FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

どう切り出したらいいのか分からなくて



いつも「ほっぺとほっぺ」を読んで下さっているみなさんへ、


2015年 4月22日 午後4時20分

ノッコの産みのお母さんであるジェシカが永眠しました。

自殺でした。

今の私には、ジェシカとの思い出を綴って来たこのブログを開く事が非常につらく、しばらくは以前のように記事を更新していく事ができそうもありません。

でも気持ちが落ち着いたら、きっといつかまたここに戻って来て、みなさんにちゃんと報告をしたいと思っています。

ですので、それまでもう少し時間を下さい。

いただいたコメントにさえお返事をすることができないかもしれません。

ごめんなさい。



さわこ



にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

子供が噓を付くということ

* これは半年前のお話です。


ノッコは5歳になったぐらいから時々噓を付くようになった。

そしてそのほとんどはどうでもいいような噓ばかりだった。

「ノッコちゃん、もう手洗った?」

「うん、洗った。」

「本当? もしも手を洗わないでご飯を食べると手のバイ菌がお口に入って病気になるんだよ。それでもいいの?」

「、、、、、」

ノッコ、すごすごと手を洗いに行く。

とか、

「あら、あら、あら、こんなに本棚から本をぐちゃぐちゃに出しちゃって。ノッコちゃん、ちゃんと片付けてね。」

「ノッコやってないもん。風太がやったんだもん。」

「だってあんな高いところ、風太が届く訳ないじゃない。そういう噓は付かないの。」

という感じで、どれもこれも(なんでそんな事で噓付く?)というような内容のものばかりだった。

でも日本でもよく「噓は泥棒の始まり」と言われるように、やはり噓を付くことはいけないことだとノッコにも理解して欲しかったので、

「ノッコちゃん、ママはノッコちゃんがおもちゃをちらかしたり、手を洗わなかったり、そういう事をするよりもママに噓を付いたという事のほうが悲しいんだよ。悪い事をしても正直に話してくれれば怒らないようにママも努力するから、噓を付くのはやめようね。」

と何度も何度も話してきかせていた。

そして『オオカミと少年』のような絵本を読んで聞かせ、噓を付くといつか誰もノッコの言う事を信じてくれなくなって、最後に一番困るのはノッコ自身になってしまうことを説明した。

そしてノッコが時々、

「ママ、ノッコが風太を泣かせたの」などと正直に話してくれた時は、その勇気を褒めるようにしていた。

ところがある日、ノッコの学校のクレープ先生から「ノッコちゃんが噓を付きました」というメールが届いた。

ちなみにこのクレープ先生、噂どおりの真面目で教育熱心なすばらしい先生だった。

ノッコの読み書きの補習クラスのレポートを毎週メールで送ってくれるし、私が先生に「ノッコは同じ発音の単語を見つけるのが苦手みたいなんですが、どうやって教えたらいいでしょうか?」という質問をしたりすると、ノッコのために特別な教材を作って次の日に渡してくれたりした。

でも自分がとてもきちんとしている分、だらしない人が嫌なようで、私達が補習クラスから借りた本を持って行くのを忘れたりすると、結構厳しく注意されたりしてしまった。

そのクレープ先生から、

「今日、ノッコちゃんが補習クラスの時間にトイレに行きたいというので行かせました。でも数分ですぐに戻ってきたので、本当にトイレに行ったのか訊いてみたんです。するとノッコちゃんは ”絶対に行った” と言い張りました。その言葉に信憑性がなかったので、事務所に行ってモニター用のビデオをみてみたんです。するとノッコちゃんはやはりトイレに行っていなくて、自分のロッカーに行ってカバンの中から何かを取り出していました。ですのでノッコちゃんに噓を付く事はいけない事だと説明してタイムアウトさせました。」

という報告をもらった。

私はすぐに先生に迷惑をかけてしまった事を謝り、噓については家でも厳しく注意していくようにしますとメールした。

けれどその話を後日、友人のあつ子さんに話すと、

「なにそれー! 子供のちょっとした噓にそんなに目くじら立てて。それにわざわざ事務所に行って録画したビデオを見るってちょっと怖くない? うちの美加だってそんな噓しょっちゅう付くよ。」

と驚いていた。

それを聞いて、私は正直ホッとしてしまった。

というのは、実は私もクレープ先生のやり方は少しやり過ぎだったのではないかと思っていたから。

もちろん噓を付いたノッコが悪いし、クレープ先生の対応も報告もとてもうれしかったけれど、「わざわざビデオを見てまでチェックした」という所がどうもひっかかっていた。

それはなかなか噓を認めようとしないノッコに腹を立てた先生が、何が何でもノッコの噓を証明したくてビデオをみたような気がしたからだった。

批判を覚悟で書くと、私はこの年齢の子供が噓をつくのは極めて普通のことだと思っている。

私だって小学校低学年の頃、数えきれないくらいの噓を親や友達に付いたことがあった。

一度母親の誕生日プレゼントをちょっと遠いスーパーまで買いに行って、そんな遠くまで行ったことが見つかったら叱られると思ったので、近くで買ったと噓をついたことがあった。(結局イトーヨーカドーと書いてあった包装紙でバレたけど)

この年齢の子供はどうして噓を付くのか?

それには色々な理由があると思う。

まず、自分は悪くないということを主張するための噓。
これは誰かに叱られたり、罰せられたりすることを避けるための噓。

そして次は自分をよく見せようとするためにつく噓。
持っていないものを持っているとか、できなかったことをできたとか言ってしまうこと。

これ以外にも、誰かの注意を引くために付く噓や、自分を守って欲しいという気持ちから噓を付く時もあるかもしれない。

でも例えそれがどんな噓であれ、噓をついて相手の反応を見てみたいと思う気持は5−6歳の子供ならごく普通のことのように私には思えた。

だから親として私達は、ただ「噓はいけない」という言葉を繰り返し言い聞かせたり、やっきになって子供が真実を告げているのかどうかを突き止めようとしたりするよりも、子供との信頼関係をしっかりと築いていくことの方が大切な気がした。

「ママになら本当のことを話しても大丈夫」

「噓を付いてママを悲しませるようなことをしたくない」

子供がこんな風に思ってくれる環境を作っていくこと。

それができればノッコや風太が将来、悪質な噓をついて人に迷惑をかけるようなことはしないのではないかという気がした。



にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


素敵な先生達、そしてその理由

* これは半年前のお話です。


ノッコのキンダーガーテンが始まってから数ヶ月して、初めて担任の先生とのコンファレンスがあった。

ノッコの先生とは私がボランティアで学校に行った時に何度かお会いしたことがあったけれど、ノッコについて彼女とゆっくり話をしたことはこれまでになかった。

なのでその日はちょっとウキウキする気持ちと、ちょっとドキドキする気持ちが交差している感じだった。

ノッコの教室に着くと、担当のブラウン先生ともう一人若い女性の先生が私達を待っていた。

「こんにちは」

「こんにちは。いつもノッコがお世話になっております。」

そんな挨拶を済ませたあと、早速本題に入った。

「先日のテストの結果を見ますと、ノッコちゃんは、そうですね、平均より少し下にいるという感じですね。」

「ああ、やっぱりそんな感じですか。」

「でもノッコちゃんが最初にキンダーガーテンに来た頃に比べると、ものすごい成長ぶりだと思いますよ。」

「そうですね。私達もそれは常に感じています。プレスクールが終わった頃にはアルファベットも自分の名前さえも書けなかったノッコが、単語を覚えているんですから。先生達は一体学校でどう教えてるのか不思議なくらいなんですよ。」

「あはは、一応こちらもプロですからね。ただノッコちゃんの場合、私が彼女の成長ぶりを強く感じるのはソーシャルな部分なんです。最初の頃ノッコちゃんは友達や環境に馴染めず、いつも緊張したり不機嫌だったりしていたんです。友達との揉め事もかなりありました。クラスメートに何か言われる度に私のところへ来て「ああ言われた、こう言われた」と泣いていたんですが、私はあえて間に入らないようにしていたんですね。そうしたらノッコちゃん、自分一人の力でそれを克服して、今はたくさん友達ができたようですよ。」

「そうですね。家でも学校が楽しいって言ってます。お友達も少しずつ増えてきたみたいで、今日は誰々と遊んだと報告してくることもあります。」

「そうですか。どうすればお友達に受け入れてもらえるのかを自分なりに考えて、自分を変えていくというのは5歳児にとってとても難しいことなんです。でもノッコちゃんはそれを一人でやってのけたので、私はとても感心しました。」

「そう言っていただけるととてもうれしいです。ノッコが新しい学校でお友達ができるかどうかは私達もすごく心配していたので。」

「もちろん今でも時々問題は起きますが、子供はそうやって経験しながら学んでいくものですから。、、、、ええとですね、それで学習面のほうなんですが、、、」

「はい」

「実はここにいるクレープ先生とも相談したんですが、ノッコちゃんを読み書きの補習クラスに入れてみるのはどうかと考えているんです。」

「読み書きの補習クラスですか?」

「はい、今おっしゃられたようにノッコちゃんは入学当時よりかなり色々なことができるようになってきました。でもそれでもやはりクラスの平均よりはかなり遅れている方なんです。こちらにいるクレープ先生は読み書き専門の先生なんですが、週に一度読み書きの補習クラスを開いて下さっていて、ぜひノッコちゃんをクラスに入れてみたいとおっしゃっているんですが、いかがですか?」

私はジョンと少し相談してから二つ返事で

「よろしくお願いします。」と言った。

するとクレープ先生が、

「ノッコちゃんはとても色んな事に興味があって、学習意欲は強い方だと思います。ただ興味がないことを学ぶのにはまだ時間がかかりますし、集中力ももう少しつける必要があるように思います。」

「その集中力なんですが、実は以前ノッコにはもしかしたら学習障害があるのではないかと心配したことがあるんです。ここ数ヶ月ノッコをみていて、先生はどうお感じになりましたか?」

「そうですね、、、今はまだ何とも言えませんね。ノッコちゃんはまだ5歳と小さいですし。これからもう少し様子を見ていきましょう。」

「そうですか。」

「でもノッコちゃんがこの補習クラスで得るものは大きいと思いますよ。」

クレープ先生が横からそう励まして下さった。

「そうですよ。ソーシャルな問題を一人で乗り越えたノッコちゃんだから、彼女ならきっと大丈夫だろうと私も自信を持って言えるんです。」

「そうですか。ありがとうございます。そう言っていただけると心強いです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。」

そう言って私とジョンは学校をあとにした。

帰りの車の中で私はなんだか清々しい気持ちだった。

1)ノッコは平均より遅れている
2)友達関係の問題を自分一人で克服した。

先生からこの二点を伝えてもらった訳だけれど、私とジョンの頭の中には2)の内容しか残らなかった。

それくらいその二人の先生達は常にポジティブにノッコを評価してくださったのだ。

読み書き専門の先生があんなにノッコを良く見ていて、評価して下さることにも私はひどく感激した。

今は確かに少し遅れているけれど、ノッコちゃんなら大丈夫。

それが彼女達が私達に伝えようとした一番のメッセージだった。

(あの人達に任せておけば大丈夫)

先生達がノッコを信じてくれているのと同じくらい私達も先生達を信用することができた。

そしてそんな風に信頼できる先生を持つノッコのことも、その親である私達のことも、とてもラッキーだなと思わずにいられなかった。
                            ◇

それから数日して、ラジオでテキサス州でエボラ熱に感染した男性のニュースを耳にした。

そのラジオのレポーターはすぐに現地に行き、その男性が住んでいる近くの高校で学生や先生、保護者達にインタビューをしていた。

「こんな近くでエボラ患者が出たことに対してどう思われますか?」

インタビューの中で、こんな簡単な質問にもまともに答えられる学生はほとんどいなかった。

みんな 「えーっ、別に、、」とか「まあ、そりゃ怖いけど、」などと適当な返事をしていた。。

こんな近くで起こっている脅威が、まるで遠くで起こっている他人事のような態度だった。

中には「エボラ熱って何?」と逆にレポーターに聞いている学生さえもいた。

その後の保護者へのインタビューと先生達へのインタビューも同じくらい酷いもので、それを聞いていた私でさえ(この人達こんなんで大丈夫なのか?)と思った程だった。

先生達がエボラ熱の怖さをちゃんと理解していないためそれを学生に伝えていず、保護者たちとのコミュニケーションも全然とれていない。

エボラ熱に関する知識と情報が一番大切な時に、この学校は何をしているんだろう。

そう思った時にふと、

(もしもノッコがこんな高校へ通っていたら、、、)と考えてしまった。

もしもノッコがこんな学校に通っていたら、きっと伸びる能力も伸びなくなってしまうんじゃないか。

そんな風に思ってしまった。

そしてこの学校のレベルがこんなに低いのはやはり貧困のせいなのだろうと思った。

アメリカの公立の学校は地域によってそのクオリティーが全然違う。

お金持ちがたくさん住んでいる地域の公立学校には優れた先生が多く、私立並みに良いカリキュラムが組まれている。

でもその分、貧しい地域の公立学校は悲惨な状態のものが多い。

以前スラム街の公立学校の先生をしていた友人が「あれは、こちらの言葉がわからない動物相手に授業をしているようなものだった。」と言っていた。

学生も、保護者達も、そして一緒に教えている先生達までも本当に最低だったそうだ。

私は風太のデイケアにもノッコのキンダーガーテンにも、今とても満足している。

でもそのラジオのインタビューを聞いたあと、急にそれがひどくずるい事のような気がしてしまった。

誰だって自分の子供をノッコのようにすばらしい先生達の下で勉強させたいに決まっている。

でも多くの人達はそれができずに、あのインタビューの中のような学校に子供を預けなければならないんだ。

私の子供達はいい学校、いい先生達に恵まれてラッキー!

そこで終わらせられない現実がそこにある。

そのインタビューは私にそのことを気付かせてくれたのだった。



にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


ノッコと風太のおもしろ語録



最近益々口が達者になってきたノッコ。

そしてだんだん色々なことが話せるようになってきた風太。

時々子供らしい面白いことを言って笑わせてくれます。


1)風太2歳の頃

ある日スーパーまで運転していた時のこと。
遊び疲れていた風太は走り出して5分で爆睡してしまった。
でも10分ぐらいすると、西日が顔にかかって眩しかったのか、まだ眠いのに起きてしまった。
そして一言、

「Turn off the sun !(太陽のスイッチ切って!)」


2)風太2歳の頃

ノッコがなかなか言う事を聞かない時、「じゃあ10数えるからそれまでにそのおもちゃ片付けてね」などと「数えの術」を使うことがあった。「いーち、にー、さーん、、」と数え始めると、なぜか子供は慌てて言われたことをやりだすので割と効果的。

その日もプレイグラウンドで子供達を遊ばせたあと「さあ帰るよー!」と何度も言っているのになかなか帰ろうとしないノッコと風太に「じゃあ、10数えるからね。それまでに来なかったらもうおやつはなしだからねー!」と伝えた。するとノッコはすぐに「おやつ食べるー」と走ってこちらに来たのに風太は私の言う事を全く無視して遊び続けていた。そこで「じゃあ、風太くん、いいのね。ママ数えるからね。」
そう言って「いーち、にー、さーん」と数え始めると、風太はこちらに走って来るかわりに「キャッ キャッ」とうれしそうに隠れる所を探し始めた。
(かくれんぼと勘違いしてるんだ)
そう思ったらなんだか可笑しくなってきて、ノッコと二人で大笑いしてしまった。



3)ノッコ5歳の頃

これも車の中での話。
車を運転しながらラジオを聞いていると、オバマ大統領に関するニュースが流れてきた。
するとノッコが突然、

「ママ、私“大統領”知ってるよ。」と言った。

「あら、そう? じゃあ、今のアメリカの大統領って誰だか知ってる?」

「、、、、、、、、。」

「オバマっていうんだよ。オバマ大統領。」

「オバマ? ノッコ、オバマ知ってるよ!」

「そうなの? じゃあ、オバマ大統領ってどんな人?」

「あのね、恐竜をたくさん殺した人。」

(えっ、そうだったの?)



3)ノッコ5歳半の頃

これはお風呂の中での話。

「ねえ、ママ、海にゴミを捨てる悪い人達がいるんだよ。」と突然話し出した。
どうやらその日、学校で環境汚染についての話を聞いたらしい。

「あら、そう? 海にゴミを捨てるとどうなっちゃうの?」

「あのね、魚がゴミをえさだと思って食べちゃうから死んじゃうの。」

「そうなの。かわいそうだね。誰がそんな悪いことをするのかな。」

「ええとね、、、ドボロウ」

「ドボ郎?」

(あれ?)

(それはもしかして「泥棒」のことかな?)


その発想も間違いも、かわいすぎるよノッコちゃん。


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


娘の歯並びにこだわる

* これは半年前のお話です。


私がアメリカに来てコンプレックスに思い始めたことの一つに「歯並び」がある。

日本にいた頃は自分の歯並びが特別ひどいとは思っていなかったし、私よりガタガタの歯並びの人や、金歯銀歯がキラキラしている人もたくさんいたので、自分の歯のことは大して気にしていなかった。

けれどアメリカに来てからビックリ。

ほとんどの中流階級の人達は、歯が真っすぐ! 真っ白!

「ニコッ」と笑った時に見える白い歯がマンガみたいに「キラッ」と光り、思わず「眩しい!」と手で遮りたくなるほどだった。

ジョンも例外ではなく、昔タバコを吸っていたこともあるし、毎日コーヒーを5杯ぐらい飲むのに歯は真っ白で真っすぐ。

時々(どうしてそんなに歯がストレートなんだろう?)と見とれてしまうほど。

だからジョンと一緒に歯を磨きながら鏡に向かって「にっ」と笑ってみると、私の歯がひどくガタガタに見えるのだった。

しかも私は小さい頃何かの薬を飲んだ影響で歯にうっすらとシマシマができていた。
  
更に小さい頃あまりきちんと歯を磨かなかったせいで虫歯も多く、金歯、銀歯がところどころにあった。

なので歯医者を変えて新しい歯医者さんに行くと、必ずといっていいほど「白いベニアを貼ればすごくきれいになりますよ。」と言われてしまうのだった。

一時期は周りの美しい歯並びの人達に圧倒されてしまい、歯を見せないで笑う練習をしてみたり、笑う時は手で口を覆う癖をつけたりしたこともあった。

そして(ああ、お金があったら歯の矯正をしてみたいなぁ)といつも思っていた。

なのでジョンと結婚した頃から(子供ができたら自分の子供達にはぜったいにきれいな歯並びをプレゼントしてあげたい)と心に決めていた。

私は大人になってから歯のことで悩む度に、小さい頃に母がちゃんと歯磨きを強制してくれなかったことをかなり恨んだので、自分の子供達には徹底的に歯の手入れをしていこうと思っていた。

ノッコの離乳食が始まった頃から赤ちゃん用のプラスチックの歯ブラシで数本しか生えてない歯をキュッキュッと磨いたり、全部生え揃ってからは時々フロスをしたりしていた。

しかしまあ、どうして子供というのはこんなに歯磨きが嫌いなんでしょうか?

歯磨きが好きになる絵本を読んだり、歯磨きの子供番組を見せても全く効果なし。

2歳ぐらいのノッコは、私が「さあ、歯を磨くよー」と言っても絶対に口を開けようとせず、無理やり口を開けて磨こうとすると今度は歯ブラシを「ぎゅっ」と噛み締めてはなさなかったり、とにかく毎日四苦八苦の連続だった。

そして更に大変だったのが、

歯医者に行く時。

ノッコの歯が全て生え揃ったころから定期的に歯のチェックをしてもらっていたのだけれど、これが大変大変。

まだ小さかったので歯医者がどんなところか分かっていなかったノッコは、歯医者さんに行くまでは全く問題なかった。

逆に歯医者に行けるのを喜んでいたほど。

その頃は子供用の歯医者に連れて行っていたので、天井から下がっている飛行機を見たり、ディズニーのキャラクターが描いてある壁を見てノッコは更にウキウキ気分だった。

でも一旦歯医者さんが部屋に入って来て「はい、あーんして」というと途端にダメ。

「うわーん」と私の膝の上で泣き出し、どんなになだめても口を開こうとしなかった。

でもさすが子供に慣れている先生。

「ねえノッコちゃん、自分の口の中を見たい?」と聞いて、

小さい鏡と大きい鏡を出して来た。

小さい鏡でノッコの口の中を調べている様子を大きな鏡でノッコに見せてあげたので、ノッコも興味津々で大きく口をあーんと開けたりしていた。

そうしていつも無事に診察は終わり、「虫歯はなし」という結果に私もノッコもハッピーな気持ちでその歯医者を後にするのだった。

けれど今回いつものようにノッコの歯科検診の予約を入れようと思って歯医者に電話をすると、いつもノッコを診て下さる先生が亡くなってしまったと知らされた。

そしてその先生しか子供の歯を見る先生はいなかったので、今後はそのクリニックで子供の検診はしないという。

(うわーっ、あのディズニーの部屋とあのやさしい先生がいなくなったら、ノッコは絶対に行きたがらないよなー)と思って悩んでいると、ジョンが

「ノッコはもう5歳なんだから、僕たちが行ってる普通の歯科に連れて行けばいいじゃない。」と言った。

早速私達が通っている歯科に電話すると5歳児から受け付けているという。

そして今週の金曜日に空きがあるから連れて来てもいいと言ってくれた。

そこでその予約を取ってから「ノッコちゃん、今週歯医者なんだけど、今度行く所は前の所と違っててディズニーのキャラクターや飛行機がないのね。ママ達がいつも行く所なんだけど大丈夫?」と聞いてみた。

ノッコは途端に泣きそうな顔で「ダメー!」といったけれど、だからと言って予約をキャンセルする訳にはいかない。

私は金曜日当日、嫌がるノッコを連れて歯医者のドアをくぐった。

「ノッコちゃん、ここはbig girl が来る歯医者なんだよ。だから小さい子は誰もいないでしょ。風太だって来たくても小さいからこれないんだよ。ノッコちゃんがここで治療できるなんですごいことなんだよ。」

私がそう言って一生懸命なだめても、ノッコは不安そうな顔を隠さなかった。

「ノッコちゃーん」

ノッコの名前が呼ばれて、私達はそのまま診察室に通された。

落ち着いた感じのおもちゃも何もない殺風景な部屋。

ノッコは明らかにがっかりした顔をしていた。

そして診察台に横になると、助手らしき女性が色々な器材を持って来た。

「えっ、ノッコの歯のクリーングをするんですか?」

「ええ、そうですよ。この歳の子供には大人と全く同じ内容のクリーニングをしています。」と答えた。

でも歯のクリーニングって歯茎のあたりがチクチクして、時々痛い時もある。

(ノッコそんなことされて大丈夫かな?)

そんな私の心配をよそに、ノッコはちゃんと大きく口を開けたままおとなしくクリーニングをしてもらっていた。

「はい、少しこっち向いてね」

「はい、今リンスするからお口閉じて」

そんなクリーニング士さんのいうことをちゃんと聞いてがんばっているノッコ。

ノッコがこんな風にひとつの所にじっとしていることができるなんて、、、

私はなんだか感動で目がウルウルしてくるほどだった。

そして同時に(私のお母さんもこれくらい私の歯を気遣ってくれていたら、、)そんな風にも思ってしまった。

結局30分近くかかったクリーニングの間中、ノッコはずっと助手さんのいうことを聞いておとなしくしていた。

前回の検診ではあんなに大泣きしてたのに、、、

こんなところでも子供の成長って見えるものなんだと改めて感心してしまった。

結局虫歯なし、歯並び良好の結果だった。

よかったね。

ノッコのクリーニングが終わったあと、クリーニングをしてくれた女性が、

「ノッコちゃん、初めてなのにとってもがんばったね。えらかったよー。じゃあ、あの宝の箱から好きなものを1つ持って帰っていいよ。」

と側にあった宝島の箱を指差した。

「本当? 本当にいいの? イェーイ!」

うれしさで飛び跳ねるノッコ。

そしてその宝の箱を開けてみると、、、、

なんと中には、

キャンディーが「これでもか!」というほど入っていた。

「キャンディー!!!!!!」

クリニック中に響き渡るような大きな声でノッコが叫んだ。

そしてその中で一番大きなロリポップを選んで「ママこれ食べていい?」とせがんだ。

子供が歯のクリーニングに来てキャンディーをもらうなんて、、、、。

こういう所がアメリカって面白いよなぁ、と帰りの車の中で一人で笑ってしまった。(もしかしてこのクリニックだけかな?)


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


もう娘と友達を比べない



*これは昨日の記事の続きで、半年前のお話です。


そんなある日、ノッコのバス停で友人のあつ子さんにばったり会った。

あつ子さんの娘さんの美加ちゃんは、クラスは違うけれどノッコと同じキンダーガーテンに通っていて、日本語学校でも一緒だった。

子供達がバスに乗ったあとしばらく二人で立ち話をしているとあつ子さんが、「そうだ、さわこさん、美加のクラスにエマっていう子がいるんだけど知ってる?」と突然訊いて来た。

「うん、知ってるよ。エマの両親とは昔からの友達だから彼らとは家族ぐるみでよく遊んでるよ。どうして?」

「うん、美加とエマは今同じクラスなんだけど、最近一緒に遊ぶようになったみたいで、毎日エマの話をするのよ。」

「あ、そう? エマと美加ちゃんて同じクラスだったんだ。」

「そう、それで “ねえママ、エマってすごいんだよ。もう字がたくさん書いてある本を読めるんだよ” とか “ エマはバレリーナみたいに足を前後に広げて座れるんだよ “とか、毎日そんな話ばっかりするの。だからこの間学校のボランティアに行った時にちょっとどんな子なのか見てみたんだけど、もうすごいのなんのって。ロープの綱をスルスル登って一番上にいったり、リングの平均台をトコトコ歩いたり。美加も運動神経は悪い方じゃないんだけど、それでもエマと比べるとかなりモタモして見えたもん。そして教室に戻ってからも本をスラスラ読んだり、パズルをパッパッと作っちゃったり。私もうビックリよ。」

「そうそう、エマは本当になんでもできるんだよね。」

「そう、それでエマがノッコちゃんのこともよく知ってるって言ってたから、ちょっとさわこさんにも話したくなっちゃって。」

「あはは、そうだったの。私もエマにはいつも驚かされてるよ。同じ5歳なのにこんなに違っていいのか、なんて。」

「そうなのよ! エマのご両親はどうやってあんな子を育てたのかしらね。もしも自分の子供があんなだったら楽だろうねぇ。」

「そうなんだよね。私もよくそう思ったよ。、、、っていうか、実はその事で最近ちょっと落ち込んでたんだけどね。」

そう言って私は思い切って最近の自分の気持ちをあつ子さんに打ち明けてみた。

すると彼女は、

「ちょっとさわこさん、ノッコちゃんとエマを比べたりしたらかわいそうよ。エマはあれ普通の子供じゃないもの。いわゆる天才児よ。あんな子と比べたらどんな子供でも劣ってみえちゃうわよ。」と言った。

それを聞いて私は思わず「ハッ」としてしまった。

そうだったんだ、、、。

学校に入って初めてエマを知ったあつ子さんのような人には、エマが天才児ということがはっきり分かるんだ。

でも彼女をずっと見て来た私にはそれがよく分からなかった。

エマ以外にいつも一緒に遊んでいる子供が周りにいなかったから、彼女がいつも私にとっての「普通の子供の基準」だった。

そしてノッコはその基準よりいつも下にいた。

でも、、、

そうなんだ、、

今頃になってようやく気付いた。

ノッコが下すぎたのではなく、エマがあまりに上にいすぎたという事を。

普通の子供と違うのはノッコの方じゃなくて、エマの方だったんだ。

そしてそんな天才児のエマとノッコを私は赤ちゃんの頃からずっと比べ続けてきたんだ。

それはノッコにとっては堪ったもんじゃなかったに違いない。

ああ、

ごめんよー、のっこぉぉぉぉー!

私はノッコに対してどうしようもなく申し訳ない気持で一杯になってしまった。

今まで常にエマと比べてきたことで、きっと与えなくてもよかった劣等感をノッコに与えてしまったに違いなかった。

ごめんよー、のっこぉぉぉぉー!

もしもノッコがその場にいたら、彼女に土下座して謝りたいほど私は深く深く反省した。

そして更に気がついたことがもう一つあった。

実は私は密かに美加ちゃんのような娘を持つあつ子さんのことも羨ましいと思う事が時々あった。

それは主に美加ちゃんの日本語がネイティブ並みに上手だからという理由からだった。

でも美加ちゃんのような娘を持つあつ子さんにも(羨ましい)と思ってしまうエマがいて、そんな天才児のようなエマを持つマーナにもきっと(羨ましい)と思ってしまうようなお友達がいるに違いないんだ。

そう考え始めたら、なんだか今までノッコとエマを比べてきてことが急にバカらしく思えてきた。

「世の中には必ず上には上がいる」

そんなこと分かっていたつもりで、本当はちゃんとその意味を分かっていなかったんだ。

何て愚かなわたし、、、

私はあつ子さんとバス停でさよならをしてからすぐにマーナに電話した。

「今週末プレイデートしない?」と久しぶりに彼女達を誘うと、マーナは

「なんか私達を避けているようだったから、何か気に障る事をしちゃったかなと心配してたんだよ。」と言っていた。

ああ、私のバカバカ行為のせいで、こんなところにもう一人無駄に傷ついていた人がいたんだ。

もうやめよう。

こんなことはもう二度としないようにしよう。

こうして私は「最低の母親」のポジションからなんとか抜け出す方法を見つけることができたのだった。

                               ◇


ここまで書き終わって,今回この記事をブログに載せる事にしたのはやっぱり自分にとって良いことだったなという気がしています。

ここに全て書き出すことで、今まで抱えていた様々な気持ちを整理することができました。

今はとても落ち着いた気分です。

あれから半年経った今、エマは相変わらずノッコのずっと前を歩いています。

以前にも増して自信に満ちたエマは、いつもキラキラしていて眩しいくらいです。

でも私はもう大丈夫です。

余裕のよっちゃんです。

ノッコはこれから成長していく上で、今後もエマのような自分より優れている子とたくさん出会うでしょう。

そしてそんなお友達と出会う度に劣等感からひどく傷つくかもしれません。

でも私はノッコがそんなお友達と出会う度に、今回そうしたようにノッコとそのお友達を引き離すことはできないのです。

そうやっていつまでもノッコが傷つかないようにプロテクトしていくことはできないのです。

だってノッコの選んだお友達はノッコの友達で、例え傷つくことがあってもノッコがその子と一緒にいたいと思うのであれば、そうさせてあげるのがやはり一番いいことなのだから。

今ノッコとエマはお互いを「親友」と呼ぶ大の仲良し。

だから今の私にできることは、そんな二人をこれからもやさしく見守っていってあげること。

それだけなんです。


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村



どうして娘の友達が羨ましいのか

* これは昨日の記事の続きで、半年前のお話です。


久しぶりに会ったエマのあまりの成長ぶりに驚くとともに戸惑いを覚えてしまった私。

(どうしてそんなに何でも上手にできるんだろう? ノッコはその半分もできないのに、、)

エマを見ているとそう思わずにはいられなかった。

そして自信に溢れたエマの横で小さくなっているノッコを見ているのがいたたまれなくなってしまった私は、エマとのプレイデートを断るようになってしまった。

                                  ◇

マーナ達との交流を絶ってからの数週間、私は毎日悶々としていた。

一体自分は何をやっているんだろう。

ここしばらくこんな風にノッコと他の子供を比べて落ち込む事なんて全然なかったのに。

どうして今頃になってまた、、、。

そう考えているうちに、だんだんと自分でもその答えが分かってきた。

それは羨ましいと思う対象がエマだからだということを。

ノッコのキンダーガーテンのクラスにもノッコより何でも出来る子はきっとたくさんいるはずだった。

でも不思議とそういう子達のことはあまり気にならなかった。

じゃあ、なぜエマの素晴らしさを見ていると辛くなってしまうのか。

それはやはり私がエマを生まれた時から知っていて、今まで彼女がノッコと同じように成長してきたのを見てきたので、心の中で二人はこれからも同じように成長していくと勝手に思い込んでいたふしがあったからだと思う。

二人が2−3歳の頃まではその成長の差はあまり顕著でなかったし、逆に度胸の据わっていたノッコの方が臆病なエマをいつも引っ張っているような感じだった。

その印象がなかなか取れなかった私は、だんだんエマの方が色んなことが上手にできるようになっていくのを見ても、きっとノッコもすぐに追いつくと信じ切っていた。

けれどこの間のプレイデートでは、エマとノッコの間にあるもっと根本的な違いを初めて実感したというか、ノッコがちょっと努力したくらいではもう追いつけないエマの中の才能を見たような気がしたのだった。

そしてこんなに仲良しでこれからもずっと付き合いが続くだろうエマとノッコだからこそ、二人の差があまりに開いてしまうとそれがノッコに与える影響が怖くて仕方がなかった。

エマと自分を比べていくことで、これ以上ノッコに自分への自信を失って欲しくなかった。

そんなことを考えていたある日ジョンが私に、

「近頃マーナ達とあまり遊んでないみたいだね。」と声をかけてきた。

ここ最近のこのドロドロした感情は、例えジョンでも中々打ち明けられなかった私。

でもこのまま一人で溜め込んでいるのは嫌だったので、軽蔑されるのを覚悟で「実は、、、」とジョンに話してみた。

するとそれを聞いていたジョンは、

「まあねぇ」と言ったあと、

「確かにエマは本当に何でも上手にできちゃうよね。僕も時々ノッコがあんなに何でも簡単にできる子だったら毎日の生活がずっと楽だろうなと思ったりすることはあるよ。」

「でもね、僕は昔からエマのようなTeacher’s pet (優等生) がどうもダメなんだよ。どう説明したらいいのか分からないんだけど、とにかく苦手なんだ。だから個人的にはノッコのように全世界に反抗するためだけに生まれてきたような子供の方が面白味があると思うし、彼女のあの何にも縛られない自由さがとてもいいと思えるんだよ。」

と言った。

うーん。

確かに私も「ノッコの一番好きな所はどこ?」と誰かに訊かれたら、何も迷わず「単純なところ」と答えると思う。

単細胞であるがゆえに変に損得を計算をしたり、相手によって態度を変えたりということを一切しない。

いつも目先のことしか見えず、後先を考えないで行動するので失敗ばかりする。

でも私はノッコのそんな不器用さ、真っ白さが本当はとても好きだった。

そんな風に不器用で真っ白のままでいて欲しいと望んでいるくせに、同時にエマのように賢くなって欲しいなんて、私は一体ノッコに何を望んでいるというのだろう。

ジョンと話したあと、私は自分でも自分の気持ちがよく分からなくなってしまった。


*すみません、全部書き終わったんですがまたまた7ページという長さになってしまったので、ここで一旦切ります。
続きはまた明日!



にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村



そして私は最低の母親になる(ふたたび)


実は今回、この話をブログに書こうかどうしようか少し悩みました。
自分でもあまりに情けない内容なので。

でもこのブログには私達家族のありのままの姿を書くと決めているし、それがどんなに醜く恥ずかしい自分だとしてもやはり隠すべきではないと思いました。

私は一人の親として、一人の人間として悩み苦しみ、そして子供達の成長と共に自分なりに少しずつ成長してきました。

だからそんな自分を見てもらうためにも、ここにその頃感じていた気持ちを隠す事なく綴っていきたいと思います。

                                ◇

約6年前ノッコがもうすぐ生まれるという時、私はとにかくノッコがドラッグの影響を受けていないこと、五体満足で生まれてきてくれることだけを願っていた。

そしてノッコが五体満足で生まれてきて、でも頻繁に入退院を繰り返していた頃、(とにかく健康になって欲しい)と思った。

もうゼーゼーと呼吸ができなくて苦しむノッコの姿を見るのはたくさんだった。

だからノッコに喘息に打ち勝つほどの強い身体を持って欲しいと願った。

そしてノッコが喘息に打ち勝った頃、今度は(全てにおいて優秀であって欲しい)と望むようになった。

運動も、勉強も、礼儀も、性格も完璧な女の子。

けれどノッコの極端な癇癪、学習の遅れなどを目のあたりにして、私はそんな願いは現実的ではないということに気が付いた。

そしてその現実を受け入れるまでに、本当にたくさんの時間を要した。

けれどそんなに苦しんだお陰で(ノッコは完璧な子供なんかじゃなくてもいい。ただ何か一つでも自分が好きな事、得意でがんばれることがあればそれでいい)と思えるところまで辿り着いた。

そしてその頃からノッコと他の子供を比べる事をあまりしなくなった。

そうすると、前はあんなに気になっていたノッコの勉強や水泳の遅れがほとんど気にならなくなった。

それなのに、、、、

                                ◇

ノッコのキンダーガーテンが始まってから数週間して久しぶりに友人のマーナ家族を家に呼び、エマとノッコをプレイデートさせることにした。

夏休みの間マーナ一家はドリアンの実家があるドイツに一ヶ月以上滞在していたので、私達が彼らに会ったのは2ヶ月ぶりぐらいだった。

「エマ、久しぶり! ドイツは楽しかった?」

「うん、すごく楽しかった。お友達がたくさんできたの。」

「あらそう、よかったね。 どう キンダーガーテンは? 好き?」

「うん、私キンダーガーテン大好き!」

生まれた時から一緒に遊んでいるエマとノッコはとても仲良しだったので、同じクラスになれないと分かった時は二人ともひどく落ち込んでいた。

なのでエマが「学校が楽しい」と言っているのを聞いて、私も嬉しい気持ちになった。

そしてエマは次に、私が思わず耳を疑ってしまうようなセリフを吐いた。

「ねえ、さわこ。私ね、宿題がだーい好きなの!」

「えっ? そうなの? すごいねぇ。」

「うん、学校から出る宿題は、簡単過ぎですぐに終わっちゃうから本当はもっともっと宿題を出して欲しいんだ。」

(すっ、すごい! ノッコなんて毎日ヒーヒー言いながら宿題をこなしていて、それでも終わらず提出できない時もあるっていうのに、、、)

そんな事を考えているとエマとノッコは庭に出て、外でシャボン玉をやり始めた。

私がお茶を入れてマーナに出すと、彼女はエマについて話をし出した。

「エマはキンダーガーテンに入ってから突然学ぶ事が楽しくなったようで、アルファベットの大文字も小文字ももう書けるし、毎月覚える単語も一日で覚えちゃうのよ。あんまりに物足りないって言うからドリアンが先週からドイツ語を教え始めたの。毎日与えるドイツ語の宿題もガンガンこなしちゃうのよ。」

「すごいねぇ。ノッコは未だにアルファベットも書けないのに。」

  * ちなみにマーナは自分の娘を鼻高々に自慢するというタイプではなく、ただ事実を淡々と述べているという感じだった。

「それに学校でも先生の言う事をきちんと聞いているみたいで、毎日“グリーンのカード”をもらってくるのよ。」

  *“グリーンのカード”というのは態度のよかった生徒がもらえるもので、態度の悪かった生徒は赤のカードをもらってくる。

「毎日どうしたら“グリーンのカード”をもらえるか、そればかり考えているみたい。それに家でもすごく聞き分けがいいのよ。あまりに聞き分けが良過ぎて気味が悪くなるくらい。」

「羨ましい!」

「うん、でも自分の中で“いい子にしていないといけない”という観念が強すぎるようで、他の子が悪い事をしたりするとすぐに先生にいいつけるみたい。そういう子ってお友達に嫌われがちじゃない。だからちょっと心配で、、。エマにはもうすこし謙虚になって欲しいのよね。」

「うん、でもそんなに自分に自信があるっていい事だと思うよ。」

「まあ、そうなんだけどね、、。」

私はその日、自分がノッコに手を焼いていることなどをなんとなくマーナに話せないまま、ただ彼女の聞き役となって終わってしまった。

                           ◇

それから私達とマーナ家は以前と同じように毎週末一緒に遊ぶようになった。

けれどその度にエマの素晴らしさを見せつけられて、私は胸が苦しくなるような感覚を覚えるようになった。

バレーを習っているエマはバランス感覚がすぐれているため、自転車だろうが、公園の平均台だろうが、ノッコがやるのよりいつも上手に色んなことができた。

ドイツ語もペラペラで、ドリアンとドイツ語で会話をしているエマの姿は、いつかノッコと日本語で会話をしてみたいと思っていた私には理想の姿そのものだった。

しかもエマはとてもかわいくて、性格までいいときていた。

ある日みんなでジグソーバズルをやっている時、ノッコが1個も終わらないうちにエマは3つもパズルを完成させてしまった。

それを見ていたノッコが「I am slow…..」と下を向いてしまうと、すかさずエマは「ノッコは私のより大きいのに挑戦しているからだよ。」と慰めた。

それを聞いた瞬間、私はなぜか(もうダメだ、、、)と思ってしまった。

もう、、、

ノッコとエマが一緒に遊ぶのを見ていられなくなってしまった。

もうこれ以上

エマがどれくらい優れているのかをみせつけられるのが堪らなくなってしまった。

胸が苦しくて苦しくてどうしようもなかった。

だから、

それ以降は色々な理由をつけて、エマとのプレイデートを断るようになってしまった。

ノッコとエマは二人で遊ぶのを楽しみにしているというのに、

ノッコは別に劣等感を感じたりしていないようだったのに、

全ては自分の弱さのために、

自分の汚い劣等感のために、

私は、

仲良しの子供達を引き離してしまう最低の母親になってしまった。

つづく、、、


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村


病院からの請求書、その額にビックリ!


* これは昨日の記事の続きで、半年前のお話です。


ある日喘息症状を起こした2歳の風太は、小児病院の救急室で治療を受けると噓のように元気になってしまった。そのまま家に帰れるものだと勝手に思い込み、帰り支度をしている私達にドクターは意外にも「今日は入院して下さい。」と言った。

                              ◇

病室に通されるとすぐに看護婦さんが来て、心拍数や酸素量をはかるモニターを設置してくれた。

けれどそれらに興味津々の風太はすぐにそのコードを引っ張ってはずしてしまうのだった。

ようやく担当のドクターが検診に来たので、「すみません、すぐにコードを外してしまうのですが、、、」と言うと、ドクターは風太の呼吸の様子を調べてから、「いいですよ、もしも嫌がって外してしまうようでしたらモニターは付けないでおいても。」と言った。

「そうですか、すみません。」

そのあとドクターは、風太の入院に至るまでの様子について質問してきたので、私はまた今朝からの風太の症状について彼女に説明した。

するとドクターは、

「こういう喘息状態で救急室から入院になった患者さんは、ここにいる間ある一定のステップ治療を踏む事になります。まず二時間おきにAlbuterolを吸引します。もしも呼吸の調子がよくなったらそれを4時間おきに伸ばして、それから更に6時間おきに伸ばします。6時間に伸ばしても呼吸が荒くならないようでしたらそのまま退院という形になります。」と言った。

「分かりました。」

これは以前ノッコがやはり同じような症状で入院した時と同じステップ治療だった。

その時もノッコの状態は割といい方だったので(早く6時間おきにならないかなー)と思っていたものだった。

今回の風太はあの時のノッコより更に元気な感じで、とても狭い病室でじっとしている状態ではなかったので、私はしょっちゅう風太を病院内のプレイルームに連れて行って遊ばせた。

そんな風太を見ていて私が次に気になったのは、風太がこの入院中に吸収しなければならない薬の量だった。

アメリカの病院は短期間で効率よく病気を治すために、小さな子供でも一度にたくさんの薬を飲ませたりする。

でもその時の風太の状態を見ていると、2時間おきのAlbuterol +ステロイドは薬が強過ぎて、逆に身体への負担が大きくなってしまうような気がした。

もしも必要でないのならできるだけ風太に与える薬の量を減らして欲しいと思ったので、Albuterolの治療をしてくれる看護婦さんが最初に病室に来た時に、

「風太を見ているとAlbuterolを2時間おきにあげる必要はないように思えるんですが、それでもやはり2時間、4時間、と決められたように薬をあげないといけないんでしょうか?」

と訊いてみた。

するとその看護婦さんは風太の呼吸の様子を調べてから、

「そうですね。呼吸の調子がよさそうなので2時間おきは多過ぎるかもしれませんね。では今治療をしておいて、次は4時間後に様子をみることにしましょう。」と言って下さった。

風太が午後の昼寝を終えて遊んでいると、3時頃に学校が終わったノッコとジョンがお見舞いに来てくれた。

知らない環境にいてやはり不安だったのか、風太はノッコとジョンの顔を見ると途端に「うわー」とはしゃぎだし、ノッコの手を引っ張ってプレイルームへ連れて行った。

そんな二人をニコニコしながら見ていたジョンが、

「どう?風太の様子は?」と私に訊いた。

「うん、すごくいいよ。プレイルームで走り回っても全然ゼーゼーしないし、モニターも付けてないし、看護婦さんもあまり来ないし、これじゃ家で様子見ているのとどこが違うのがよく分からないくらい。」

入院になってしまったことに未だに納得していなかった私は不満げにそう言った。

「それならよかった。僕は以前ノッコの容態が急変していきなり集中治療室に移されたことがあったから、これくらい慎重な方がいいと思うよ。」

「まあね。」

確かに、、、

そうなんだけどね、、、。

一生懸命そうやって自分を納得させようと思ったけれど、やはり私はジョンのように素直に「これでよかった」とは、いつまでたっても中々思えないのだった。

                                  ◇

その晩風太は問題なくスヤスヤ寝て、次の日朝ご飯もしっかり食べ、呼吸も全く問題なかったので、予想していた通りそのまま退院となった。

家に帰ってからは引き続きAlbuterolを吸わせ、ステロイドを飲ませるようにとドクターから指示を受けた。

そして風太はその二日後には元気にデイケアに戻って行った。

それから一ヶ月ぐらいしてから、恐れていた病院からの請求書がようやく届いた。

請求額は約 $3, 000 (約30万円)。

風太が入院した個室だけで一泊18万円くらいするので、まあこんなものだろうなとは思っていた。

それでもやっぱり私にとっては痛い金額だった。

貧乏性の私は(30万円あれば日本行きの飛行機代になったのに)とか、(30万あれば外装のペンキを外注できたのに)とか、みみっちいことを一人でブツブツ考えたりしていた。

ところがそれから数日してから私達の加入している保険会社から保険の詳細書が届いた。

そしてそれには

「病院側は入院しなくてもよい状態の患者を入院させたので、30%のペナルティを払うことになりました。」と書いてあった。

そして保険会社が計算した私達の負担額の合計は $1,700 (約17万円)と書いてあった。

「ラッキー!」

それを見た私は飛び跳ねたい程うれしくなってしまった。

17万円も高いけど30万円よりはずっとマシ。

そっかあ、やっぱり保険会社のほうも病院の治療内容をみて、あれは入院の必要がないと判断したんだぁ。

私はなんだか「さわこさんの判断が正しかったですよ。」と彼らに言ってもらったような気がしてうれしくなってしまった。

そして早速病院に電話して保険会社から言われたことを伝えると、私達の請求書をチェックしてくれた担当の人が、

「ああ、そうですね。ごめんなさい。ちょっとこちらの手違いのようだったので、またもう一度確認してから再度新しい請求書を送らせていただきます。」と言った。

一ヶ月ぐらいで病院からその17万円の請求書が来るのかと思っていたけれど、一ヶ月経っても、2ヶ月経っても、病院からの請求書はなかなか送られてこなかった。

その間風太は同じような喘息症状を2回程起こしたけれど、2回とも行きつけのクリニックに連れて行ったので治療費はほとんどタダだった。

こうやって親というのは子供の病気に慣れて行き、こういう症状の時はこうする、というような判断力がついていくものなんだなと思ったりした。

そして風太が入院してから半年も経った今年の2月にようやく病院から請求書が届いた。

それを見て私もジョンも心底ビックリしてしまった!

だって、、

その金額、

$250(約2万5千円)也。

どこをどうしたら30万円だった請求書が2万ちょっとになってしまったのか私達にはぜーんぜん分からなかったけれど、でも私はその意外な展開に天にも昇るような気持ちだった。

どうやらこの半年の間、病院側と保険会社の間で壮絶なバトルが繰り返されていたようだった。

きっと必要でもなかった入院費を負担したくない保険会社は、それを拒否するために「どうしてこの患者には入院の必要がなかったのか」を全力で証明しようとしたのだと思う。

そういう意味で保険会社は、病院が無駄なお金を患者側に負担させないようチェックする役割を担っているのかもしれないと思った。

特に小児病院の場合、子供の健康状態を心配するあまり私達のように「ノー」と言えない保護者がたくさんいるため、そこにつけ込んで病院側が巨大な医療費を請求しないように、こういうルールが設けられているのかもしれなかった。

私は普段、保険会社に対して「悪の業者」というイメージしかなく、全く信用もしていなければ感謝することなんてあり得ないと思っていたけれど、今回は彼らの活躍ぶりに「ブラボー」と叫びたい気持ちだった。

なにはともあれ負担額が元の10分の1以下になった私達はいきなり太っ腹になってしまい、早速その晩みんなでお寿司を食べに行った。

そして元気になった子供達に感謝の気持ちをこめて「もちアイスクリーム」のデザートまでおまけしてしまった!

とりあえず今回は私達にとってハッピーな形で終わったけれど、もしも病院の対応に疑問を持った場合には、あまり遠慮せずにその疑問をぶつけてもいいのかなと思った一件だった。

そして子供が病気になった時、その治療費を気にする事なく、心行くまで治療に専念できる日本の親御さんたちが羨ましいなと思わずにいられなかった。


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村



子供のためなら「ノー」とは言えない


* これは昨日の続きで、半年前のお話です。


朝になって急にゼーゼーという喘息症状が酷くなった風太。

なんとか行きつけのクリニックが開く時間までがんばって欲しいと思っているところへいきなり嘔吐してしまったので、急いで小児病院の救急室へ連れて行く事にした。

車を飛ばして小児病院の救急室に着くと、中には患者が一人もいずガラーンとしていた。

冬のインフルエンザのシーズンの頃は病気の子供達でごった返していたのに、やはりこんな暖かい夏の日には病気になる子も少ないようだった。

「どうなさいました?」受付の人がそう訊いた。

「すみません、なんだか今朝から喘息のような症状が出てしまって。」

「はい、ではこれに記入して、そちらで少しお待ち下さい。」

そう言われて待合室で待っていると、5分もしないうちに名前を呼ばれすぐに病室に案内された。

病室に入ると次から次へと看護婦さんが代わる代わる入ってきて、風太の熱を測ったり、聴診器を当てたりしていた。

違う人が入ってくる度に同じような質問をされ、何度も同じ答えを繰り返さなければならなかったのがちょっと面倒だった。

* 余談ですが、この件があってから数ヶ月してエボラ熱に感染した男性がテキサスで亡くなった事件がありました。そのニュースを聞いた時すぐにこの時の救急室での様子を思い出し、(もっと看護婦と医者の間でちゃんとコミュニケーションをとっていれば防げたかもしれない死だったのに)と思ってしまいました。

そしてようやくドクターらしき男の人が入って来た。

私は今朝風太のゼーゼーが始まった時からずっと(風太はRSウィルスにかかってしまったのではないか)という心配をしていた。

というのは、RSウィルスにかかってゼーゼーが始まると必ず悪化してひどい状態になるからだった。

ノッコがRSウィルスにかかった時にも日に日に症状が悪化し、最後には集中治療室に運ばれてしまったほどだった。

だから入って来たそのドクターにすぐ「RSウィルスのテストをしてみてもらえませんか?」とお願いしてみた。

けれどそのドクターは「RSウィルスのシーズンじゃないので、RSウィルスのテストをする必要はありませんよ。」と言って結局テストをしてくれなかった。

その代わり彼は、

「やはり呼吸が荒いので、とりあえずAlbuterol という薬を器械で取り入れることにしましょう。」

と言った。

実はその薬と器械はノッコが喘息症状に悩まされていた頃に購入したものが家にもあったので、すでに朝一度風太に吸わせておいたのだがあまり効果がなかった。

それをドクターに伝えると、じゃあ少し量を増やしてみましょうということになって、普段の3倍ぐらいの量のAlbuterolを風太に与えた。

そして口からステロイドという薬も飲ませてみた。

するとさっきまでゼーゼーしていた風太の呼吸が噓のようにピタッと収まってしまった。

そうなると現金な風太は急に元気になり、ニコニコ笑ったり、ベッドの背もたれをガンガンやって遊び出したりした。

心拍数も酸素の量も問題ないし、軽い食事なら取ってもいいと言われたので、(もうこれなら大丈夫そうだな)と密かに私は心の中で思っていた。

すると今度は別のドクターがやってきて、念のためにレントゲンを撮りましょうと言った。

私達は言われるままにレントゲン室に行ったけれど、検査の結果は特に問題ないようだった。

風太のゼーゼーはもう収まったし、走り回れるほど元気になったし、RSウィルスの可能性もないのであれば、もうすぐ帰れるかなと思いながら私達はドクターの最終の診断を待っていた。

(実は何気なく帰りの準備までしていた!)

するとさっきのドクターが戻ってきて驚いたことに、

「今日はこのまま入院して下さい。」と言った。

「えっ?」

私は一瞬耳を疑ってしまった。

「えっ、でもこんなに元気なのに、、、」

「ええ、今は元気に見えますが、これから急に症状が悪化する可能性もありますから。」

「でもRSウィルスではないんですよね。」

「ええ、恐らくRSウィルスにはかかっていないと思いますが、気管支の問題で救急室に初めて来た患者には、とりあえずその日は入院してもらうのがプロトコルなんですよ。」

「ああ、、」

「とにかく病院で様子をみていた方が安心ですからそうして下さい。今から部屋のアレンジをします。もうすぐその病室の担当医が来ますのでそれまでしばらくここでお待ち下さい。」

そう言ってドクターは部屋を出て行った。

(なんだかなぁ)と、私は何とも納得のいかない気持ちだった。

RSウィルスでなくこんなに元気なら家に帰ってもよさそうな気がして仕方がなかった。

そこでジョンに電話して相談すると、「仕方ないよ。ドクターがそうした方がいいって言うんだからそうしようよ。」と言うので、私もそうするしかないのかなと思うようにした。

それから30分ぐらいすると、風太の病室の担当医がやってきた。

そのドクターは、まず聴診器を当てて風太の呼吸を聞いた。

その瞬間「あれっ?」という顔をしたのを私は見逃さなかった。

そして彼は「だいぶ呼吸はよくなっているようですね。じゃあ、クループ咳かなんかだったのかな?」

と訳の分からないことを言った。

(クループ咳とは症状が全然違う!)

そしてそのあと、「入院ねぇ、、」とポソッと言ったので、私は思わず、

「あのー、本当にこの状態で入院しなければいけないのでしょうか?実は以前、娘も同じような症状で入院したことがあるのですが、結局その時は入院しなくてもいいような元気さですぐに退院になったんです。それでも請求は5千ドル近く(約50万円)来たので、もしも今回も入院しなくていいのであれば、できるだけ家で様子を見たいのですが。」と思い切って言ってみた。

するとドクターは、

「でもこういう症状で初めて救急室に運ばれた患者はとりあえず入院しないといけないことになっているんです。そして毎日決められた量の薬を飲んで様子をみないといけないんです。この様子ならきっと明日には退院できるだろうし、“様子見”という扱いにしておくので、それでとりあえず500ドルは入院費が安くなると思います。」

と言って下さった。

そこまで言われて「でも連れて帰ります!」と言える親はそんなに多くないと思う。

なんだかんだ言って大切な子供の健康に関する問題だし、もしもこのまま家に連れて帰って症状が悪化し、取り返しのつかないことになったら一生後悔することになると思った。

私もそんなことで絶対後悔なんてしたくなかった。

なので、

「分かりました。」

そう言って私達は用意してもらった病室に移動した。


つづく


にほんブログ村 家族ブログ 養子縁組へ
にほんブログ村



sidetitleプロフィールsidetitle

さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitle管理者ページsidetitle
sidetitle広告sidetitle
sidetitleメールフォームsidetitle

名前:
メール:
件名:
本文:

sidetitle検索フォームsidetitle
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。