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退院までの日々 (7)

* これは昨日の記事の続きで、2年前のお話です。

水曜日の夜が終わり、今日は木曜日。

その日の朝は、前の日と全く同じように始まった。

あのやさしい看護婦さんの計らいで、昨日の夜もまたシャワールームのある病室に泊まらせてもらった。

朝起きてブラインドを開け、風太が少し泣いてから看護婦さんが朝の検診に来た。

看護婦さんが来ると、急に風太は笑顔を見せて彼女を喜ばせた。

それから昨日と同じように、いつもの特別室に戻ってドクターの回診を待った。

でもただ一つ、昨日と違ったところは、

ドクターが回診に来て、

「今日は退院ですね。」と言ったところ!!

昨日はドクターを恨んで恨んで、呪いの人形を作ってやろうかと思うほど憎かったけれど、こうして「退院」の言葉を聞くとそれさえも、もうどうでもよくなってしまった。

「最後にもう一度検診をして、その後の退院の手続きは看護婦から指示を仰いで下さい。」

ドクターはニコリともしないでそう言った。

「はい、分かりました。」

そして彼は、

「Congratulations」と言って部屋を出て行った。

                                 ◇

一旦退院が決まると、書類にサインをしたり、子育ての上で注意することをまとめたビデオを見せられたり、次の検診の予約をしたりとやる事がたくさんあった。

焦る気持ちを抑えながらそれらの実務をこなして、ようやく看護婦さんから「さあ、後はいつ出て行ってもいいわよ。」という一言が聞けた。

私は病室を出て行く前に、あのやさしかった看護婦さんと抱っこ屋のおばあさんに一言お礼を言いたかったけれど、その日はたまたま二人とも病院にいなかった。

なのでお礼の小さなメモだけを残して来た。

「さあ、風太君、お家へ帰るよ〜!」

退院する時用にとっておいた “Little Brother is Awesome” と書いてあるTシャツに着替えさせて写真をパチリ。

小さくて壊れそうな身体をカーシートにすっぽりとのせて、他の荷物と一緒に「よいしょ」と持ち上げた。

空になったベッドや、備品がなくなってすっきりした病室を見回して、

(これで本当に家に帰れるんだ)、そう初めて実感できた。

さようなら病室、

さようなら隣の赤ちゃん、

さようなら看護婦さんたち、

いままで本当にいろいろお世話になりました。

風太をのせたカーシートを重そうに抱えながらエレベーターまでの廊下を歩いていると、向こうから風太のドクターが歩いて来た。

(ああ、一番会いたくなかった人にどうして最後に、、、)

そう思うとどうしても顔が引きつったけれど、でも何か言わなくちゃというプレッシャーも感じていた。

そうして咄嗟に出た私の行動は、

立ち止まって、

深々と頭をさげ、

「サンキュー フォー エブリシング」と

思いっきり棒読みのセリフを

思いっきり大きな声でいうことだった。

誠意がこもった「サンキュー」ではなかったかもしれない。

でもそれが私の精一杯の「サンキュー」だった。

なんだかんだ言って風太をこんなに元気な身体にしてくれた人。

彼の慎重なやり方に、いつか感謝する日がくるかもしれない。

だからやっぱりお礼はしておきたかった。

私がおじぎをしてから頭を上げると、ドクターは、小さく「Take care」と言ってそのまま通り過ぎてしまった。

                                ◇

駐車場に出るエレベーターのランプが「2階」で点灯してドアが開くと、ムワッと湿っぽい空気が広がった。

(風太だいじょうぶかな?)

「風太、これが外の世界だよ。今は夏で暑いんだよ。」

そう言ってカーシートを覗き込むと、風太はキョトンとした顔をしていた。

とにかく太陽の光が直接風太の顔に当たらないように細心の注意をはかりながら、風太を車まで運び、そしてそのまま乗せた。

車に乗せると風太は少し泣いたけれどすぐに泣き止んで、そのあとはずっと「固まっている」ようだった。

風太を車に乗せてから私の頭を占めていたのは、「とにかく事故を起こさないように家まで辿り着かないと」ということだった。

私はもともと運転が上手な方ではないので、とってもとーってもナーバスになっていたし、この赤ちゃんの命が私の下手っぴーな運転にかかっていると思うと、時速60マイル以上はどうしても出せなかった。

車の中で風太は別に泣きもせず、初めてみる窓の景色や音に圧倒されているような顔をしていた。

時々大きなトラックが「パウォーン」とすごいクラクションを鳴らして「どけ!」と煽って来たけれど、その日はそんなのも思いっきり無視して60マイルで走り続けた。

                                   ◇

「ただいまぁ。」

無事に家に辿り着いてホッとしたのと、久しぶりに嗅ぐ家の匂いがうれしくて、私は思い切りはつらつとした声でそう言った。

家の中に入るとジョンが「ヘーイ!」とうれしそうな顔で迎えてくれた。

それからカーシートの中で小さくなっている風太を見て、

「Welcome home風太!」と言った。

「ノッコは?」

「さっき寝かしつけたから、今昼寝してる。」

ジョンは「Hey little man」と言いながら風太を抱き上げておでこにキスをした。

するとあまりに環境が変わりすぎたせいか、突然ジョンに抱っこされて驚いたのか、風太が「うわーん」と泣き出した。

「お腹すいてるのかも。それかうんちしたのかな。」

「じゃあ二階に行ってオムツを替えようか。」

「うん。」

そう言って2階に風太を連れて行き、オムツを替える台にのせると更に激しく泣き出した。

その時「バタン」とドアを開ける音がして、「パタパタパタ」とノッコが走って来る足音がした。

そして私達のベッドルームに入って来ると、

「風太——————!」

と、「もううれしくてどうしようもありません!」という大きな声を出した。

私も帰って来たのに、まるでそれには気が付かないかのようにノッコは、風太が自分の家にいることだけに全神経を集中させていた。

「今ね、ノッコね、寝てたらね、赤ちゃんの声がしてね、急いで起きて来たら、風太がいたの!」

とその時の様子を何度も興奮しながら話すノッコ。

「そうね、風太の泣き声がノッコちゃんを起こしちゃったのね。」

私がそう言うと、ノッコは初めて私がそこにいることに気付いたように、

「ママー!」と叫んで私に抱きついてきた。

「ノッコちゃんずっといい子にしてたんだってね。偉かったね。」

「うん、パパが風太が帰って来る前にお昼ねしようっていうからナイナイしたの。 そしたらね 赤ちゃんの声がしてね。。」

と興奮状態でまた同じ話をし始めた。

風太の泣き声、ノッコの話し声、ジョンの笑い声、

今までいた静かな病室とは180度違う賑やかな空間だった。

とってもとっても心地よい賑やかな空間だった。

そしてその様子を、まるで映画の1シーンをみているような気分で見つめながら、

「家族っていいな」と理屈なしに思った。


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退院までの日々 (6)

* 火曜日の夜も無事に終わり、今日は水曜日。

水曜日の朝早く看護婦さんから病室に電話があり、これから風太の検診に行ってもいいかと訊いて来た。

「もちろんいいですよ。」

口ではそう答えたものの、気持ちは少しドキドキしてた。

いくら今日が退院の日だと言っても、やっぱり最後まで気を抜く訳にはいかなかったから。

風太の癇癪はだいたいコントロールできるまでよくなっていたけれど、赤ちゃんなんていつどういう状態になるか分からない。

看護婦さんが来た時に風太がものすごい癇癪を起こしたりしたら、また退院を延ばされてしまう可能性が全くない訳じゃない。

なので風太の機嫌がよくなるように、お気に入りのおもちゃで遊んだり、絵本を読んだりして看護婦さんが来るのを待った。

そして恐れていた通り看護婦さんが来る2−3分前になって急に風太が泣き始めた。

それがどんどんひどくなってきて、私のいつものあやし方ではなかなか泣き止まなかった。

(ちょっと、こんな時に限ってやめてよー 風太ぁ〜)

そんな祈るような気持ちで必死で「カックン」を何度かやっているうちに、ようやく風太は泣き止んでくれた。

(注:「カックン」というのは、大股に足を開きながらカックンと膝を曲げて歩くこと。そうするとたいてい風太は泣き止んだんです)。

そこへ「コンコン」とドアをノックする音がして看護婦さんが入って来た。

(ふーっ、間一髪!)

「おはよう、風太君のご機嫌はどうかな?」

そう言いながら看護婦さんはベッドに横たわっている風太の顔を覗き込んだ。

すると!

風太は今までに見たこともない、すごい笑顔を彼女に向けた!

「あらー、ご機嫌なのねー。」

風太のあの笑顔にノックダウンされない人はいない。

その看護婦さんはニコニコしながら

「今朝の症状は ”スマイルのし過ぎ” って記録帳に書いておくわね」などと冗談を言った。

「あのー、今日退院する予定になってるはずなんですが。」

「ああ、それについては朝の回診の時にドクターから指示があるはずよ。」

「ああ、そうなんですか。」

「この部屋も清掃が入るから、もう少ししたらいつもの特別室に戻ってもらうことになるけど、いい?」

「わかりました。」

看護婦さんにそう言われたので、私と風太はまた荷物をまとめ一緒に特別室に戻った。

30分ぐらいしてからドクターと数人の看護婦さん達が朝の回診にやってきた。

ドクターは私と目が合うと「Hi」と言ってから、

「風太君は今日もう一日様子をみて、調子がよかったら明日退院する事になります。」と言った。

えっ? 

今何て言ったの? 

明日退院?

「すみません、確か今日退院のはずだったと思うんですが。」と私が訊くと

「ああ、風太君は2回も追加の薬を打っているので、普通のケースより長く様子をみることにしたんですよ。」

とドクターは言った。

うっ、ウソ?

嘘だよね?

それともこれはもしかして

「嫌がらせ?」

私が嫌いだから?

だから私が喜ぶことをしないようにいじわるしてるの?

だってそれ以外に理由が全く思いつかないもの。

「でも昨日は今日退院だって、、、」そこで私がひるまず聞くと、

「僕は “退院の可能性があります “と言っただけで、退院を約束した訳ではないですよ。」と早口に言った。

「それ以外に何か質問は?」

そう訊かれて、私は

「明日は必ず帰れるんですか?」と訊いてみた。

すると先生は「ハーッ」と大げさに溜め息をついて

「今言った通り、風太君の今日の調子次第ですよ。いいですか?」

そう言って部屋を出て行ってしまった。

私はすぐに携帯を手に取って、ジョンに電話をかけに行った。

絶対に泣いちゃうことが分かっていたので、そのままトイレにかけこんだ。

「ジョン、よく聞いて。今ドクターから指示があったんだけど、今日はやっぱりまだ家に帰れないんだって。」

「えっ? 帰れないの?」

しばらくジョンの沈黙が続いた。

「どうして?」

「風太は、ヒック、、、追加の薬を二回も打たれたから、、ヒック、、様子見が長いんだって、、うぅぅぅ。」

「だって見なきゃならない様子なんてもうないじゃないか!」

普段は怒らないジョンも声を荒げた。

「今のノッコに今日ママと風太が帰って来ないなんて言えないよ。今朝5時半から起きて待ってるんだから。」

「うぅぅぅぅ。」

私はもう声もでないくらい泣き出してしまった。

本当は私から直接ノッコに話をしようと思っていたのに、これじゃとてもじゃないけど話なんてできる状態じゃなかった。

「わかった、わかったよ。仕方ないね。さわこも辛いだろうけどがんばるんだよ。あと一日だからね。明日には帰れるんだから。」

「うん、うん、、そうだね、、ごめんね。」

そう言って私達は電話を切った。

私が目を真っ赤にして風太の病室に戻ると、年配の看護婦さんが風太の体温を測っていた。

私の顔を見ると、

「大丈夫?」と聞いてくれた。

「むっ、娘が、、ヒック、ご飯を食べなくなっちゃったんです。私が、、うぅぅ、帰らないから。」

そう言いながらまた泣き出してしまうと、その看護婦さんは急いで病室のドアを「バタン」と閉めて、

「あのね、これは私から聞いたって言わないで欲しいんだけど、、」と話し始めた。

「ここの看護婦の間ではどうして風太君が家に帰れないのか不思議に思ってる子が多いのよ。禁断症状もだいぶなくなって来たし、調子もいいし。あれくらいの状態だったら普通こんなに様子見の期間が長くないのよ。一人の看護婦の子はわざわざどうしてなのかドクターに聞きにいったくらい。」

「そっ、そうなんですか? ヒック」

「看護婦の子達はみんな風太君が早く家に帰れるように願っているからね。あんまり気を落とさないようにね。」

「はい。」

「明日には帰れるからね、いい?」

「はい、あ、ありがとう ヒック、ございます。」

そうしてその看護婦さんは私にハグをしてから部屋を出て行った。

その晩ジョンのお母さんに事情を説明した時は、「そうやって入院費を稼ごうとしているのかも」と言っていた。

風太はMedicaid という政府からの医療費用のサポートがあったので、私達の負担はほとんどないはずだった。

病院やクリニックがそういう自己負担のないMedicaid の患者からは高い治療費を取るということは、ちまたでもよく問題になっていた。

だからここのドクターも必要以上に入院を長引かせて請求書を高くしようとしているのかもしれない。

でもそれに関して本当のところは私にはよく分からなかった。

ただその時私の頭を占めていたのは、

「ノッコに会いたい。」というそれだけだった。

一日でも一時間でも早くノッコに会いたかった。

「ノッコがママの大切な本を破っちゃったからママは帰って来ないの?」

ノッコが少し前にジョンにそう聞いてきたらしい。

彼女はあの小さな頭でどうしてママが帰って来ないのかを一生懸命を考えてるんだ。

自分のせいかもしれないと、心を痛めているんだ。

ノッコのせいなんかじゃ全然ないのに。

ごめんね、ノッコ。

またがっかりさせてごめんね。

ママもノッコちゃんに会いたい。

すごく会いたいよ。


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退院までの日々 (5)

*これは昨日の記事の続きで、2年前のお話です。

月曜日も無事に過ぎて、今日は火曜日。

ドクターの「プロトコル」によれば、今日風太が癇癪を起こさなかった場合、明日には家に帰れることになっている。

そうなったらどんなにいいだろう。

でもきっとそんなにうまくはいかないんだろうな。

あのドクターのことだから、そういう時に限ってプロトコルの例外を作ったりするんだと思う。

そんな事を考えていたところへ、いつもよくしてくれている若い看護婦さんが入って来て、

「これはまだ正式じゃないから本当は言っちゃいけないんだけど、さっきのミーティングで、もしも今日風太君の調子がよかったら明日退院させようって話になったのよ。」

「本当ですか?」

私は思わずノッコがいつもやる「イェーイ」をやりたくなってしまった。

信じられない!

退院だぁーーーー!

タイイン、、、

この数週間そのことばかり考えすぎて、なんだかその言葉の響きが現実のものとして素直に頭に入って来なかった。

(本当に帰れるんだ。この牢獄から出て、そしてジョンとノッコと会えるんだ!)

その頃の私が何よりも渇望していたのは、ジョンとノッコとみんなで一緒にお夕飯を食べる事だった。

みんなで笑いながら、私の作った料理を食べる。

それをずっとずっと夢見ていた。

それが明日になったら本当に叶うんだ。

ようし、明日はノッコの大好きな肉じゃがとチャーハンを作ってあげよう!

(ノッコは肉じゃがの中の糸こんにゃくを、うどんのように「チュルチュル」とすうのが好きだった。)

そう思って、早速ジョンに電話をしに行った。

「ジョン、Guess what? いま看護婦さんがね、明日私達、家に帰れるって!」

「本当に?」とジョンも大喜びだった。

私も大変だったけれど、彼もノッコと二人きりの生活がこんなに続いてかなり大変だったと思う。

「それは本当によかった。実はさわこが帰るまで言わないでおこうと思ったんだけど、、」

そこでジョンが何か言おうとしたので

「何?何かあったの?ノッコのことなら隠さないで何でも言って!」

「うん、ノッコはいつものように元気にやってるんだけど、ここ数日何も食べなくなっちゃったんだよ。最初はこの暑さのせいかなと思ったんだけど、大好きなピザさえ一口食べてやめちゃった時はきっと何かあるんだなと思ったんだ。あんな風にはしゃいでいても、どこかで僕たちの様子がおかしいってことは感づいているんだと思う。そしてその不安を自分の中でどう処理したらいいのかわからないんだと思う。」

ジョンからそう言われた時、私はすぐに車に乗り込んで家に帰りたくなった。

そしてノッコを思いっきり抱きしめたかった。

「ごめんね、ノッコちゃん。こんなにさみしい思いをさせてごめんね。もうママどこにも行かないからね。」

そう言ってぎゅーっと抱きしめたかった。

「だから明日ママが帰って来るって知らせたらきっと大喜びするよ。じゃあ、明日は保育園も休ませて家で待ってるから、また朝連絡して。」

「わかった。」

そう言って電話を切ってから病室に戻ると、あのやさしい看護婦さんがいて

「あのね、退院する前日に患者さんの家族が泊まれる特別な部屋があるんだけど、今夜はそっちに移ってみる?」と訊いて来た。

「風太も一緒に泊まれるんですか?」

「そうよ。ベッドもあるしシャワーもあるわよ。」

「でもそんなお部屋だったら、けっこうするんじゃないんですか?」

「ううん、ただよ。患者さん側に費用はかからないの。」

(えっ、ただ?)

「ただ」という言葉に誰よりも弱い私、そんなサービスを利用しない手はなかった。

「じゃあ、お願いします!」

私は二つ返事で看護婦さんに手配をお願いした。

(うれしー!)

だって風太の病室には寝泊まり用のベッドがなかったので、いつも椅子二つを向かい合わせてそれをベッド代わりにして寝ていたため、朝起きるといつも背中が痛かった。

それに隣の赤ちゃんが夜中によく泣くので、それで眠れない夜も多かった。

(ちなみに最初にその赤ちゃんといたカップルはそれ以来一度も戻って来なかった。)

それに!

風太の病室にはシャワーもないので、私は3日間もシャワーを浴びていなかったのだ!

(だからドクターは私を避けていたのかも!?)

ちゃんとしたベッドに寝れて、シャワーも浴びれる。

そう考えたたけでもう胸がワクワクしてきた。

                             ◇

その日の午後、私と風太は身の回りのものを持ってその「別室」に移る事になった。

そこは普通の病室のような部屋で、テレビもシャワールームも付いていた。

食べ物も食べていいと言われたけれど、やっぱり風太を一人そこに残していくわけにはいかなかったので、残念だけど食事は諦めた。

でもその時の私にとってその部屋は天国のようだった。

何が一番うれしかったかというと、風太が癇癪を起こさないかなと看護婦さんやドクターの目を気にしながら常にビクビクしなくていい事だった。

その部屋は風太のいた特別室と同じ階にあったけど、そこからかなり離れていたので看護婦さんはめったに来れなかった。

赤ちゃんは本来泣くのが仕事なのに、それをいつも抑えられていた風太。

「風太、この部屋なら好きなだけ泣いていいんだよ。ママももうハラハラしてナーバスになったりしないからね。」

そう言って、私は久しぶりの「自由」を満喫しながら、風太と親子水入らずの時間を過ごした。

〜 ここからはその日に書いた日記の一部をそのまま〜

病室を移る前に、窓のブラインドを開けて太陽の光を部屋に入れてみた。

すると風太はとても眩しそうな顔をした。

初めて見る外の景色に驚き、それをしばらくジーっと見ていた。

そして私が話しかけるとニコッと笑った。

風太の真ん丸の目がゆっくり細くなって、口が両脇に広がっていく様子がすごくかわいい。

生まれてから一ヶ月も経ったというのに風太は未だに外の空気を吸ったことがない。

木の香りを嗅いだことがない。

道の騒音を聞いた事がない。

空調のきいた、乾いたこの部屋だけが風太の知っている世界。

モニターのビービーという音だけが彼の知っている音。

この部屋から、この病院から一歩出てあの湿気を肌に感じたら、風太は一体どんな顔をするのだろう。

それだけを楽しみにあと一日がんばろう。



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退院までの日々 (4)

.*これは昨日の続きで、2年前のお話です。


日曜日も無事にクリアして、今日は月曜日。

昨日の未熟児の赤ちゃんの悲しい出来事があってから、私は以前よりも謙虚で穏やかな気持ちで風太との時間を過ごすことができた。

(家に帰ったらノッコもいるしジョンもいるし、こんなふうに風太と二人きりでべったり過ごせる時間は、きっとこれから持つ事はないんだろうなぁ。)

そう考えて、今の風太との時間をもっと楽しんでいこうと思った。

風太をいつもよりたくさん抱っこして、いつもよりたくさん話しかけて、いつもよりたくさん歌をうたった。

そうすると不思議と風太の機嫌もよくなって、普段よりニコニコしている時間が多くなったような気がした。

風太が寝てしまうと、持って来た本を読んだり、日記を書いたりして時間を過ごした。

何かを書くって本当にセラピーだなぁ、と思う。

自分の気持ちを吐き出したり、あった出来事を連ねたり、考えをまとめたり、そんな事をするだけで気持ちが随分落ち着いてくる。

そうやってまったりと時間を過ごしていた時、担当のドクターが病室に入って来た。

昨日書いたように、最近のドクターは以前に比べて私に冷たく、事務的な用件がない限りは私のところへ話しに来たりしなくなっていた。

今日もまたいつもよりイライラしている感じだった。

「Hi 」と短く言ってから、

私が返事をするのも待たずに

「あのね、あなた家に帰った方がいいと思うんだ。」と言った。

あまりに突然そんなことを言われたので、最初は何を言われているのかよくわからなかった。

「どうしてですか?」と私が訊くと

「とにかくいいから、帰りなさい。」

と、次はほとんど命令口調で言った。

それは「そんなに根を詰めると身体によくないから、一旦お家に帰って休んだ方がいい」というような気遣いから出た言葉ではなく、「うざったいから早く消えろよ」という感じの「帰れ」だった。

「そんなに入院が長引くんですか?」

「そんな事は分からない。」

「………………… 。」

「とにかく帰った方がいい。」

それだけ言うと、ドクターはさっさと部屋を出て行ってしまった。

まるで突然の嵐が去ったように、私はその後少し呆然としてしまった。

(どうして彼は私にそんな事を言うのだろう?)

風太が追加の薬を打たれる度にがっかりする私が鬱陶しいのかな。

自分が責められているようで不快になるのかもしれない。

確かにプロトコルにこだわりすぎるドクターにイライラした瞬間はあったけれど、医者が規定に従おうとするのは当然だと頭ではちゃんと分かっていたし、そんなイライラもできるだけ態度には出さないように努力してきた。

一日も早く子供を家に連れて帰りたいと願うことは、そんなにいけない事かな?

そんなに怒られるようなこと?

私が毎日泊まり込みで風太の世話をすることは、別に先生を責める為に当てつけでやっている訳じゃない。

ただ純粋に風太のそばにいたいだけ。

風太との絆を深め、癇癪を少しでも和らげてあげたいだけ。

私がそばにいることで一日でも早く退院できるようにしてあげたいだけ。

普通の母親が病気の子供を心配して世話をするのと同じように。

子供を愛する母親だったら誰でもそうするように。

どうしてドクターはそんな私を風太から引き離そうとするんだろう。

どうして「退院が長引いて大変だけどがんばって」という態度をみせてくれないんだろう。

今の私には、もうそれだけでいいのに、

それだけで本当に救われるのに、

こんな風に扱われると、せっかく前向きになろうとしていた気持ちも萎えてしまうよ。

                           ◇

ドクターの冷たい態度に落ち込む中、そんな私を救ってくれたのは看護婦さんたちのやさしさだった。

ここの看護婦さん達はみんなとてもいい人達で、私達が風太を養子に迎えたときから

「あなた達のような家族にもらわれて幸せだね。」とよく言ってくれた。

私が泊まり込みで看病するようになってからも、

「さわこが風太の面倒をみてくれるから、私達も他の赤ちゃんを世話する時間が増えて助かる」といって感謝してくれた。

そしてみんなでいつも私を気遣い、励ましてくれた。

特に一番若い看護婦さんは以前からずっと風太を気にかけてくれて、風太が眠りやすいようにと、やさしい音楽がかかるプレーヤーをベッドに取り付けてくれたり、赤ちゃん用のブランコを運んで来てくれたり、お風呂の入れ方を教えてくれたりした。

薬を打たれて退院が延期になった時も、「残念だったわね。でももうちょっとの辛抱よ。」とやさしい言葉をかけてくれた。

その看護婦さんならドクターの事を相談しても大丈夫かなと思い、その日彼に言われたことを話してみた。

すると彼女は「ふーっ」と溜め息をついてから、

「大丈夫よ、気にしなくて。帰る必要はないわよ。」と言った。

「そうですかね。」

「さわこは風太の母親でしょ? あなたがここに居たいのにどうして帰らなくちゃいけないの?」

「そうですよね。でもちょっと命令みたいな感じだったから、、帰れって言われたのにまだここに居たら、ドクターが更にイライラして、それが風太の症状の判断に影響したら嫌だな、なんて。」

「そんなことは心配しなくても大丈夫よ。さわこはただ自分のやりたいようにやればいいのよ。」

彼女はそう言って笑って部屋を出て行ってしまった。

気持ちが沈んでいる時にその看護婦さんに「スパっ」とそう言ってもらえて、少し気持ちが楽になった。

確かに彼女の言うように私は風太の母親で、今私以外に風太を守ってあげられる人は世界中どこにもいないんだ。

ドクターの言葉に惑わされたりしないで、もっとしっかりしないと。

これから風太を育てていくのはドクターじゃない。

私なんだ。

だから私が風太にとって一番いいと思えることだけをしていこう。

そう思い直して、

風太が退院するまで絶対にそばを離れないことに決めた。



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退院までの日々 (3)

* これは昨日の記事の続きで、2年前のお話です。

何の問題もなく無事に終わった土曜日。

日曜日からまた新たな「様子見の期間」が始まった。

私は土曜日に家を出る時、今回の「様子見の期間」から風太が退院するまで毎日病院に泊まり続けることを決めていた。

風太が癇癪を起こして薬を打たれてしまった、あの時の思いはもう二度と味わいたくなかったから。

ジョンは何日か私に代わって泊まりに行くと言ってくれたけれど、その頃私達には車が一台しかなかったし、エンジンの調子もよくなかったので、その車で一日に何回も往復するのはちょっと心配だった。

それに正直言って、私はジョンに風太を任せる事ができなかった。(ごめん、ジョン!)

もしも風太が癇癪を起こしたらきっと彼なりに泣き止ませようと一生懸命がんばるだろうけど、でも彼がきちんと風太をなだめることができるかわからなかったし、それが失敗してまた薬を打たれてしまったら私は間違いなく死んでしまうと思った。

だから私が退院まで全力を尽くして看病することに決め、ジョンもそれに同意してくれた。

でも一番気がかりなのはノッコだった。

私は今までノッコとこんなに長い間離れたことがなかった。

だからこんなふうに4日も5日も家に帰らなかったら彼女がどう反応するのか分からなかった。

でも家を出る前にもちゃんと説明したし、ノッコは自分でも風太の病室に来たことがあるので、なんとか理解してくれることを祈るしかなかった。

ジョンの話ではいつものように元気にしているというので、とりあえずは安心していた。

                               ◇

その日のお昼頃、大部屋の方から何やらガヤガヤと声が聞こえてきた。

週末なのでいつもより面会の家族が多いのかなと思ってちょっと覗くと、一つのベッドの周りに数人の人が集まっていた。

もう少し近くに行って見てみると、そのベッドの周りにいる人達の何人かは泣いていた。

私の隣に立っている人に何があったのか聞いてみると、どうやらそのベッドで寝ていた未熟児の赤ちゃんの容態が悪くなって個室に運ばれたらしい。

その子の両親は赤ちゃんにつきそって出て行ってしまい、親戚かお友達が何人か残っていた。

その赤ちゃんはまだ生まれてから数日しか経っていなかったらしい。

それを教えてくれたその女の人は、風太の病室の目の前のベッドに寝ている赤ちゃんのお母さんだった。

その赤ちゃんは黒人の未熟児の女の子で、いつもかわいい帽子をかぶっていた。

そしてベッドの周りにはいろいろな人からのカードが貼ってあった。

そのお母さんは週末の度に様子をみにきていたので顔は知っていた。

「大丈夫ならいいけど、、」

私がそう言うと、彼女は、

「本当にそうね。」

と声をつまらせた。

その後なんとなく気まずくなってしまったので、

「あなたの赤ちゃんはもうどれくらいここにいるんですか?」という無神経な質問をしてしまった。

でもそのお母さんはいやな顔一つせず、

「3ヶ月よ」と教えてくれた。

3ヶ月?

風太が入院してからの約一ヶ月間、その赤ちゃんはずっと特別室の前にいたけれど全然成長しているように見えなかった。

あまり動いてもいないし、泣いているのも数回しか見た事がなかった。

それなのに生まれてからもう3ヶ月も経っていたなんて。

そしてこの先、あとどのくらい入院していなければいけないかも分からないなんて、、

(このお母さんもきっと私なんかよりずっとずっとつらいんだろうな)

そう思いながら私は彼女の泣き顔をみていた。

                             ◇

夕方病室に来た看護婦さんに、さっき個室に運ばれた赤ちゃんのことを聞いてみた。

するとその看護婦さんはとても残念そうな顔をして、

「亡くなってしまったのよ。Complication でね。」と言った。

ああ、

予定よりずっと早くこの世に生まれてきて、そして一生懸命その命をつなごうとしたけれど、それでも力尽きてしまったんだ。

たった数日間で、

消えてしまった命。

生まれた赤ちゃんを家に連れて帰れないつらさ。

それは私のつらさなんかの比べものにならないほど重いものに違いない。

あの赤ちゃんにもきっと名前があったはず。

その名前を呼びながら、その子を大切に育てていこうと思っていたのだろうに、

こんなに早く、

こんなに小さいうちに、、、

あの手の平ほどの赤ちゃんが、小さな小さな棺桶に入れられる場面を想像して、私も胸が締め付けられるような気がした。

そしてその時、自分を非常に恥ずかしく思った。

たかが一ヶ月で、

しかも命にかかわる病気でもないのに、

一人で悲劇のヒロインになって、

苦しいのは自分だけだと信じていた、

恥ずかしい、私。

あと数日すれば風太と家に帰れる。

それは本当に本当に、神様に感謝してもしきれないくらい幸せなことなんだ。

そんな事に気付きもしないで、一人で落ち込んで、メソメソして。

あと数日で退院できるのなら、なぜそのわずかな時間をもっと前向きに過ごしていこうと思えなかったんだろう。

そうだ、

風太との限られた時間をもっと大切に過ごすようにしよう。

彼の一つ一つの表情の変化や成長ぶりを心に刻めるように。

そう自分に言い聞かせた。

それから目を閉じて、

亡くなった赤ちゃんの冥福を祈った。


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退院までの日々 (2)

* これは昨日の記事の続きで、2年前のお話です。


昨日パンクしたタイヤはその日のうちに新しいのと交換してもらえたので、私は次の日その車を運転して病院に来ることができた。

ドクターの話では、その日(土曜日)は癇癪を起こさないための微量の薬を打ち、その後は薬なしで数日様子を見るということだった。

私がその数日どのくらい神経をすり減らして風太が癇癪を起こさないように努力したかというのは、皆さんにも容易に想像できると思う。

ちょっとトイレに行くのにも

(今頃風太は癇癪を起こしていないだろうか、、、)

と気になってしまい、走るようにして病室に戻って来たり、

ランチもカフェテリアには行かず、部屋で小さいキャンディーをいくつか舐めるだけにしたり、

風太が泣き出すとすぐにハラハラして、泣いているところを看護婦さんに見られないように一生懸命なだめたりした。

この張りつめた状態に加え、風太のいる特別室の環境は長引く入院生活を更にキツいものにしていた。

一日中ほとんど誰と話す事もなく、テレビも携帯もインターネットもなく、食べ物もたべられないその暗い部屋に長時間いるのは、まるで牢獄にいるのと同じだった。

孤独で自由や娯楽が皆無に近く、身体中を縛られているような窮屈な環境。

時間が経つのが信じられないくらい遅く、時計を何度も見ては溜め息ばかりついていた。

でもそんな厳しい環境の中、風太の存在だけが私の唯一の癒しだった。

当時の風太は以前よりずっと血色もよくなり、ずっと丸々して、表情も出てきた。

私が笑うと同じように「ニコッ」と笑い、本当にかわいかった。

風太が起きているときは、家から持って来たおもちゃで遊ばせたり、本を読んで聞かせたり、歌をうたってあげたりした。

風太はピンクのドラゴンのぬいぐるみがお気に入りのようで、それを渡すとぎゅっと抱きしめるので、その様子がかわいくて何枚も写真を撮った。

石のように固まっていた手も全部開けるようになって、私が指を差し出すとそれを強く握りしめたりもした。

そして私は、家で待っているノッコやパパの話もたくさん聞かせてあげた。

「ノッコお姉ちゃんはね、今から風太君と一緒にお風呂に入るのを楽しみにしてるんだよ。まだ早いよって言ったんだけどね。」

そんな話をする私を風太はいつもただじーっと見つめていた。

                               ◇

そうやって風太の看病をしているうちに、あるちょっとした事に気がついた。

それは担当のドクターの態度が以前より冷たくなったこと。

以前は回診のために病室に来たときや廊下で偶然あった時など少し立ち話をしていたのに、最近は伝えなければいけない用件だけを伝えると避けるように行ってしまうようになった。

たぶん私が早く風太を退院させたがっているのを知っているので、いつまでも引き止めていることに居心地の悪さを感じているのかもしれなかった。

確かに本当に風太のことを考えている親なら、私のように風太が泣いているのを隠したりせず、そのままの状態を看護婦さんやドクターに見せて診断を仰ぐのが本当なんだろうけど、その頃の私には風太の症状はすっかりよくなっているように見えたし 、とにかく「一日も早く家に連れて帰りたい」という気持ちが強く、「風太にとって何が一番いいのか」というところまで考えている余裕がなかった。

今振り返ると、あの頃の自分は極度の緊張と体力の限界、そしてひどい孤立感のために少し精神状態が不安定だったのかもしれないとも思う。

だからこそ「もう少しの辛抱だからがんばって」というようなドクターの励ましの言葉を渇望し、「僕も早く退院させてあげられるようにがんばっているよ」という態度を彼の中にみつけたかった。

でも私の期待とは裏腹にドクターの私に対する態度は日に日に冷たくなっていき、私はそれに戸惑い、落ち込んだりしていた。

                                 ◇

その日(土曜日)の夕方、今までずっと空室だった風太の隣部屋に一人の赤ちゃんが入院してきた。

やはり生後間もないようで、風太より小さかった。

他の病院から移って来たらしく、そばには心配そうなご両親がついていた。

でも一時間もすると、そのご両親は家に帰って行った。

人と話す事に飢えていた私は、その赤ちゃんの両親が病室にいる間によっぽど話しかけようと思ったけれど、なんだか事情があるような様子だったし、仕切りを開けてわざわざ「あのー」なんて話しかけるのも少し変だったのでやめてしまった。

後から看護婦さんに聞いた話では、それは風太と同じようにドラッグの影響を受けて生まれてきた赤ちゃんで、やはり同じように養子にもらわれていくそうだ。

それを聞いて(明日またあのカップルが来たら絶対に話しかけよう)と心に決めた。

その晩、風太が寝たあと私も横になるとしばらくしてその隣の赤ちゃんが泣き始めた。

ねぼけていた私は最初、風太が泣いたのかと思って「ハッ」と起き上がった。

そしてそれが隣の赤ちゃんだと分かると少しホッとして、そしてまた横になった。

赤ちゃんが泣くとランプが点灯して看護婦さんが来る事になっているので、その赤ちゃんが泣き止むか、看護婦さんが来るのをそのまま待った。

でも10分しても看護婦さんは来なかった。

赤ちゃんは相変わらず泣き続けている。

私はだんだん落ち着かなくなって来た。

赤ちゃんの泣き声って、たとえそれが知らない子でも聞いているのがつらいもの。

20分も経つと私はだんだんその子が可哀想で仕方がなくなってきた。

誰も来てくれないので、狂ったように泣き叫んでいる赤ちゃん。

以前の風太のように呼吸が荒く、咳き込んですごく苦しそう。

私は仕切りを開けてその子を抱っこしに行こうと思ったけれど、黴菌などを移してはいけないので、やっぱり看護婦さんを呼びにいくことにした。

私がナースステーションに行くと、看護婦さん達は数人で雑談していた。

「あのー、風太の隣の赤ちゃんが泣いているみたいなんですけど。」

私がそう言うと、

「ああ、はいはい、ありがとうございます。」

そう行って一人の看護婦さんが私と一緒に特別室へ戻って来た。

仕切りの向こうでは看護婦さんが赤ちゃんの様子をみて、ミルクをあげ始めたようだった。

そしてようやく赤ちゃんの泣き声が止んだ。

(ふーっ)

なぜだか私も溜め息をついてしまった。

隣で看護婦さんがミルクをあげる様子を聞きながら、

きっと最初の頃は風太もこんな感じだったに違いない、と想像してみた。

そして(こうやって隣の子も風太のように夜しっかり寝る子になっていくんだな)と思った。

そのあと私は風太のベッドの方へ行き、

「ママがいつでもそばにいるからね。」

そう言っておでこにキスをした。


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退院までの日々 (1)

*これは昨日の記事の続きで、2年前のお話です。


水曜日の夜、風太のいる病院に初めて泊まってみて、風太がどのくらいよくトレーニングされているのかが分かった。

まだ生後一ヶ月も経っていないというのに、風太は4時間も寝続けた。

ノッコが風太くらいの頃は、夜中2時間おきぐらいに泣き出してくるので「お願いだからもうちょっと寝てー!」と悲鳴をあげていたのに。

だから病院に泊まりに来る前は(これからの数日間は風太に起こされてほとんど眠れなくなるな)と覚悟して行ったのに、拍子抜けするくらいだった。

これは寝泊まりする側からすると喜ばしいことなんだろうけど、でも私には何となくそれが悲しくもあった。

生後一ヶ月前の赤ちゃんがこんなによく寝るのは「泣いても誰も来てくれないから」だと思ったから。

ちょっと泣いただけで「はいはいはい」と言って親に抱っこしてもらったり、ミルクを飲ませてらうと、赤ちゃんはしょっちゅう泣くようになる。

でも逆に何時間泣き続けても誰も来てくれない状態が続くとそのうち泣くのを諦めてしまう。

風太は今、その状態にあるんだと思った。

夜中は看護婦さんの数も少なく、「抱っこ屋ばあさん」達もいないので、しばらく泣いてもきっと放って置かれる事が多かったのかもしれない。

そう思うとそんな風太が少し不憫に思えた。

でもぐっすり4時間も寝てくれる分、起きたときの癇癪はノッコの頃よりひどかった。

それは禁断症状の表れなのか、ただ単にお腹がすき過ぎているのか私にはわからなかったけれど、私は風太の声があまり外に聞こえないように急いでミルクを用意するのに必死だった。

でもミルクのボトルを2本も飲み干し、大きなゲップもすると風太はまた眠りに戻ってしまい、そのまま朝方まで寝続けた。

なので正直言って(なーんだ、全然大変じゃないじゃない)と次の朝起きた時に思ってしまった。

ノッコの頃よりもずっと楽だし、このまま家に連れて帰っても全然問題ないように思えた。

そして木曜日の夜も同じ感じだった。

私も風太も4時間以上ぐっすり寝てしまい、看護婦さんがチェックしに来て起こされたという感じだった。

「ミルクをあげないといけないので、4時間経ったら寝ていても起こしてあげて下さい。」

と看護婦さんに注意されてしまうほど、風太はよく寝る赤ちゃんだった。

そんな状態だったので、私は風太の退院についてだんだん楽観するようになってきた。

以前は夜の様子がよく分からなかったので、「今頃大丈夫かな?」とすごく心配したけれど、今は昼の様子も夜の様子も分かったので「これなら今晩 (金曜日) も普通に乗り越えられるかな。」と思えた。

うまくいけば土曜日、遅くても日曜日には帰れるかも。

そう思うと不思議と看病もつらくなくなった。

そして昨日の夜の報告をしにジョンに電話をかけに行って、そのついでにカフェテリアでランチをしてから戻ってくると、信じられないことが起こっていた。

風太はまた薬を打たれてしまったのだ。

私は最初、何が起こっているのかよく理解できなかった。

私が部屋を出て行った時の風太は、たくさん遊んだ後にミルクもたっぷり飲んでぐっすり寝ている状態だったのに、、、

だから安心してランチを食べに行ったのに。

「どうしてですか?」

そう看護婦さんに訊いてみると、

「ええ、すごい癇癪を起こしてしまって、一生懸命なだめようとしたんだけれど何をやってもダメだったの。たまたま通りかかったドクターがそれを見て薬を打つ事になったのよ。」

ああ、何というタイミングの悪さ!

もう泣きたかった。

一時間も部屋を離れていなかったのに。

私だったら絶対になだめる事ができたのに。

薬を打たれる必要は全然なかったのに。

風太はもう帰れる状態だったのに、

絶対に帰れる状態だったのに!

悔しさで溢れそうな涙をぐっとおさえて、私は

「ドクターと話させて下さい。」

とその看護婦さんに頼んだ。

                               ◇

「ねえ風太、どうしてよりによってママが部屋を空けた一時間の間に癇癪を起こしてしまったの?」

あまりのタイミングの悪さが悔しくて、私は風太を責めるように言った。

病気と闘っている風太が一番つらい思いをしているだろうことは分かっていたのに。

風太はただその澄んだ目で私をじっと見つめていた。

きっと起きた時に私がそばにいなくて寂しかったんだね。

そして泣いてみたら抱っこしてくれた人が違う人でビックリしたんだろうね。

ごめんね、風太。

風太の顔をみながらそんな事を考えていると、ドクターが部屋に入って来た。

そしてさっきの風太の癇癪の様子や、あの状態では薬を打つしかなかったことなどを説明してくれた。

「今日また薬を打ったので、状態によっては1−2日間の薬投与、3日間の「様子見」というスケジュールになります。」

また更に5日も待つの?

「でもこんなに症状がよくなっているのに、更に4日も5日も待つ必要があるんでしょうか?」

「そうですね。プロトコル(規定)ではそうなっているので。」

プロトコルと言ったって、患者の症状次第で臨機応変にするのが医者の仕事じゃないの?

それに癇癪、癇癪って言ったって今の風太の癇癪は、ノッコが赤ちゃんの頃の空腹時の癇癪とあまり変わらないぐらいだったのに。

今の風太に必要なのは薬じゃなくて温かい家庭なのに。

とてもビジネスライクに淡々とこれからの予定を話すドクターの顔をみながら、私はそんなことを思った。

ドクターとしての立場も分かるし、慎重にしなくてはいけないのも分かる。

それでもその時は感情が頭についていかなかった。

あと5日もこの状態を続けて行くのかと思うと気が遠くなりそうだった。

私はただただ風太を連れて家に帰りたかった。

                               ◇

今日薬を打たれてしまったので、私はまた「お試し期間」に備える為にその夜は一旦家に帰る事にした。

二日も家を空けてしまい、ノッコの様子も気になっていたし、

それに、その時の私はノッコの笑顔を一番に必要としていた。

風太に「明日また来るからね」と言って病院を去り、家に向かって運転していると、

突然「ゴロン、ゴロン」という変な音が車から聞こえた。

(なんだろう?)

と思いながらもそのまま走っていると更にその音は大きくなったので、道の脇に車を停めてチェックしてみた。

パンクだった。

大きな釘がタイヤの真ん中にプスッと刺さっているのが見えた。

もう言葉もでなかった。

(よりによってどうしてこんな時に、、、、)

私はその釘の一点をじーっと見つめながら、何も言わずにただぼんやりとそこに立ちつくしていた。

そして運転席に戻り、

手で顔を覆って

オイオイと泣いた。

いつまでもいつまでも、オイオイと泣いた。


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風太、退院か?

* これは昨日の記事の続きで2年前のお話です。


風太と出会ってから10日が経った頃、ようやく「退院」という言葉が聞けるようになってきた。

その説明をして下さったのは、担当が替わった新しいドクターだった。

その人は若い男性のドクターで、いかにも「エリート」という感じがしたけれど、とてもフレンドリーな人だった。

「風太君の経過はとても順調なので、このまま問題がなければ今度の金曜日にドラッグの投与を一切止めてみます。そして3日間その状態で様子をみます。もしもドラッグなしでも風太くんの禁断症状がほとんどない状態であれば、4日目には退院できますよ。」

ああ、この言葉をどれほど待っていたことか。

いくら風太と会えるのが楽しみだと言っても、往復2時間以上かかるドライブはやっぱり楽じゃなかったし、風太のいる特別室はテレビもなく、携帯もダメ、飲食もダメという「ダメダメ尽くし」の部屋だったので、これ以上入院が長引くのは私達にとって精神的にも体力的にもかなりキツかった。

それに毎日病院と家を往復していたせいか、私達の車の調子も怪しげになってきていた。

なのでこれ以上車への負担をかけすぎるのも心配していたところだった。

この頃の風太は、下痢も止まり、手をちゃんと開いたり体を伸ばしたりもできるようになっていた。

痙攣や体の震えもほとんどなくなっていたので、ドクターが呼ぶ「禁断症状」というのは風太が時々起こすひどい癇癪のことだった。

(この調子ならきっと大丈夫だろう)

私もジョンもそんな気がしていた。

そして私達はその「お試し期間」である三日間が過ぎるのを指を数えるようにして待った。

昼間はほとんどの時間を風太と過ごし、癇癪を起こさないように気を付けて、できるだけたくさん寝るように起きている間はおもちゃなどで遊ばせた。

そうして金曜日が過ぎ、土曜日もクリアした。

日曜日の昼間も問題なく、あとは日曜日の夜さえクリアすれば、月曜日には退院できる状態になった。

「念のために今晩私が病院に泊まろうか?」

心配して私が訊くと、ジョンは

「昨日、今日とノッコにあまりかまってあげられなかったから、家に帰った方がいいんじゃない?金曜日の夜も土曜日の夜も風太は問題なかったから、このまま問題なくいくと思うよ。月曜日の朝一番でまた来ようよ。」と言った。

確かにここのところ私もジョンも風太のことで頭がいっぱいで、あまりノッコにかまってあげられていなかった。

週末はベビーシッターに預けたりして寂しい思いもさせているし、夜ぐらいはノッコのそばにいてあげた方がいいな。

私もそう思ったので、その日はいつものように夕方家に帰った。

でも家に帰ってからもやっぱり風太のことが気になってなかなか眠れなかった。

(風太、あと今夜さえクリアできれば明日には家に帰れるんだよ。ノッコお姉ちゃんも待ってるよ、がんばれ!)

もうほとんど祈るような気持ちで一晩が過ぎるのをただただ待った。

そして月曜日の朝、風太が退院時に必要な身の回りの物をかばんに詰めて、私とジョンは病院に向かった。

病室に着いてからしばらくすると看護婦さんがやってきた。

「あのー、昨日の夜、風太はどうでしたか?」と私達が訊くと

「ええ、昨日の夜中に風太君すごい癇癪を起こしてしまって、どんなになだめても治まらなかったので、ドクターがまた薬を打ったんですよ。」

ああ、

ダメだったんだ。

あと本当にちょっとだったのに、

ダメだったんだ。

風太の身体は、ドラッグなしでは3日も保たないんだ。

ああ、

やっぱり私が病院に泊まってあげればよかった。

というのは、最近の風太は看護婦さんではなだめられない時でも、私があやすとたいてい泣き止むようになっていたから。

私が一緒についていてあげれば、風太の癇癪もすぐ治まったかもしれないのに。

そうしたら今頃、ワクワクしながら3人で家に帰る準備をしていられたのに。

もう何もかもが、なんだか悔しくて仕方がなかった。

「しょうがないよ。風太の身体がまた退院できる状態じゃないんだから。」

ジョンはそう言って、私を、そして自分自身も納得させようとしていた。

そこへドクターが入って来て、もっと詳しいお話をしてくださった。

昨日の夜の状態では、まだ家に帰るのは無理であること。

昨日薬を打ったので、これからまた3日間薬を打ち続けなければいけないこと。

その3日間が終わったら、また薬をストップして更に3日間の「お試し期間」を持つ事などを教えてくれた。

ああ、一度薬を打つと一週間も退院が伸びてしまうんだ。

私はてっきり今日からまた「お試し期間」が始まるんだと思った。

あと6日間、

なんだか絶望的な気持ちになってしまった。

私はその時、自分が日曜日の夜に病院に泊まらなかったことをひどく後悔したので、今度の「お試し期間」の3日間は病院に寝泊まりすることをジョンに提案してみた。

「そうだね、さわこが泊まっていてくれた方が僕も安心だし。それで退院が早まれば、みんなにとっていいことだしね。ノッコのことは大丈夫、僕に任せて。」

ジョンがそう言ってくれたので、私は寝泊まりの用意を持って水曜日に病院に行った。


To be continued…….


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抱っこ屋ばあさん

* これは昨日の記事の続きで、2年前のお話です。
*  コメントを下さった方、ありがとうございました。返事は明日書かせていただきます。


ノッコを風太に会わせた次の日は、ジョンがちょっと片付けたい仕事があるというので、私が一人で病院へ行った。

いつものように受付を通って風太のいる特別室へ入ると、椅子の上で風太を抱っこしているおばあさんがいた。

今まで見た事のない人。

(誰だろう?)

(どうして風太を抱っこしてるんだろう?)

私が少し訝しげに部屋に入って行ったので、そのおばあさんも

「ああ、ごめんなさいね。」

と言って、椅子を一つ空けてくれた。

私がその譲ってくれた椅子に座ると、

「私はボランティアで週に二日ぐらいこの病院に来ているの。赤ちゃんが泣いていて、看護婦さんの手が回らない時に、その子を抱っこするのが仕事なのよ。」と教えてくれた。

「ああ、そうなんですか。」

「あなたはこの子のお母さん?」

「はい、そうです。」

「かわいい赤ちゃんね。本当にいい子。」

「ありがとうございます。養子なんですよ。」と言うと、

おばあさんは「わかってますよ」という感じでただ頷いただけだった。

この特別室に入院している赤ちゃんはたいていドラッグの影響がある子なので、このおばあさんも事情はわかっているのかもしれなかった。

以前から書いているように、この特別室の隣の大部屋には30人くらいの未熟児の赤ちゃん達が入院していた。

そしてその赤ちゃん達の両親は、やはり平日の昼間は赤ちゃんに付き添ってあげられないようだった。

未熟児のように入院が長くなると、やはり両親も毎日様子を見に来る訳にはいかないのだと思う。

だから週末になると、たくさんのカップル達が面会に来てその大部屋もにぎやかになった。

ここにいる看護婦さん達は、もちろんそんな赤ちゃん達の健康管理のためにいるわけで、普通のお母さんのように一日中一人の赤ちゃんを抱っこしてあげることはできなかった。

でもそこにいる赤ちゃん達が一番必要としているのは、実はその「抱っこ」だった。

人の肌のぬくもりや、息づかい、匂いなどを知らないと、生後数週間の赤ちゃん達に “attachment issue” というのが出てきてしまうらしい。

なのでこのボランティアのおばあさん達の貢献は私達が思っているより大きく、彼女らのお陰で赤ちゃんも両親も安心する事ができた。

私は彼女達を「抱っこ屋」と名付けた。

(そしてたいていの抱っこ屋はおばあさんだったので、そのうち「抱っこ屋ばあさん」と呼ぶようになった。)

「すごくいいボランティアですね。」

私がそのおばあさんにそう言うと、

「そうね、私は赤ちゃんが大好きだから。
でも孫達ももうすっかり大きくなっちゃって抱っこできる赤ちゃんが周りでいなくなっちゃったのよ。そしたら友達からこのボランティアの話を聞いてね。すぐに登録したの。」

「おばあさんのような人達がいて下さると、赤ちゃんのパパやママも安心ですね。」

「でも抱っこする事で癒されてるのは赤ちゃんの方じゃなくて、私の方なんだけどね。」

そう言ってそのおばあさんは小さく微笑んだ。

               ◇

それから気をつけて見ていると、確かに毎日一人から二人ぐらいのおばあさんが、蝶々のように一つのベッドから次のベッドへと移っていた。

一人の赤ちゃんを抱くのはたいてい20分ぐらい。(抱っこしてもいい状態の赤ちゃんのみ)

赤ちゃんを抱っこしている時、どのおばあさんもすごく幸せそうな顔をしていた。

(このボランティアは、本当に赤ちゃんとおばあさんの両方が癒されてるんだなぁ)とそれを見ながら思った。

そんな抱っこ屋ばあさんの中で、最初にお話をしたおばあさんは特に風太を気にかけてくださった。

風太のそばにはたいてい私かジョンがいたので、抱っこ屋ばあさん達の必要はあまりなかったのだけれど、それでも特別室に顔を出しては「ちょっと抱っこさせて」と聞いてきた。。

「この子は、まるで天使ね。」

そう言いながらおばあさんは、自分の孫のように愛おしげに風太を抱っこしてくれた。

「本当にこんなに小さな体でよくがんばってるわねぇ。」

「ええ、そうですね。」

「それにあなたもよくがんばってるわよ。」

「そうですか? ありがとうございます。」

「もう、あとちょっとの辛抱だからね。がんばってね。」

「はい。」

突然知らない人にそんなやさしい言葉をかけてもらって、私は思わず泣きそうになってしまった。

「もう少しだからね、がんばるのよ。」

おばあさんはもう一度そう言うと、「よいしょ」と腰を持ち上げてから部屋を出て行ってしまった。

私は、「ありがとうございます。」と出て行くおばあさんに頭を下げた。

(おばあさん、本当にありがとう。)

そのやさしい言葉にすごく元気をもらったよ。

その時、

(ああ、抱っこ屋ばあさんに癒されているのは赤ちゃん達だけじゃないんだ)

という事に、ようやく気がついた。


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ノッコと風太のご対面!Part 2

*これは昨日の記事の続きで、2年前のお話です。

出だしから少しつまづいたけれど、私達は無事に集中治療室に通してもらうことができた。

大部屋にズラーっと並ぶ未熟児の赤ちゃん用のベッドをみて、ノッコは少しビックリしたようで、

「どうしてこんなに赤ちゃんがいるの?」

「赤ちゃんのパパとママはどこ?」

など次から次へと質問をしてきた。(でも普通の赤ちゃんよりサイズが小さい等はわかっていなかったらしい)

私はそれに答えながら、いちいち立ち止まるノッコの手を引いて特別室へと歩いた。

「ノッコちゃん、このお部屋に風太が寝てるのね。ノッコちゃんが大きな声を出すと風太はビックリしちゃうし、センサーが反応してここにあるランプがついちゃうから、絶対に大きな声をださないようにしてね。できるかな?」

「うん。」

心なしかノッコも少し緊張してきたようだった。

三人で部屋に入ると、風太は上向きでぼんやりと天井を見つめていた。

「風太くん、ノッコお姉ちゃんが来たよ。風太くんにずっと会いたかったんだって。」

私はそう言いながらノッコをベッドの方へうながした。

ノッコはそっとベッドを覗き込んでから、

「Mama, he is afraid. 」と言った。

その時風太は小刻みに震えながら、私達の視線を避けるように目を窓の方へ向けていたので、確かに怯えているように見えた。

たぶんノッコが持つ、子供独特のエネルギーに戸惑っているのかもしれなかった。

「大丈夫よ、ノッコ。風太は子供に会うのが初めてだからちょっとビックリしてるだけだと思うよ。小さな声でやさしく話しかければきっと怖がらないよ。」

でもノッコはその後も風太に直接話しかける事はせず、ただそっと彼の頭をなでただけだった。

「ママ、ミルクあげてもいい?」とノッコが聞くので、

「ちょっと待っててね。看護婦さんに次のミルクの時間はいつなのか聞いてみるから。」

そう言って看護婦さんを探しに出て行こうとしたところに、ちょうど一人の看護婦さんが入って来た。

「あら、あら、今日はお姉ちゃんが会いに来てくれてるの?」

その人はニコニコしながらそう言うと、ノッコの頭を撫でてから風太の体温を測り始めた。

「あのー、次のミルクの時間は何時頃かわかりますか?」と私が訊くと、

「ああ、確か二時間半ぐらい前にあげたから、あと10分か15分ぐらいですよ。」

おお、ノッコ。すごいタイミングじゃないか。

その時ノッコもうれしそうにニコッとした。

ミルクの時間になるまで、風太のオムツのチェックをしたり、ノッコが家から持って来た風太用のおもちゃで遊ばせたりしていた。

「じゃあ,ノッコちゃん、パパが風太を抱っこしてるからミルクをあげていいよ。」

するとノッコはまるでお人形さんにミルクをあげるみたいに、哺乳瓶を風太の口に「グググっ」と押し入れた。

「あああ、ノッコちゃん、そんなに乱暴にしちゃダメだよ。やさしくね。」

それでもお腹がすいていた風太は泣きもしないでそのミルクをゴクゴク飲み始めた。

「パパ、ベイビーがミルク飲んでる!」

自分の持っているミルクがどんどん減っていくのがうれしいのか、ノッコは始終ニコニコしながら風太を見ていた。

私もそんな二人をパシャ、パシャ、と何枚もの写真に収めた。

ミルクを全部飲みきって、大きなゲップもした風太はそのままジョンの腕の中で寝てしまったので、そのあと三人でランチを食べに行った。

ランチの後はジョンがノッコを近くの公園に連れて行き、私はしばらく風太と過ごす事にした。

一時間半ぐらいするとジョンとノッコが戻って来た。

「ノッコちゃん、今風太は寝てるから静かにしててね。」

そういう私の言葉も聞こえないかのように、ノッコは風太のところへ走って行き、寝顔をじーっとみつめた。

するとその気配に気がついたのか、風太がパチッと目を覚ました。

そして自分を覗き込んでいるノッコを見ると、

ニコッと笑った!

生まれて初めて風太が笑った!

一週間前に面会であった時から今日まで風太は笑った事がなかった。

(これはもしかして笑顔なのかな)と思うような、フニャっとしたものは何度かあったけれど、こんな風にはっきりと笑ったのは初めてだった。

私がぬいぐるみで遊んであげても、いないいないばあをしてあげても絶対に笑わなかったのに、ノッコがただ見つめていただけで笑うなんて。

さすがノッコパワー!

ノッコはどんなに悲しみに沈んでいる人でも、痛みに苦しんでいる人でも笑顔に変えてしまうパワーがあるね。

その楽しそうな笑い声、くしゃくしゃの笑顔、そしてすぐにジャンプするところ、もう「うれしくてたまりません!」というのが絶対に隠せないのね。

だからそんなあなたのエネルギーが風太にも伝わったんだよ。

見てごらんよ、風太を。

本当にうれしそうだよ。

いい笑顔だね。

ノッコが風太を笑わせてくれると、風太の笑顔が周りのみんなを幸せな気分にさせてくれるよ。

そうだ、

風太がお家に帰れるようになったら、

ノッコとパパとママで風太をいっぱいいっぱい笑わせようか。

今までの苦しい治療なんか忘れちゃうくらい。


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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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