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二つほど、ご意見を伺ってもいいですか?



こうして子供達の成長についてブログを書いていて「いいな」と思うことの一つに、当時を振り返りながら“あの時ああすればよかった、こうすればよかった”と色々反省できる点があります。

実は昨日投稿した「ノッコのダブルスタンダード」という記事もそんな風に思ったお話の一つでした。

私はあの記事の中で例のボート事件があった晩にノッコと交わした短い会話について書いたのですが、その部分を書きながら(どうして自分はあの時もっと上手に説明してあげられなかったのだろう)と思ってしまいました。

ちゃんと話してあげられなかった理由の一つは、あの時ノッコがものすごく眠そうで、あまりごちゃごちゃと説明をしたところできっと頭には何も入らないだろうと思ったことがあります。

でもそれにしてもちょっと説明の仕方が雑だったなと、、、。

だからもしもあれが昼間で、ノッコにもちゃんと聞く体勢ができていたら、自分は一体どういう風に説明したかなーとずっと考えていました。

でもいくら考えても結局はあまり上手に説明できなかったんじゃないかという気がするのです。

それはどうしてもガーナの離婚について話さないといけなくなりそうだと思ったから。

ノッコはあの時、ピィちゃんと旦那さんの外見が違うことに対して「人種が違う」ということにこだわっていた訳ではなく、「親子なのに全然似ていない」ということにこだわっていたのだと思うのです。

ピィちゃんとガーナはそっくりなのに、なんでパパはあんなに違うんだろうと不思議に思ったのでしょう。

だから5歳のノッコは「家族は似ているべき」という観念を漠然とですが持っていたのだと思います。

そこのところを踏まえてみなさんだったら、あの状況で自分のお子さんにピィちゃんと旦那さんのことをどういう風に説明しますか?

これが一つ目の質問です。

そしてそのついでと言ってはなんですが、実はもう一つお訊きしたいことがあるんです。

それは「産みのお父さん」に関する告知です。

ノッコは「産みのお母さん」についてはある程度理解しているようだし、ママが二人いるという現実もきちんと受け止めているようなのですが、「産みのお父さん」については何も理解できていないようです。

それは私達が今までノッコにあまり話してあげてなかったから当然と言えば当然なんですが、、。

昨日の記事の中でノッコとの会話を書きながら、ふと、そういえば「産みのお父さん」についての告知もしなくちゃいけないんだなーと思ったりしました。

そこで養親の皆さんにお訊きしたいと思います。

みなさんはどうやってお子さんに「産みのお父さん」について告知なさいましたか?(または告知なさるつもりですか?)

うまくいった例、ちょっと失敗した例、どんな経験でもシェアーしていただけるとうれしいです。

これが二つ目の質問です。

告知に関しては、その子供の性格や年齢、またその状況などによって臨機応変に変えて行くべきだということは承知しているのですが、少しでも多くのご意見を伺って参考にさせていただけたらいいなと思っています。

よろしくお願いいたします。


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ノッコのダブルスタンダード


*これは昨日の記事の続きで、一年前のお話です。

ボートに乗り込み、「じゃあ、行って来るね」と楽しそうに湖に出て行った友人の旦那さんと子供達。

あれから40分以上経つというのに、彼らは少しも戻ってくる気配がなかった。

旦那さんの戻りを待っていたガーナの赤ちゃんもその頃には目を覚ましてグズっていたし、友人の犬もじっとしているのに飽きてウロウロしだしたので、みんなが次第にソワソワしてきたのが分かった。

そして最初はのんびり構えていたガーナもだんだん心配になってきたのか、

「やっぱりいくらなんでも遅いよね。ボートレンタルの人の所へ行って様子を見に行ってもらおうか。」と言った。

「そうだね、そうしよう。」

私も賛成して、ガーナと一緒にボート小屋の方へ歩いて行った。

二人でレンタルの受付の所へ行って、

「あのー、すみません、主人と子供達がボートで出て行ったきり中々戻って来なくて、連絡も取れないんですが。」と説明をし始めた。

するとその時、日本人のお友達が

「ガーナー、戻って来たよー! 旦那さん戻って来たー!」

と大声を張り上げながらこちらに向かって走って来た。

それを聞いて私達も慌てて舟乗り場の方へ戻って行くと、旦那さんたちの乗ったボートが遠くの方に見えた。

「ああ、よかったぁー!」

もう足がヘナヘナするほど、ホッとした。

ボートが出て行ってから一時間が経っていた。

旦那さんは上手にボートをデッキに付けると、ノッコとピィちゃんをボートから下ろした。

「ちょっとー、あなた何してたの! みんなすごく心配してたんだよ!」

ガーナはいきなり旦那さんを怒鳴りつけた。

「ごめん、ごめん、そんなに遠くに行くつもりはなかったんだけど、ピィとノッコちゃんが“あっち”“こっち”と指示するもんだからその通りに漕いでたら、知らぬ間にかなり遠くまで行っちゃったんだよ。携帯がないからどれくらい時間が経ったのかもよくわからなくて。」

と申し訳なさそうに説明した。

ガーナにガミガミ怒られている旦那さんを横に、ボートから下りて来たノッコとピィちゃんは上機嫌だった。

「楽しかったー」を何度も繰り返し、二人でキャッ、キャッとはしゃいでいた。

ピィちゃんが「またもう一度ボートに乗りたーい!」と言ったので、ガーナが、

「ダメダメ、今日はもう帰るよ。」と言って彼女を駐車場の方へ促した。

そして私達もそれに続いた。

駐車場までみんなで歩いている間、旦那さんが私にどれくらいノッコがボートの上ではしゃいでいたかについて話してくれた。

そして英語があまり話せない旦那さんのために、ノッコもピィちゃんもずっと日本語で話していたと。

「えっ、本当ですか?」

「本当ですよ。 “きれいー”とか“あれ見てー”とか短い言葉でしたけど、ピィが言ってる事をそのまま真似して言ったりしてましたよ。」

それを聞いてさっきまで心配で潰れそうだった私の心も、パーッと軽くなってしまった。

(まあ、かなり心配はさせられたけど、ノッコがそんなに楽しい時間を過ごすことができたならそれでよしとするか、、、)

私はそう思い直して、ノッコの頭を3回なでた。

                                ◇

その晩の「お話タイム」の時、ノッコはどんなにボート乗りが楽しかったか、そしてどれくらいガーナの旦那さんを気に入ったかを一生懸命話してくれた。

「そっかあ、ノッコちゃんそんなに楽しかったならよかったねー。またパパが中国から帰って来たらパパと一緒にボート乗りに行こうね。」

「うん! 今度は風太も一緒にね。」

「ねえ、ママ」

「なあに、ノッコちゃん?」

「あのね、ピィちゃんのパパ、違うの。」

「えっ,違う? 何が違うの?」

「私ボートの上で見たの。 ピィちゃんのパパ、ピィちゃんと違うの」

そこで初めて私は、ノッコがピィちゃんと旦那さんの外見の違いについて話していることに気付いた。

ピィちゃんは思いっきりブロンドで茶色い目をしていたし、旦那さんは典型的な日本人の顔をしていたから。(典型的な日本人の顔がどういうものか自分でもよく分からないけれど、、、)。

「そうだね。二人はちょっと違うね。」

「どうして?」

「うーん、ピィちゃんはアメリカ人で、旦那さんは日本人だからだよ。」

「、、、、、、、」

ここでちゃんと「血の繋がりのない親子」について説明しようかなとも思ったけれど、そうするとガーナの離婚や再婚の話にまで広がってしまいそうだったので、何となくその時はそういう細かい話はしない方がいいような気がした。

「ほら、ノッコちゃんとママだって見た目が違うでしょ。それはノッコちゃんがアメリカ人でママが日本人だからだよ。」

私がそう付け加えると、

「えっ? ノッコとママも違うの?」

ノッコは少し困惑したようにそう訊いた。そしてそのあと、

「ううん、同じだよ。」とはっきり言い切った。

このノッコの反応には私の方がビックリしてしまった。

ノッコはピィちゃんと旦那さんの違いには敏感に気が付いたくせに、自分とママの違いには気付いていなかったんだ。

それとも無意識に気が付かない振りをしていたのかな?

どちらにしても、ノッコが私と外見が似ていると思いたい気持ちだけは分かったような気がした。

私はどう返事をしようかと一瞬考えたけれど、

「そうだね。似てる所はたくさんあるね。」

とだけその時は答えた。

ノッコがそう思いたいのであれば、それでも別にいいやと思ったから。

そしてかなり疲れていたノッコは、それ以上は何も訊かずカバーをかけて寝る体勢に入った。

「じゃあ、ノッコちゃん、電気消すよ。」

そう言ってランプの灯りを消すと、ノッコは3秒で寝息を立て始めた。

ノッコの寝顔を見ながら、今日湖に落ちたかもしれないと心配した時の気持ちを思い出していた。

そして今まで私と彼女の外見の違いに気が付かないでいたノッコがなんだかとても愛おしく思えた。

私はノッコのおでこに「おやすみ」のキスをして、そのまま静かに部屋を出た。


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旦那さん、もうハラハラさせないでー!

* これは昨日の記事の続きで一年前のできごとです。


ノッコとピィちゃん、そして友人の旦那さんを乗せてボートはだんだんと岸から離れて行った。

旦那さんは赤ちゃんや小さな風太が岸で待っているのを知っていたし、その湖はあまり大きくなかったので、その時私や友人達は旦那さんが15分くらいしたら戻って来るのだろうと考えていた。

風太が舟乗り場の近くにいると湖に落ちそうで危なかったので、私はボート小屋の裏に回って風太とボール遊びをすることにした。

20分ぐらいしてから(もうそろそろ戻っている頃かな)と思い、舟乗り場の方へ行ってみた。

けれど相変わらずベンチにガーナと友達が腰かけているだけで、ノッコたちはまだ戻っていなかった。

湖の方をみると旦那さん達のボートが見えなかったので、

「旦那さん達まだ戻ってないの?」とガーナに訊いてみた。

すると「うん、何かあの細いところから湖の奥の方へ行ったみたい。」と彼女は答えた。

「そうかぁ」と言って私はまた風太を連れてボード小屋の方へ行き、ボート用具を風太に見せたりして時間をつぶした。

30分が経った頃もう一度ガーナ達の所へ行ってみると、やっぱりボートはまだ戻ってきてなかった。

なんとなく心配になって、

「ねえ、ガーナ、ちょっと時間がかかり過ぎじゃない? 悪いけど旦那さんに電話してみてもらえる?」と訊いてみた。

すると彼女は「うん、実はさっき電話してみたんだけど、どうやら携帯をこのジャケットの中に入れっぱなしで行っちゃったみたいで、連絡が取れないんだよね。」と言った。

「えっ、そうなの?  大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。そのうち戻ってくるから。」

「うん、、」

そうは言ってみたけれどやはり心配だったので、今度はみんなと一緒に私もそこに残る事にした。

でもいくら湖を眺めてみても、ノッコ達の乗ったボートはいつまで経っても戻ってこなかった。

水のそばにいるとやはり風太がちょろちょろして危なかったので、仕方なくまたボート小屋の方へ行って時間をつぶす事にした。

3人がボートに乗ってから45分ぐらいが経っていた。

ガーナ達の方へ行ってみると、やはり旦那さん達はまだ戻っていなかった。

ガーナが赤ちゃんと待っている事も、私が風太をあやしながら待っている事も、友人が犬を連れて待っている事も知っているのに、45分はさすがに時間がかかり過ぎだと思った。

(何かあったんじゃ?)

私はさっきから感じていた胸騒ぎを静める事ができなかった。

いつも最悪のシーンを想像してしまう私は、ノッコが水死体で運ばれるシーンを思い浮かべ、ぎゅっと目をつむりながら「ブンブン」と頭を振ってそのイメージを消そうとした。

もしも何かあって水に落ちていたら、きっと周りのボートの人が気がついてくれるはず。

でも、もしもそれが人気のない奥の茂みだったら、、、

鼓動が速くなり、心臓がドキドキしてきた。

(お願いだから早く戻って来て!)

その頃私はほとんど祈るような気持ちになっていた。

つづく
 
*さっき一度投稿したのですが、ちょっと長過ぎるので次にまわすことにしました。ごちゃごちゃしてスミマセン。

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ノッコとボート

* これは一年前のお話です。


夏休みのある日、ガーナという友人の家族と公園でピクニックをすることにした。

その友人はブルガリア人で、以前の旦那さんとの間にピィちゃんという9歳の娘さんがいるシングルマザーだった。

ガーナは日本に長く住んでいたことがあったので日本語はペラペラだったし、日本滞在時に知り合った日本人のボーイフレンドと遠距離恋愛をしていた。

そして去年そのボーイフレンドをアメリカに呼び寄せ結婚した。

二人は結婚したかと思ったらすぐに赤ちゃんができて、そのピクニックの日は3ヶ月になる赤ちゃんのお披露目会も兼ねていた。

私とガーナのお家はとても離れていたので、お互いの中間点によさそうな公園を探してそこでピクニック&ハイキングをすることになった。

私と他の日本人の友人達は先に着いてしまい、しばらく子供達をプレイグラウンドで遊ばせていた。

それから30分ぐらい遅れてようやくガーナ達が到着した。(やっぱり乳児がいると荷物が半端じゃなく、家を出るのも時間がかかったらしい)

ガーナに抱っこされて車から出て来た赤ちゃんは眉毛の凛々しい金太郎のような男の子だった。

髪もかなり黒かったし、人に言われなければ白人の血が混ざっているとは分からないほどアジア路線まっしぐらの赤ちゃんだった。

「かわいいー!」とみんなにちやほやされて、ちょっとビックリしていた赤ちゃんも次第に笑顔が増えてきてとってもかわいかった。

みんなでピクニックテーブルの方へ移り、早速それぞれ持って来たお弁当を広げた。

ガーナはブルガリアの料理をいくつか作ってきてくれて、名前は忘れてしまったけれどアスパラガスのサラダとロールキャベツのような料理だった。

私は定番の稲荷寿司と唐揚げ、そして日本人の友人達はそれぞれ日本料理やおいしいケーキを焼いて来てくれた。

ノッコと風太は、ポットラックがあるといつも私の作ったものばかりを食べる癖がある。

普段家でいつも食べてるんだから、こういう時は他の人が作ってくれた食べ物を楽しめばいいのにと思うけれど、二人ともお稲荷さんを食べ終わっては唐揚げをほうばるというのを何度も繰り返していた。

とは言いつつ内心(やっぱりお母さんの味がいいのねぇ)なんてうれしくもあったんだけどね、、

子供達は食事が終わると「プレイグラウンドで遊びたい!」というので遊びにいかせた。

友人の旦那さんは小さい子供がとても好きらしく、ノッコや風太と自ら進んで一緒に遊んでくれた。その間ピィちゃんは友達の連れて来た犬とずっとじゃれていた。

子供達が楽しく遊んでいる間、私達はガーナの育児の様子や、旦那さんのアメリカでの就職の状況などを聞いたりしていた。

すると突然旦那さんがこっちの方へ走って来て、

「なんかあっちの方に湖があるらしいから行ってみない?」と訊いて来た。

それをそばで聞いていたノッコは思いっきり喜んで

「行こう! ママ! ねえ,お願い 行こう!」と私のシャツの裾を引っ張った。

ガーナや他の友人達と相談してから

「じゃあ、行こうか」と返事をした。

するとノッコはいつもの通り「イェーイ!」とジャンプして喜び、風太も何が起こっているのかわからないくせに一緒に飛び上がって喜んでいた。

そのままみんなでテーブルの上を片付け、車に乗って湖の方へ向かった。

走っているうちにだんだん日の光に反射している湖が見えて来た。

それを見るとノッコは「ママー、見て 湖、湖!」と興奮して叫んだ。

「うわー、きれいだねー!」

やっぱり私も水を見るとワクワクしてくる。

「ねえ、ママ見て! みんなボートに乗ってる!」

「あー、本当だ」

「ねえ、ノッコも乗っていい? ねえ、いいでしょ?」

「うん、みんなに聞いてからね。みんなも行くって言ったら一緒に乗せてもらおうか。」

「イェーイ!」

それからみんなの車に続いて駐車場に車を入れ、子供達を連れてボード小屋の方へ歩いて行った。

もうすでに旦那さんとピィちゃんはボートを借りる気だったらしく、小屋に入って料金のチェックをしていた。

私はそばにいたガーナに

「ガーナ達はボートどうするの?」と聞いた。

すると赤ちゃんももう寝てしまったし、まだ小さくて危ないので待っているという。

日本人の友人達も犬がいるので待っていることにしたと言っていた。

じゃあ、私と子供達で旦那さんのボートに乗せてもらおうかなと思ってけれど、ボートは4人乗りだったし、やっぱり風太がまだ小さくて湖に落ちないか心配だったので結局そこに残る事にした。

そうなると、問題はノッコだった。

あんなにボートに乗るのを楽しみにしていたのに、陸で待たせるのも可哀想だけれど、私が一緒に行かないと絶対に嫌だと言うんじゃないかと思った。

「ねえ、ノッコちゃん、風太が小さくてまだボートに乗れないからママここで待ってないといけないんだけど、ノッコちゃんどうする? ピィちゃんたちとボートに乗る?それともママと一緒にここで待ってる?」

私がそう訊くと、ノッコは何の迷いもなく、

「ボートに乗る!」と答えた。

なので旦那さんは早速ボートを借りる手配をしてくれ、その間私は子供達に救命ベストを着せて、舟乗り場まで連れて行った。

旦那さんが借りたのは二本のオールで漕ぐベーシックなボートで、彼はまずノッコ、そして次にピィちゃんをそのボートに乗せ、オールを漕ぎながらだんだんと岸から離れて行った。

私は「一緒に行くんだー!」とグズって泣き叫ぶ風太を抱っこしながら、「楽しんでねー」と手を振った。

つづく


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おいおいおい、話の展開が!

* これは一年前のお話です。


私達が家族ぐるみで一番仲良くしている友人にドリアンとマーナがいる。彼らにも我が家と同じ5歳の女の子(エマ)と2歳の男の子(ルル)がいるので、子供達同士もお互いを「親友」と呼ぶほど仲がよく、本当に頻繁に一緒に遊んでいた。

ある日マーナ達はだいぶ遅れてエマのバースデーパーティを開いた。

そのパーティに招待された私達は、風太も連れて4人で参加した。

以前もこのブログで書いたけれど、私の友人の子供達のバースデーパーティはわりと盛大に開かれることが多かった。

エマのパーティも例外ではなく、女の子達はみんなプリンセスのドレスを着て、男の子達もいつもより正装してやってきた。

子供達は庭でドリアン達が予め隠しておいた宝探しのゲームをしてから、テントを張ってその中でおやつを食べ、それから地下にあるプレイルームでトランポリンやボールを使って楽しそうに遊んでいた。

その間親達はリビングルームでお茶を飲みながら雑談をしていた。

以前は必ずノッコか風太がまとわりついてきて、全然友人と話なんてできなかったのに(こんな風に子供達を好きなように遊ばせて、大人だけで話ができる日が来たんだなー)なんて思いながらクッキーを口に運んでいた。

その時「うわーん」と子供の泣き声が地下から聞こえてきた。

あの声の大きさからいくと、どうやら泣いているのはノッコらしかった。

案の定ノッコは顔をぐしゃぐしゃにしながら階段を上って来て、私を見つけた途端ギューっと抱きついて来た。

「どうしたの、ノッコちゃん。どこか痛いの?」

「ううん。」

「じゃあ、どうして泣いてるの?」

「リリーが,リリーが、私は遊んじゃだめだって」

リリーと言うのは別の友人の娘さんで、ノッコより一つ上だった。
エマとはよく遊んでいたようだったけれど、私達はリリー家族とそんなに交流はなかった。

「どうして遊んじゃだめだって?」

「エマはリリーと遊ぶから、私は遊んじゃだめだって」

「そうなの? それはちょっと悲しいね。」

「リリー 意地悪!」

「じゃあさ、もう一回彼女の所に行って、ノッコもエマとリリーと遊びたいって、だから三人で遊ぼうって言ってみれば?」

「、、、、、、」

「ノッコちゃんが泣いたり怒ったりしないで、ちゃんと聞けばきっと一緒に遊んでくれると思うよ。」

「、、、、、、、」

「じゃあ、ママも地下室に一緒に行こうか?」

「うん」

そうして私はノッコの手を取って地下室に行った。

その時エマとリリーは人形の家で遊んでいたので、ノッコを二人の所へ連れて行った。

そして「ほらノッコちゃん、何か言いたいことがあったんだよね。」とノッコを促すと、ノッコは小さな声で「遊ぼ」とだけ呟いた。

するとエマとリリーは「いいよ!」と言ってすぐにノッコを部屋に入れてくれた。

(なーんだ、リリーは全然意地悪なんかじゃないじゃない)

「やれやれ」と思いながら私は一階に上がって行った。

                                ◇

その日の夜ノッコに絵本の読み聞かせをした後、いつものように少し雑談をした。

普段は保育園でどんなことがあったのかあまり話してくれないノッコも、この「お話タイム」には色々と話してくれることがあった。

その夜もノッコは機嫌が良さそうだったので、色々今日のことを訊いてみようかなと思った。

「ねえ、ノッコちゃん、今日エマのバースデーパーティ楽しかった?」

「うん、ノッコ宝探しでこれ見つけたんだよ。」

ノッコが見せてくれたのは小さい恐竜だった。

ノッコはいつもその日気に入ったものがあると、それを抱いて寝る習慣があった。

「よかったねー。ノッコちゃん一番最初に見つけたもんね。」

「うん、エマもそのあと馬をみつけたよ。」

「そうだね。それにエマのケーキも綺麗だったね。」

「うん、ピンクのケーキだった! ノッコまた食べたいなぁ。」

「そうかあ、、、ノッコちゃんは、リリーとエマとも仲良く遊んでたみたいだね。何して遊んでたの?」

私がそう訊くと、ノッコは急に眉間にシワをよせて

「私、リリー好きじゃない!」と言った。

「えっ、そうなの? どうして?」

「だって意地悪なんだもん」

「本当?」

「そうだよ。エマとノッコが遊んでたら、エマと遊んじゃだめだって」

「ああ、それでノッコちゃんは泣いちゃったんだよね。」

「そうだよ、それでノッコが泣いたらリリーはドンってノッコを突き飛ばしたんだよ。」

「えっ、そうだったの?」

(本当かなー?)

「それでね、ノッコは赤でべそだって、うんちだからトイレに流しちゃえって言ったの。」

「それはひどいね」

ノッコは話しながらだんだん興奮して来たようだった。

「だからエマが ”ノッコは私の親友なんだから止めて!”って言ったんだよ」

「そう、エマはやさしいね」

「うん、それから ”ノッコと遊べないならうちに帰って” って言ったの」

(なんだか、だんだんと自分が望んだストーリーになっているような、、、)

「そう」

「そしたらリリーが泣いて、リリーのママが来たの。」

(あれ、そうだったけ?)

「そしてリリーのママが “ノッコちゃんとちゃんと遊べないならタイムアウトしなさい” って言ってリリーをタイムアウトさせたんだよ。」

(あれれ、何か話の展開が、、、実際と違うような、、)

「でもリリーはタイムアウトしなかったの。だからリリーのママがリリーをお家に連れて行っちゃったんだよ」

(いやいや、連れて帰ってないって!)

「ノッコちゃん、リリーはお家に帰されてないと思うよ。ずっとノッコとエマと遊んでたんじゃない。」

「ううん、家に帰されちゃったんだってば!」

ノッコはもう完全に自分のストーリの中に入ってしまっているようで、ムキになってそう叫んだ。

なので私も敢えて強くは否定しなかった。

「そうなんだ、、、」

「それでそのあとリリーはどうしたの?」

「トイレに流されちゃった。」

「!!!!!?」


その時初めて、何か事件が起こった時どうして警察は幼児からの事情聴取をあまり信用しないのかがよく分かった。 



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ああ、自分は日本人だなと思う時



さっき養子縁組のブログの中の自分の一覧を見ていて、「死を考える」とか「年取ったお母さん」とか「自殺未遂」だとか、最近は思いっきり暗いタイトルが続いていたことに改めて気付いた。

他の方達の「バレンタインデー」とか「おひな様」とか、かわいい赤ちゃんの成長ぶりを伝えるブログの中にあると「ちょっと場違いなんじゃない?」と思いたくなる程暗い。

このまままた一年前のお話をすると、ちょっとしばらく暗い話題(というか愚痴)が続きそうだったので、今日はちょっと一休みして違う話題を。

私はアメリカに来てもう20年近くになるのだけれど、やっぱり今でも変わらず続けてしまう日本の習慣というものがある。

「家の中では靴をはかない」とか「夏は洗濯物はドライヤーを使わず外に干す」とか「お茶碗に一粒のお米も残さずきれいに食べる」とか「チョコレートなどが包んであった銀紙は小さくきれいに畳んで捨てる」とか。

これらはもう頭で考える前に身体が覚えてしまっている習慣という感じ。

アメリカにこんなに長く住んでいるのにそれでも根強く残っているこの日本人根性、実は子育てしている中でもチラホラ出てしまうことがある。

例えば、

1)人に自分の子供達のことを褒められると、謙遜で「いえ、いえ、そんなことないんですよ」と言ってしまう。

これは最近はだいぶましになってきて、普通に「Thank you」と言えるようになったけれど、でも大げさに褒められた時などはやっぱり「そうでもないんですよー」と返してしまうことが多い。それを子供本人の目の前でやってしまうので気をつけなくちゃなーと常に思ってはいるんだけれど、、、

2)寝る時は子供達のお腹が冷えないようにする。

この感覚、アメリカ人には絶対に分かってもらえない。そもそも「腹巻き」という物が存在しないのだからそうなんだろうけど、、。私は自分がベッドに入る前にいつも子供部屋をチェックする。その時パジャマがはだけてお腹が見えていたりすると「ああ、腹巻きが欲しい!」と思ってしまう。だから冬はシャツとパンツの2ピースのパジャマではなく、1ピースのパジャマにしているのに、ジョンはたまに2ピースのを着せてしまって「もう!」と思う事がある。私が「お腹が冷えるからやめて」というと「何それ?」と本当に驚いた様子で聞かれる。「お腹が冷えると下痢とかになるから」と言うと「ありえない」と全面否定。確かに科学的にはジョンの言う事の方が正しいのかもしれないけれど、それでもやっぱりお腹のはだけた子供達の寝相は気になってしまう。(うちは二人とも掛け布団を思いっきり蹴飛ばしてしまうので。)ちなみに私は自分が寒がりな分、冬は子供達にも完全防備させて外に出すのだけれど、雪の日でも子供に半袖の服を着せている人がいたりして心底ビックリする。


3)エンピツの持ち方

ノッコが字を書き始めた頃から(なーんかペンの持ち方がおかしいなー)と思っていた。きっとそんな持ち方をしているからきれいに字が書けないんじゃないかと思って何度か持ち方を教えてみたけれど、なんせ不器用なノッコはどうしても普通の持ち方ができない。

ちなみにノッコの持ち方は

IMG_5507.jpg
これ。


たいていの日本人はそうじゃないかと思うけれど、私はもっと人差し指と親指をぎゅっと近づけて持つ。

そしてある日、大学生の集まる会に参加してみたらなんとクラスの大半の学生がノッコと同じ持ち方をしていた!私はてっきり自分の持ち方が「普通の持ち方」だと思っていたのにあれはただの「日本人の持ち方」だったみたい。


4)子供が病気になると、「ああ、あの時ああいう事しちゃったからかな」と自分を責める

子供達が急に下痢をしたり、戻したりすると「ああ、あの時変なもの食べさせちゃったからかな」とか「あのミルクがちょっと古かったのかな」とかまず真っ先に思ってしまうし、突然の発熱などでも「ああ、この間の寒い日に外で遊ばせちゃったからなか」とか、まず自分の過失について考えてしまう。でも科学的にものを捉えるジョンは「病気になるときは、何をしててもなる」という考え。「人からもらってきちゃうんだから仕方ないよ」といつも言う。周りの人達もそんな感じだし、子供がちょっと頭が痛いと言っただけですぐに薬をあげてしまう。

5)みかんをきれいに剥いて欲しい

Cutiesという小さいみかんがおいしいこの時期、うちでも大量に買って来て食べている。でもきれいに皮を剥いているのはやはり私だけ。ジョンや他のアメリカ人は皮を「これでもか」というほど小さくポロポロに剥いていく。子供達はこれからジョンの剥き方になるのか、私の剥き方になるのか、それを考えると夜も眠れない。

6)そして最後に「お風呂は熱く」

これはどうしても譲れない。クリスマスにジョンのお母さんと一緒に子供達をお風呂に入れたのだけれど、お湯を触ってみると信じられないぬるさ。(このままじゃ風邪をひく!)と思い急いで熱いお湯を足した。お義母さんに「これじゃちょっと熱過ぎるんじゃ、、、」と何度も言われたけれど完全無視。いつものようなホカホカのお風呂で子供達を洗ってから風太を「よいしょ」と出すと、湯気の中から下半身がほんわかピンクに染まった風太が飛び出した。それを見ていたジョンのお父さんは思わず「ロブスター一丁あがり!」と叫んで、みんなで大笑い。ジョンにもいつも「ねえ、さわこ、そんなに熱くしたら虐待で通報されるよ」と笑われるけど、ホントにこれだけはどうしても変えられないー。

と、ここまで書いてみて、ふと(これはアメリカvs日本ではなくて、もしかして私の感覚vsジョンの感覚なのかも)と思ったりしましたが、もしも「私も!」と共感して下さる方がいたらお願いします。



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産みのお母さんへの願い

* これは昨日の記事の続きで、一年前のお話です。


私はジェシカのことを考えているうちにどうしても彼女と話がしたくなり、思い切って電話をしてみた。

「ハロー」

「あら、さわこ、どうしたの? 」

「うーん、別に用はないんだけどね、、、今日はみんなで遊べて楽しかったね。」

「うん、そうだね。子供達はもう寝たの?」

「うん、もう寝た。、、、今日私、なんか帰るときすごく慌ただしく出て来ちゃたから悪かったかなと思って。」

「うん、もっと遊んで行けばよかったのに。ポールもノッコや風太がかわいくて仕方ないみたいよ。」

「そうだね。ポールは子供達がいるといつもよりニコニコしてるよね。」

「そう、そう、だから私がさわこ達と会う日は、子供達をあとで家に連れて来なさいって言うんだよ。」

「そうなんだ。、、、、ねえ、ジェシカ、今日ポールから聞いたんだけど、、、、ジェシカこの間薬を飲み過ぎちゃったんだって?」

「ああ、、」

ジェシカは一瞬ちょっと驚いたようだった。

「うん、お腹の痛みが酷かったからいつもより多く痛み止めを飲んだんだ。それから鬱病の薬も一緒に飲んじゃったみたい。」

「病院に運ばれたって」

「うん、倒れちゃったからね。」

「ジェシカ、大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫だよ。」

「私、、ジェシカが死んじゃってたりしたらどうしようって思って。」

「大丈夫だよ。あれはアクシデントだったんだから。それに今はポールが薬の管理をしていて私に決められた量しかくれないから。」

「そうなんだ。きっとジェシカのためにもその方がいいのかもね。」

「、、、、、、」

「ねえ、、ジェシカ、ノッコの前から突然消えたりしないでね。」

「、、、、、うん」

「ノッコ、今日ジェシカとシャボン玉したのがすごく楽しかったって。ジェシカが大好きだって。だから、、、、約束だよ。」

「うん、わかってる。もうしないから大丈夫だよ。」

ジェシカはその事についてはもうそれ以上話したくなさそうだったので、私達はそこで電話を切った。

本当はもっと彼女の気持ちに寄り添った、やさしい言葉をかけてあげるつもりだったのに、

私の「気付いてあげられなくてごめんね」という気持ちをもっと素直を伝えたかったのに、

なんとなくそれができなくなってしまった。

ジェシカは会話の間中ずっと自殺未遂を否定し続けていたし、一生懸命その話題から話をそらそうとしているようだったので、「死なないでね」と伝えるのが精一杯になってしまった。

ポールの話ではジェシカはあの事件以来、定期的にカウンセリングに通っていると言っていた。

そういう小さな努力の積み重ねでジェシカの精神状態がもっと安定したものになってくれたらいいなと思った。

でもそれを叶えられるのは私やポールの力だけではやはり無理で、最終的にはジェシカ自身が強くならなければならないことは私達も彼女自身もよくわかっていた。。

                                 ◇

以前読んだ事がある雑誌の記事にドラッグ中毒に関する興味深い研究が載っていた。

私達はよく、ドラッグ中毒者は彼らの身体がクスリを欲する為に止められない、または一度止めてもまた吸い始めてしまうのだと考えがちだと思う。

でもある研究チームはネズミを使った実験を通じて、必ずしもそうでないことを提案した。

この実験では小さなケージに数匹のネズミを入れ、そのネズミ達のためにドラック入りの水と、普通の水の二つを用意した。

ドラッグ入りのお水を飲んだネズミは必ずといっていいほどまたドラック入りの水を選ぶようになり、次第にドラッグ中毒になっていった。

そして今度はもっと大きないわゆる「ネズミパラダイス」というような物を造り、その中にネズミが運動できる歯車のようなものや、探索できる穴や、ネズミ用のおもちゃをたくさん用意した。

そして以前と同じようにドラッグ入りの水と、普通のお水を設置した。

実験用のネズミを数匹そのパラダイスに入れてみると、ケージの時とは違い今度はドラッグのお水を好んで飲むネズミがほとんどいなかったという。

そして更に驚いたことに、以前の小さなケージでドラッグ中毒になっていたネズミをそのパラダイスに移すと、彼らまでがドラッグ水を飲むのをやめ、普通のお水を好んで飲むようになったということだった。

これによってこの研究グループは、ネズミがケージの中でドラック水を好んだ、もしくはドラッグ水を飲むことを止められなかったのは、彼らの身体がドラッグを欲したからではなく劣悪な環境のせいだったのではないかという結論に達した。

もちろんこれはネズミによる実験であって、人間にも同じような結果が出るとは限らない。

それに人間はネズミと違って、例え物質的には恵まれた環境にいても、「生きる楽しみ」を持っていないと幸せを感じられない生き物だと思う。

けれど自分に自信を持ち、整った環境の中でその「生きる楽しみを」満喫している人には、やはりドラッグの誘惑をはねのけるだけの強さがあるような気がする。



薬物依存の生活から中々抜け出せないでいるジェシカ。

彼女はこれから人生の楽しみを見いだす事ができるのだろうか。

どうしたら自分に対する「自信」を取り戻すことができるのだろうか。

私とジョンは時々どうしたらジェシカが自立した幸せな生活を送れるようになるだろうと話す事があった。

彼女は割合手先が器用なので、私達がお金を出して美容師の学校に通わせてあげようかと考えたりしたこともあった。

でも人とうまくつき合えないあの性格では、やはり接客業は無理かなと思い直してみたり。

そして話し合いの最後にはいつも、

「結局これはジェシカ本人の問題なんだ」という結論に達するのだった。

横から私達がちょこちょこ手を差し伸べた所で、それが彼女を真から変えることはできない。

そして私達にはそれ以上をしてあげられるキャパシティーもない。

だから、

こんなに壊れてしまった彼女の心を直せるのはやはりジェシカ自身しかいないんだと思う。

カウンセリングを通じて少しずつ心の紐を解いていって欲しい。

子供の頃に起こったことは、何一つ彼女のせいではなかったのだと気付いて欲しい。

そしてゆっくりと本来の自分を見つけ出し、自分への「自信」を取り戻して欲しい。

今日博物館のカフェテリアでジェシカは「外食するのがうれしい」と言って、本当に幸せそうな顔をしていた。

これからも彼女の人生があの笑顔で一杯になったらいいのにと思う。

きっとそこまでの道のりはとっても長いだろうけど、

でもジェシカ

がんばれ!




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ドラッグ中毒と自殺


* これは昨日の記事の続きで、一年前のお話です。


「あーあ、また雨が降り出して来たー。」

そう言って笑いながらジェシカとノッコが家の中に入って来た声が聞こえたので、私は慌ててリビングルームに戻った。

ポールも薬の入っている引き出しにまた鍵をしてからリビングに戻って来た。

「シャボン玉楽しかった?」

「うん、ママ、ジェシカはすごく大きいのが作れるんだよ。」

ノッコは目をキラキラさせながら嬉しそうにそう答えた。

「じゃあ、ジェシカ、私達そろそろ行くわ。」

私はどうしてもジェシカの目を真っすぐに見る事ができず、下を向いたままそう言った。

「えっ、もう帰るの?」

「うん、ちょっとこれからやらなくちゃいけないこともあるし。今日は本当にありがとね。」

そう言ってジェシカにハグをしてから風太をソファーから抱き上げ、ノッコの手を引っ張りながら逃げるようにジェシカの家を後にした。

                                ◇

「ジェシカが自ら自分の命を絶とうとした」

私はその事を車の中でも、家に帰ってからもずっと考えていた。

ジェシカは本当は死ぬ気などサラサラなく、ただポールにかまってもらいたくてそんな事をしたのかもしれない。

いつも誰かの愛情に飢えているジェシカならあり得ないことじゃない。

でももしもそうだとしたら、どうして彼女は私達にだまっていたんだろう。

今回ノッコの誕生日を一緒に過ごす為にジェシカとは何回も電話で話をしていたのに、彼女はその件について私には一言も話さなかった。

もしも人の注意が引きたくて自殺未遂を起こしたのなら、あのジェシカのことだから「この間ねー」などと私達に話してきても不思議ではなかった。

ジェシカ、、、

彼女は本当に死ぬつもりだったのだろうか。

その晩私は中国にいるジョンに電話した。

今日ポールから聞いた事を彼に話すと、ジョンもとても驚いた様子だったけれど、それから静かに、

「結局ジェシカのドラッグ中毒は治ってなかったってことだよね」と言った。

「えっ?」

「ポールと住むようになって確かにジェシカのコケインとかヘロインの中毒はなくなったけど、結局はそれらのドラッグが痛み止めの薬に替わっただけだったんだよ。だから彼女の心の中にある基本的な問題は何も解決していなかったんだ。」

「うん、でもストリートの生活よりは安定していたように見えたのに。」

「確かに住む所も食べる物も安定していたのはよかったと思うよ。でも彼女はそれでもやっぱりハッピーにはなれなかったんじゃないかな。」

「そうだね。」

5年前にジェシカと初めて会った頃から、私とジョンはよくドラッグ中毒者に関する雑誌の記事を読んだり、そのトピックを扱ったテレビ番組をみるようになった。

私は小さい頃から両親や周りの人に、アル中や麻薬中毒者などは「その人が弱い」から陥ってしまう問題なのだと教えられてきた。

今でもその理論が正しいと思える部分も確かにあるけれど、色々な中毒者について知れば知る程、中毒者本人の意思が弱いというだけの理由では片付けられない、複雑な環境の問題が絡んでいるということに気付いた。

私達は「ドラッグ中毒」と聞くと、ついついスラム街のホームレスっぽい若者たちを想像したり、逆にお金はあるけれどストレスフルな映画スター達を頭に浮かべたりしてしまうけれど、アメリカでは普通の家庭でも普通にドラッグ中毒やアル中の人がいる。

普通にアニメやゲームが好きな大学生や、中流家庭に育ったモデル並みにかわいい子、シングルマザーとしてがんばっている人など。

番組の中で次々に紹介されるこれらのドラックやアルコール中毒の人達を見ていて、彼らの中に共通する点が一つあることに気付いた。

それは、

「自分に自信がない」ということ。

そしてその自尊心の低さは、往々にして幼少の頃に受けた「親の過大な期待」が原因であるようだった。

小さい頃は成績優秀の人気者だったり、学校でバスケットボールのスターだったりしたのに、それでも彼らの親達は満足することができず「もっと、もっと」と期待し続けた。

そんな期待に応えきれないと感じた時、だんだんとその子供達の心が壊れていく様子が番組を見ていてよく分かった。

この番組に出ていた、現在は成人しているそれらの子供達が必ず口にしていたフレーズに「I was never good enough」というのがあった。

どんなに頑張っても頑張っても、親に「がんばったね」と認めてもらえない。代わりに聞かされるのはいつも小さなミスへの批判。

そうして次第に「自分は親を喜ばす事のできないダメな人間なんだ」と思い始めてしまう。

もちろんドラッグ中毒者の中には、小さい頃虐待を受けたり、中学や高校でレイプをされるなど「ある事件」が原因で薬に溺れていく人もいた。

けれどどんなケースの中毒でもやはり根本的には自尊心の低さが原因になっている場合がほとんどだった。

そしてこれらの番組を見ていてもう一つ分かったことは、

「ドラッグをやる人はそうしないと自殺してしまうから止められないのだ」ということだった。

ドラッグ中毒者の中には、例えいい仕事に就いていても、いい家族に恵まれていても、「自分には生きる価値がない」と感じている人が多く、「明日死んでしまってもいい」とさえ思っているような感じだった。

ドラッグはそれらの暗い感情から一時だけでも解放してくれる魔法の薬だった。

「自分は世界のトップに立っているような気になって、心配する事なんて何一つなかった。まさにパラダイスだった。」

そうインタビューに答えている人達が、本当にたくさんいた。

私はジェシカの自殺未遂のニュースを聞いて、あの番組でみた中毒者たちと彼女の姿を重ねていた。

そして、

彼女の人生は一体なんなんだろうと考えた。

総合失調症の母の下に生まれ、小さい頃から虐待を受け続け、養子にもらわれた家族にもいじめられ、十代になって移された施設では性的虐待を受け続けた。

そんな環境の中で育った彼女に社会は一体どんな期待をしているのだろう。

ドラッグに走っても不思議ではない。

自殺を考えても何の不思議はない。

むしろ生きている事の方が苦しいのではないかと思う程彼女の人生はつらいことの連続だった。

だからこそ、

だからこそ私は彼女の明るさに驚き、その真っさらな心に感動したのだった。

いつも邪魔者扱いされて誰からも本当の意味で愛されたことのなかった彼女が、どうしてこんなにノッコを愛せるのかが不思議で仕方なかった。

そして風太を気遣い、風太までノッコと同じ様に愛そうとしている彼女に涙が出るほど感謝していた。

私は、

そんな彼女の強さを心から尊敬していた。

でも、

やっぱり、

彼女の強さには限界があったんだ。

ポールとの生活は彼女に本当の意味の「幸せ」を与えてはくれなかった。

だから彼女の奥底にある「自信のなさ」という問題は、実は少しも解決していなかったんだ。

ヘロイン中毒から痛み止め薬中毒に替えただけの毎日。

それはジェシカが自殺しないで過ごしていくための唯一の方法だったんだ。

でもそんなドラッグが与える一時期の快楽も、ジェシカの生活を支えていくことはできなくなってしまった。

「ああ、ジェシカ、、、」

「ごめんね。」

「私、、ごめんね」

私は無償にジェシカに謝りたい気持ちで一杯になってしまった。

それは、

本当は心のどこかでジェシカの基本的な問題は解決していないことを知っていながら、

それに気付かない振りをしてきたから。

思わせぶりな優しさだけを振りまいて、そのくせ彼女にべったり頼られそうになるとすぐに逃げてしまっていたから。

だから、

どうしても一言誤りたい気持ちで一杯だった。

私は思わず受話器を取り、彼女の番号をダイアルした。

つづく


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産みのお母さんの自殺未遂

* これは一年前のお話です。


今年もノッコの誕生日が近づいてきたので、いつものようにジェシカに電話をして会う約束をした。

去年同様ジョンが中国出張で不在だったので、私とジェシカと子供達の4人で出かけることになった。

もともとジェシカは動物園に行きたがっていたのだけれど、会う約束をしたその日はあいにく雨だったので、急遽子供のための博物館に行く事にした。

そこは博物館といっても展示物をみて歩くところではなく、ボールを投げ入れて遊ぶ遊具や、水遊びの場所、子供達が走り回れる場所など、ノッコや風太が喜びそうなものがたくさんあるプレイグラウンドのような所だった。

ジェシカはまず2歳になってたくさんしゃべるようになった風太にビックリしていた。特に「We go museum 」とか「 We play playground 」など “museum” という言葉まで知っていたことにとても驚いていた。

なんでもノッコと同じ事をやりたがる風太は、彼女に負けないように一生懸命速く走ろうとしたり、遠くへボールを投げようとしてがんばっていた。

その姿がおかしくて、ジェシカと二人で何度もお腹をかかえて笑い合った。

ただジェシカは以前よりも疲れやすくなったのか、子供達と少し遊ぶとすぐにベンチに座って休んでいた。

ジェシカと初めて会った頃彼女はまだ26歳で「若いなぁ」と思っていたけれど、今はもう30歳を過ぎて、しかもあの頃より1.5倍は太ってしまったので体力もかなり落ちてしまったようだった。

ジェシカがゼーゼーいいながらベンチに座る度に、(もっとちゃんとした食生活を送って、もっと運動もすれば、彼女の健康状態もかなりよくなるだろうに)と思ったりした。

たっぷり遊んだ子供達が「お腹すいた」というので、そろそろランチを食べる事にした。

その博物館には小さなカフェテリアがあったのだけれど、そこの食べ物は本当に最悪なのを知っていたので、私は予め子供達とジェシカの分のサンドイッチを作って来ていた。

けれどジェシカは、「私あまり外食することってないから、できればカフェテリアで食べ物を買いたいんだけど」と言うので、「いいよ」と言ってジェシカの好きな物を買ってあげた。

「外で食べる」というのが本当にうれしいようで、ジェシカはオーダーしたピザとペプシを幸せそうに口にしていた。

ランチの後ジェシカはもっと遊びたそうだったけれど、そろそろ風太のお昼寝の時間だったので私達はそのままジェシカのお家に行く事にした。

ジェシカはノッコへの誕生日プレゼントを用意してあるので、それをそこで渡したいと言っていた。

ジェシカの家に着くと、彼女は買っておいたシャボン玉をノッコと一緒にやりたいと言い出した。

確かに雨はもう止んでいたけれど、代わりに風が出て来て半袖ではちょっと肌寒いくらいだったので私は気が進まなかったのだけれど、ノッコも「やりたい!」と騒ぐので二人で庭でやらせることにした。

車の中で風太が寝てしまったので、私は風太を抱っこしてジェシカの家の中に入った。

家に入るとポールがソファーに座っていて、私を見ると「ハーイ」と言った。

風太を眠らせるためにソファーにスペースを作ってくれたので、私はそこに風太を寝かせた。

ポールが「博物館はどうだった」と訊いてきたので、「楽しかったよ」と答えた後、二人で他愛ない会話をした。

すると突然ポールが立ち上がってドアの方へ行き、ジェシカがまだ遊んでいるのを確認してから、指で私に「こっちへ来て」という合図をした。

私はポールがどうして私を奥の部屋へ連れて行こうとしているのかが分からなくて、一瞬戸惑った。

ポールへの印象は以前に比べるとずっとよくなったけれど、それでも彼については分からないことがまだ多く100%信用している訳ではなかった。

それでもポールが「見せたいものがある」と言ってもう一度私を奥の部屋に誘ったので、私は付いて行く事にした。

彼の家には3つベッドルームがあって、その奥の方がポールとジェシカの寝室になっていた。

彼らの寝室に入るとポールはチェストの一番上の引き出しに鍵を差し込んでそれを開けた。

そして「これを見てみろ」という仕草をしたので、私もそばに寄って見てみた。

するとその引き出しには、ドクターから処方された薬が10個以上も入っていた。

「これはなあに?」

「これは全てジェシカの薬だよ。ほとんどが強い痛み止めなんだ。」

「ジェシカはこんなにたくさんの薬を毎日飲んでるの?」

「そうだよ。お腹が痛いとか、脚が痛いとか、いつも身体のどこかを痛がっているからね。私がいつも決められた量を彼女に渡しているんだ。」

「そう。 でもどうして鍵なんてかけてるの?」

「ジェシカが勝手にたくさん飲んでしまうからだよ。」

そう言ってから彼はしばらくだまってしまった。

そうして思い切ったように、

「実はこの間、ジェシカはバスルームにあったこれらの薬を大量に飲んで自殺を図ったんだよ。」と言った。

「えっ?」

私は一瞬、自分が何を言われているのかよく分からなかった。

「自殺って?」

「うん、意識が朦朧として病院に運ばれたんだよ。本人はアクシデントだって言ってたけれど、間違いであんなにたくさんの量を飲んだりしないよ。あれは絶対に死ぬつもりだったんだ。」

「でもどうして?」

「ジェシカはとにかく鬱がすごいんだよ。元気な時は元気だけれど、鬱になるともう手の付けようがないんだ。」

「そうなんだ、、、」

これは私には全く意外なニュースだった。

ジェシカにbipolarの障害があることは聞いていたけれど、 私が彼女に電話する時ジェシカはいつも普通のジェシカだったし、こうして会う時は必ず元気いっぱいだったので、私は未だにジェシカが鬱の状態を見た事がなかった。

いつもノッコや風太と遊べるのがうれしくて仕方がないようだったし、例え落ち込んだりすることがあったとしてもそんなに深刻なものだとは思ってもいなかった。

なのに自殺未遂だなんて、、、

その時私はとにかく頭が混乱してしまって、何を最初に考えたらいいのか分からなかった。

彼女は以前、自分のフェイスブックにノッコと自分の写真を載せて「the reason for my life」と書いていたことがあった。

そんな風に唯一ジェシカに生きる意味を与えていたノッコの存在さえも、彼女を救うことはできなかったんだ。

その事を考えるとショックで何も言葉が出て来なかった。

その時ふと、以前このブログの中で「ノッコの産みのお母さんは明るくあっけらかんとしているから楽なんです。」というようなことを書いたのを思い出した。

明るくてあっけらかんとしている?

彼女がその明るいマスクの下に隠し持っていた暗い部分に少しも気付きもしないで。

私は何を言っていたんだろう。

ジェシカはこの5年間、本当はどれくらい苦しんできたんだろう。

そんな風に呑気に「あっけらかんとしていて楽」などと自慢げにブログに書いていた自分に急に怒りが沸き、その頬にビンタを食らわせたいような気持ちになった。

でもこの気持ちを何にどうぶつけたらいいのか、その時の私には自分でもよく分からなかった。

つづく、、、




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セカンドチャンス (2)


*これは昨日の記事の続きで一年前のお話です。


一度諦めてしまった日本語補習校への入学のチャンスがもう一度やってきたノッコ。

その週の土曜日に早速体験入学をさせてもらう手配をして、その日に私と友人、ノッコと美加ちゃんの四人で、私の運転で学校まで向かった。

それにしても子供というのは本当に面白いものだと思う。

一回目の体験入学と面接は私にとってはとても最悪な経験になってしまい、その後かなり落ち込んだので、ノッコにとってもきっとそれは同じだろうと考えていた。

だからノッコはもう一度日本語学校に行くのを絶対に嫌がると思っていたのに、本人はこれといって以前のことを気にしている様子はなく、学校に行くのも少しも嫌がっていなかった。

それどころか以前の体験入学の時に遊んだ遊具でまた遊べるのが楽しみで仕方がないようで、逆にウキウキしているようだった

こういう単純な性格はこういう時にはとても得だなと思ったりした。

当日は車の中でノッコと美加ちゃんは大はしゃぎで、持って来たおもちゃを見せ合ったり、歌をうたったり、物語を作り合ったりして遊んでいた。

美加ちゃんはとても利発で年齢よりもずっとしっかりした女の子だったので、幼稚なノッコには見本になる理想の友達だった。

だから勝手な親の気持ちを正直に書いてしまうと、私も(今日は美加ちゃんがいてくれるからノッコもうまくやれるかもしれない)という期待をついついしてしまうのだった。

そしていよいよ学校に着いた。

私はここ数日この体験入学についてノッコに聞かせてきた内容をもう一度話しておくことにした。

ママは一緒にいられないから先生のいうことをよく聞く事。

お友達とも先生ともがんばって日本語で話す事。

美加ちゃんが一緒にいるからきっと楽しくなる事。

ノッコは私の話など全然聞きもせず、とにかくはしゃぎながら美加ちゃんと教室までスキップをしていた。

「ほら、ほら、走らないよー!」

そう叫ぶ私の心もなぜか弾んでいた。

教室について私が木村先生に今回また体験入学のチャンスを下さった事にお礼を言うと、相変わらず先生はそっけない態度で「いいえ」と言っただけだった。

本当にこの先生はよく分からない。

私と友人が「じゃあね」と言って教室を出て行こうとした時、美加ちゃんはもうすっかり雰囲気に馴染んでいたようだったけれど、ノッコは一目散にこちらに走って来て「ママ、行っちゃダメー」と愚図り始めた。

「大丈夫ノッコちゃん、ママすぐにまた迎えにくるからね。ほら、もうすぐ紙芝居が始まるから行っておいで」

そう言って無理やりノッコの絡み付く手を振りほどいて、私は友人と一緒に教室を出た。

その後友人と近くのモールへ行ったり、レストランでランチを食べたりしたけれど、やはり私はノッコのことが心配で始終落ち着かなかった。

美加ちゃんはもう日本の子供と変わらないくらい日本語が上手だったけれど、ノッコはあまり話せないのでみんなに日本語で話しかけられて緊張してるんじゃないかな?

私を探して「帰りたい」って泣いてるかもしれない。

そう思うと早くランチを切り上げて学校に戻りたい気持ちで一杯だった。

でも友人は「大丈夫、大丈夫、きっとノッコちゃんちゃんとやってるから」と何度も私を落ち着かせようとした。

そしてとうとうお迎えの時間になったので、私は飛ぶようにして学校に戻った。

友人と私が早足で教室に向かって廊下を歩いていると、オフィスに何か忘れ物をしたのか木村先生が向こうから歩いて来るのが見えた。

私はちょっと遠くからお辞儀をして「木村先生、本日は大変お世話になりました。ノッコは、、、どんな感じでしたでしょうか?」と訊いてみた。

「ああ、大丈夫でしたよ。私の言っていることもよく分かっていたようですし、折り紙などの指示もちゃんと聞いて折っていましたから。」

「ああ、そうですかぁ。」

(あーーー、よかったぁーーー! ノッコー、グッジョブ!)

私はとりあえず胸を撫で下ろした。

そしてノッコを思いっきり抱きしめてあげたくなった。

「すみません、私ちょっと急いでいますので。」

木村先生はかなり急いでいたらしくそう言うとそのまま慌ただしく事務所の方へ歩いて行ってしまった。

それから友人と二人で教室の所へ行って廊下から中を覗き込むと、ノッコが私達に気がついて嬉しそうにこちらに向かって走って来た。

「ママー!」

「ノッコちゃん、今日は学校どうだった?」

「楽しかった。美加ちゃんと遊んだの。」

「あら、そう。よかったねー」

そう話していると、ボランティアの学生さんが来て、

「ノッコちゃんも美加ちゃんも楽しそうに遊んでいましたよ。ノッコちゃんは最初はシャイだったけれど、だんだん馴染んできたみたいですね。」

「ノッコは日本語を話してましたか?」

「あまり話してませんでしたが、“トイレ行く”とかはちゃんと言えてましたよ。」

「そうですか。」

(オー,ノッコ、グッジョブ!)

私達が話している所へ木村先生が戻っていらして、

「ノッコちゃんも美加ちゃんも入学の問題はないと思いますので、もしも秋から通われるようでしたら、これから事務所に行って手続きの説明をお聞きになって下さい。」

とおっしゃった。

「はい、ありがとうございます!」

私も友人も嬉しさのあまり、大きな声でそう返事した。

                                       ◇

帰りの車の中で私達はノッコと美加ちゃんを褒めまくった。

「いやー、美加ちゃんとノッコちゃん本当にがんばったね。ママ達がいなくて泣いてないかななんて心配してたけど、もう一人でも大丈夫なんだね。」

「二人とも日本語で話してたってボランティアの人が言ってたよ。がんばったね。あんなに恥ずかしかったのに勇気を出して言ったんだね。ママ達は本当に感激してるよ。」

そして私は美加ちゃんにも「今日は美加ちゃんが一緒に遊んでくれたからノッコもすごくリラックスして楽しかったみたい。本当にありがとね」と何度もお礼を言った。

私達が褒めるとすぐに照れくさくなって「うるさいなー」と言うノッコ。

照れ隠しのためなのか、その日は普段以上にはしゃいで美加ちゃんとふざけあっていた。

でも自分でも何かがうまくいったという達成感があったのか、帰りはずっと上機嫌だった。

友人と美加ちゃんをお家まで送って行ったあと、私が

「今日はノッコちゃんうんとがんばったから、特別に何でも食べたいもの食べていいよ。これからママと食べに行こう!」と言うと、ノッコは「本当?」と目をキラキラさせて答えた。

そしてしばらく考えてから、

「ケーキポップ」と言った。

「ケーキポップ」というのは、スターバックスにあるノッコの大好きなスウィーツ。

「ケーキポップね。オーケー。じゃあ、チョコレートミルクもつけちゃおうかな」

「イェーイ!」

ああ、私はノッコのこの笑顔が大好きだった。

こうして私達はスターバックスに向かって車を走らせた。



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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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