫌いー!」と泣き崩れていた。

「ごめんね、ジョン。ごめんね、ノッコ。」

そう言って私も自分の頭を冷やすために、一人でポーチに出た。

そしてギーコギーコとブランコをこぎながら、

「このままじゃダメだよなぁ。なんとかしなくちゃだよなぁ。」

そうつぶやいて、何かいい方法はないかと考えをめぐらせていた。


つづく



にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


スポンサーサイト

目から鱗の足し算術(1)

* これは6ヶ月前ぐらいのお話です。


ノッコの脳の働きが他の子供達と少し違うのかもしれないということのは、彼女が3歳ぐらいの頃から気づいていた。

色盲かと思うくらい色の区別ができない、アルファベットが全く分からない、私の簡単な質問にも答えられないなど、恐らく学校にあがったら苦労するだろうなと思える要因はたくさんあった。

それでもキンダーガーテンの頃は一日のほとんどがクラフトや外遊びだったので、勉強の遅れがそんなに顕著ではなかった。

学校のレポートはいつも「平均のちょっと下くらい」だったし、クラスメートと比較する機会もあまりなかったので、そんなに心配もしていなかった。

けれど小学校が始まって数ヶ月もすると、ノッコの脳ミソがどれくらい算数と相性が悪いのかをまざまざと知る事になった!

キンダーガーテンの頃は週に一回宿題が出るだけで、しかもただ詩を読んで韻を踏んでいる部分を探したり、一行に何個単語があるかを数えたりする簡単なものだった。

それなのに小学校にあがった途端、毎日宿題がでるようになった。

しかも算数。

今の日本ではどうなのか分からないけれど、私が小学校の低学年の頃は算数の宿題と言えばドリル問題ばかりだった。

10個も20個も同じような足し算や引き算を一日に何度も何度もやらされた。

そうしているうちにだんだんとパターンが見えてきて、5+6が11だとすぐに分かるようになった。

それに比べてノッコの小学校では、ドリルよりとにかく文章問題に力を入れているようだった。

他のお母さんに聞いたところによると、計算自体は計算器がやってくれるので、もっと人間にしかできないスキルを早いうちから身につけさせようとしてるのだと教えてくれた。

ああ、なんというアメリカ的な発想。

頭の回転の速い子はそんなにドリル練習をしなくても応用問題に入れるかもしれないけれど、ノッコのような子はもっともっとドリルで基礎を作っておかないと、とてもじゃないけれど応用問題など無理な話だった。

だから家ではいつも宿題の用紙に取りかかる前にドリルを中心に練習させていた。

1+2=

4+3=

最初の頃は10以下の数字ばかりの簡単な足し算。

当時は指を使って足し算をしていたノッコ。

「2+3は?」

そう私がそう訊くと右手の2本指を立て、左の3本指を立てて、それを一本ずつ数えてから、

「5」と答えていた。

人の手にはみな5本の指があるから、5本の指はいちいち数えなくていいことを教えようと思い、

「5+1は?」

「5+2は?」

「5+3は?」

と分かりやすい質問をしても、いつもかならず最初の指から「1、2、3、4、5、6、、、、全部で6!」とノッコは一本ずつ数えてしまうのだった。

そうやっていつまでたっても片方の手には指が5本、両手を合わせると10本ということが理解できないでいた。

そんな調子だったので毎日の宿題はまさに地獄という感じで、泣いて宿題をやりたがらないノッコをなだめたりおだてたり、叱ったりしながら約一時間かけて一枚の宿題用紙を終わらせていた。

でも今から考えれば、ノッコは小学校にあがった時点でまだ10以上の数字を数えられなかったのだから、いきなり足し算をやれというほうが無理だったのかなと思ったりするけれど、あの当時はとにかくクラスに遅れないようにと私も必死でノッコの勉強をみていた。

そんなある日、あつこさんのお家でお茶をしていると娘さんのミカちゃんがおやつを食べたあと宿題を始めた。(ノッコはこの時、学校が終わったあとのアフタースクールに行っていていなかった。)

いつもノッコの宿題で苦労していた私は、ミカちゃんがどんな風にあつこさんと宿題をするのかとても興味があった。

「えらいねぇ、ミカちゃん、お母さんに言われなくてもちゃんと自分で宿題やるんだね。」

「うん。」

そう言ったミカちゃんは、私たちのテーブルの横にある子供用の机のところへ行って、なんと一人で宿題を始めた!

それを見た私は驚きのあまり、口があんぐりとしてしまった。

「ええ!あつこさん、ミカちゃんの宿題一緒にやらないの?」

「うん、問題が難しくて読めないときは読んであげるけど、たいてい一人でやってるよ。」

(ウソ!)

「その日学校でやったことだから、私が手伝わなくても分かるんだって。」

(ウソ!ウソ!)

「それで答えとかあってるの?」

「うん、たいていあってるよ。」

「じゃあ、宿題終わらせるのに毎日だいたいどれくらいかかる?」

「10分ぐらいかな」

「ウッソーーーーーーーーーー!」

(クーッ!羨ましいー!)

私なんかノッコにつきっきりで教えて、それでも一時間もかかるっていうのに、、。

どうして先生はこんな難しい宿題を毎日出すのだろうと、先生を恨んでみたこともあったけれど、こうやって他の子は全く問題なくこなしているからだったんだ。

一時間もかけてあの宿題を終わらせていたのは、きっとノッコくらいのものだったんだ。

それを目の当たりにしたことがあまりにもショックで、私は思いっきりガクーンと肩を落として家に帰った。


つづく



にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


ママ友はやっぱり友達じゃなかった (5)


* これは昨日の記事のつづきで、6ヶ月前のおはなしです。


ノッコの先生のプレゼント用の寄付を私も他の保護者と同様にベッキーのお母さんに送ったのに、なぜか私の名前だけが寄付者のリストから外されていた。

それを指摘するために早速ベッキーのお母さんにメールを送ってみた。

「私は保護者宛ての一斉メールが来た次の日に、チェックを入れた封筒をお宅のポストに入れておいたのですが、それを受け取っていただけたでしょうか?先日送られてきたリストの中に私の名前がなかったので、一応確認しておこうと思いました。」

なるべく丁寧に、そして以前より事務的な文章にしてそれを送った。

一日、二日、三日。

この間と同じように、私のメールに対する返事はずっと来なかった。

その間に先生の誕生日は過ぎてしまった。

それから二、三日した頃ふいに彼女からメールが来て、

「ごめんなさい。チェックはもらっていたのだけれどリストに名前を入れるのを忘れてました。もう先生にプレゼントを渡してしまったので、また後日先生にさわこさんのことを伝えておきます。」

それだけが書いてあった。

(きっと嘘なんだろうな。)

すぐにそう思った。

だって本当についうっかり忘れてしまっていたのなら、私がメールをした時点で名前を入れてくれればいいのに、先生に渡してしまったあとにわざわざメールしてくるんだもの。

だから先生に私のことを話してくれるというのも、あまり当てにならないなと思った。

でも実はあのリストが保護者全員に送られてきたあとに、ノッコのクラスメートのお母さん(あつこさん)が、

「なんか先生のプレゼントのリストにさわこさんの名前が入ってなかったけど、お金送るの忘れたの?」とわざわざ電話をくれた。

そこで私は今までのいきさつを彼女に説明し、どうしたものかとアドバイスを求めた。

あつこさんはクラスの他のボランティアをしているので、先生とはとても親しい。

「じゃあ、プレゼントを渡す次の日に学校にいく予定があるから、もしも先生が私にプレゼントありがとうって言ってきたら、今回のプレゼントの件ではさわこさんがすごく協力してくれたみたいですよ、って何気なく言っておくよ。そうしたら先生もさわこさんの名前がただリストから漏れちゃっただけだと思ってくれるんじゃない?」と言ってくれた。

「本当? そうしてくれる?」

「うん、全然問題ないよ。」

「ありがとう。」

ああ、持つべきものは友達!

その時改めてそう思った。

あつこさん、ありがとう!

それにしても、

ビッキーのお母さんて一体何だったんだろう?

ある日突然電話してきてノッコをランチに連れて行き、それからプレイデートの誘いをガンガンしてきたかと思ったら、ある日手のひらを返したように態度を変えた。

まるで台風のような人だった。

私は彼女の態度が急に変わってしまってから、自分は一体何をしてしまったんだろうとずっと考えていた。

でもどうしても彼女に直接その理由を聞くことができなかった。

そこまで彼女との関係は深くなかったから。

これが普通の友達だったら(友達だったらこんなことしないけど)、「私なにか気に障ることしちゃったかな?」と訊き、もしも誤解があるようだったらそれを解こうとするし、もしも自分に悪いところがあった場合はそれを改善しようと努力したと思う。

けれど彼女とはそこまでして関係を続けたいとは思えなかった。

まあ、嫌われたならそれはそれでいいやという感じだった。

そしてそれは彼女の方も同じだったのだと思う。

何か私に対して気に入らないことがあったけれど、それを私に話して関係をよりよくしていこうとは思えなかった。

彼女にとって私はそれに値するほどの存在ではなかったから。

アメリカの学校は小学校から高校まで一貫性のため、ママ友とのつきあいは12年間つづく。

だから彼女の今回の行動は、ある意味かなり度胸があるものだと思った。

でも彼女は例え私に嫌われたからといって、そのことがこれからの12年間に支障をきたすとは思わなかったのだと思う。

それくらい私は彼女にとってはどうでもいい存在。

そこには「友情」や「信頼関係」という言葉は存在しない。

けれど子供達が仲良くしている以上、私も彼女も表面上は今後も仲良くしていかなければならない。

親の関係がぎくしゃくしてしまったために、それが子供達同士の友情に影響するのは絶対に避けたいと思ったし。

だから今でも学校で彼女に会えば普通に挨拶をしているし、彼女が役員として保護者に協力を求めてきた時はできるだけ協力するようにしている。

でも今回に懲りて今後は、彼女のように最初からガンガンくるタイプのお母さんにはちょっと気をつけて、もっと慎重に関係を深めていった方がいいのかなと思っている。


長々と読んでくださってありがとうございました。

にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


ママ友はやっぱり友達じゃなかった (4)



* これは昨日の記事のつづきで、6ヶ月前のお話です。


ベッキーのママからは私のランチへの招待の返事もなく、以前はあんなに頻繁にあったプレイデートの誘いもある日を境に全くなくなってしまった。

(私のせいかな?)

そんな不安を抱えながらも、ノッコは相変わらずベッキーと学校で楽しく遊んでいるようだったので、私もあまり気にしないようにしていた。

そんなある日、いつものスーパーでお夕飯の買い物をしていると、向こうからカートを転がしてやってくるビッキーのお母さんとばったり出くわしてしまった。

私は一瞬どうしようかと戸惑ったけれど、普段と同じようにニッコリ笑って「ハーイ」と挨拶した。

すると彼女は一瞬ビックリしたような顔をして、そのあと私の視線を避けるようにそのまま別のアイルに消えて行ってしまった。

それを見て私は、自分が彼女から完全に避けられていることを確信した。

彼女は、私かノッコがした何かが気に入らず、それをきっかけに私たちを避けることにしたようだった。

でもいくら思い起こしてみても、自分が何か気に障るようなことをしたとはどうしても思えなかった。

もしかしたらノッコがベッキーの嫌がるようなことをしてしまったのかもしれない。

けれどそれだったら直接私に言ってくれたらいいのに、、、。

こんな風に私からのメールを無視したり、スーパーで明らさまに避けたりするのはちょっと卑怯な気がした。

                          ◇

そしてそんなことがあった数週間後。

ベッキーのお母さんからクラスの保護者全員にメールが送られてきた。

もうすぐ担任の先生の誕生日なので、みんなのお金を集めて先生に何かプレゼントを用意したいというものだった。

ビッキーのお母さんはクラス役員だったので、そういうイベントをまとめる担当になっていたのだ。

先生のプレゼントのためにお金を寄付したい人は、「ビッキーのお母さんへ」と書いた封筒にお金かチェックを入れて子供に持たせるか、私の家のポストに入れてください。

そう指示が書いてあったので、私は彼女と以前ごちゃごちゃもあったし、なにか手違いが起こると面倒なので、ちゃんと私からの寄付だと分かるようにチェックを使い (金額もいつもより多めにした)、次の日ベッキーの家のポストにその封筒を入れておいた。

そしてそれから数日が経ったあと、ベッキーからまた保護者全員にメールが届いた。

たくさんの寄付をありがとうございました。
これで先生に素敵な花束とギフトカードを買うことができました。
以下は寄付をしてくださった方々のお名前です。

そう書かれたあとに、寄付をした保護者のリストがでていた。

ノッコのクラスには18人の生徒がいる。

けれどそのリストには17人の名前しかのっていなかった。

そう、

そのリストの中に私の名前だけがなかったのだ。

(どうして?)

こういう手違いが起こらないようにあえてチェックを使い、しかもわざわざ彼女の家のポストに入れに行ったのに、、、。

(わざと?)

これは私に対する嫌がらせなのかな?

いったい私が何をしたというのだろう。

こんな嫌がらせをさせるほど、私が何をしてしまったというのだろう。

でもいくら考えても、どうしても思い当たるような行為が浮かばなかった。

でも何であれ、私の名前だけが入っていないカードを先生に送られるのはやはり困るので、そのあとすぐにベッキーのお母さんにメールをすることにした。



つづく


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村



ママ友はやっぱり友達じゃなかった (3)


*これは昨日の記事のつづきで、6ヶ月前のお話です。


金曜日のプレイデートの日。

私は以前のランチと今回のプレイデートのお礼として、手焼きのブラウニーとフルーツの詰め合わせを持ってベッキーのお家に向かった。

「ピンポーン」

ガチャ。

「こんにちは、ノッコちゃんを迎えにきたのね。」

そう言ってドアを開けてベッキーのお母さんが出てきた。

白人のとてもきれいな人。

年齢は私と同じくらいで、キャリアウーマンぽい人だった。

「どうぞ、少しあがっていって。」

そういう彼女の言葉に甘えて、私は家に入ってしばらく彼女とおしゃべりをした。

ベッキーのお母さんはとても社交的で明るく、話好きの人だった。

電話で受けたガンガンいく印象そのままで、なんでも全力投球という感じ。

ベッキーの上には9歳になるお姉ちゃんがいて、旦那さんが忙しいためにいつもお母さんが一人で子供達の面倒をみていると言っていた。

ベッキーもお姉ちゃんもお行儀のよい、とてもいい子たちだった。

きっとお母さんの躾がしっかりしているからだろう。

二人で話をしていると、もうお夕飯を作る時間になったので、私はお礼を言ってからノッコを連れて家に帰った。

                         ◇

それからビッキーのお母さんは頻繁にノッコをプレイデートに誘ってくれた。

いつも彼女の家だと悪いので、時にはうちに招待したりもしていた。

最初はベッキーのお母さんのような人はちょっと苦手かなと思っていたけれど、何度もプレイデートしているうちに彼女はとても世話好きのいい人なんだと思えるようになってきた。

そんなある日ノッコたちの学校が午前中で終わる日があったので、私はビッキーとお母さんをランチに招待することにした。

ノッコも喜んでいたので、早速彼女に学校が早く終わる日にうちでランチをしないかとメールした。

けれど、、、

いつもは5分ぐらいで返事がきていたのに、そのメールへの返事はすぐには来なかった。

一日、二日、三日。

三日経っても返事が来なかったので、もう一度メールをしてみた。

「もしかしたら見過ごしちゃったかもしれないけど、今度ノッコたちの学校が早く終わる日にうちにランチを食べにこないかなと思って以前メールを送りました。もしも予定が入っていないようだったらベッキーと一緒に来ませんか?」

そう書いて返事を待つことにした。

そしてさらに三日が経った。

(どうしたのかな?)

もうすぐランチを予定していた日が近づいてきたので、私は彼女に電話してみることにした。

けれどまたボイスメールだった。

もしも彼女がランチにくることになった時のために一応料理の材料を買っておいた。

けれどノッコたちの学校が早く終わる日がきてもビッキーのお母さんからの返事はこなかった。

病気?

事故?

だんだんと心配になってきたのでノッコにきいてみると、ビッキーは普段通り学校に来ているし、お母さんは元気らしいと教えてくれた。

そしてその頃からビッキーのお母さんからのプレイデートの誘いは全くなくなってしまった。

(私が何か気に障ることをしちゃったのかな?)

彼女の突然の変化にそんな風に不安になったけれど、その頃はできるだけ気にしないようにしていた。

つづく


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


ママ友はやっぱり友達じゃなかった (2)

* これは昨日の記事の続きで、6ヶ月前のお話です。


一度も話したことも会ったこともないベッキーというノッコのクラスメートの、これまた会ったことも話したこともないお母さんから突然、「ノッコちゃんをランチに連れて行きます。」と言われた私。

なんとなくその勢いに押されて「はい」と言ってしまったけれど、果たしてノッコは大丈夫なのだろうか、、、。

その日の午後、学校にノッコを迎えに行った時に、

「ねえ、ノッコちゃん、今日ベッキーのママにレストランに連れて行ってもらったの?」と訊いてみた。

「うん、そこでブルーのソーダを飲んだんだよ。」

「あら、そう、何ていうレストランだった?」

「サブウェイ! ねえママ、またベッキーとサブウェイに行っていい?」

「うん、今度はママがベッキーを連れていく番かな。ノッコちゃんはサブウェイで何を食べたの?」

「ターキーのサンドイッチ。それからブルーのソーダ飲んだんだよ。シュワーッとするやつ。」

「ノッコちゃんはそれがうれしかったのね。」

「うん、それからクッキーも食べた。」

「そう、たくさんごちそうになったんだね。じゃあ今度はママがベッキーにごちそうしなくちゃね。」

「うん! 明日?」

「うーん、明日は仕事があるから無理だけど、じゃあ、来週あたりにベッキーとプレイデートする?」

「するー!」

「ねえ、ベッキーってママ会ったことないんだけど、どんな子?」

「おもしろいよ。」

「そう? ノッコちゃんは学校でよく遊んでるの?」

「うん、最近よく遊んでる。」

「ベッキーのママはどんな人だった?」

「やさしい。ベッキーのママの車にテレビもついてるんだよ。それでアニメを見せてくれたの。」

「そう、よかったね。」

どうやらその日ノッコは、ベッキーとお母さんととても楽しい時間を過ごしたようだった。

ただ私にはどうしてベッキーのお母さんが、特に仲良しでもないノッコにそんなによくしてくれるのかがイマイチまだよく分からなかった。

「きっとこういうのはアメリカではよくあることなのかもしれない。」

そう思ってあまり考えすぎないようにしていた。

その晩早速ベッキーのお母さんにお礼のメールを送り、今度ぜひベッキーをプレイデートに招待したいと申し出た。

すると1分もしないうちに返事がきて、

「とてもいいアイデアね! じゃあ、今週の金曜日にノッコちゃんを家に連れてきて。」と書いてあった。

「いえ、いえ、今日ランチをごちそうになったので、今度は家に招待させてください。」

そう返してみたけれど、

「いえ、いえ、うちでかまいません。じゃあ、今週の金曜日に私が学校までノッコちゃんを迎えに行きますので、お母さんはお家にいていいですよ。」

「そうですか、、、。」

またまた押され気味の私。

本当はノッコと一緒にプレイデートに参加してベッキーやお母さんとも親しくなりたかったのだけれど、なんとなく文面から私には来てほしくないような感じが伝わってきたので、彼女の言う通り今回はノッコだけを参加させることにした。

「じゃあ、プレイデートが終わったあと、何時頃おたくにノッコを迎えに行けばいいですか?」

「じゃあ、5時ごろ迎えに来てもらえますか? うちの住所は〇〇です。」

「わかりました。じゃあ、金曜日よろしくお願いします。」

メールを書き終えてからノッコに、

「ノッコちゃん、今週の金曜日にベッキーのおうちでプレイデートするよ。」

そう言うとノッコは、

「イエーイ!」と飛び跳ねて喜んだ。

ノッコを迎えに行った時に私もいよいよベッキーのお母さんに会える。

どんな人なのかと想像しながら私は金曜日が来るのを待った。


つづく


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村

ママ友はやっぱり友達じゃなかった (1)

* これは6ヶ月前のお話です。


私にとっての「ママ友」というのは、子供を通じて知りあいになった人、子供同士が仲良しだから付き合っている人という感じ。

だから逆に言えば、子供同士が仲良くなければ 恐らく付き合っていないだろうなと思う人のことを指す。

例え最初は子供を通じて知り合ったとしても、そのあと友達になった人は普通の「友達」。

その上に「ママ」が付かない。

だから私の中では「ママ友」というのはちょっと特別な存在だった。

そんなママ友についてちょっと考えさせられる出来事が去年の秋ごろにあった。

それは「ああ、ママ友はやっぱり友達とは違うんだな。」と改めて思えたエピソードだった。

ノッコの小学校が始まってから数ヶ月経ち、ノッコも新しいお友達や学校生活に慣れてきた頃、あるクラスメートのお母さんから突然「月曜日にノッコちゃんをうちのベッキーと一緒にランチに連れていきたんだけどいいかしら?」というテキストがきた。

「えっ?」

「ベッキーって誰?」

ノッコは時々学校でのことを話してくれるけど、ベッキーという名前は聞いたことがなかった。

ベッキーという子がノッコのクラスにいるのかしら。

ノッコはその子とランチにいくほど仲がいいのかしら。

その突然のお誘いに、私は疑問ばかり持ってしまった。

そこでそばにいたノッコに、

「ねえ、ノッコちゃんクラスにベッキーっていうお友達いる?」と訊いてみた。

「うん、いるよ。」

「いつも一緒に遊んでるの?」

「うーん、時々。」

「そう、、、。」

別にノッコとベッキーは特別仲がいい訳でもないらしい。

それに月曜日は普通に学校があるし、どうやってランチに行くつもりなんだろう。

なんとなく知らない人にノッコを預けるのは気が引けたし、きっと日曜日の間違いだろうと思ったので、早速彼女に電話で確認することにした。(私の電話はもらったテキストを読むことはできるけれど、相手に送ることはできない)

電話はボイスメールだった。

なので日曜日は他に用があってノッコはランチにいけないことを丁寧に伝えた。

そのあとベッキーのお母さんから返事は来なかったので、私もそのことはすっかり忘れていた。

ところが月曜日の朝、ノッコを学校に送ってから近くのスーパーで買い物をしていると突然ベッキーのお母さんから電話がかかってきた。

「もしもし、私ベッキーの母ですけど、今日ノッコちゃんとうちの娘をランチに連れて行きますので、それを一応お断りしておこうと思って。」

「あっ、ベッキーのお母さん。やっぱりあのテキスは月曜日のことだったんですか? 私は日曜日の間違いだと思っちゃって、すみませんでした。でも、、、今日は学校があるので、ランチはご一緒できないと思うのですが。。。」

「ランチ休みの間に私が学校から子供たちをピックアップしますよ。そしてレストランで食事をしてから、午後の授業が始まる前に学校に戻します。」

「ああ、そうですか。」

そうだ、アメリカの学校ではランチは家に帰って食べてもいいことになってたんだ。

学校の外で食べていいってことは、レストランで食べてもいいってことなんだ。

「でも今日ノッコにお金をもたせていないのですが、、。」

「あらぁ、いいんですよ、そんなこと。じゃあ、そういうことでよろしいですか?」

「はい、お手数をおかけしますが、じゃあ、よろしくお願いします。」

そう言って私たちは電話を切った。


つづく。


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


さよならモリー

* これは7ヶ月前のお話です。


とうとう風太がプレスクールにあがる日が来てしまった。

プレスクールにあがるということは、今まで通っていたデイケアにさよならをするということ。

今まで通っていたデイケアにさよならするということは、ずっと風太の世話をしてくれたモリーとさよならをするということ。

ノッコがプレスクールにあがった時もモリーと離れるのは寂しかったけれど、まだ風太がいたのでこんなに寂しくなかった。

でも三人目の養子を迎える予定の全くない私たちには、風太のあとにモリーにお世話になる子供はいない。

本当にこれでモリーともお別れなんだ、、、。

そう思ったら、急に涙が出そうになってしまった。

ノッコが赤ちゃんの時からお世話になっていたモリーとは、数え切れないくらいたくさんの思い出がある。

ノッコが入院した時にわざわざお見舞いにきてくれたこと。

デレックとの縁組がダメになった時に、二人で抱き合って泣いたこと。

モリーは誰が見ても明らかなくらいノッコを人一倍かわいがってくれ、毎日ノッコを抱き上げたり、くすぐったり、キスしたりしてくれた。

「大きな声じゃいえないけどね、ノッコは私のお気に入りなのよ。」

いつもそれが口癖だったモリー。

だからノッコもモリーが大好きで仕方がなかった。

モリーは一度里親を経て養子を迎えようとしたこともあったので、そのことでも私たちは他の先生と保護者達より密な関係を保っていたような気がする。

そして風太のトイレトレのことでは、今まで築いてきた信頼関係が崩れてしまうかと思うほどの危機に陥ったけれど、いざトイレトレが終わってしまうと、まるでそれはなかったことのように私たちは元の関係に戻った。

でも恐らくモリーは、風太のことをノッコの時ほどかわいがってはいないのだと私はずっと思っていた。

逆に暴れん坊の問題児がいなくなってくれるので、少なからずホッとしているのかもしれないとさえ思っていた。

ところが風太の最後の日にモリーへのプレゼントをもって彼女のオフィスに行くと、私たちを見るなりモリーは急に泣き出してしまった。

「寂しくなるわ。」

そう言って彼女は何度も風太を抱きしめた。

やはり手のかかる子供ほど、後からかわいく思えるものなのだろうか。

そんなモリーを見て私も思わずもらい泣き。

(私はやっぱりこの先生が好きだなぁ)

そう改めて思った。

そしてモリーは本棚から彼女が作ってくれた風太のアルバムを出して、それを私たちにプレゼントしてくれた。

そのアルバムを開くと、当時は乳児だった風太の成長ぶりが事細かく記してあった。

「ほら風太君はこんなに小さかったんだよ。モリーに抱っこしてもらってるね。」

そう言って風太に写真を見せると、風太は「風太このブランキー持ってる」と言ってニコニコしていた。

彼はきっと来週からモリーと会えなくなるなんて思っていないのだろうなと思った。

一応説明はしたけれど、3歳の風太にはあまり理解できていないようだった。

「じゃあ、モリー本当に今までありがとう。これからも時々遊びに来るからね。」

「ええ、子供達のベビーシッターが必要な時はすぐに飛んでいくから、いつでも連絡してね。」

「あはは、ありがとう。それじゃあ。」

そう言って私は風太の手を取りながら彼女の部屋をあとにした。

                           ◇
子供が成長する過程で、人との出会いはたくさんある。

でも子供が大きくなるにつれて、しだいに忘れてしまう人がその大半だと思う。

でも私はきっとモリーのことを忘れないと思う。

実は私は自分が保育園の年長の時の先生を今でもはっきりと覚えている。

菊池先生と竹田先生。

二人とも20代の若い先生で、菊池先生はボブのヘアスタイルに厚いファンデーション、竹田先生は小柄でパーマをかけていた。

私はこの二人の先生が大好きで、小学校にあがってからも時々友達と保育園に遊びに行っていた。

私にたくさんの楽しい思い出を残してくれた菊池先生と竹田先生。

ノッコと風太にとってもモリーはきっとそんな存在になるのだろうなと思う。

表面だけの付き合いでなく、モリーはいつも真剣に真正面から子供達とも保護者とも向き合ってきた。

だから時々衝突もあったけれど、私はそんな彼女の真っ直ぐさが好きだった。

モリー、

六年間、本当にありがとう。

あなたのような先生に出会えて私たちはとても幸運でした。

これからノッコと風太が成長していく中で、何度となくあなたのことを思い出すでしょう。

いつも真っ直ぐで一生懸命だったモリー。

どうかそのまま変わることなく、これからも子供達の世話をがんばってね。

私たちも影からずっと応援しています。


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村



震える風太(再び)3


* これは昨日の記事の続きで、7ヶ月前のお話です。


EGGの検査を終え、風太の髪を洗ってから私たちは待合室で自分たちが呼ばれるのを待っていた。

30分ぐらいしてようやく看護婦さんが風太の名を呼び、私たちを診察室に案内してくれた。

そこでもさらに15分ぐらい待たされてやっとドクターが現れた。

ドクターは私たちと握手をしてから席に着き、色々と質問をし始めた。

ところが、

私には彼が何をしゃべっているのかが全く分からなかった!

そのドクターはアフリカから来ている人らしく、とにかくアクセントが強すぎて私には彼の英語が全然聞き取れなかったのだ。

「○&X*%$?@#*?」

「そうですね、時々」

「@#&%^$?<?」

「はい、そういう時もあります。」

ジョンはちゃんと聞き取れているらしく、そうやって先生の質問に一つずつ答えていた。

その横で「?????????」状態の私。

何を言われているのー?

誰か教えてーー!

「風太の状態はひどいの?」

先生との会話の合間を縫ってジョンに聞いてみた。

「うん、やっぱり風太の症状は癲癇(てんかん)らしいよ。薬を処方しますって言うんだけど、いいよね。」

「えっ? 薬?」

そこでまた先生の説明が始まったので、私はジョンと先生の話が終わるまでとりあえず待つことにした。

何かを言ってから先生が診察室を出たので、ここぞとばかり私はジョンに先生が話してくれたことを聞いてみた。

するとジョンは次のことを教えてくれた。

今回のEGGテストで、やはり風太の脳波の動きは異常を示したこと。

特に起きかけて身体が震えた時、モニターの針が大きく揺れたということだった。

風太の癲癇は「部分発作」と呼ばれ、脳の一部分にある神経細胞が興奮して起きる発作だということ。

このまま治療をせずに放っておくと、痙攣の頻度や度合いが益々酷くなる可能性があること。

子供の7割は治療することで完治する場合が多い。

そこで「オクスカープ」という、神経細胞が興奮するのを抑える効果のある薬を処方する、ということだった。


まだ3歳になったばかりの風太にそんな薬を毎日与えることに抵抗はあったけれど、てんかんは知覚や視覚の異常、嗅覚や味覚の異常、めまい、記憶障害などの障害をともなう危険があると言われたので、やはり薬での治療を進めることにした。

そしてその薬は風太が「最後の痙攣を起こしてから」三年間飲ませ続けないといけないらしい。

「これは長期戦になるな」

私は心の中でそう思った。

それから数週間してから、偶然ラジオで短時間の記憶喪失に苦しむ女性のインタビューを聞いた。

その人は小さい頃に風太のような癲癇を起こしていたけれど、両親はあまり気にせずそのまま放っておいたそうだ。

その子が10歳ぐらいになると癲癇もなくなったので、彼女自身もそのことはすっかり忘れていた。

ところが24歳になった時に、突然路上で痙攣を起こして倒れた。

検査の結果神経に異常が見つかり、それから1年ぐらい癲癇の治療をした。

そんな生活に疲れ、ドクターと相談した結果脳の一部を切り取ることにした。

手術は成功し癲癇は止まったけれど、今度はその後遺症で短期間の記憶喪失という症状が出るようになってしまったそうだ。

その話を聞いて私は、こうやって風太がまだ小さいうちに専門医に診せてよかったと心から思った。

その女性の両親のように「そのうちなくなるだろう」と放っておいたら、風太が大きくなってからどんな症状となって現れたかわからなかったのだもの。

それを未然に防げたのも「絶対に専門医に見せた方がいい」と強く言ってくれたモリーのおかげだ。

彼女には本当に感謝してもしきれない。

子供の病気の治療は、絶対に先送りしない方がいいと思う。

何かおかしいな、と思ったらとりあえず医者に診せる。

特に専門医に相談することはとても大切だと今回のことでよく分かった。

あれから7ヶ月経った今、風太のてんかんはお陰様で少しずつよくなっていると思う。

今でも時々ガクガクッとなるけれど、その具合も頻度も以前に比べたらずっと軽くなった。

毎日2回薬を飲ませるのは大変だけれど、これはもう根気強くやっていくしかないのだろうなと思っている。

あと5年後ぐらいには、風太の癲癇がすっかりよくなっているといいな。

そう思いながら。


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


震える風太(再び)2

* これは昨日の記事のつづきで、7ヶ月前のお話です。


3歳になった風太の睡眠時の痙攣が気になったので、EGGという脳波のテストを受けさせることにした私とジョン。

テスト時は風太が眠っていないといけないので、テストの前日は普段より一時間遅く寝かせ、翌朝は普段より一時間早く起こして眠い状態にしておくようにと看護婦さんから説明されていた。

そして午後のテストの時間になるまで絶対に昼寝をさせないこと。移動中の車の中でも眠らないように気をつけて下さい、とも言われていた。

なので家から病院までの車の中では私が風太の隣に座り、とにかく始終風太に話しかけて眠らないように注意していた。

病院についてレジストレーションをすると、そのまま検査室に通された。

親は一人しか付き添えないということだったので、私が風太と一緒に検査室に入り、ジョンは待合室で待つことにした。

検査室に入ると頭にディスクをつける専門の人がいて、これから彼女が何をしようとしているのかを風太に説明してくれた。

とにかく痛くないし、怖くないというのを強調したので、風太も少し安心したようだった。

そして彼女は少しずつクリームを塗りながらディスクを風太の頭につけ始めた。

ディスクは全部で30個以上あった。

私は風太が嫌がってディスクを取ってしまわないように、そして少しでも風太が眠りにつきやすいようにと、持ってきた本を読み始めた。

「ぐりとぐらは、大きなたまごをうちに持って帰ろうとしました。」

そうやって薄暗い部屋の中で、できるだけ静かな声で本を読んでいると、風太の目がとろりとろりとしてきて「もうこれ以上はない!」というすばらしいタイミングで眠りについた。

やはり昨夜の睡眠時間が短かった上にお昼寝もしていなかったので、かなり疲れていたらしい。

看護婦さんはディスクの付いた風太の頭にネットをかぶせ、そのまま仰向けにして寝かせた。

風太はそのままスーッと熟睡状態に入っていった。

けれど風太が寝てから30分ぐらいすると、ずっとモニターを監視していた看護婦さんが、

「風太くんは目覚めようとした時によく痙攣を起こすとおっしゃってましたよね。では、今ちょっと起こしてみましょうか?」と言った。

私もどうせEGGの検査をするのなら、風太が痙攣を起こすところを専門の人にも見てもらいたいと思っていたので、看護婦さんの言うように風太を起こしてみることにした。

いつものように少し風太の身体を揺すりながら、

「風太、風太くん、もう起きる時間だよ。おめめ覚まそうか。」

そう言ってみた。

すると風太はうっすらと目を開いて私のことを見た。

そしてまた目を閉じてしまった。

「風太くん、ほら、がんばって起きよう。」

もう一度話しかけてみる。

すると風太も目をこすってがんばって起き出そうとしていた。

そしてぼんやりと私の方に手を伸ばした瞬間、

ガクガクガク。

いつもより激しく、いつもよりずっと長い震えを起こした。

「でかした風太!」

思わず私は心の中でそう叫んでしまった。

自分の息子が痙攣を起こして喜ぶなんて最低な母親だと思うけれど、その時の私は風太が震えを起こさないために「正常」と判断され、そのまま帰されてしまいそうで嫌だったのだ。

だからその日看護婦さんの前でできるだけ風太に震えを起こして欲しいと思っていた。

案の定看護婦さんも納得したような顔をして、

「これがお母さんのおっしゃっていた家で起こる震えなんですね。」と私に確認した。

「はい、そうです。」

私がそういうと、その人はカルテに色々に書き込み、

「では、今日神経科医の先生とお話をしてもらった方がいいと思いますので、今空いている先生がいるかどうかチェックしてきます。その間この洗剤でお子さんの髪の毛を洗ってあげてください。」

そう言って彼女はシャンプーのようなものを私に渡し、そのまま部屋を出て行った。


つづく


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村

sidetitleプロフィールsidetitle

さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitle管理者ページsidetitle
sidetitle広告sidetitle
sidetitleメールフォームsidetitle

名前:
メール:
件名:
本文:

sidetitle検索フォームsidetitle
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。