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縁組みまでして子供が欲しかったくせに

世間には、悲しいかな「養子に対する偏見」というものがある。

一般にいう「親に捨てられた可哀想な子」というイメージ。

「可哀想な子」と同情されるだけならまだしも、「そういうバックグラウンドのある子だから普通に育つはずがない」とか「何か問題を抱えた子供に違いない」などという偏見にまで繋がって行くと悲しさを超えて怒りさえ覚えてしまう。

そして「養子に対する偏見」と同じぐらい「養親に対する先入観」というものが存在することを、自分がノッコや風太を迎えてみて初めて知った。

「養親に対する先入観」の主なものに、「親に捨てられた可哀想な子供を育てているすばらしい人達」というのがある。

でもこれは他のブロガーさんたちも書いているように、あまり現実を反映していない。

自分が迎えた養子を「かわいそう」と思っている養親はほとんどいないし、縁組みをしたからって自分たちを「すばらしい人達」と思っている人もほとんどいないと思うから。

実際私は全然「すばらしい人」ではないし。

そしてこのポジティブなイメージ以外にも、養親ゆえに「縁組みをしてまで子供が欲しかったくせに」と批判されるような行動がいくつかある。

そんな行動には以下のようなものがあると思う。


1)乳児の養子を迎えてすぐに保育園に預ける。


これは実際に私自身がやったことなので、よくわかる。

ノッコを迎えてから3ヶ月後に保育園に預ける事にした時に、実家の母や姉、それから日本人の友人などから「もう預けるの?」と非難気味に言われた。母からは「縁組みまでしてもらった子なんだから、もうちょっと一緒にいてあげたら?そんなにすぐに預けたらかわいそうよ。」とはっきり言われたのを覚えている。

彼女達はきっと「縁組みをしてまで迎えた子供なんだから、もっと愛情を注いであげなさい。」と言いたかったのだと思う。

それは、「保育園に預ける」=「母親の愛情が足りない」という公式が彼女達の中で出来上がっていたから。

でも子供を持つ夫婦には色々な家庭の事情があるわけで、それはその子が実子だろうが養子だろうが変わらないものだと思う。

けれど「養子」を持つ親は、他の親達よりもっと子供を愛して、より多くの時間を一緒に過ごすべきだというような考えがわりと一般的に存在するため、上記のような批判がでてきてしまうのだと思う。

そしてもう一つ養親が批判される行動に「子供のための出費をケチる」というのがあると思う。

経済的に苦しい我が家としては、「養親」=「お金に余裕がある」という先入観は非常に困る。

養子縁組のクラスで知り合ったカップル達は、年齢的には私達とあまり変わらなかったけれど、みんなとても裕福そうで「子供の受け入れ体勢はバッチリ」という感じだった。

けれど私とジョンは学生をしていた時期がとても長かったので就職したのは30代に入ってからだったし、しかもお給料もそんなに高い職業ではないので、はっきり言って毎日の生活に全然余裕がない。

だから子供達の服やおもちゃは友人達からのおさがりか、リサイクルのお店で買ったものばかりだ。

ベビーカーも友人の友人のそのまた友人が使っていたものをもらったので、かなりボロボロだったし、ノッコの新しいベッドなどは一番安かったという理由だけで黒のベッドになってしまった。(シーツはピンクのミニーマウスなのに、、)

ジョンのお母さんなどは、こうして私達がノッコや風太の物にお金をかけないことをあまり快く思っていないらしく、「それじゃ子供達が可哀想」というようなことを時々いうことがある。

リサイクルショップの物は絶対に子供に与えないというポリシーをもっている知り合いなどは、口にさえはっきり出さないけれど「養子をもらうほど子供が欲しかったのに、子供にお金をかけないってどういうこと?」というような顔をすることがあった。

この「養親」=「お金に余裕がある」という公式が出来上がってしまった主な理由は、縁組みの費用がとても高いからだと思う。
あんなに高い費用を払って子供を迎えたのだから、あのカップルは裕福に違いないと周りの人は思っているのだと思う。

特にうちは二人もいるし。

そしてそれは、「お金がたくさんあって、子供を愛しているのなら、子供にお金を使うのが当然」という考えに繋がっているのだと思う。

だけど私は「養親である」というのを抜きにしても、どうして世間では親の愛情を子供に費やす金額で計ろうとするのかいつも不思議だった。

確かに私も高校生ぐらいの時は「私を愛してくれているなら、親はこれくらいは出してくれてもいいのに」なんて考えた時期もあったけれど、でも今ではお金の使い方に厳しかった両親に感謝している。

そして自分にお金を使ってくれなかったから、親から愛されていなかったとも思ったことはない。

家計の事情で子供に贅沢をさせられない親や、例え裕福でも子育ての方針から子供にお金を使わない親もいるのに、それらを全てひっくるめて愛情度を計る目安にされるととても困る。

実際私達は、子供達の服や持ち物にはあまりお金をかけないようにしているけれど、彼らの「経験」のためなら無理をしてでも予算を捻出している。

だから経済的にはキツくても子供達を日本に連れて行ったり、トムとダナの双子ちゃんに会わせに行ったり、週末は博物館巡りをしたりしている。

縁組親子でも普通の親子と同じように、子供に贅沢をさせない方針を持っていたり、子供によくないと分かっていることでも時々させてしまったり、言う事を聞かないとガミガミ言ったり怒鳴りつけたりしてしまうことがある。

私達は育てている子供達への責任以外に産みのお母さんに対する責任、そしてエージェンシーへの責任もあるので、彼女達を安心させるためにもできるだけいいお母さんでいたいと思っている。

けれどやっぱり養親も普通の人間で、イライラしているときは子供に当たってしまうし、「どうせ1年しか着ないから」と新しい服を買うのを渋ってしまうことだってある。

少なくとも私は、世間が思っているほど完璧な養親になんてなれない。

でも子供達を心から愛しているし、彼らといつも真っ向から向き合えるようにがんばってもいる。

だから子供を保育園に預けているから、もしくは子供にお金を使わないからといつて、子供を大切にしていないと思われるのはとても悲しい。

もしかしたら私が感じているこの「世間からの養親への期待」というのは、ただの自意識過剰かもしれないし、私の子供達に対する後ろめたさを反映しているだけなのかもしれない。

でももしも他の養親さんもそんな風に感じることがあるのであれば、やはりそういうプレッシャーは少しずつなくなって欲しいなと思う。

例え子供の迎え方は違っていても、養親は普通の親達と少しも変わらないし、縁組み親子は普通の親子と何も変わらないんだということをより多くの人達が理解してくれたらいいなと思う。



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震える風太



2012年の夏、私とジョンが縁組みエージェンシーから生まれたばかりの風太を紹介され、彼の健康状態について説明を受けた時、私達は限られた時間の中で一生懸命ドラッグの影響を受けて生まれてきた赤ちゃんについて調べてみた。

その中で私が特に知りたいと思ったのは、ドラッグが持つ知的障害などの長期的な影響についてだった。

だから10才ぐらいの子供を育てているカップルや、すでに成人した子供を持つ親のブログを探してみたけれど、英語で探した限りでは、みつかったのはみんな一才以下の赤ちゃんを育てているカップルのブログばかりだった。

そのほとんどが「普通の赤ちゃんと同じように育っていて、特に健康上、精神面での障害は見られません」と書かれていてとても安心したのを覚えているけれど、それでももう少し大きくなった子供の情報も知りたいなとやはり思った。

なので今日は、もしかしたらそんなカップルがこのブログにぶつかるかもしれない可能性を考えて、1年前から現在までの風太の成長の過程について少し書いてみたいと思う。

去年の今頃、一才半になった風太を思い出してみると、とても元気で大きな赤ちゃんだったなと思う。

冬の病気の時期はやはり鼻づまりからくる中耳炎に何度も何度もなっていたのだけれど、風太はけして泣きはしなかった。

熱も出さなかったので中耳炎になっていたことに全然気付かず、定期的な健康診断に連れて行って初めて「中耳炎になっていますね」と知らされビックリしたことが何度かあった。

小さいのに根性が据わっているというか、ノッコに押されたり引っ張られたりしても風太はあまり泣かなかった。

なので日本で生まれた訳ではないけれど、風太には「君は九州男児だねぇ」などと話しかけたりしていた。

身体と知能の発達も平均より順調なくらいで、発話も「papa, mama, babble, apple, good bye」などの言葉が言えたし、ジムで遊んだり、輪投げのようなブロックを一人で全部積み立てたりできるほどだった。

そして機械系のものを分解するのが大好きで、ラジオや目覚まし時計をいくつも壊した。

一度風太の通っている保育園の先生のモリー(ノッコの先生でもあった人)から苦情が来たことがあった。

「あのー、風太君なんですが、、以前からコンセントの安全カバーを次から次へとはずしてしまうので先生達はかなり困っていたんです。なので一人の先生がもっと高度なカバーを買って来たんですよ。それはフックを解除しないと外せない仕組みになっていて大人でもすぐに外せないのに、風太くんは早速すぐに作業に取りかかったかと思ったら、10分で外してしまったんです。もうこれで私達は他に打つ手がありません。」

そう言ってモリーは笑った。

私とジョンは先生達には「ごめんなさい」と謝りながらも、思っていたよりずっと早い風太の成長ぶりを、心の中で密かに喜んでいた。

そんなふうに順調に成長を続けていた風太だったけれど、ちょうど一才半の頃からちょっと気になる症状が出てきた。

それは身体の震え。

生まれてから一ヶ月入院していた時も、家に連れて帰ってからの数週間も、風太の震えや筋肉のこわばりはまだ多少残っていたけれど、一才ぐらいになるまでにはほどんど気がつかないくらいによくなっていた。

それがちょうど一才半くらいから急にその症状が戻ってきてしまった。

しかも身体が震えるのは決まって夜だけだった。

ノッコと風太は同じ部屋で寝ていたので二人を寝かしつける時は、ジョンが風太を私達のベッドルームで寝かしつけ、私がノッコの部屋で彼女に読み聞かせをするという方法をとっていた。(そしてそれを毎日交代していた)

そして二人がすっかり寝付いた頃に、風太を私達のベッドからノッコの部屋にある彼のベッドに移していた。

この「移動」の時、風太は少しだけ起きてしまうことがあった。目は開けないけれど、自分がどこかに運び出されていることはわかっているような感じ。

その時風太の身体は痙攣したように震えた。

その時間は8秒ぐらい。

風太を私達のベッドから抱きかかえようとすると、ブルブルッと身体が震え、そのあと手と首が「わなわな」という感じで揺れた。

最初にその様子を見た時、私はとても慌ててしまった。

でも風太はその後すぐにまた眠りについて、夜中に何度かチェックしにいったけれど身体が震えていることはなかった。

なのでその晩ジョンと話してしばらく様子をみることにした。

けれどその次の日も、その次の日も風太は同じように夜中に抱き上げられると痙攣を起こしたように震えたのだった。

(もしかしてドラッグの影響なのかな?)とやはり最初に思ってしまったので、すぐにかかりつけのドクターに電話をして相談してみた。

ドクターは「その時の様子をビデオに録画して見せて欲しい」とおっしゃったので、ビデオに撮って見せてみた。

すると、「リズミカルに手や身体を動かしている訳じゃないので、大丈夫だと思います。」とおっしゃった。

「でも神経系の病気とか、脳に問題があるとかではないのでしょうか?」

「私にはそうは見えませんが、しばらく様子をみましょう。」

「分かりました」

そう言ってその日はクリニックを後にした。

けれどその後も風太は時々震えることがあった。

でもそれはいつも10秒も続かず、風太のベッドに移した後はそのままぐっすり朝まで眠った。

それに昼間に震えを起こす事は一度もなかったので、ドクターがおっしゃったように、深い眠りからスーッと目覚めようとすると脳が混乱して一瞬身体が震えるだけなのかもしれない。

世の中にはそういう人がいるらしいし。

でも実はこの震えは1年後の今でも完全に消えた訳ではなく、しかも時々以前より震えがひどい時さえある。

だからやはり専門家に見てもらってちゃんとした検査をした方がいいのかなとジョンと話しているところだ。

例え風太のように順調に成長していて、一見何の問題もなさそうな子供でも、体内にドラックの影響を持って生まれてきた子は、やはりこうした心配事は絶えない場合がある。

もしかしてこの症状はドラッグとは全然関係ないのかもしれない。

でもあるかもしれない。

それは今の私達には分からないけれど、でも「ドラッグの影響かも」と心配しながら生活していかなければいけないこの状況は現実であり、これから風太のような赤ちゃんを養子に迎える事を考えているカップルはやはりそういう点も踏まえて決断をするべきだと思った。

そういうカップル達に対して「やめた方がいい」と言っている訳ではけしてなく、逆にもっと多くの人が風太のような赤ちゃんを受け入れてくれたらいいなと思うけれど、現実は現実として隠さずお知らせした方が彼らにとってもいいと思った。

でも毎日ノッコと走り回る風太を見ていると、根拠のない「きっと大丈夫」という気持ちがあるのも確かなのですが。

究極の癇癪クイーンのノッコ。

そして

身体が震える風太。

色々と心配事や溜め息をついてしまうことも少なくないけれど、それでも二人はやはり私達にとってはかけがえのない存在です。

こちらで明日はサンクスギビング。

ノッコと風太がいるこの生活に、そして二人の横にジョンがいてくれるこの毎日に、

感謝!



Nokko and Fuuta reading 1
風太はノッコが大好き


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たくさんのコメントありがとうございました!

あー、もう皆さん!

本当に、本当に、本当に、ありがとうございました!

いつも思っていたのですが、この養子縁組のブログ村コミュニティーにコメントを下さる方というのは、なんというかとても誠実な方が多く、こういう問題を一緒に真剣に考え、一つ一つ言葉を選びながら丁寧なコメントを下さるので、読んでいる私の心を(そしてきっと他の方の心も)強く打つものがあります。

鍵コメを下さった皆さんも一つ一つを公開できないのが残念ですが、非公開だからこそ言えるそれぞれの思いがひしひしと伝わってきて、読みながら「うん、うん」と何度も頷いてしまいました。

みなさん、たくさんのコメントをありがとうございました。

一つ一つを何度も読ませていただきました。

そして個別にお返事ができず、まとめてのお返事になることをお許し下さい。

さて、わたくしさわこ、皆様のコメントにはいろいろ考えさせられるものがあり、実はこらから何を書いたらいいのかちょっと頭の中がまとまっていない状態であります。

けれどみなさんの誠意あるコメントに応えられるよう、自分が今感じていることを自分なりにまとめながら正直に書いていきたいと思います。

まず皆さんのコメントを読んで最初に考えさせられたことの一つに、「ああ、養親の年齢に制限が設けられるのにはやっぱり理由があるんだなぁ」というのがあります。

「そんな当たり前のことに今頃気がついてどうすんねん!」と思わずつっこみを入れられそうですが、本当にどうして年齢制限があるのかわかったような気がしたんです。

みーさんがちょっと挙げて下さった例でいうと、40才で養子を迎えるのはOKなのに50才では問題になるのは、40才では自然妊娠する可能性があるけれど、50才ではきっとその可能性がほとんどないからなのですね。

別の言い方をすれば、私達人間には自然に沿った身体の法則があって、その法則からあまりにかけはなれた生き方はリスクを伴うということ。

たくさんの方が挙げていた体力の低下、はなもくれんさんが挙げてくれた認知症の問題、更年期障害の問題、年齢に伴う病気の問題、そして寿命の問題。

これらはほとんどの高齢者が直面している問題で、考えるヒトさんがおっしゃっていたように、それを「今健康だから」とか「若く見えるから」という理由で否定する事はやはりできないのかもしれないなと思いました。

ただ鍵コメさんの一人がおっしゃっていたように、私達にはそれぞれ子供を持つ「身体的」な適齢期があるのと同じように「精神的」「経済的」な適齢期もある訳で、私の個人的な経験から言わせてもらえれば、私は20代で母親になるべき人間ではなかったと認識しています。

20代30代を謳歌したからこそ今の自分がある訳で、20代の頃の自分より今の自分のほうがずっと好きだと思えるので、それは子供達にとってもポジティブな影響を与えていると思います。

それに30代の頃は私もジョンもまだ学生で安定した収入もなく、経済的にも子供を持てる状態ではありませんでした。

だから身体的には20代30代で子供を持つ方がベストだということはわかっていても、やはり私は40代で子供を持つ事が適当だったのかなと思います(不妊治療に費やした30代後半でもよかったかなとは思いますが)

今回コメントを下さった方の中には、実際に50代でお子さんを迎えて育てていらっしゃる方や、40代後半で赤ちゃん待ちの方などもいらっしゃいました。
そういう方達はやはり私と同様、その年齢が彼女達の「精神的な」適齢期だったのかなと思ったりします。

人それぞれに「子供を持つ適齢期」があって、それを全うしている人達に対して「がんばって」と 温かく見守れるようになれたらいいなと思います。

さて、ここまでは「養親の気持ち」について書いて来ましたが、実際に高齢の養親に育てられた子供達はどう思っているのでしょう。

けいさんが最初のコメントでおっしゃっていたように、縁組みはやはり子供にとって何がベストなのかという点をふまえて考えて行かなくてはいけない問題なので、「高齢の養親に育てられる子供の気持ち」というのはとても大切ですよね。

ただ残念ながら今回はそういった方からのコメントはいただけなかったので生の声を聞く事はできませんでしたが、これまた個人個人のケースによって違うのではないかなと思います。

時々「ゲイカップルにもらわれた子供は可哀想」とか「シングルマザーにもらわれた子供は可哀想」とか「障害のあるカップルにもらわれた子供は可哀想」とかいう声を聞く事がありますが、そういう人達に育てられている子供達は実際には幸せそうにしているケースが多いような気がします。

ただ50代で子供を迎えると、子供が親といられる年数が多くないというのは絶対的な事実で、これはやはり子供にとっては一番辛いのかなとも思いました。

現代の平均寿命が80才だとして、20代で子供を持った人は60年という時間を子供と過ごす事ができるのに、50代で子供を迎えるとたったの30年。

その30年が愛情に溢れ、子供にとっても親にとっても意義の深いものであったとしても、やはり「短い」という事実はどちらにとっても喜べることではないように思います。

だから私も含めて高齢で子供を迎えた養親達は、できるだけ健康に気をつけて長生きをしなくちゃいけないなと思います。

今回もう一つとても考えさせられたことに、「私が養親が50代でもいいのではないか」と思っていた理由は、自分が置かれていた環境や周りの人の影響が大きかったからなんだなというのがあります。

まず私自身が現在46才で「全然イケてる!」と信じていました。

平均5時間半の睡眠でも生活に支障はないし、子供達をテニスやバスケットボールに連れて行っても普通に相手ができるし、公園などでたまに見かける肥満のためにゼーゼー言いながら子供を追いかけている若いお母さんたちよりずっと子供達と遊んであげられていると自負していました。(ちあきさんのおっしゃっていた15分のジョギングも軽くクリアできますよー!)

自分を基準にしていたので、「46才でこんなにイケてる自分なんだからきっと50才でも大丈夫」と勝手に思い込んでいたところがあります。

そしてジョンの両親や私の両親もとても元気だし、59才で4才のお孫さんを育てている人など、周りに「50才でも大丈夫」と思える例がたくさんあったというのもあります。

でも40代でも更年期障害に苦しんでおられる方もいらっしゃるし、60才でもいろんな病気が併発して苦労なさっている方などもいらっしゃいますね。

そういう人達を多く目にしていたら気軽に「50才でも」とは言えなかったかもしれません。

今回「介護の問題」や「年金の問題」などを挙げて下さって方も何人かいらして、私は全然そんなことまで考えていなかったのでとてもハッとさせられました。

けれど半日ブツブツと一人で考えてみて、「介護の問題」は50代で子供を迎えた養親の問題ではなくて、「子供に親の面倒をみることを期待する社会の問題」なのではないかな、なんて思い始めました。

しかも「介護を必要とする親がいると結婚できない」というのも、「お嫁さんに義両親の世話を期待する」という社会があるからではないかなと思いました。

50代で子供を迎える方は自分の老後についてできるだけ子供に迷惑をかけないようにしっかり考えておく事はもちろん大切ですが、これから厳しい高齢化を迎える日本では、リタイアする年齢をもっと引き上げるとか、高齢者を受け入れる施設やサービスの確立などにもっと力を入れる必要があると思います。(はなもくれんさんのおっしゃるように社会の仕組み自体を変えないといけませんね)

そして女性が、実親や義親の両方の面倒を見ることを期待されるあの風習は、やはり少しずつ排除されていくべきじゃないかなと思います。

私は41才でノッコを迎えた時、年齢のことが少し気になりましたが、縁組みのクラスに同じような年齢のカップルがたくさんいたので次第に気にならなくなりました。

そして44才で風太を迎えた時は、自分の年齢を全く気にしていませんでした。
私自身もジョンも、ジョンの家族も、エージェンシーの人も、周りの友達も、誰一人として私の年齢を気にしている人はいなかったようです。まるで「年齢」というものがそこに存在しないかのように。

今から考えると、「何にも縛られることなく子供を迎えられる」というあの環境はすばらしいものだったなと思います。

そして養子を望む全ての人にあの環境を与えてあげられたらと思ったところから今回の記事に繋がったのだと思うのです。

これは、どんなに表現の方法がそれぞれ違っていても、この記事にコメントを下さった全員が望んでいることなのだと思います。

ですのでここにいくつかのコメントからの引用をさせていただきたいと思います。

年令制限だけで、思い立った養子縁組をあきらめるのは惜しい気がします。
ゆるやかに 個人的な資質をみて 斡旋の範囲を広げてほしい、と願っています(実際に成人なさったアンさんを育てたうさぎさんの言葉は心に響きます。)


産みの親と受け入れる夫婦の双方が納得し、何より子供の幸せを最優先に考えるからこそ年齢だけではない「子供を受け入れる体制の準備が出来ているご夫婦」を選ぶことがとても大事なのですよね。(まゆみさん、私もそう思います。)


そして最後に、年齢制限は合理的ではあるけど、やはり、人と人との不思議なご縁を大切に、柔軟に考えることも必要かなとも思いました(みーさん、全く同感です。)

結局上限がいくつという問題ではなく、「目安」があり、それに基づいてもっと個別の、それぞれが幸せになれる対処法があるといいな、と結論にいたらない結論になりました(harumskiさん、これ以上はない!と思えるすばらしい結論だと思います。「目安」という考え方、すごくいいと思います。結局私もこの結論に落ち着きそうです。)

そしてyu さんがおっしゃっていた:

バックアップ体制が十分ある方や、人を雇って解決できる資産が十分にある方など、いろいろあると思います。それを年齢によって画一化してチャンスを排除するのではなく、やはり1人1人条件をしっかり審査してほしいです

という意見に応えるように、最近では日本のエージェンシーでも柔軟なところが増えてきたようですね。
それはとてもうれしいことだと思います。

(それからここではあまりご紹介できませんでしたが、50代でお子さんを迎えた鍵コメさん、貴重なご意見をありがとうございました。そして今ブログをお休みして二人目を迎えようとがんばっていらっしゃる鍵コメさん、そちらのブログに近いうちにコメントしますので、時間があったらチェックしてみて下さい。)

では大変長くなりましたが、今日はこの辺で失礼しようと思います。

コメントを下さったたくさんの方々、本当にありがとうございました。

いろいろな意見を聞く事ができて、縁組みの深さを更に学ぶ事ができました。

これからもこんな風に別のトピックでもディスカッションができたらいいなと思います。

「ほっぺ と ほっぺ」を今後ともよろしくお願い致します。


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50代の養子縁組に関するコメントをいただいて



昨日書いた記事にブロ友さんであるハナタロウさんと、harumskiさんからコメントをいただきました。(お二人とも率直なご意見ありがとうございました! harumskiさんのようなとりとめのないコメントが大好きです!)

もう一人の鍵コメさん同様、お二人にも個別にお返事をしようと思ったのですが、内容に色々考えさせられるものがあったし、このトピックに関しては多くの方が興味を持たれているのではないかなと思いましたので、ちょっとディスカッションぽい記事にしてみました。

もしも養親の年齢制限に関してご意見がありましたら、どうぞご遠慮なくコメントをお寄せ下さい。

                                 ◇

ハナタロウさんとharumskiさんの許可をいただいた訳ではないので、お二人のコメントをここに転用することは控えますが、ご興味のある方は一つ前の「お詫び」という記事のコメントをご覧下さい。(と勝手に書いてしまいました、ごめんなさい!)

お二人のコメントを簡単に要約すると、「養親の年齢制限があってもいいのではないかと思うのですが、、」というものでした。

お二人の意見を読んで、私も加代さんという一つのケースだけを見てちょっと結論を急ぎすぎたし、熱くなりすぎたかなという感がありました。

「子供が欲しい」と願い、ある程度の条件が整っていれば、70才の人でも養子を迎えられるのかといったら、やはり私もすぐに頷けないものがあります。

それはハナタロウさんやharumskiさんがおっしゃっていたように、体力的な問題や寿命の問題があるからです。

なので自分でも、養親の年齢制限を設ける事自体に反対していた訳ではないことに気付きました。

問題は、もしも年齢制限を設けるとしたら何才にするのかという点なのだと思います。

それが私にとっては「50代前半」でもOKだったのです。

それはたまたま加代さんという人がとても若く見える人だったというのもあるし、彼女の過去のお話を聞いて、どうしてももっとがんばって欲しいなと思わずにいられなかったからです。

ジョンの両親なども現在65才だけれど、とても若くて子育てしててもおかしくないように見えるし、実際お孫さんを引き取ってご自分で育てている60代70代の方達も知り合いにいるので、これらもそう思ってしまった原因の一つかもしれません。

(縁組みエージェンシーのファイルでは、もしも私とジョンが死んでしまった場合の子供達の引き取り先は、ジョンの兄弟ではなくて彼の両親になっています。)

そしてもう一つの理由は、不妊治療をしている人は30代半ばから40代半ばの人が多く、治療をやめて養子縁組を考え始めたとしても、実際プロセスが始まるのは40代前半から半ばになってしまうケースが多いと思うのです。

例え一人目を50才前に迎えたとしても、「二人目が欲しい」と思った時に「50才」の年齢制限のためにそれができない。

それがとても残念に思えたのです。

私は自分でも日本とアメリカを比べてどっちがいいとか、どちらがよくないとかいう話をするのはあまり好きではないのですが、一つアメリカの文化の中で「いいな」と思う点に「年齢に縛られない」というのがあります。

日本では履歴書や何かの申請書等にも年齢を書き込まなければならないし、新聞の社会面を見ていても、「加害者、鈴木太郎(43)」のように必ず年齢が表示してあります。

それは人々を無意識に年齢コンシャスにしてしまい、「この年齢ならこういうことをしているべき/しないべき」という観念を植え付けてしまうように思うのです。

私は38才で不妊治療をしていた時、日本の叔母が母との会話の中で「さわちゃんはあの年齢で子供がいないっていうことは、もう子供は諦めてるんでしょ?」と訊いているのを又聞きしてしまったことがありました。

その時初めて(ああ、38才は子供を持つのには遅過ぎると思われているんだ)ということを学びました。

もちろん田舎だったし、叔母とは違う世代だからというのもあるけれど、私は38才でも「まだいける」と思っていたし、40才で養子を迎えても遅すぎないと思っていたのでやはりショックでした。

私自身が41才でノッコを養子に迎えたし、もしも40才で「歳だから養子をもらうのは諦めようかな」と迷っている人がいたとしたら、「まだいけますよ!」と背中を押してしまうと思うんです。

例え世間が何と言おうと。

それと同じように、50代で養子を迎えた人にとっては「50才はまだまだいけるんだけどなぁ」と思っているかもしれないなと考えたのです。

もしも20代だけれどいい加減で子供を育てることができない母親がいるのであれば、どうして50代の母親になるために生まれて来たような人が子供を持ってはいけないのか。

もしも生まれた赤ちゃんの数が養親希望の夫婦の数を大きく上まってしまい、行く先のない赤ちゃんが多数出てしまった場合、施設に行くのと50代の夫婦にもらわれていくのとどちらの方がいいのか。

これらのケースの場合、子供にとってはどちらがいいかというのは私達には分からないような気がするんです。

50代の女性はもちろん病気になる可能性も、子供が成人する前に死んでしまう可能性も20代の女性より高いかもしれない。

けれど先のことなど誰にも分からないと思うのです。

だから先のことばかり心配して迷っているうちにチャンスを逃し、長年抱き続けた「子供を持つ」という夢を諦めてしまうことがとても残念に思えて仕方がなかったのです。

ハナタロウさんのおっしゃっていたように、今まで築いてきた仕事や趣味に没頭する50代もいいかもしれない。

実際に夫婦二人で生きて行くことを決めたカップルはそうしている人が多いと思います。

けれど不妊治療してまで子供が欲しかった人にとっては「子供が欲しかった」という気持ちは死ぬまで消えないものだと思うのです。

実際に自分の子供を持つまでは、本当の意味でその空白を埋める事はできないように思うのです。

70代で急に旦那さんが亡くなって一人ぼっちになってしまった時、周りのお友達が孫の世話を楽しそうにしている時、「やっぱり子供が欲しかった」と寂しく思ってしまうのなら、50代の女性に「きっとまだ大丈夫。がんばって」と背中を押してあげたくなってしまうのです。

だって40代で養子を迎えても、50代で養子を迎えても、養子を迎えたこと自体を後悔している人はあまりいないように思うから。

けれど例の加代さんも、今は日本で仕事をしながら幸せに暮らしているようなので、harumskiさんのおっしゃっていたように全てはやはり「縁」で、彼女は子供がいなくても幸せになれる運命だったのかもしれないし、外野の私がごちゃごちゃ言う事でもないのかもしれないとも思います。

結局は本人の問題で、「養子が欲しい」という気持ちが強く行動的な人は、どんどん手続きを進めて子供を迎えているし、迷っている人は結局いつまでも迷い続けているように思います。

私は前回の記事で「手続きを始めて、もう自分が後戻りできない状態にしてしまったほうがいい」と書きましたが、そんな風に迷い続けている人は、本当はまだ子供を持つ準備ができていないのかもしれないなとコメントを読んで思いました。

実はこのトピックについて昨日ジョンと少し話をしたのですが、「じゃあ60才の人はどうするの?もしもダメだと思うならその根拠は何?」と訊かれて、私はちゃんと答えられませんでした。

(ちなみにジョンは「それから性別の違いもあるよね。男の人は50才で32才の奥さんとの間に子供ができたり、養子をもらっても何も言われないのに、女の人が50才で年下の旦那さんとの間に養子をもらおうとすると心配されるもんね。」とも言っていました。)

だから結局はHarumskiさんと同じで、私自身にも本当は何がいいのかよく分からないというのが正直な気持ちです。

ですので、実際に50代で養子を迎えた方や、それにまつわるお話などがありましたらぜひ聞かせていただきたいなと思います。

それ以外にも、50代の養子縁組についてどう思われるかなどのご意見もお聞かせ下さい。

お一人お一人にお返事はできないかもしれませんが、このブログを読んで下さっている方達の参考になるように色々なコメントをいただけるとうれしいです。

さわこ


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お詫び


おととい「50代の養子縁組」という記事を書き始めて、今日とりあえず残りの部分を全部書き終えたのですが、やはりおとといの続きを載せるのはやめておこうと思います。

なんだか宙ぶらりんになったままで申し訳ありません!

それはやはり加代さんが日本人である故に、いつかこのブログに辿り着く可能性があるからです。

今日書き終えた記事の中には彼女のプライベートなことも少し書いてしまったので、もしも彼女がそれを目にしたらやはり不快に感じると思ったのです。

だったら最初から思わせぶりに「50代の養子縁組」などという記事を書かなければよかったのですが、加代さんのケースを通じてどうしても伝えたかった事があったのです。

結果的に加代さんは急遽日本に帰らなければならない事情ができたため、縁組みをしないまま仕事を辞めて旦那さんと一緒に日本に帰ってしまいました。

アメリカで養子縁組をする場合は、年齢を理由に縁組みを諦めなければならないというケースはあまり多くありません。

でも日本では年齢制限のために養子を迎えられないというケースがあると聞きました。

だから加代さん達も子供を持つ事は永遠に諦めてしまったようです。

思うに、

縁組みもやはり結婚と同じでタイミングがとても大切だと思うのです。

もしも本人が年齢が高いことを気にしているのであれば、私は逆にどんどん手続きを進めて、もう自分が後戻りできないような状態にしてしまった方がいいのではないかな、と思ったりしました。

悩んでいるうちにチャンスを失ってしまうのは、あまりにももったいない気がしてしまいます。

縁組みに関して言えば、「子供を迎えるパーフェクトなタイミングなんてない」と言えると思います。(自分自身の経験から)

だから、頭で色々考えすぎずに、まずとにかく行動に移してみる。

これがとても大切ではないかなと思います。

人間は、(妊娠以外には!)高齢のためにできないことって本当は思っているよりそんなに多くないような気がするんです。

だから今日、

最初の一歩を踏み出してみて下さい。

そこからは本当に「あれま、あれま」という間に、赤ちゃんをその手に抱いている日がやって来ると思います。



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50代の養子縁組

* これは1年前のお話です。


2012年のある日、普段仲良くしているインド人のお友達から「ねえ、最近知り合った日本人の女性にさわこの話をしたら、ぜひ会ってみたいって言うんだけど一度会ってみる?」とまるでお見合いのようなことを言われた。

こんなふうに「日本人同士だからきっと仲良くなるだろう」と思って他の日本人を紹介してくれる友人が何人かいるけれど、たいていの場合、一度会ったあとはお互いに連絡をとらなくなってしまうパターンが多かった。

だから今回もそんな感じかなと思いながら、それでも一応彼女の顔を立てるために「うん」と返事をした。

それからしばらくしてその友達はホームパーティを開き、そこに私達家族とその日本人の知り合いを招待してくれた。

彼女が紹介してくれた日本人の女性は加代さん(仮名)と言って、とても聡明そうな穏やかな人だった。

そして話をしていくうちに、なんと私と同じ職業で、私が勤めている職場でも以前働いたことがあったということが判明した。

しばらくその話で私達は盛り上がり、加代さんとはすっかり意気投合してしまった。

そしてかなり打ち解けたあと、なんと加代さんは自分たちが養子縁組を考えていることも話してくれた。(だから実は私と会ってみたかったらしい)

私達と同じように新生児を希望していて、今いろいろなエージェンシーを調べたり、縁組みについて本を読んだりしていると言っていた。

昔から赤ちゃん好きだったので、養子を迎える事をとても楽しみにしているようだった。

「ただね、一つ気になっていることがあるんですよ。」

加代さんは、話しながらふとそう言った。

「何ですか?」

「私ね、今年で50才なんです。」

「えっ? そうなんですか。全然見えない!」

これは社交辞令で言ったのではなく、本当に加代さんはどうみても40才前後にしか見えなかった。

とにかく肌がスベスベできれい!

「だからこれから手続きをして子供が来るのを待っていたら、あっと言う間に55才ぐらいになっちゃう気がして。それについてどう思われますか?」

加代さんの話を聞いてみると、旦那さんは黒人の赤ちゃんや障害のある赤ちゃんは受け入れられないそうだ。

そうなると当然待ち時間も長くなる訳で、確かに実際に赤ちゃんがくるのは、4−5年先かもしれない。

「そうですね、私が養子縁組のクラスを取ったとき、やはり50代のカップルが一組いましたよ。のちに彼らのところにも赤ちゃんが来ましたってニュースレターに載ってましたから、年齢はあまり問題にはならないようですね。」

「そうなんですか? ならやっぱりがんばってみようかな。」

その時は周りで子供達が走り回っていたし、私と加代さんだけがいつまでも日本語で話しているのは他の人に悪いので、また日を改めて二人でお茶をすることにした。


To be continued……


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ノッコの髪の毛事情

* これは1年前のお話です。(そして現在も続いている)


4才のノッコには、日常の生活の中でやりたがらないことがいくつかあった。

それらは、


1)はみがき

2)着替え

3)片付け

4)お絵描き/ぬり絵


まずは1)のはみがき。

4才になって自分で磨けるようになってからはだいぶよくなったけれど、それでも確認磨きのために歯ブラシを口に入れようとすると頑に唇を閉ざし、それを無理やり開けて磨こうとすると、今度は歯ブラシを噛んだまま離さないという極度な嫌がりようだった。朝の準備の時間には、この歯磨きの段階で私はすでにイライラ気味。

そして2)の着替え。

歯磨きが終わって、「ノッコちゃん、今日は何着るの?」と私が訊くと、いつも「ママ選んで」という。その癖、私が選んだ服は片っ端から拒否。ようやく着る服が決まってからも、おもちゃで遊んでみたり、風太をからかったりして全然着替えが進まない。イライラ度がマックスに達した私が、「もうビタミン入りのガミーあげないよ」と言うと、ようやく泣きながら着替えるというパターンを毎日、毎日、毎日,毎日懲りずにやっていた。

友達が「夜寝る前に次の日に着る服を出しておくといいよ。」と教えてくれたのでやってみたが、次の日になると「やっぱりこれいやー!」と大泣きしてあまりうまくいかなかった。

3)の片付けに関しては、もう敢えて説明いたしません。ノッコのお気に入りのおもちゃのほとんどが、片付けないバツとして屋根裏部屋に持って行かれている状態だった。(ノッコは次第にそのおもちゃの存在も忘れてしまうという、、、もう救えない状態)

4)のお絵描き。

自分で「私は絵を描くのが下手」と信じ込んでいたノッコは、お絵描きやぬり絵に全く興味を示さなかった。たまに何か描き始めても、必ず最後にクレヨンでぐちゃぐちゃぐちゃっとやってしまうのがお決まりになっていた。

とまあ、こんな感じだったのだけれど、上記の1)、2)、3)に関しては、たいていお菓子やDVDで釣って無理やりやらせたり、4)についても思いっきりおだててその気にさせたりすると、あまり苦労せずにやってくれることもあった。

けれどもう1つ、どんなにおだてても、どんなになだめても、どんなに叱ってもノッコがぜっーたいにやりたがらないものがあった。

それは「髪の毛をとかすこと」

これはもう、毎日が本当に戦争のようだった。

白人の知り合いがいる人なら分かるかもしれないけれど、白人の髪の毛はとにかく細い!

バスルームに髪の毛が落ちていても全然目立たない。

だから私の針金のような黒い髪の毛がバスタブについていたりすると、ノッコも風太も「ママー、かみん毛!」と言って大騒ぎする。

白人のこの細い髪の毛はけっこう縺れやすいので、いくらノッコの髪がストレートで短くても毎日髪をとかすのに本当に苦労した。

長くてクルクル髪の女の子は、毎日どうやってとかしているんだろうといつも不思議に思ってしまう。

ましてや黒人の編み込みに至っては、もう尊敬の念しか湧かない。

そう言えば以前黒人の赤ちゃんを養子に迎える話が出ていた頃、(髪の毛どうしよう!)って悩んだことがあった。

のちにその話がダメになり、ノッコという白人の子供を迎えた訳だけれど結局髪の毛でこんなに苦労するなんて思っていなかった。

しかもただでさえ絡まりやすいノッコの髪が、冬になると乾燥によって更にひどい状態になった。

朝寝ぼけた顔で起きて来たノッコを見て(君さー、どうやって寝たらそういう髪になるのかな?)といつも思っていた。

時には(おめーさん、それはママを苦しめる為にわざとやってるのかい?)としか思えないくらいひどい時も。

そしてそれを無理やりとかそうとでもしようものなら、

「きゃー、いたたたたた、いたーい、ママー、やめてー!」とまるで拷問のごとく泣きわめくのだった。

仕方がないのでそのまま保育園に行かせたことも何度となくあった。(あー、ママ恥ずかしいわ!)

ちなみにどんな状態かというと、








Nokkos hair 2
こんな感じ。(もしかしてその中でスズメ飼ってる?)





Nokkos hair 3
もうこうなると、けんかを売っているとしか思えない。



こうして1年後の現在もノッコの髪と私のバトルは続いている。


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昨日生理が来た。

昨日生理が来た。

その時、

「ああ、来た」と思った。

そして、

「ああ、来た」と思った以外に何の感情も湧かなかった自分がなんとなく可笑しくて、思わず苦笑いをしてしまった。

私は30代後半の数年間を不妊治療に費やした。

失敗すると何度も病院を変え、もっともっと強い注射を毎晩ジョンに打ってもらった。

そして生理が来るたびに部屋に閉じこもり、一人で嗚咽し、絶望のどん底に落ちた。

ジョンにそっくりな赤ちゃんが欲しくて欲しくて仕方がなかった。

そのためなら本当に何でもしようと思えた。

それなのに、

今はこんなふうに生理が来ても何も感じないなんて。

いつか自分にこんな日がやってくるなんてあの頃は思いもしなかった。

毎日ノッコと風太の育児に追われる今、あの苦しかった日々はいったい何だったんだろうと考える。

あの頃の私は、本当に今の私と同じ人間なのだろうか。

頭の中は不妊のことでいっぱいで、いつもいつもunhappyだった。

「どうして私のところには赤ちゃんが来ないのだろう」

毎日呪文のようにそればかりを繰り返していた。

呪文?

そう、

あれは本当にまじないをかけられた呪縛のようだった。

そしてそんな私をその呪縛から解いてくれたのは、Dr. チャンの「あなたには子供はできません」という一言だった。

私は彼のその一言で重い苦しみから解放されたけれど、世の中には不妊の呪縛によって長い間苦しまされ続けている女性がたくさんいる。

あるオンラインの人生相談のコーナーで、不妊治療中の女性が「友人などに養子縁組はどう?なんて訊かれたりすると正直言ってすごく腹が立つ」と言っていたのを読んだことがある。

どうして腹が立つのかというと、「養子縁組を勧められるということは、もう血の繋がった子供を持つことを諦めろと言われているのと同じだから」だそうだ。

「養子をもらって幸せな人達は、それはそれですばらしいと思う。でも今の私は自分たちの子供が欲しいのであって養子が欲しい訳じゃない。だからそうやってがんばっている私に養子を勧めて諦めろと言わないで欲しい」とその女性は続けた。

それを読んで彼女の言いたいこと、私にも痛いほどよくわかった。

私もそこにいたから。

私も自分たちの血を分けたハーフのかわいい赤ちゃんが欲しかったから。

だから妊娠する日を夢見て真っ暗なトンネルの中をいつまでもさまよっていた。

そして同じように養子縁組みをしつこく勧めてくる友人を鬱陶しく感じたりもした。

でもようやくそのトンネルを抜けた今、私はあえて彼女に養子縁組を勧めたいと思う。

どんなに興味がなくても、一度マザーさんがやっているような予備軍の集まりに参加してみて欲しいと思う。

なぜならトンネルをさまよっている人達は、外の世界を全く見ることができないから。

それはあの頃の自分を振り返るとよく分かる。

妊娠すること以外何も考えられなくなっていた私。

奇跡的に高齢妊娠した人の話にしか目がいかず、それ以外の可能性には耳を塞いでいた。

そしてそんな私と同じように、「あんなに妊娠が難しい人が妊娠したんだから私にだって可能性はあるはず」とずるずる治療を続けてしまう人は世の中にたくさんいる。

妊娠する事だけを夢見て不妊治療を続ける事は、例えば東大に受かる事だけを夢見て他の大学を一切受けないのと少し似ていると思う。

滑り止め用に他の大学を勧める事は、「東大を諦めろ」と言っているのとは違うと思う。

不妊治療や浪人は、本人がやってみたいところまでとことんやってみるべきだと私も思う。

でも、もしもどんなにがんばってもダメだった時のためのバックアッププランを考えておく事は、自分を追いつめる部分が少なくなる分、気持ちをずっと楽なものにしてくれる。

そして他の大学について調べているうちに「ここなら行ってもいいかな」と思える大学が他に出て来るかもしれない。

でも「東大一本のみ」と決め込み、他のオプションを全て排除していたら、他のどんな可能性も見えて来ない。

私は不妊治療をしながら同時に縁組みのエージェンシーを訪ねたりした。

養子縁組みに関する知識が増えたことによって「治療をやめよう」とはすぐに思えなかったけれど、「どの辺までやったらもうやめようかな」という漠然とした目処はついた。

これはとても大切なことだと思う。

トンネルの出口がだいたいどの辺にあるのか漠然とわかっていることは、私の気持ちをずっと楽なものにしてくれたから。

不妊治療で自分自身を追いつめてしまわないように、今後子供ができない場合、夫婦二人でどういう風に暮らして行くのかを考えたり、養子縁組について調べたりする事はけして悪い事じゃないと思う。

だから、

昨日私と同じように生理が来て、もしも絶望感から泣いてしまった人がいるのなら、

やはり私は「養子縁組について考えてみて」と言ってみたい。

「余計なお世話だ」と言われてもいい。

だって「あの苦しかった日々は一体なんだったのだろう」、「あんなにこだわっていた血の繋がりはなんだったんだろう」と思える日が必ずやってくるから。

そして「あっ、生理が来た」と思う以外に何の感情も湧かない日がやってくるから。

だから今日だけは私の意見を押し付けさせて欲しい。

トンネルの中をさまよっている全ての人に、本来の自分を取り戻して幸せになって欲しいと思う。

不妊治療の呪縛から解き放たれる方法はいろいろある。

だからもうこれ以上自分を追いつめて傷つき、泣かないで欲しい。



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オープンアダプションへの疑問


仕事に追われてしまい数日間記事の更新ができないでいたら、知らぬ間に変な広告が入るようになっていました。
それもまるで私が記事の最後に付け足したように見えるのがすごく気になります。
これは私が参加しているFC2に言えば削除してくれるのでしょうか?それともブログ村?

今まで自分のブログに全く広告がなかった点がすごく気に入っていたのに、何だか汚されたような気がしてショックです。(しかも内容が競馬だの美容整形だの、、)

ちょっとFC2に問い合わせてみます。

では、では、気を取り直して1年前のお話です。

                              ◇

ノッコが通う水泳教室に、ある日ダニエル君というノッコのクラスメートが入って来た。

ダニエル君のお母さんとジョンは職場が同じだったので、ダニエル君が養子だということは私達も以前から知っていた。

けれどダニエル君のお父さんやお母さんとは時々保育園の送り迎えの時に顔を合わせるくらいで、二人とちゃんと話をした事は一度もなかった。

ダニエル君のバースデーパーティに呼ばれた時にも、ジョンが一人でノッコを連れて行ったので、ダニエル君の両親と個人的な話をすることなく帰って来てしまったらしい。

以前からダニエル君の両親とは一度ゆっくり話をしてみたいなと思っていたので、プールでばったり会った時はちょっと嬉しかった。

最初の週は子供達の水泳の話や保育園での様子について話したけれど、少し打ち解けたその次の週にはダニエル君のお父さんと自分たちの縁組み経験について少し話した。

ダニエル君もノッコと同様アメリカ国内での縁組みで、産みのお母さんの状態もジェシカのととてもよく似ていた。

一つ違う点は、ダニエル君の産みのお母さんは今でも産みのお父さんと一緒に住んでいるということ。

そしてもう一つは、彼らはダニエルくんが住んでいるところからかなり離れた州に住んでいるということだった。

だからダニエル君がまだ赤ちゃんだった頃産みの両親と一度会っただけで、それ以来彼らとは一度も会っていなかったらしい。

それで数週間前、そろそろダニエル君にもう一度産みのお母さんとお父さんに会わせておいた方がいいんじゃないかということになって、産みのお母さんに連絡してから彼女の家までみんなで飛行機で行ったらしい。

「産みのお母さんとの面会どうでしたか?」

私がそう訊くと、

「もう最悪だったよ」とダニエル君のお父さんは溜め息をついた。

まずダニエル君達が産みのお父さんとお母さんを訪ねた時、二人ともすでにドラッグでハイになっていたらしい。

「ダニエルー!」と言って抱きしめた手も体もふらふらしていて危なかったし、目が据わっていて何を話していても全然会話にならなかったと言っていた。

そんな産みの両親をダニエル君に見せたくなかったので、お父さんは仕方なくダニエル君を公園に連れて行ってずっと遊ばせていたそうだ。

夕方になって産みのお母さんとお父さん、それから産みのお母さんのお母さん(ダニエル君のおばあちゃん)をレストランに連れて行ったけれど、二人は「私達いつも何も食べないからー」と言って料理にほとんど手をつけなかったらしい。

そんな状態だったので、本当は2泊3日の予定だった滞在を急遽1泊2日に切り上げて、ダニエル君のお父さん達は逃げるようにして家に帰って来たと言っていた。

こんなに時間もお金もかけてわざわざ会いに行ったのに、結局一度も彼らの口から「来てくれてありがとう」の一言はなかったそうだ。

だから帰りの飛行機の中で奥さんは泣いてしまったと言っていた。

「でもそんなことはどうでもいいんだ。私達がどう扱われようとそんな事はどうでもいい。」

話しながら興奮して来たお父さんはそう言った。

「だけど今回の面会で何が一番悲しかったかというと、産みの両親が滞在中ずっとダニエルのことを無視していたことだ。」

「ダニエル君と全然遊んであげなかったんですか?」

「そうなんだよ。まるでダニエルがそこにいてもいなくてもかまわないような態度で、ダニエルと会えて嬉しいとか、彼と少しでも楽しい時間を過ごそうっていう態度が全然みえなかったんだよ。彼らはいつも自分たちの生活の愚痴をこぼすのに忙しくて、彼らから少しもダニエルへの気遣いとか愛情が感じられなかったんだ。」

「そうだったんですか。」

「だから妻と相談して、もう二度とあの二人を訪ねるのはやめようと決めたんだ。いつか二人が更生してまたダニエルと会いたいと言って来るまでは、あの二人にダニエルを会わせたくないんだ。」

そう言ってお父さんはダニエル君が泳いでいるブールの方をじっと見た。

                                 ◇

この話を聞いてやっぱり一番気になったのはダニエル君の気持ちだった。

産みの両親とのこんな再会を経て、彼はいったいどんな気持ちでいるのだろう。

「ダニエル君はそのことがあってからどんな感じですか?」

私はお父さんに訊いてみた。

すると、「今までと変わらず普通にしているよ。」という返事が返って来た。 

そして、「産みの両親と過ごしたのは正味半日ぐらいだったから、そんなにインパクトは大きくなかったのかもしれない。」とお父さんは付け足した。

でも子供というのはそばにいる大人が自分を愛していてくれているかどうかというのを敏感に感じ取るものだから、子供心にもダニエル君は自分が産みの両親にあまり好かれていないという印象を持ってしまったかもしれない。

もしもこれが産みの両親と会う最後の機会だったとしたら、その時の二人の様子がダニエル君の中で永遠に「産みの両親との思い出」として刻まれていく。

それではなんだかあまりにも悲し過ぎる気がした。

産みのお母さんがアル中だろうが、ドラック中毒だろうが、刑務所にいようが、「自分を愛してくれている」という印象だけは持って欲しかったと望まずにいられなかった。

これからダニエル君が大きくなって、産みの両親と過ごしたあの半日を思い出した時、それが実際にあった状態よりももっとほんわかとしたやさしいものになっていればいいなと思う。

そしてダニエル君の今のお父さんとお母さんなら、きっとあの再会をそんなやさしい思い出に変えることができるんじゃないかと思うし、例えそれができなくても、ダニエル君が常に「自分は親に愛されている」という確信が持てるように育てていくのだろうと信じている。

                             ◇

私は以前からこのブログでもオープンアダプションを推奨してきた。

養子である子供が産みのお母さんと交流を持つ事で、変に産みのお母さんを理想化したり、逆に彼女に対して幻滅したりしないで済むし、自分の出生について疑問に思っている事を直接本人に訊けるのは何より納得できるのではないかと考えていたから。

でもダニエル君のお父さんの話を聞いて、やはり一概にいいことばかりではない事に改めて気付いた。

自分達とジェシカがうまくいっているからって、オープンアダプションの利点ばかりを強調してきたけれど、これからはダニエル君達のように苦労しているケースもちゃんと紹介していなかくちゃいけないなと思った。

オープンアダプションは、やはりとても難しい問題だから。

実は私はちょっと前から「どうして私達はオープンアダプションを選んだか」という記事を少しずつ書いている。

それは以前ブロ友のうさぎママさんが「オープンアダプションの利点がよくわからない」という素朴な疑問をご自分のブログの中で投げかけていらしたので、それに答えるつもりで書き始めたものだった。

でも書き始めると色々な考えが混ざりあってなかなかまとめることができず、未だに記事として載せることができないでいる。

こんな事をしていたらいつまでも経っても投稿できないなと思うけれど、近いうちになんとかまとめて載せてみたいと思う。

どうして私がそんな記事を書く事にしたかという理由も含めて。


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ちょっと見方を変えました


数日前に風太の真実告知について3回に渡って記事を書いたのですが、それに対していただいたコメントの中に以下のような文章がありました。


>私は分からないことも一緒に考えてあげることが大事だと思うんです。
答えはなくてもいいのではないかな、と思っています。
どれだけたくさんの答えを用意しても、養子の子の疑問は解消されないと聞きました。
だから、納得させようとしなくても大丈夫なのかも。。分からないですけど。。


このコメントを読んだ時にはもう、

弾丸で頭を撃ち抜かれたような気がしました。

あの風太の真実告知の記事を読んで下さった方の中には、他にも同じように感じ取った方もいらっしゃったかもしれませんが、私はとにかく黒白はっきりつけないと嫌な質で、告知については子供達が納得できるような答えを探す事にとにかく一生懸命だったのです。

あらゆる場面を想定して、それぞれの場面で一番的確な答えを探し出し、それをジョンと合わせようと努力していたのです。

実はあの記事を書いた後、ジョンともう一度風太の告知について話をしました。

そして私が「じゃあ、もう一度確認しようか」と言って、「この場合についてはどう答える?」とまるでテストのようにジョンに訊いていると、ジョンが、

「そんな5年も10年も先になって答えるような内容を、今からそんな暗記するようなことできないよ。」とうんざり気味に言ったんです。

それでちょっとムッとした私は、

「だけどそういう態度でいると、結局ジョンと私の答えのつじつまが合わなくなって、あとから取り返しのつかないことになっちゃうんじゃない?」

と反論しました。

するとジョンは、

「どうせその場の状況や、ノッコや風太の性格によって言い方を変えるようになるんだから、今からそんなにきっちり決めておく必要はないんじゃない?。基本的に噓はつかないという点さえ覚えていれば,あとの細かい事はもういいと思うよ。」

と言ったんです。

ジョンのその言葉に納得のいかなかった私は、その後一人でプリプリしてベッドに入りました。

そして次の日に上記の鍵コメさんのコメントを読んで、目から鱗が落ちるような気がしたんです。

ジョンも結局は同じようなことを言おうとしたのかもしれませんが、鍵コメさんの言葉の方が私の心にはスーっと入ってきました。

子供に告知をする際に、なんとかして「答えを出そう」とか、「納得させてあげよう」とか、そういう努力をする必要はあまりないのかもしれない、と初めて気付いた瞬間でした。

鍵コメさんがおっしゃるように、養親がいくらたくさんの答えを準備して告知に臨んでも、思いがけない質問は必ず受けるだろうし、どんなに納得させようとがんばっても、子供の疑問を100%取り除くことはきっとできないのです。

だから告知をもっと気軽なものとして捉えろとか、準備をしないで臨んだ方がいいとか、そういうことじゃないと思うのですが、もっと肩の力を抜いてもいいのかもしれないなと思いました。

鍵コメさんのコメントの中で私が特に心を打たれたのは、「私は分からないことも一緒に考えてあげることが大事だと思うんです。」というくだりです。

子供達の産みのお母さんやお父さんについてや、養子に出されるまでの背景など、私達養親にも分からない点はたくさんあります。

そういう点を無理やりつじつまが合うように話してあげるよりも、「ごめんね、その点についてはママにもよく分からないのよ。」と言って、落ち込んでいる子供を慰めたり、励ましたりしてあげる方が大切なのかもしれないと思いました。

そしてそういう親の姿勢そのものが、完璧な答えよりも子供の心を癒し、納得させられるのかもしれないな、と。

これは何も告知だけに限らず、子供達が友人関係で悩んでいたり、勉強のことで悩んでいる時にも同じ事が言えるんじゃないかなと思いました。

できるだけ有効なアドバイスをしてあげようと力むのではなく、「それは辛いね」と言いながらホットチョコレートを作ってあげる。

そんな感じでいいのかもしれませんね。

鍵コメさん、

こんなに大切なことに気づかせてくれて本当にありがとうございました。

私もこれからは、もう少し肩の力を抜いてやっていこうと思います。

ありがとうございました。


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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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