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どうしても言えなかった一言

*これは一年前のお話です。


ようやく気になっていたプレゼンも終わり、長い日本滞在も残り二日となったので、私達は家族水入らずで思いっきり楽しめそうな所へ行く事にした。

候補地はたくさんあったけれど、今回はもうテーマパーク系のところはやめて、お台場の海浜公園に行く事にした。

お台場と言えば、

私が高校生の頃よくお台場公園までドライブした思い出がある。

でもその頃のお台場は本当に何もなく、「走り屋 (だったかな?)」とか呼ばれていた車好きの男の子達がレーシングカーのように車を飛ばして遊んでいたくらいだった。

だから姉にも友人にも「お台場変わったよー!一度行ってみなー。」とよく言われていた。

インターネットで海浜公園までの行き方を調べてホテルを出ようとしたその時、突然電話が鳴った。

出てみると、受付の人が

「お客様にお会いになりたいという方が一階におみえです。」と言った。

(えっー、誰だろう? 誰とも会う約束なんてしてないのに。)

そう思いながら一階まで行ってみると、驚いたことに母となっちゃんがそこに立っていた。

「お母さん、何してんの、こんなところで?」

「ほら、なっちゃんが例のDVDを渡したいって言うから」と母は答えた。

実は数日前に母から電話があり、なっちゃんが先日行ったりんどう湖の写真とビデオをコピーしたディスクを私達に渡したがっていると言っていた。

プレゼンがあったので両親の家まで戻っている時間もないし、かといってなっちゃんにわざわざ東京まで来てもらうのも申し訳ないので、とりあえずそのディスクを母に渡してもらって、後から母にアメリカまで郵送してもらうことで話がまとまった(と私は思っていた)。

ところが母が「上野のホテルまで行けばきっといるから大丈夫。」と言って、なっちゃんをここまで連れて来てしまったらしい。

たまたま私達がいたからよかったものの、もしも出かけた後だったら全くの無駄足になっていたはず。

しかも母は上野駅からこのホテルまでの行き方も忘れていて、二人でさんざん迷いながらここまで来たという。(ちなみに母はホテルの名前までも忘れていた!)

これは余談になるけれど、

母は私達がこのホテルに移ってから毎日のようにホテルに電話をしてきていた。

私達の部屋に直接かけるやり方を何度も教えたのにそれが覚えられずに失敗して、その度に受付に掛け直しては伝言を残していた。

だから私達がホテルに戻るといつも受付の人が、

「あっ、お客様」と言って母からの伝言を渡してくれるのだった。

それも「お母様から電話がありました」というだけの伝言。

なので受付の人に、

「あのー、できればお母様にお部屋の方に直接おかけ下さるようにお伝えいただけると大変助かるのですが、、」

と何度も言われていた。

その都度、母に、

「お母さん、受付の人に迷惑だから部屋に直接かけてって何度も言ってるのに」と文句を言うと、

「かけてみてるんだけれど、内線番号を押すところでわからなくなっちゃうのよ。」と反省の色もなく、次の日また受付にかけてしまうのだった。

そんなこともあって、その日もなっちゃんに迷惑をかけてもお構いなしの母の行動に腹を立てた私は、

「お母さんさ、こうして私達がまだホテルにいたからよかったけど、もしも出掛けた後だったらなっちゃんに無駄足踏ませたことになってたんだよ。電話ぐらいしてから出ればよかったのに。」

ときつい口調で言った。

するとなっちゃんは、

「いいの、いいの、今日は私、渋谷まで足を伸ばす予定だったから、そのついでに寄ってみようと思っただけ。もしも会えなかったら受付に預けていこうと思っていたからいいのよ。」と母をかばうように言った。

それをきいて母も、

「そうそう、そうなのよ。ところでさわちゃん達はこれからどこへ行くの?」

と、いつものように立場が悪くなると話題を変える術を使った。

「うーん、これからお台場まで行こうかと思って出掛けるところだったんだよ。」

「お台場? お台場に何かあるの?」

母がそう聞くので、インターネットで調べた内容を色々説明した。

「なっちゃんは、渋谷に何しにいくの?」

「ああ、渋谷にあまちゃんグッズ(テレビドラマのキャラクター?)が売ってるお店があるから、そこにきーちゃん(母の仮名)と一緒に行ってみようと思って。」と言った。(なっちゃんはこのドラマの大ファンらしい)

こうやってなっちゃんはいつも母をいろんな所に連れ出してくれる。

本当に私なんかよりずっと叔母孝行な姪だといつも思う。

「じゃあ」、と言うことになって、私達は乗り換えの駅まで一緒に行く事にした。

道を歩いている時も、電車に乗っている時も、ノッコは久しぶりに会ったおばあちゃんにベタベタしていた。

そして電車が乗り換えの駅に近づいた時、私はずっと考えていた言葉を言おうかどうしようか迷っていた。

「お母さんも私達と一緒に行く?」

この一言が喉まで出かかっていながら、なかなか口にすることができないでいた。

今日は久しぶりに家族水入らずでのんびり過ごしたかったし、母がいるといつもトンチンカンな行動をとって私をイライラさせるので、正直言って一緒に連れて行くのはためらいがあった。

それに母はなっちゃんと渋谷に行くのを楽しみにしているみたいだし。

でも本当はなっちゃんも一人で渋谷に行きたいのかもしれないし、お母さんも本当は私達と行きたいと思っているのかもしれない。

そんなことを考えながらいつまでも決められないでいると、とうとう乗り換えの駅に着いてしまった。

「それじゃ、さわちゃん、楽しんで来てね。」となっちゃんが言うので、私もつい

「なっちゃんもね。じゃあ、お母さん明日ね」と言って、結局そのまま電車を降りてしまった。

ホームに出てから今降りた電車を見ると、母がふり返ってノッコに手を振っていた。

その顔が、

なんというか、

本当に、本当に、寂しそうだった。

顔は笑っているのに、目がすごく寂しそう。

その時私は、咄嗟に閉まりかけたドアをこじあけて、

「ごめん、お母さん、やっぱり一緒に行こう!」と言いたい衝動にかられた。

でもそんなことできなかった。

できないまま母を乗せた電車は走り出してしまった。

                           ◇


お台場海浜公園はとても楽しかった。


ジョンとノッコは日本で2回目のビーチを楽しみ、

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(注:ノッコは濡れないようにドレスの裾をパンツに入れている)



おいしいものをお腹いっぱい食べたし、

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(注:ノッコは食べ放題のサイドディッシュだったカレーでお腹を満たしてしまった)


帰りはお台場から浅草までフェリーに乗ったりした。

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(注:風太の頭は相変わらず絶壁です)


でも私の中では今朝の母の寂しそうな顔が頭から離れなかった。

連れて来てあげていたらきっと母は喜んだだろう。

DVDを口実にわざわざホテルまで来たのは、本当は私達と一日過ごしたかったからかもしれない。

母は私達があさって帰ってしまうことが急に寂しくなったのかもしれない。

そう思うと、どうして「一緒に行く?」という一言が言えなかったのか、それが悔やまれて仕方がなかった。

日本に来てからさんざんお世話になった母。

いつも自分のことしか考えられない私は,最低の娘かもしれない。

                          ◇

その晩ホテルに戻ってから、やっぱり謝ろうと思い母に電話をしてみた。

「お母さん、今日はあまちゃんのお店どうだったの?」

そう私が訊くと、母は

「それがね、、、」と嬉しそうにその日あった事を色々話してくれた。

「そのお店でねノッコと風太にもちょっとお土産を買ったから、明日食事する時にもっていくからね。」

「うん、ありがとう。、、、」

「お母さんさ、もしかして今日本当は私達と一緒にお台場に行きたかった? ごめんね、一緒に行きたいか訊きもしないで。」

「あら、いいのよ。ずっと前からなっちゃんとあまちゃんのお店に行こうって話してたし、お台場なんて行ってもお母さんの好きな物があるか分からなかったし。」

「そっか、、、ならいいんだけど、、」

そう言った時に、なぜか涙が込み上げてきて、私は声をつまらせてしまった。

「なに、さわちゃん、泣いてるの?」

「うん、、、悪かったなと、、、思って、、、」

「何よ、そんなことぐらいで。お母さん全然気にしてないってば」

「うん、、、、」

「なあに、急に、変な子ね」

そう言って母は、電話口の向こうで笑った。




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こんな時に、なぜこんな展開に ? (2)

* これは昨日の記事の続きで、一年前のお話です。


バスは会場の目の前で停まったので、私はそこから降りて急いで辺り一面を見渡した。

小さなお弁当屋さんがひとつ。

中華レストランが一軒。

ホームセンターのような建物が一つ。

それしかなかった。

コンビニって、どこにでもあるから「コンビニ」っていうんじゃないの?

駅前にも、会場の周辺にもないコンビニって、「コンビニ」って呼べないんじゃないの?

こんなに私があなたを一番必要としている時に!

仕方ないのでこの辺で一番近くにあるコンビニを訊いて、そこまで歩く事にした。

本当はランチを兼ねた打ち合わせがあったのだけれど、それは顔合わせのようなものなので別に出席してもしなくてもいいと言われていた。

なので接着剤を優先する事にして、その打ち合わせには少し遅れて出席する事に決めた。

まずそのことを担当者の人に伝えなくちゃと思い公衆電話を探してみたけれど、これがコンビニを探すよりも難しい!

今どき携帯を持っていない人なんて本当にどこにもいないんだろうな。

会場になっているビルの受付で、

「この辺に公衆電話はありませんか?」と訊くと、

「あることにはあるんですが、ここからですとちょっと分かりにくいかもしれません。」

と言われてしまった。

それでも行き方を教えてもらっていると、そばにいた女性が、

「私が案内しましょうか?」

と言って私を公衆電話のあるところまで案内しれくれることになった。

「わざわざご親切にすみません。」

と頭を下げていると、

「今どき携帯をお持ちでないなんて珍しいですね。」とやはり言われてしまった。

それからしばらく世間話をしながら歩いていると、

「その足、どうかなさったんですか?」

と訊いてきた。

靴の底が剥がれてしまったことを説明しながらその靴を見せた時、靴の剥がれた部分が少しすり減っていたことに気がついた。

すると彼女は、

「それはもう接着剤でもくっつかないかもしれませんね。いっそのこと全部剥がしてしまったらいかがですか。」

と言ったので、私もそうだなと思い、思い切ってそのヒールの部分を「ビリっ」と剥がしてしまった。

(もうこうなったら接着剤を探すんじゃなくて、新しい靴を探すしかないな)と考えながら、高さの違う右左の靴を引きずってその女性について行った。

そのあとすぐに公衆電話が見つかったのでその女性にお礼を言った後、担当者の人に電話をして事情を説明した。

すると、

「実は打ち合わせにちょっと大切な方が加わる事になったので、さわこさんにも是非紹介したかったんですが。」

と言われてしまった。

その人は確かに今後のネットワーク作りのためには、顔を合わせておいた方がいい人物だった。

次に自分がいつ日本に来れるか分からないし、、、

(よし、仕方がない、行くか。靴のことはみんなと顔合わせをした時に説明すればいいや)

そう決心して、打ち合わせのメンバーが集まっているレストランに向かって歩き始めた。

その途端、

「バリッ!」

と、どこかで訊いた事のある音がした。

そう、

もう片方の靴もやられたのだ。

私は「あちゃー」という顔をして、その姿勢のまましばらく動けなかった。

もうすでに片方のヒール部分が取れてしまっている今では、もう片方のヒールを引きずりながら例の「パタコン」をやる必要性は全くない。

私は迷わずもう片方の靴を手に取り、さっきと同じようにその靴のヒール部分も思いっきり「ビリっ」とひっぺがした。

両方ともヒールを剥がされたぺったんこの靴。

とりあえず左右の高さは同じになった。

そのまま歩き出してみると、

その履き心地は、正に

「トイレのスリッパ!」

周りを歩く人達もまるで私に

「おめえさん、それは ”わらじ” ってもんですかい?」と訊いているよう。

しかもしばらく歩いていくと、後ろから

「ママ見て、 雪!」

というかわいい女の子の声が。

慌てて振り返ってみると、発泡スチロールの粉のようなものが、グレイのカーペットの上に広がっていた。

そしてご想像の通り、その「雪」は私の靴から発生しているものだった。

どうもヒール部分に詰め込んであった白いプラスチックが、私が歩く度にカーペットと擦れて粉状になり、それが靴からこぼれ出ていたらしい。

その部分はどんなに手で靴から引き剥がそうとしても無理だった。

もうこうなったら諦めるしかない。

私はすっかり開き直って、その粉の出るトイレのスリッパを履いたままそのあと大切なお客さんとランチをし、そのまま何十人もいる人の前でプレゼンをした。

私がパワーポイントを指差しながら行ったり来たりしたステージは、ほとんど真っ白になっていたけれど、もう気にしない。(お掃除の方ごめんなさい!)

準備不足のためボロボロだった質疑応答も終わり、

「さわこさんもこの後、一緒にお食事でもいかがですか?」というやさしいお誘いも断り、

私はそのスリッパを履いたまま、真っすぐホテルに戻ることにした。

そして帰りの電車はもちろん渋滞。

ホームでも電車の中でも思いっきり粉を吹き出してくれた私の靴は、周りの人から大ヒンシュクだった。

そして上野駅に着いた頃には、形のずれた靴を履いていたせいか足がパンパンに腫れてしまい、もう歩けないくらい痛かった。

ようやくジョンと子供達の待つホテルに着くと、私は

「ただいまー」

という挨拶よりも先に、

まずその靴をゴミ箱に捨てた。

そして、

「今夜はお姉ちゃんに靴のお礼の電話をしないと」

と呟いた。



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こんな時に、なぜこんな展開に? (1)

* これは一年前のお話です。


私が日本に帰る時は、いつも姉から着なくなった服をたくさんもらった。

姉は美容師という職業上、見た目にはいつも気を使っていて、服や靴も私の3倍以上持っている。

でも住んでいるマンションの収納スペースが狭いため、もう着なくなった服の処理にいつも困っていた。

「こうやってさわちゃんがもらってくれると助かるわ。」

そう言いながら、いつもいらなくなった自分の服や子供達の古着を箱一杯に詰めてくれた。

今回帰った時も例外ではなく、私が姉のところに泊まっていた間、彼女はいつものように私の髪を切り、ストレートパーマをかけて、その上たくさんの服をくれた。

「さわちゃん、靴も何足か持って行く?」

そう訊きながら、姉はその日いくつかの履かなくなった靴も見せてくれた。

次から次へと目の前に出される靴箱を見ていると、その中にちょっとよさそうな黒い靴があった。

「あっ、これ。」

「何、それ気に入った?」

「うん、実は再来週プレゼンをしなくちゃいけないんだけど、それ用に持って来た服が黒なのに、靴がブルーのしかなくてどうしようかなと思ってたんだ。その日これ借りていい?」

私がそう訊くと、

「いいよ、いいよ、あげるよ。そのプレゼンが終わったらアメリカに持って行っていいよ。」

「本当? ありがと。」

そう言って私はその靴を自分のスーツケースの中に入れた。(洋服はいつも郵送する)

                                 ◇

私達が帰る数日前にそのプレゼンはあった。

もしもそのプレゼンが日本滞在の最初の頃にあったなら、こんなにストレスを溜めることなく日本での時間を楽しむ事ができたかもしれないけれど、それが滞在の最後の方にスケジュールされていたため、常にその準備の心配ばかりしていて心から落ち着くことができなかった。

なので例え準備は万端ではなくても早くこのプレゼンを終わらせてしまい、もっとリラックスした気持ちでジョンや子供達と残り数日しかない日本滞在を楽しみたかった。

そしてプレゼンの当日。

会場は八王子にあった。

私はアメリカから持って来た黒いフォーマルなパンツスーツを着、先日姉からもらった黒い靴を履いて朝早くホテルを出た。

乗り馴れない路線の電車に長い時間揺られて、ようやく目的の駅に着いた。

電車から降りたはいいけれど、どちらに向かって歩いて行ったらいいのか分からなかったので、近くにある交番で会場までの行き方を訪ねた。

それは駅の反対側にあるというので、とりあえず駅を通って反対側の出口まで行く事にした。

時間に余裕を持って来たつもりだったのに、プレゼン前の打ち合わせにはギリギリの時間になってしまった。

(ちょっと急いだ方がいいかな)

そう思ってちょっと急ぎ足で階段を上り始めた時、突然

「バリッ」と変な音がした。

(なんだろ今の?)

と思いながらそのまま歩こうとすると、足の辺りから

「パタコン、パタコン」という音が鳴り始めた。

(えっ!なっ、何! )

急いで音が鳴っている方の足を見てみると、

なんと靴の大きめのヒールの部分がそっくりそのまま剥がれ、一枚の皮でかろうじて繋がっている状態だった。

なので歩く度にその剥がれた部分が靴からぶらさがって、また地面に押し付けられる度に「パタコン」という音を立てていたのだ。

(ちょっと勘弁してよー! 噓でしょ こんな時に!)

「靴の底が剥がれた」というコメディとしか思えない現状が信じられず、私は腹が立って仕方がなかった。

しばらく途方に暮れてしまい、どうしたものかと考えていると、

(そうだ!  近くのコンビニで強力接着剤を買ってそれでくっつけてみよう)と思いついた。

とりあえず駅の向こう側に行ってコンビニを探そうと、また階段を「パタコン、パタコン」と登っていると、後ろから女子高生数人が「クスクス」と笑いながら通り過ぎて行った。

(恥ずかしいなー、もう!)

ところが、

駅の反対側に出たはいいけれど、

コンビニが一つもない!

今どき周辺にコンビニがない駅なんてあるの!

もうあまり時間もないし、目の前には会場行きのバスも停まっているし、仕方ないのでとりあえず今はバスに乗って現地まで行ってしまい、向こうに着いて時間に余裕があったら会場の周りでコンビニを探そうと決め、私は慌ててそのバスに乗り込んだ。


To be continued…….




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上野駅で見た忘れられない光景

* これは一年前のお話です。


私達は東京にいる間、上野のウィークリーマンションに泊まっていたので、当然上野動物園や上野公園に何度も足を運んだ。

知っている人は少ないかもしれないけれど、上野動物園の入り口の近くにとっても利用しやすいプレイグランドがある。

ノッコはそこのプレイグランドをすっかり気に入ってしまい、朝のちょっと時間が空いた時や、お夕飯前の何もすることがない時など、しょっちゅうそのプレイグラウンドに行っていた。

その日もいつものようにそのプレイグラウンドで子供達を遊ばせて、もうすぐお昼だったので駅の近くのレストランでランチをとろうと、駅に向かって歩いていた。

「ノッコちゃんは何が食べたい?」

「カレーライス!」

などという、ありきたりの会話をしながら歩いていると、

どうも駅の周りの様子がいつもと違うことに気付いた。

「ママ、見て! 救急車!」

ノッコが指差している方を見ると、たしかに救急車とパトカーが何台か駅前に停まっていた。

そう言えば歩いている時もサイレンの音を聞いた気がした。

「何か駅内で事故でもあったのかな?」

ジョンにそう訊いた時、突然白衣を着た人と警備員の制服を着た男の人達が、シーツに包まれた担架を抱えてプラットホームの方から出てきた。

その担架が周りの人から見えないように、係の人はプラスチックのシートを高く掲げてカーテンのようにしていたけれど、担架を運んでいる人達の方が前方へ進むのが速いためプラスチックのシートが全然間に合わず、その担架はところどころで丸見えになっていた。

それを見た私は思わず、

「ノッコ、見ちゃダメ!」

と言って、ノッコの目を塞いだ。

別に死体が見えた訳でも、担架に血がついていた訳でもなかったけれど、その駅内の緊張した空気を敏感に感じ取っていたノッコは小さく震えていた。

そしてそのあと駅内から「ただいま人身事故の影響で、、、」というアナウンスが流れた。

ノッコはしきりに、

「ママ、なあに? 何があったの?」と私の袖を引っ張りながら訊いていたけれど、私はほとんど放心状態になってしまい、なんと答えたらいいかわからなかった。

東京に25年間住んでいたけれど、一度も人身事故を目にした事などなかった。

それなのに、旅行で滞在しているたった数週間のこの時にどうして?

担架を乗せた救急車が過ぎ去ってしばらくしてからも、私はずっとさっき見た光景のことを考えていた。

あの担架に乗せられていた人は、一体どんな人だったんだろう?

男の人?

女の人?

私はこれと言った理由もなく、30代の男性のような気がしていた。

そしてあれは事故ではなく自殺だったことも。

自殺?

でも、どうして?

どんな理由で?

私は急にその人について全てを知りたいと思い始めた。

家族はいたの?

どんな仕事をしていたの?

その晩インターネットでその事故のニュースを探してみたけれど、どこにもそれを見つける事はできなかった。

それはきっと私の全然知らない人だったに違いない。

接点などどこにもない、赤の他人。

でも私にとってその人の存在は、中学の3年間を共にした名前も思い出せないような同級生よりもずっと重く、けして忘れられないものとして心に刻まれてしまった。

(私とその人は、きっとずっとずっと深いところで繋がっている。)

なぜかそんな気がして仕方がなかった。

その人は、

担架に乗せられて私達の前を通り過ぎたあの瞬間、

シーツの下で一体どんな表情をしていたのだろう。

それが、

長年の苦痛から解き放たれた、

安らいだ表情であったことを祈らずにいられない。






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日本のキッザニアでイッライラ!

* これは一年前のお話です。(今回は写真が多めです)


私達が両親の家から姉の家に移った時に、姉はしきりに「東京のホテルに泊まるなら、ノッコ達をキッザニアに連れて行きな。絶対に楽しめるから。」という言葉を何度も繰り返していた。

「キッザニアって何?」

私がそう訊くと、

「あのね、いろんなお仕事ができるテーマパークなんだけど、結構凝ってるよ。子供達はお医者さんとか、パン屋さんとか、消防士とか、なんでもやりたい職業を体験する事ができるの。しかも親が一緒に手伝っちゃダメで、子供だけで選んだ仕事をこなさないといけないんだよ。」

と説明してくれた。

そしてそのあと姉の旦那さんがキッザニアのサイトも見せてくれた。

「ふーん、面白そうだね。でもノッコはまだちょっと小さ過ぎるんじゃないかな」

私がちょっと不安そうな顔をすると、姉は

「大丈夫。亜美もノッコぐらいの時に行った事あるから。もっと小さい子とかもいたよ。さわちゃん、ノッコががんばってる姿を見たら絶対感動すると思う。」

とすごい熱を込めて一生懸命説得するので、東北から帰ったら行ってみる事にした。

姉は「ノッコが楽しんでいるところを見てみたい」と言って自分たちのチケットまでも予約して、カイは学校があるのに学校を休ませてまでも連れていくと言った。

このメンバーの中で誰よりも一番はりきっていたのは絶対に姉だったと思う。

                               ◇

当日は、私達は電車で、姉達は車で現地まで向かった。

キッザニアに着いて、係の人に「予約してある〇〇です。」と伝えると、すぐに腕時計のようなものをくれ、施設内での規則等の説明をしてくれた。

「はーい、ではこちらでーす!」

と、その後とても元気のいいお姉さんが案内してくれた。

昔のピンポンパンのお姉さんみたい。

そしてよく見ると、そこで働いているお姉さんもお兄さんも全員がそんな感じだった。

思いっきりニセモノの笑顔なんだけれど、それでもすごく楽しそうで元気いっぱいなの。

(こういう所がアメリカにはないんだよなぁ)

なんて思いながら、私もみんなについて中に入った。

中は広いけれどちょっと薄暗くて、ちょっとモールっぽかった。

姉が、

「ノッコはどんなことをするのが好きなの?」と訊いて来たので、

「スポーツ系が好きだよ。」と答えると、

「じゃあ、ノッコちゃんサッカーやってみる?」とノッコに訊いた。

ノッコは喜んで

「うん!」と返事した。

ノッコは普段から何でもやりたがり屋で、特に身体を使うことに挑戦するのは大好きなので、どんな風になるのかすごく楽しみだった。

サッカーの練習の所までみんなで行くと、ちょっと待ち時間があるということだったので、ノッコの名前を伝えて順番を待っていた。

その間ノッコは、待ちきれなさそうにサッカーの練習をじっと見ていた。

「ノッコちゃん」

ようやくノッコの名前が呼ばれたので、ユニフォームをつけて中に入り、私が出て行こうとするとノッコが、

「ママ行っちゃやだー」と喚き出した。

「ノッコちゃん、ここではパパやママが一緒にできないってお話ししたよね。一人でサッカーの練習できるかな?」

私がそう訊くとノッコは、

「できない」と言う。

仕方ないのでサーッカーをキャンセルしてその場を出た。

ノッコが少ししょんぼりしていたので、元気づけのためにダンス教室を見せてみた。

しばらくダンスを見ていたノッコは、また「やりたい」と言う。

じゃあと言って、手を引いて中に入ると、

「やっぱりヤダ!」と言ってまた逃げ出してしまうのだった。

じゃあ一階をぐるっと見てみようということになって、私達はどんなものがあるのか施設内を一通り見始めた。

バン屋さんとか、ガソリンスタンドだとか、普段だったらノッコが他の子を押しのけてでもやりたがるようなアトラクションがたくさんあったので、

「ノッコちゃん、あれやってみる?」

「それはどう?」

など一つ一つ訊いてみたけれど、ノッコはどれもやりたくないと言う。

ノッコがいろいろな職業に挑戦している姿を見るのを楽しみにしていた私は、あまりにもがっかりしてしまい、

(なんだよー。こんな思いしてここまで来たのに結局何もやらないんじゃん)

とイライラ状態。

そのイライラのせいで、

「ノッコちゃん、とりあえずでいいから何かやってみなよ。ほらパン屋さん、パン屋さん絶対に楽しいよ。」

とほとんど強制的にノッコをパン屋に入れようとすると、ノッコはとうとう泣き出してしまい、

「もう帰りたいー」と叫んだ。

私同様にテーマパークが苦手なジョンも、そんなノッコにうんざりしている様子だった。

(やっぱりこういう所にはノッコはまだ小さ過ぎたんだよ)

そんな事を考えて、今日ここへ来たことを後悔し始めていた。

こんな状態じゃ絶対に何かに挑戦するとは思えなかったので姉に、

「お姉ちゃん、悪いけど私達これで帰るわ。これ以上ここにいてもノッコは何かやると思えないし、もうすぐランチだし。」

と伝えると、

「ちょっ、ちょっと待ってよ。最初から無理にやれやれ言わないでさ、ぐるーっと何回も施設内を一周して、この雰囲気に慣らしてあげないとだめだよ。亜美も最初に来た時は全くノッコと同じだったから分かるの。とりあえずここでピザかなんか食べて、その後は私に任せて。」

と姉が強く言うので、姉の言葉に従ってそこでランチをとった。

そしてその後は、姉がノッコをおんぶしながら施設内を何度もグルグル回ってくれた。


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姉におんぶしてもらっているノッコ



するとノッコはアイスクリーム屋さんのところで「止まって」と言い、中の様子をしばらくじっと見ていた。

「なんかあのアイスクリームおいしそうだね。自分で作ったあとそれを食べていいみたいだよ。ノッコちゃん作ってみる?そのあとおばさんにも少しくれる?」

姉がそう訊くと、まだグズグズと渋りながらもノッコは初めて姉の背中から下りて来た。

「ノッコちゃん、カイも一緒に行くっていうからやってみる?」

そう訊くと、ようやくノッコは小さな頭を縦に振った。

「ノッコちゃん、パパとママここでずっと見てるからね。カイちゃんに色々教えてもらうんだよ。」

私も念を押すようにもう一度そう言うと、ノッコは頷いて、カイに手を引かれながらアイルクリーム屋さんに入って行った。

(イエーイ! まずは最初の第一歩。がんばれノッコ!)

私は胸の中でガッツポーズをつくっていた。

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ちゃんとまず手を洗ってから


(これでまた泣き出さなければいいけど、、、)などという私の心配をよそに、ノッコはお店の人の説明をしっかり聞いて、一生懸命アイスクリームを作り始めた。

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アイスクリームに挑戦!


そして完成したアイルクリームをうれしそうにこちらに見せてから、隣の部屋でそれを食べ始めた。

「やったー!ノッコちゃんすごいじゃない! パパもママもいなかったのに、一人で全部できたじゃない! ママすごく感動したよ!」

そう言ってノッコを抱きしめると、ノッコは照れたような笑いを浮かべた。

子供というのは、やったことのない事でも一度挑戦してみてうまくいくと、途端に自信をつけることができるらしく、ノッコはそれからどんどん積極的に色んな職業にトライしてみた。

(お姉ちゃんさすが! ありがとう!)

私はその時、子供の扱いに慣れている姉をひどく尊敬し、(自分も見習わなくちゃな)と心の中で呟いたりした。

ノッコがやってみた職業の中で、特に楽しんでいたのが消防士だった。


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ちゃんとユニフォームを着せてもらって

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出動!



消防士が終わるともう閉まる時間になってしまい、他の職業にトライしてみようとしても「すみません、もうこれで最後のグループなんです。」と断られてしまった。

仕方ないので、もらったお金を銀行に預け、


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そのお金で小さな買い物をした。



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みなさん本当に親切でした。


姉が最初に「キッザニアに行ってみようよ」と行った時も、当日施設内に入ったあとも「ノッコにできるかな」と半信半疑だったけれど、実際にノッコが一つ一つの職業に挑戦しているのを見ているうちに、(ノッコはこんなにも成長したんだ)というのが目の前ではっきりと見えて、思わず感激で胸がいっぱいになってしまった。

そしてアメリカに戻ってから日本での話を家族や友達にする時、結局一番最初に話してしまうのがこのキッザニアでの経験だった。

あれから一年経った今でも、ノッコが何か物を無駄にしたり、「これ買って!」と気軽に聞いてきたりする時には、「お金を稼ぐってすごく大変なことなんだよ。ノッコちゃんも消防士になってお金をもらったから分かるよね。」などと説明することができるので、本当にキッザニアには足を向けて寝られない。

またまた心に残る日本の思い出がひとつ。

そして(子供達が大きくなる前にまた日本に行かなきゃ)と思える理由がひとつできてしまった。



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日本に行ったらお決まりの、ね!


* これは一年前のお話です。


日本に行ったら絶対にノッコと風太を連れて行きたいと思っていた場所があった。

そしてそれは、アメリカを出る前からノッコが一番楽しみにしていた場所でもあった。

その場所とは、

他でもない、

東京ディスニーランド! (ちなみに日本ではTDLと呼ばれているらしい)

                       ◇

東北から戻った私達は、そのまま上野にあるウィークリーマンションに移った。

そこは確かに家族用のリビングルームがあって、ソファーベッドやキッチンも付いていたのだけれど、実際に部屋に入ってみたら写真で見たのとあまりに違うのでビックリしてしまった。

とにかく狭い、

そしてかなり汚い。

更に最悪なのは「禁煙」の部屋を予約したのに、ものすごくタバコ臭いことだった。

すぐに受付に言って部屋を変えてもらえるように頼んでみたけれど、あれでも禁煙室だし、他に空いている部屋がないので申し訳ありません、と言われてしまった。

そう言われてしまっては仕方ないので、とりあえずタバコの臭いが消えるように窓を全開にしてみた。

けれど子供達はそんなホテルでも珍しくて嬉しいらしく、キッチンの棚の中をチェックしたり、ソファーの上でジャンプしたりしてはしゃいでいた。(やめなさいー!)

その日はそのままホテルの近くのレストランで簡単にお夕飯を済ませ、明日のディズニーランドに備えてみんなで早くベッドに入った。


次の朝、

目を覚ますと「これ以上のディズニーランド日和はない!」というくらいの快晴で、しかも気温もあまり高くなかった。

ノッコも朝からものすごいはしゃぎようで、普段はちっともやりたがらない歯磨きや着替えも自分からチャッチャッと進んでやってしまった。

そして

「行こう、ねえパパ、ママ、早く行こう!」

と風太のオムツを替えている私達を急かした。

電車の中でもディズニーランドのポスターをみつけると、

「Mama, look! Disneyland ! We are going there! 」と車内に響き渡る大きな声で叫び、周りにいる人達の笑いを集めていた。

何度か乗り換えてようやくディズニーランドに着くと、

「Wow!!」

と言葉通りノッコは目をキラキラさせて、ディズニーランドの入り口をみつめていた。

Disneyland 1


「ノッコちゃんは最初にどこに行きたい?」

と訊くとノッコは迷わず

「シンデレラ城!」と答えたので、私達はシンデレラ城の方へ歩いて行った。

いやー、しかし、

私もかれこれ20年ぶりのディズニーランドだったのだけれど、

全然変わってない!

たぶんそれがディズニーランドというものなんだろうけど、こんなに何もかもが相変わらず新しくきれいでカラフルなのがちょっと不思議で仕方がなかった。

なんだかここだけ時間が止まってしまっているようだな、なんて一人で考えていた。

シンデレラ城に着くと、城内に置いてある置物やアトラクションには目もくれず、ノッコはしきりにキョロキョロと何かを探している様子だった。

「どうしたの、ノッコちゃん? 何探してるの?」

私がそう訊ねると、ノッコは

「シンデレラはどこ?」と訊いて来た。

「えっ、シンデレラ?」

「うん、どうしてどの部屋にもいないの?」

ここでノッコが、シンデレラはシンデレラ城に住んでいると思い込んでいたことに気がついた。

「そうだね、どうしたんだろうね。まだ朝早いから寝てるのかもよ。」

などとその時は適当なことを言ったのだけれど、

それが大間違いだった!

「やだー、ノッコ、シンデレラに会いたい!シンデレラを起こして!」

そう言ってノッコはその場で大声で泣き出してしまった。

ノッコは期待していたのと違う展開になると癇癪を起こしてしまうらしい。

それでもジョンがいなかった頃よりはずっと軽い癇癪だったので、

「でもノッコちゃんだって寝てる時に誰かに起こされたらイヤでじゃない?今はもう少し寝かしてあげよう。あとでパレードの時にはきっと出て来るからそれまで他の乗り物にのって待ってよう。ねえ、くまのプーさんのところへ行ってみる?」

となだめてみた。

するとノッコは、

「うん、、」

と、まだ納得していない様子で返事をした。

プーさんの乗り物のところへ連れて行くとノッコは、次々と人を乗せて動いていくカートを見た途端、急に機嫌が直って「早く乗りたい」とまたはしゃぎ出した。

ふーっ、。

Disneyland 4

私達が行った日は平日だったので、人があまり多くなくどんな乗り物も30分から一時間ですぐに乗れた。

園内を歩いているだけでも気持ちのいいお天気で、大人の私でさえつい鼻歌をうたいたくなってしまう楽しさだった。

ただ一つ計算違いをしていたのは、風太が小さくてほとんどの乗り物に乗れなったということ。

そうするとノッコが乗り物に乗っている間、私かジョンのどちらかが外で風太と一緒に待たなくてはならず、それがちょっと退屈だった。

なので乗り物はジョンとノッコで乗ってもらうことにしてもらって、私と風太は小さい子供用のプレイグランドで遊ぶ事にした。

風太もただベビーカーの中に閉じ込められているよりも、やはりこういう場所の方が楽しいと見えて、ベビーカーから下ろすとすぐに弾丸のような速さでハイハイをし出した。

そしてなぜかそこにいた女の子に一目惚れをしてしまったらしく、40分ぐらいの間その子の後を追ってばかりいた。

Disneyland 3
このあと風太はこの子に抱きついてしまった!


しばらくするとジョンとノッコが私達と合流した。

ノッコは「カリブの海賊に2回も乗っちゃった!」と自慢げにアトラクションの中での様子を細かく話してくれた。

あんなに暗くて怖いのに、ノッコって本当に怖いもの知らず。

しかも一つのアトラクションでは故障で乗り物が途中で止まってしまい、ノッコとジョンは非常出口まで歩いて行ったそう。

その時も全然不安そうじゃなかったとジョンが言っていた。

「こんなにたくましいノッコがいれば、家にモンスターが出て来ても大丈夫だね。」

私がそうからかうと、ノッコも「ウフフ」とうれしそうに笑っていた。

私達もノッコもよっぽど夜のパレードまで見たかったのだけれど、とにかく風太が疲れてしまい、愚図って大変だったので仕方なくそのまま帰る事にした。

またいつか、

風太がもう少し大きくなって、4人でいろいろ乗れるようになったら、

もう一度来ようね。

楽しかったディズニーランドに。



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いぐ来だなぁー! (3)

*これは昨日の記事の続きで、一年前のお話です。


ビーチからホテルまで送ってもらったあと陸ちゃんが、「さわちゃん達は明日帰っちゃうから、今晩は知り合いのお寿司屋さんに連れて行く予定だよ」と言ってくれた。

陸ちゃんたらもう、何から何まで。

もう本当に十分だよ。

どんなに 「もういい」 と言っても、「もう予約入れてあるから」 と譲らない陸ちゃんの言葉に甘えて、私達はまたその晩もお世話になることにした。

そして私達のためにあまりにたくさんのお金を使わせてしまった陸ちゃんと奥さんに、私と母で少し包んでその晩渡す事にした。

                              ◇

そのお寿司屋さんは陸ちゃんの幼なじみが経営しているお店で、かなーり古く、かなーり味のある雰囲気のお店だった。

そのお座敷の真ん中にいろりがあっても全然おかしくない、しかも一歩入っただけでなぜか「懐かしい」という気持ちにしてくれる、そんなお店だった。

そこではすでに陸ちゃんのお友達が数人飲んでいた。

私は日本にいた頃ミニクーパーという車に乗っていたのだけれど、アメリカに移ってからは誰も乗る人がいなかったため数年後にはとうとう動かなくなってしまった。

陸ちゃんのお友達がその廃車同然の車を引き取って、自分で修理やペンキ張りをして大切に乗って下さっているというのを以前母から聞いていたことがあったけれど、そのお友達がそのお寿司屋さんで飲んでいる友人達の中にいた。

それでその人にミニの様子などを訊いたりして、そこに集まっていた人達と結構盛り上がってしまった。

ノッコはノッコで、陸ちゃんの娘さんのマリちゃんとすっかり意気投合してしまい、あんなに頑に英語一筋で通していたくせに、ここへ来て急に日本語で彼女と「これ貸して」「いいよ」などと話したりしていた。

やっぱり子供の言語の上達にはこれしかないんですよね。

同い年ぐらいのお友達との遊びを通じて「日本語で自分のしたいことを伝えたい」と思うようにならないとしゃべらないんだということを改めて学んだ気がした。

一通りおいしいお寿司を頂いたところで隣のテーブルを見ると、リュウを含めた男の子達はちゃんと自分の分を一皿食べたにもかかわらず、更にカッパ巻きとお新香巻きでお腹を満たそうとしていた。

そしてとうとう奥さんが、

「申し訳ないけど、子供達がこれじゃ足りないというので家で食べさせる事にしますね。」

と言って、また自宅に戻る準備をし始めた。

食べ盛りの男の子を3人育てるって本当に大変!

エンゲル係数思いっきり高いんだろうな。

私はその時、こんな風に奥さんや子供達を外食続きにしてしまったことがとても申し訳なく思え、包んだお金を断る奥さんの手に無理やり押し付けた。

奥さんは何度も頭を下げながら、

「すみません」と言い、

「じゃあ明日の朝、駅まで見送りに行きますからその時にまた」と言ってそのままお店を出て行った。

結局今回の滞在では、リュウとゆっくり話している時間はあまりなかった。

彼もなんだか遠慮がちでそんなにガンガン話すタイプじゃなかったし、今度の受験のことや、今がんばっている英会話のことなどについて一言二言言葉を交わしたぐらいで終わってしまった。

でもいつかアメリカに留学してみたいと言っていたので、その時に彼との空いてしまった時間をゆっくり埋めて行けたらいいなと思う。

とにかくリュウはとてもしっかりしたやさしい男の子に成長しているようで、その姿を見れただけで本当によかったと思えた。

奥さんと子供達が帰ってしまうと、お寿司屋さんの旦那さん(陸ちゃんの友達)が私達の座っている座敷の方に「どうも、どうも」と言いながら上がって来た。

そして私に向かって唐突に、

「いやー、しかし、さわこさんの声や話し方ってゆっこちゃん(亡くなった姉)の話し方とそっくりですね。」

と言った。

すると、そばにいた例のミニクーパーを引き取って下さったお友達も、

「ほんと、ほんと、俺もさっきからそう思ってた。」と同意した。

「えっ、そうですか? 自分ではそういうの全然気がつかないんですよ。」

なんて私が少し照れて答えると、

「それにほっぺの辺りもなんとなく似てますよね。やっぱり姉妹だから。」

とお寿司屋さんの奥さんも更に続けた。

そしてその時、今回東北に来て初めて姉についての話題が持ち上がったことに気がついた。

私は今回の旅行は、大きくなったリュウや陸ちゃんの新しい家族に会うのが目的だと思っていたし、もともと姉の思い出に浸ってしみじみしようという気持ちはサラサラなかった。

私自身がそういうのはあまり好きじゃなかったし。

陸ちゃんやリュウが楽しい生活を送っている様子を見れれば本当にそれだけで満足だった。

でも陸ちゃんの友達は違うようだった。

普段はやはり陸ちゃんの奥さんに遠慮しているのか、奥さんがそばにいた時には姉の名前さえ出さなかったけれど、奥さんが子供達を連れて出て行ったあとは、みんなで少しずつ姉の話を始めた。

姉と陸ちゃんで毎週末のようにこのお寿司屋さんに来ていたこと。

リュウとお寿司屋さんの息子さんが同い年なので、よくお互いの子育ての話をしたこと。

姉は最初はお酒も飲めなかったし、標準語を話していたけれど、だんだん地元の人間のようになっていったこと。

そしてそんな姉がみんなとても好きだったこと。

そんな事をお酒をすすりながら、ぽつりぽつりと話してくれた。

そしてお寿司屋さんの奥さんは、時々目を閉じながら私の声や話し方をじっと聞いたりしていた。

まるで私を通じて姉を感じようとしているかのように。

それが、

その時の私には苦しいくらいうれしかった。

こうして時々亡き姉の存在を感じながら暮らしている陸ちゃんの奥さんは本当につらいと思う。

でもその時の私は、大好きだった姉をこうして忘れずに懐かしんでくれる人達がいることが、ただただ素直にうれしかった。

数十年前、東京からこの雪国にたった一人で嫁いで来た姉。

誰も知っている人もいず、お姑さんもそばに住んでいて、

(姉は寂しくないだろうか)

(お姑さんにいじめられてないだろうか)

遠いアメリカからそんな風に心配していた頃もあった。

でも姉はこんなにたくさんの人から愛されていたんだ。



姉は、

幸せだったんだ。


それを知る事ができただけで、

私はもう。


東北のみなさん、

素敵な思い出を本当にありがとうございました。



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いぐ来だなぁー ! (2)

*これは昨日の記事の続きで、一年前のできごとです。


東北での二日目は、予定がぎっしり詰まった一日だった。

朝、私達家族と陸ちゃん家族みんなで姉のお墓参りに行き、その後は近くにある動物園にいくことになっていた。

初めて見る姉の墓石はとても立派でとても驚いてしまった。

そのお墓にお線香を置きながら、

「ゆうお姉ちゃん、これがノッコと風太だよ。」

なんて子供達を紹介した時は、さすがにちょっと喉を詰まらせてしまったけれど、

キャーキャー言いながら墓地でかくれんぼを始めたノッコ達を追いかけるのに忙しく、そんなしんみりしている時間は一分もなかった。

そのあと行った動物園は、入場料がとっても安かった割にはかなり充実していて、動物達以外にも観覧車などのちょっとした遊園地までついていた。

昨日奥さんは私のことを「さわこさん」と呼んでいたけれど、今日は朝からそれが「さわちゃん」に変わっていて、言葉もタメ語になっていた。

そのせいで奥さんとの距離がずっと近くなったような気がした。

こういうところが日本語っておもしろいなと思う。


The zoo
「ヒト」と書いてある檻の中でふざける子供達



一通り動物園を楽しみ、観覧車やゴーカートにも乗って十分楽しんだ子供達は、

「お腹すいたー」

と騒ぎ始めたので、動物園内でお昼をとることにした。

いやー しかし、

男の子というのは食べる量が半端じゃない!

やきそばやらたこ焼きやら、フレンチフライやら、次々とオーダーしたものをリュウたち兄弟はあっと言う間にペロッと平らげてしまった。

それでも全然足りないらしく、

「まだ何か食べたい!」と奥さんにせがんでいた。

すると奥さんは溜め息をつきながら、

「この野獣達はいくら食べてもお腹が膨らまないから、家に帰ってご飯食べさせるわ。」と言って、子供達と一緒に先に自宅に戻ることにした。

その後ノッコとジョンはもう少し乗り物に乗って楽しんでいたけれど、陸ちゃんが急に思いついた様に

「海岸へ行ってみようか?」と言った。

(海岸!?)

アメリカの私達が住んでいるところは海から割と離れているので、めったにビーチなど行く機会がなかった。

そのためノッコは生まれてから一度も「海」なるものを見たことがなかったのだ。

だからジョンも私も「海岸」と聞いて思わず、

「行きたいー!」と叫んでしまった。

ノッコに、

「ノッコちゃん、海だよ。海に行ってみる?」と訊くと、

海がいったい何なのかわかってもいないくせに、ノッコは私達の興奮ぶりをみて

「イエーイ!」とうれしがった。

                            ◇

私達の乗った車が海辺に近づいた時に、「プーン」と懐かしい潮の香りがした。

ああ、

浜辺なんていったい何年ぶりだろう。

胸がワクワクしてきた。

そして車から、生まれて初めて海を見たノッコはものすごい興奮状態で

「ビーチ!」と叫んだ。

風太は車の中で寝てしまったので、母に車に残って風太をみてもらうことにして、ジョンと私とノッコと陸ちゃんで砂浜に下りた。

裸足で砂の上を「キャッ キャッ」と飛び跳ねながら歩いていたノッコは、途中で貝殻を見つけてはそれを拾ってたりしていた。

久しぶりの海はジョンにとってもうれしかったらしく、私が「やめなよ」と言っているのにノッコの手を引いて水の中に足を入れ始めた。



The beach 1


The beach 2


こうして思いがけない楽しい時間をビーチで過ごした私達は、とっても幸せな気分でホテルに戻った。


To be continued.........




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「マザーズ」が観たくて観たくて堪りません!

*今日は東北旅行の記事の続きでなくて恐縮なのですが、どうしても言いたい事が出てきてしまったので、そちらの方を書かせていただきます。


「ベビー救済★NPO Babyぽけっと」と言う非営利団体の経験を元に制作された「マザーズ」というドラマが日本時間の昨日放映されたようですね。

実はわたくし、このドラマが観たくて観たくて今ウズウズしているんです。

この養子縁組のブログ村のコミュニティーには、このBabyポケットさんからお子さんを迎えた方が多いようですね。

だからBabyポケットさん関係のイベントなどがあると、ブログのタイトルが一斉に同じようなものになったりして。

そういうイベントで、ブロガーさん達が直接顔を合わせて仲良くなっていったり、ポムコさんがまゆみさんのお宅へ遊びに行ったり、そんな記事を読む度に遠いアメリカから、

「いいな〜」

と、ぽつり呟いたりしていました。

そういうコミュニティーがあるってとても素敵なことですよね。

皆さん全員がマザーさんのことを知っていて、だから彼女の話をするとやたらとみんなで盛り上がったりして。

私もこのブログ村の皆さんと直接合って、夜通し語り合ったりしてみたいものです。

もうみなさんのお子さんのことを知りすぎてしまって、他人の子とは思えないですから、ほんと。

そして実は、以前Victory Familyのらびすさんのブログに貼ってあったBabyぽけっとのドキュメンタリーを観た時から、私はマザーさんの隠れファンなんです。

とてもすごいことをなさっているのに、あの飾り気のない、極めて自然体なところにとても惹かれました。

一度お会いしてみたいものです。

だからあのマザーさんをベースにしたドラマが放映されると聞いて、もう観たい気持ちでいてもたってもいられないくらいでした。

ええ、もちろん、

もう「マザーズ」のHPもチェックしました。

「ドラマのみどころ」や「相関図」など、細かいところまでいちいち全部読みました。

そして予告動画もみました。

そして「観たい!」と気持ちが更にエスカレートしてしまいました。

しかし、

実際のドラマが見れないというこの悲しい現実!

早く早くこのドラマが全国放送になって誰かがYoutubeにアップしてくださる日を、今はただただ祈るのみです。



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いぐ来たなぁー ! (1)

* これは一年前のお話です。


ジョンが日本に来た二日後に私達は、亡くなった姉のお墓参りをしに東北へ向かった。

今回の旅行はお墓参り以外に、姉の生前の旦那さん(陸ちゃん)と甥(リュウ)、それから旦那さんの新しい家族と会うという目的もあった。

姉が亡くなった当時5歳だったリュウも今では14歳。

もうかれこれ9年近く会っていない。

母の話では、顔つきが全然変わってすっかり大人っぽくなったらしい。

新しい奥さんもとてもシャキシャキした人で、連れの男の子が二人、それから陸ちゃんとの間に生まれた2歳半の女の子がいた。

実は陸ちゃんが再婚を決意した時私の母は猛反対で、「絶対にリュウは後妻さんにいじめられる!」と断言していた。

そして自分でリュウを引き取って育てるという訳の分からない提案をして、家族全員に呆れられていた。

私も遠くアメリカから、母が陸ちゃんの新しい奥さんをいじめるんじゃないかと思って心配していたけれど、さすが奥さん! 母の度重なる嫌み発言も「そうですかー、ハッハッハー」と笑って交わし、母をまるで昔ながらの友達のように慣れ慣れしく扱っているうちに、すっかり母のお気に入りになってしまった。

母も私の所に電話してくる度に、陸ちゃんの奥さんを褒めちぎるようになっていた。

あっぱれ奥さん!

あの母を虜にしてしまった陸ちゃんの奥さんは一体どんな人だろうと以前からとても興味があったので、今回初めてお会いするのをとても楽しみにしていた。

旅行のメンバーは、私達家族4人と母。

父は出不精なので今回は辞退した。

そして現地に着いてからはホテルに泊まる事にしていた。

独身の頃は新幹線の旅というと、シートを反対側にして友達と話しながらお菓子やお弁当を食べて楽しかった思い出があるけれど、やはり子連れだと周りの人が気になってなかなか落ち着いくことができなかった。

初めて乗る新幹線に最初の頃はノッコも興奮して喜んでいたけれど、さすがに3時間も乗っているのは飽きてきたらしく、車内を行ったり来たりして時間を持て余していた。

風太も歩ければそんなに鬱憤も溜まらなかったんだろうけど、まだあの当時は歩けなかったので席にじっとしていられず、周りの人の髪の毛を触ったりして迷惑をかけていた。

けれどなんとか目的の駅に着くと、懐かしい陸ちゃんの笑顔が私達を待っていた。

「陸ちゃん、久しぶり! わざわざ迎えにきてくれてありがとう!」

私がそう言うと、陸ちゃんは髪の毛が一本もないお坊さんのような頭を撫でて笑った。

その癖も昔と全然変わっていなくて、なんだか9年も会っていな気がしなかった。

そして陸ちゃんの横でニコニコ笑っている奥さんにも、

「こんにちは、初めまして。わざわざお休みを取ってもらっちゃってすみませんでした。」

と挨拶すると、

「いえ、いえ、もう何ヶ月も前からみんなで楽しみにしていたんですから。」とやさしい笑顔で答えてくれた。

実は私は、(亡くなった先妻の家族というものは、できればつき合いたくない人達だろうな)と思っていたので、こうしてわざわざ私達を迎えに来てくれただけで本当に感謝の気持ちで一杯だった。

私の母から話を聞く度に、そんな母の電話にいちいちつき合って下さっている奥さんはきっと心の広い、できた人なんだろうと思っていたけれど、実際に会ってみてその確信ができた。

なんというか、全然裏表のない、自分をしっかり持った素敵な人だなと思えた。

そしてやはり保育園をわざわざ休ませて連れて来てくれた2歳半のまりちゃんは、とてもお行儀がよく、すごく可愛かった。

陸ちゃん達はそのまま私達が泊まるホテルまで車で送ってくれて、夕方に食事に行く約束をしてその場は別れた。



夕方にまた迎えに来てもらって、そのまま予約してあるという居酒屋まで連れて行ってもらった。

そしてその居酒屋に着くと驚かされたことが二つあった。

一つは、その居酒屋を私達のために貸し切りにしてくれていたこと。

話によると陸ちゃん達の友人が経営しているお店なんだとか。

お店に入ると、

もう、

おいしそうな料理がずらり!!

それを見て一番興奮していたのは他の誰でもない、

ジョンだった!

「Wow!」という言葉を少なくとも10回は言っていた。

そしてもう一つの驚いたことは、

リュウが別人になっていたこと。

お店の入り口から私達が入ろうとすると、中からスススっと出て来て、

「こんばんは」と言う男の子がいた。

最初は本当にそれが誰なのか分からなくて(誰だろ?)と思っていたら、

「お久しぶりです、リュウです。」と自己紹介したので、そこで初めてそれがリュウだと分かった。

5歳のころは、あんなにプクプクしていたほっぺがすっきりしてしまい、以前送ってもらった写真の中のリュウより更に大人びている感じがした。

「やだーー、リュウ君なの? 全然変わっちゃって分からなかったー!」

と騒いでいる私を、リュウは笑いながらお店の中に案内してくれた。

お店の中には奥さんの連れ子君たちや、陸ちゃん達の友達も何人かいて、狭いお部屋はごった返している感じだった。

ノッコはまりちゃんと仲良く遊んでいたので静かだったし、親孝行の風太はこの時ぐっすり寝ていてくれたので、私とジョンはおいしい料理を恥ずかしいくらいガメツくほおばり、地酒も楽しんだ。

実は陸ちゃんの奥さんは以前プロの民謡の歌手をしていた人で、何枚かCDまで出しているというちょっとした有名人だった。

そこで奥さんと彼女の民謡仲間で、三味線の音に合わせて民謡を何曲が披露してくれた。

そして最近民謡を習い始めたリュウが合いの手を打つ事になった。

その奥さんの歌声はもちろんすばらしいものだったけれど、私は逆に奥さんと息をぴったり合わせて合いの手をうっているリュウに偉く感激してしまった。

というか、そんなに息の合った二人に感激した。

養子を育てている私がこんなことを言うのは変なんだけれど、(血も繋がっていないのに、本当の親子よりも強い絆で結ばれている)ということが、息を合わせて唄っている二人から溢れ出ていた。

(愛情溢れた親子関係というのは、こんな所からも分かるものなんだな)ということをその時改めて知ったような気がした。

しかしまあー、

東北の人というのは、どうしてこんなに人をもてなすのが上手なんでしょう。

相変わらず調子乗りでしつこいノッコに対しても、リュウや息子君たちは本当にやさしくしてくれて、食べ物を取ってくれたり、抱っこして遊んだりしてくれた。

そして陸ちゃんも片言の英語で一生懸命ジョンに地酒の説明をしていた。

その横で「お父さんやめなさいよ、恥ずかしいから」と笑う奥さんの顔。

そのお店のオーナーもお友達も、もう「来てくれてありがとう」というのを身体全体で表しているような人達ばかりだった。

亡くなった姉の旦那さんと甥、旦那さんの後妻さんと連れ子達、二人の間にできたマリちゃん、旦那さんのお母さん、アメリカ人のジョンと私、私の母、そして養子で来たノッコと風太。

よく考えるとすごく複雑な関係のメンバーが集まった食事会だったけれど、そんなことは「全く関係ない」と思えるような、ただただ温かい空気だけが溢れていた一夜だった。




Minyoo.png
民謡を披露して下さった奥さん


Ryu and Nokko
リュウとノッコ



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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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