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どうしてそういう事するかなぁ?

* これは3年前のお話です。


ダンナさんと子育てをしていると、「どうしてそういう事するかな?」と首を傾げてしまう事って時々ありませんか?


例えばうちの場合。

1)ノッコがカーペットの上で眠ってしまう時、肌寒い日でも毛布をかけないでそのまま2時間ぐらい寝かせる。

2)私が出掛けている時は必ずと言っていいほどおむつを替えるのを忘れる。私が帰って来るとノッコのおむつは重みで膝まで下がっている。

3)朝起きた後キッチンで、お腹をすかせたノッコがどんなに泣いていても、まず自分のコーヒーをいれる。

4)「もうすぐご飯だよ」と言っているのに、チップスとワカモレを出してきてノッコと食べる。

5)「ママには内緒だよ」と言ってノッコにキャンディをあげてしまう。


などなど、こうして書き出すと本当に書ききれないくらい。

これが男性ゆえなのか、ジョンだからなのかわからないけれど、子供の健康を考えたらやらないだろうということを平気でやるから不思議。

まあ、もともと私が結構細かくて、ジョンが気がきかない方なので、「もう〜!」と思ってしまうことが多いのかもしれない。

でもある日、そんな 「気が利かないジョン」 が珍しく 「気を利かせよう」 と考えて起こした行動があった。

                          ◇

2歳を過ぎて急に髪が伸びてきたノッコ。

今までずっとハゲに悩んでいた分、ようやく髪が伸びて女の子っぽくなったノッコを見るのはやっぱりうれしかった。

ジェシカに似て基本的にストレートヘアーのノッコだけれど、 髪の量が少なくやわらかいので、どんなヘアースタイルにしてもかわいかった。

時々ゴムで二つに結んだり、ピンで前髪をとめたり。

その日その日違うヘアースタイルにして、その度に変わるノッコの表情を私も楽しんでいた。

ある日保育園がお休みなのに私が仕事だった時、ジョンが一日ノッコをみることになった。

職場から電話すると、「二人で公園に行って楽しく一日を過ごした」という報告。

「じゃあ、私もこれから家に帰るから。」

そう言ってすぐにクルマを走らせ、

「ただいまー」と家に帰ってみると、

「ママー!」とうれしそうに走りよって来たノッコ。

そのノッコを見て、

「え〜〜〜〜〜〜、何これ!!!!」

と仰天の私!

本当にどうしてなのか全然わからないのだけれど、ジョンはその日、なぜか急に「ノッコの髪の毛を切ろう」と思い立ったそうだ。

でも自分の鼻毛だって上手に切れなくてすぐに鼻血を出してしまう不器用なジョンが、なぜその時は「ノッコの髪の毛ならきっと切れる」と思えたのだろう。

被害にあったノッコの髪は、

右と左の長さが全然違う。

後ろの髪の長さがガッタガタ。

そして!

前髪が、「しとしとぴっちゃん、しとぴっちゃん」の大五郎!

Nokkos New Hairstyle

えーん、これはひどい!

ノッコが動くから上手に切れなかったそうだ。

そんなの当たり前だよー!

「なんで前髪をこんなに短く切ったの?」

私が飽きれて聞くと、

「前髪が目に入りそうで、鬱陶しいんじゃないかと思って。」

「でもなんでこんなに短く?」

「どうせまたすぐ伸びるから、、、」

「そんなに早く伸びないよ!元の長さに戻るまで3ヶ月はかかるよ、これ!」

「でもユニークでいいんじゃ、、、、あっ、、」

私の仁王さまのような顔を見て、その先を続けられなくなってしまったジョン。

あー、これから保育園の大切なイベントもあるし、ジョンの両親も来てたくさん写真も撮る予定なのに、なんて事をしてくれたんだい!

実は以前、私の姉にも同じような惨事が起こった事があった。

姪が3歳の頃、日曜日も仕事の姉は母に姪をみてもらっていた。

ある日仕事が終わってマンションに戻ってみると、姪の前髪がバッサリ。

眉毛のすぐ上のところでピーッと真っすぐに揃っていた。

「キャーッ!」

悲鳴を上げた姉。

「何、このあたまー!」

以前も話した通り、姉とダンナさんは美容師なので姪のヘアースタイルには特に気を遣っていた。

なので姪のヘアースタイルは3歳児のくせに、いつもすごくおしゃれだった。

でもそのヘアーが母のせいで台無し。

しかもこれはすぐには伸びない!

姉とダンナさんにたっぷり叱られて、すっかりしょぼくれていた母。

私も「まあ、髪はまた伸びるからね」などと、その時は鼻息の荒い姉をなだめていた。

しかし!

一年後に母はまた、まったく同じ事をしてのけたのだった!(学習力のない人とは母のことを言う)

「前髪が目に入って鬱陶しそうだったから、、、」

言い訳も前回と全く同じ。

前回あんなに怒られたのに、どうしたらまた同じ間違いを起こそうと思うのか、その辺が私にはいつも分からない。

「お母さん、いい加減にしてよ!美容師の娘がこんな頭で外歩けないでしょ!」

そう怒られて、姉の家にはしばらく立ち入り禁止になってしまった母。

あの時は、よかれと思ってやった母がちょっと可哀想にも思えて「お姉ちゃんもそこまでしなくても、、、」なんて思っていたけれど、今なら姉の気持ちが痛い程わかる。

この頭じゃ外へ出せないのよ〜!

何着せても似合わないの!

とりあえず救急処置で、右と左の長さを揃え、後ろの長さも揃え、それからはいつも二つに結ぶようにした。

それでもこの「大五郎の前髪」はもうどうしようもなかった。

ピンでもごまかせない短さ。

もう諦めるしかなかった。

ううう〜。

でも、

どのイベント写真の中でもうれしそうに微笑むノッコ。

ノッコ本人が気にしていないなら、まあ、これもいい思い出ということで。

                            ◇

「アイタッ!」

相変わらず横で鼻毛を切り損ねて鼻から血を出すジョン。

あーあ、痛そう。

ねえジョンさ、もう二度とその不器用な手でノッコの髪を切ろうなどとは思っちゃだめだよ。

約束だよ。

もしも今度お母さんと同じ間違いを犯すようなことがあったら、寝ている間にその鼻毛を思いっきり毛抜きで「プチっ」だからね。


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産みのお母さんが去らない理由

これは3年前のお話です(いえーい!三年前!)

まず、うさぎママさんへのお詫びから。

今日は昨日の続きの「遺伝と育ての環境」について書きまーす、なんて言っておきながら違う記事になってしまいました。

あれからその当時のノートを見てみたところ、それに関する出来事はノッコの誕生日の後に起こっていたので、一応出来事の順番が前後しないように、今日はノッコの2歳の誕生日について書きます。ごめんなさい。

あっ、今私に針千本飲ませようとしていますか?

                  ◇

ノッコの2歳の誕生日が近づいてきたので、いつものようにジェシカに電話をした。

クリスマスとノッコの誕生日にはジェシカに会うのがお決まりのようになっていたから。

さて、以前書いた記事を覚えている方は、ジェシカがフロリダに引っ越してしまったんじゃないかと思っているはず。 

その時の記事はこちら→○

それがまだ同じところに住んでいたんですねー。

去年のクリスマスあたりに、「フロリダに引っ越す事になった」と聞かされてから、その後がどうなったのか気になって何度かジェシカに電話してみた。

1月ぐらいに電話した時は、「フロリダの仕事はダメになった。でも今でもフロリダに行く予定は変えてない。」と言われ、

4月ぐらいに電話した時は、「今住んでる家が売れるまでは、フロリダに引っ越せないの」と言われた。

そして今回電話してみると、「未だに家が売れないー!」と悲鳴のような声が聞こえた。

それでもノッコと会えるのはうれしいので、ぜひ会いたいと言うことで、またまた一緒に食事をすることにした。

でも今回はちょっと趣向を変えて、食事+お遊び。

ジェシカの家の近くに大きな自然の公園があって、その中に噴水や滝などがある水の遊園地があった。

ノッコは三度の飯より水遊びが好きだったので、じゃあそこで遊んでから公園でピクニックをしようということになり、いつものようにジェシカを迎えにいった。

今回はちょっとヤンキー風に不自然なブロンドで髪を染めていたジェシカ。

前回会った時よりさらに肥えていた。

そして今回ちょっと驚いたのは、ポールがやけにやさしかったこと。

今まではジェシカを迎えにいっても、ポールは家の中から出て来ず挨拶もしなかったのに、今回はジェシカと一緒に外に出てきた。

(へっ? ポールも行くの?)とビックリしていると、

「これを使ったらいい。」と言って、私達がこれから行く公園の駐車券をくれた。

「以前知り合いにもらったんだけど、使う予定もないし。あの駐車場は一日10ドルもするから」と。

「あっ、ありがとうございます!」

なんだか私も戸惑ってしまい、ちょっと緊張気味。

でもポールって本当に私が思っていたよりずっといい人なのかもしれない。

以前彼のことを「売春婦を狙った連続殺人犯かも!」なんて私が疑っていたことを知ったら、今くれたこの駐車券、きっと奪い返されちゃうだろうな。

などと思いながら、その駐車券をありがたくいただいた。

その日その水の遊園地で遊ぶ事にしたのは本当に大正解で、ノッコは正に「水を得た魚」その物のように思いっきり水遊びを楽しんでいた。

特に気に入っていたのは、下から勢いよく出てくる水にお尻を当てること。

超キョーレツなウォシュレット?

という感じ。

水がでる穴の上でお尻を突き出しながら待機していて、お水が「シュパー」と出て来ると「キャー」と言って逃げる。

これを87回はやってた。

そしてノッコに負けずはしゃいでいたのは、ジェシカ。

その日着ていたTシャツとショーツがびしょびしょになる程ノッコと遊び、

二人でキャーキャー言いながら、いつまでもじゃれあっていた。

その後、公園のピクニックテーブルで持ってきたサンドイッチを食べ、ジェシカがノッコへのプレゼントとしてくれたシャボン玉器でたくさん遊んだ後、私達は公園を後にした。

いつものようにジェシカを家の前で降ろすと、ジェシカはとっても意外な一言を言った。

「ちょっと寄って行かない?」

(えっ、私達? だってポールがいるんでしょ?)

「えっ、いいの?」

「うん、実はポールが、どうして私達の家が売れないのかちょっとさわこ達にみてもらいたんだって。」

(ああ、そういう事だったんだ。)

「いいよ、私達でよければ見させてもらうよ。」

そう言って、ジェシカの家に入れさせてもらった。(この時遊び疲れたノッコは深い眠りの中)


そして足を踏み入れた途端、頭に浮かんだ言葉が、

「趣味悪—い!」

だった。

だって緑のカーペットだよ。

しかもバラのエンボスが入った奴。

そして目が痛くなるような黄色い壁。

それをうめる60年代の古い家具達。

家中のところどころにかなりガタもきている。

「あらー、結構いいじゃない」←ウソウソ。

「それで、この家はどれくらいの値段で売ろうと思ってるの?」と私が訊くと、

「だいたい○○○ドルぐらい」

ひぇー、ご冗談でしょ。この家にその値段は。

その半分の値段でも売れるかどうかだと思うのに。

「エージェントは使ってるの?」

「ううん、使ってない」

(こりゃダメだ)と心の中で思った。その値段でエージェントも使わずに自分たちで売ろうとしても無理だろうと思った。

「それはちょっと高過ぎるんじゃない?」と私が言うと、実はまだ家のローンがかなり残っていて、これくらいの値段で売らないと、ものすごい借金をしてしまう、とポールが言った。

「じゃあ、とりあえずその雨漏りを直して、それからもっと外装がきれいに見えるようにペンキで塗ってみたらいいんじゃないかな。」と当たり障りのない提案をすると、

彼は「そうだね。」とだけ言った。

そして私達はそのまま握手をして別れた。

今回思いがけず家の中に招かれた事はビックリしてしまったけれど、初めてポールとたくさん話した事、そして家の中を見させてもらった事でジェシカ達の生活ぶりがわかって、なんとなく「安心」できた気がした。

(そうそう、ベッドにチェーンなんてあったらどうしようとか、そういう心配をしてたから)。

それにしてもあの家、あの値段じゃぜーったいに売れないだろうなぁ、

などと考えていると、

うん? 待てよ。

あの家が永遠に売れないということは、ジェシカ達もフロリダに越せないということで、このまま近くに住んでいてくれるということは、私達には願ったり叶ったりなんだ!

(よーし、ポール。弱気になって家の値段を下げたりするなヨー!)と心の中で叫びながら、私はもう一度ジェシカ達の家を振り返った。



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遺伝かな?環境かな?

* これは4年前の出来事です。

もうすぐ2歳になるノッコを見ていると、「あれっ、これはジェシカの遺伝かな」と思う事が多くなってきた。

まずは当然と言えば当然の「顔」。

ノッコの目は「青い」という以外はジェシカにあまり似ていなかった。ジェシカの目はわりと窪んでいてアーモンド型だったけど、ノッコのは真ん丸で割とクリクリしていたから。でもまゆげが薄いところや、鼻の形、それに頬から口にかけてのラインは彼女にそっくりだった。

テーブルをはさんで食事をしている時など、じーっとノッコを見ていると「ジェシカに似てるな〜」としみじみ思ってしまうことがよくあった。

「ねえ、この角度からみるノッコの顔、ジェシカにそっくりじゃない?」なんてジョンに話しかけると、

「そう言われればそうだね。」なんてジョンもよく答えていた。


そしてその次に「これは遺伝だな」と思えたのは「声」。

ジョンの妹と電話で話している時にノッコが電話口で何かを言うと、彼女はいつも「ノッコはもうタバコ吸ってるの?」と冗談を言うくらい、ノッコの声はかすれていた。(そして今も)

寝起きなんて更にガラガラ声。

それはもう赤ちゃんの頃からのことで、保育園でも「タイガーベイビー」と呼ばれる程ノッコの泣き声は低く、遠吠えのように園内に響くので、私も部屋に入る前から「あら、ノッコが泣いてる」とすぐわかった。

ジェシカも同じようにかすれた声をしていて、しかもいつも怠そうに話すので、電話で話していると70代のおばあちゃんと話しているような気がすることがよくあった。

特に彼女は十代からずっとタバコを吸っていたので、それで更に声の「かれ度」が増したのかもしれない。

実は私はかすれた声をしたシンガーがすごく好きで、それ故にノッコのこのかすれた声もけっこう気に入っていた。

ノッコがいつか自分で音楽を作るようになって、この声で自分の曲を歌うようになったりしたら、絶対に一番のファンになっちゃうんだけどなぁ、などとよく思ったりした。(勝手に夢を膨らませるハハ)

そして3番目の遺伝ぽいところはノッコの話し方。

もっと正確にいうと、話し方というより、話す時の顔の表情。

ジェシカはいつも話す時に、下唇をちょっと大げさ過ぎるぐらいに前に突き出して話す癖があるんだけど、ノッコもまったく同じように唇を突き出して話すことが多かった。(と言っても"give me" とか単語を並べるだけだけど)

私もジョンもこういう話し方はしないので、これもきっとジェシカからだと思った。

でも声と違って、これはすごく不思議に思った。

だって顔や声などは純粋に「ああ遺伝だな」と思えるけれど、この話し方はどちらかというと癖だったので、そんな所まで似てくることが生理学的に理解できなかった。

毎日一緒にいる人なら分かるけれど、ノッコはジェシカと半年に一回ぐらいしか会っていなかったし。

例え一緒に生活をしていなくても、血の繋がりによってこんなところまで似てくるのかと改めて驚いた覚えがある。

そう考えているうちに、「じゃあ、ノッコは私のしぐさと似ているところがあるかな」とちょっと興味が湧いて、ジョンに訊いてみた。

すると、

「特にないんじゃない?」といういつもの冷たい返事。

心のどこかで「こういう所がそっくりだよ」なんていう返事を期待してたんだけどなぁ。

でも自分でじーっと観察してみても、確かにこれといって私がよくする癖(すぐ髪を耳にかける、腕組みをして話を聞くなど)を真似しているような所は見当たらない。

めったに会わないジェシカと似ているところはたくさんあるのに、毎日一緒に生活している私とは似ている所が全くないという事実に、「遺伝子パワー」を感じると同時に、母親としてやはり少しさみしくもあった。

                          ◇


そんなある日、お友達の家でランチをごちそうになっている時、ふいにその友達が「ノッコちゃんのこの癖、さわこちゃんもよくやるよね」と言った。

えっ? 癖?  何なに? 何の癖?

「えっ、どの癖?」

「ほら、何か考えてる時とか、訊かれたことに返事をしようとしてる時に、ほっぺたに手をあてる癖。」

「えっ、私そんな癖ある?」

「あるよ。自分で気がついてなかった?」

「ううん、全然。」

「ノッコちゃんも最近同じように手をほっぺに当てるようになったね。」

そう言われて慌ててノッコを見たけど、その時ノッコの手は目の前のペンネを鷲掴みにしていたので、どうやってほっぺに手を当てているのか見れなかった。

でも友達にそう言われてから気をつけて見ていると、確かにノッコは首を少し傾げながら手をほっぺたに当てる事が多かった。

テーブルで自分の食べ物が出て来るのを待っている時や、床に座っておもちゃを出してもらうのを待っている時など。

そしてある日ノッコを連れてスーパーに買い物に行った時のこと。

3−4種類あるファヒータのソースのパッケージを見ながらどれにしようか迷っている時、突然自分が手をほっぺに当てて、しかもその指をほっぺのところでびらびら(トントン?)と揺らしている事に気がついた。

(ああ、これは私の母の癖。というか所謂「年配のおばさん特有の癖!」)

よくスーパーでお刺身を選ぶ時、おばさん達が少し前かがみになって「どれにしようかしら」なんて手をほっぺのところでびらびらやってた。

自分が若い頃は絶対にやらなかったし、年配になってもああいうしぐさはしないようにしようと心に決めたのに、今自分は、正にその「びらびら」を思いっきりやってのけていた。

そしてふとショッピングカートに乗っているノッコを見ると、なんとノッコもそれを真似していた!

もちろん指の短いノッコは私のように「指びらびら」はできていなかったけれど、それでも指で自分のほっぺを押すようにして、その「びらびら感」を出そうとしていた。

あんなに「遺伝ではない私とノッコの繋がり」を探していたのに、それが「自分がしないようにしようと決めていたおばさん特有の癖」となると、ちょっと複雑な気分の私。

(2歳児でほっぺびらびらはないよなぁ)なんて、今思えば勝手なことばかり。

そして家に帰ってからいつものように、

「ほら、ノッコちゃんくつ脱いで」と言うと、

ノッコは聞こえなかったふりをして、土足のままタッタッタッとリビングにいるジョンのところへ。

これはもう毎回の「お決まり」のようなものだった。

またノッコを玄関まで連れ戻して靴を脱がそうとすると、思いっきりジタバタして脱がされまいとしている。

靴の上のところを手で押さえて、何としてでも靴を脱がされないように身体を固くした。

それでも無理やり脱がして「ほら、くつを脱いだら二つをBest friendsにしてね」というと、機嫌が悪くなったノッコはそれも絶対にやろうとしない。

「ほら、こうやって揃えて置くんだよ」とやってみせると、せっかく揃えたくつを一つずつ掴んで靴箱の方へ放り出す。

「ノッコちゃん!」といつものように声を荒げた時、「ハッ!」と気付いた。

(この頑固であまのじゃくなところ、私にそっくり!)

なーんだ、別に自分と似ているところをわざわざ探しにいかなくても、そんなものはこんな所に転がっていたんだ。

でもこれまた、全然うれしい類のものじゃないし。

(一応こんな私でも真似て欲しい良いところはあるんだけどなぁ)なんて思いながら、私は放り出されたくつを靴棚に並べた。

そしてその夜、日記をつけながらスーパーや靴箱でのことを考えていた。

(私ったらノッコと似ているところを一生懸命探しておいて、いざ見つかってみると文句ばかり)と、そんな自分がなんとなくおかしかった。

そして、自分はきっと「遺伝 < 育つ環境」というのを、どこかで証明したくて必死だったのかもしれないな、とも思った。

普段は普通の親子と何一つ変わらないつもりでいても、益々ジェシカと似ていくノッコを見ているうちに、「私ももっと深いところでノッコと繋がっていたい」という気持ちが強くなっていったのかもしれない。

なんだかんだ言っても、あの頃はまだまだInsecureな部分が多かったのよね、さわこママ。


おまけ:
この「遺伝と育つ環境」についてのテーマはこれからもいくつか記事にしていく予定です。


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双子の不思議

こんばんは。

今日はちょっと記事を書く時間がなかったのですが、ダナ達から双子ちゃんの新しい写真が送られてきたので、みなさんとシェアーをしたくて出てきました(すでに思いっきり「叔母バカ」のさわこおばさんです)



トム(ジョンの弟)にそっくり

それから、こちらはダナの双子ちゃんの映像ではないのですが、ダナのフェイスブックに載っていたとてもステキなビデオです。
ビデオのタイトルは「お腹から出てきた事にまだ気付いてない双子ちゃん」です。
双子がお母さんのお腹の中でどんな感じでいるのかがよくわかってちょっと感動します。
9ヶ月もこんな風にずっとひっついていたら、やっぱり普通の兄弟とは違う繋がりを感じるんじゃないかなと思いました。
(注:途中「看護婦さん、そんなことして大丈夫?」というシーンもあります)

それから、昨日の記事にやさしいコメントを下さった方々どうもありがとうございました。
明日改めて一人一人にお返事させていただきます。



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ノッコと風太のいとこ誕生!

前回の記事からだーいぶ時間が経ってしまいました。ゴメンナサイ!

仕事をしながらも、(こんな事をしているよりブログを書きたいなぁ)と手がウズウズしていましたが、その「こんな事」をしないとお米が買えなくなってしまうこの現実。仕方なく仕事用の書類をタイプしてました。

でも久しぶりの記事にふさわしく、今日はとってもハッピーな内容です。

                             ◇

ダナとトム(ジョンの弟)に待ちに待った双子の赤ちゃんが産まれました!

以前書いたダナの記事はこちらをクリック      そしてこちらもクリック

思ったよりダナのお腹の中でゆっくりしていた赤ちゃん達は二人とも割と大きく、そしてとっても元気!


生まれたてのホヤホヤ

ダナも大仕事を終えて疲れてはいるものの、元気で幸せそう。

5回の流産を経て、そして妊娠中の何度とない危機を越えて、ようやくダナとトムのところにやってきた双子ちゃん。

その存在は、子を出産する母親のパワーと、生まれてくる赤ちゃんの神秘さを私達に教えてくれた。

あんなに待ち望んだ命がここにあるというのが、私にはうれしいと同時にとっても不思議な気がしてならなかった。

ダナのお腹の中にいた時からちゃんと息をして、少しずつ大きくなっていたんだけれど、やっぱり「中」にいた時と「外」に出た時とは全然違う意味がある。

「もうお腹の中で突然消えたりしない」という確信を持ってそこに存在する二人が、とってもたくましく、そして愛おしく思えた。

私にとってそれは、ジェシカのお腹の中からノッコが生まれた時とはちょっと違う感動だった。

ダナとトムは双子ちゃんが生まれるまで、変な愛着がわかないようにずっと名前を付けないで、”baby girl” と “baby boy” と呼んでいた。

でも双子ちゃんは今とっても素敵な名前をもらって、ダナのネームタグをつけてスヤスヤ眠っている。

「まだ実感が湧かないの」

電話口でそう何度も繰り返していたダナ。

でもね、これは夢じゃないんだよ。

あなたの赤ちゃんは今、確実にここにいて、そしてもうどこへも行くことはないんだよ。

                           ◇


ダナはこの双子ちゃんが元気に生まれてくるまでに、とてもつらい思いを何度もした。

何度目かの流産の後、彼女は自分の中に閉じこもってしまった時期があって、誰とも電話で話さず、誰のメールにも返事をしないという状態が続いた。

トムの話によると、毎日自分(特に自分の身体)を責めて、ちょっと鬱気味になっていたらしい。

なのでジョンの両親もジョンの妹も、そして私達も、無理に彼女と連絡を取ろうとせず、しばらくそっとしておく事にしていた。

そしてそんな時、我が家に風太がやってきた。

もちろんジョンの家族も私の家族も喜んで祝福してくれたし、私達もとっても幸せだったけれど、風太の誕生をダナとトムがどう受け取っているのかはよくわからなかった。

いろんな人から風太へのお祝いの電話や、メール、プレゼントが届く中、ダナとトムからは何の連絡もなかった。

ジョンのお母さんは、「せめて ”おめでとう” のメールぐらいしてくれてもいいのにね」と残念そうにしていた。

私も正直言って少しはさみしい気持ちもあったけれど、でもダナの状況や心情を考えるとそれがどうしてなのかよく理解できたし、自分が同じ立場だったらやっぱりつらいだろうなと思ったので、その時はあまり気にしないようにしていた。

でもそれから2ヶ月ぐらいしてから、突然ダナとトムから荷物が届いた。

箱を開けてみると、色とりどりに丁寧に包まれたプレゼントがいくつもいくつも入っていた。

その包装紙を剥がすと、中から赤ちゃん用のかわいい洋服や本、それからおもちゃが出てきた。

そしてたくさんのプレゼントの中にはノッコへのものまであった。

すごくかわいいドレスと小さいうさぎの人形達。

そのプレゼントの上には小さなポストイットが付いていて、

「ノッコちゃん、もうお姉さんになったんだね。兄弟がいるってすばらしいことよ。それはダナおばさんがよく知ってる。ノッコちゃんはきっとステキなお姉ちゃんになるね。弟ができたお祝いにダナおばさんが小さい頃大好きだったお人形を送るね」と書いてあった。

そして風太へのメモには、

「風太くん、いよいよ私達の家族の一員だね。ダナおばさんもトムおじさんも風太君に会えるのを楽しみにしてるよ。元気に生まれてきてくれてありがとう。」とあった。

私はそれらのメモを読みながら涙で顔がぐしゃぐしゃになってしまった。

ダナはどんな思いで赤ちゃんグッズのお店に入ったんだろう。

その時の彼女にとって、赤ちゃんのお店はきっと一番行きたくない場所だったに違いない。

妊婦さんや赤ちゃん連れのママ達で溢れている店内で、彼女はどんな気持ちでこの洋服やおもちゃを選んでくれたんだろう。

そう思うと、もう声を出してオイオイ泣くしかなかった。

ダナの心はピュアで透き通っている。

誰かにやさしくするために生まれてきたような人。

いつか母親になることをずっと夢見て、何度壁にぶつかっても諦めなかった人。

そのダナが今、念願の母となって赤ちゃんとの新しい生活に胸を躍らせている。

写真の中で双子ちゃんをやさしく抱いているダナは、すっぴんで疲れきった顔をしていた。

でもその顔は、人生最大の大仕事を終えた達成感と幸福感に満ちていた。

がんばったね、ダナ。

不安に怯えながら暮らす日々はもう終わったんだよ。

これからも、違う形の不安はたくさん訪れるかもしれないけれど、

でもあの長くて暗いトンネルを通り抜けたダナとトムなら、きっとどんな事があっても大丈夫。

新しい命。

新しいママ。

心からおめでとう。



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ちょっとおもしろい人

今日は養子縁組や子育てのことじゃないんですが、ちょっとおもしろい人の紹介。

私の今住んでいる地域は、一応都市なのにあまり日本人がいない。

なので日本人の友達もほんの数える程。

アメリカ人の友達や職場の人は、日本人の知り合いができたりすると、気を利かせてすぐに私に紹介してくれようとする。

「日本人同士だからきっと仲良くなれるはず」と思って紹介してくれるのだろうけど、実際はそんなにうまくいかない。

ほとんどの時は、仲良くなれないことの方が多い。

語学留学にきている20代前半の女の子とか、駐在員のダンナさんと一緒に来た若い奥さんとか、やっぱり共通の話題もそんなにないし、次第にお互い連絡をとらなくなってしまう。

そんなケースが多い中、出会ってしまったのが正美さんという女性。

ある日友達のパーティに呼ばれて、ジョンとノッコを連れていくと、正美さんは誰と話すことなく、一人で立ったままビールを飲んでいた。

別に人目を気にせず、グビグビおいしそうにビールを飲むその姿に何か惹かれるものがあって、私から話しかけた。

「日本人の方ですか?」

「あっ、はい。」

「ナンシーとはお友達なんですか?」

「ええ、隣に住んでるんです。」

「そうなんですか。」

それから少しお話をして、こちらに来てもう10年以上になること、近くの病院で看護婦をしていることなどを教えてもらった。

そして話せば話す程、だんだんおもしろい人だということがわかった。

日本では履けるサイズの靴がないからアメリカに来たんだと言っていた正美さんは、足のサイズが26cm。

確かにデカい。

でもその足を更に大きくみせるような皮のブーツを履いて,黒の革ジャンを着ていた。

パンツの裾には銀のボタンが5個。

まるで大きいバイクに乗っているライダーのようだった。

それかエルビス プレスリー。

私の周りでは、アメリカ人でもいないタイプだった。

声が普通の人より1オクターブ高く、歌うように話す正美さん。

とにかく話す事がなんでもおもしろい。

彼女も以前ニューヨークに住んでいたらしく、私達はニューヨークの話でいろいろ盛り上がった。

正美さんは、知り合いのアメリカ人とアパートをシェアーする度にその人と気が合わなくなり、3年間のあいだに7回も引っ越しをしたと言っていた。

そのうちの一人とは、大人とは思えないすごいけんかをしてアパートを追い出されてしまったらしい。

どんなにドアを叩いても部屋に入れてくれないルームメート。

頭にきた正美さんは、2階のアパートなのに壁をよじのぼってベランダから自分の部屋に入ろうとした。

ところが壁にしがみついている所を近所の人に見られて、5分もしないうちに「ピーポー」というパトカーの音。

打たれるんじゃないかと思って心臓が止まるかと思ったそうだ。

ルームメートも出て来て、一緒に事情を説明したので大事に至らなかったらしいけど、私には絶対できないなぁと思った。

そんな正美さんと先日一緒にランチをした。

日本食のレストランに行って、私も正美さんもサバ定食を頼んだ。

日本人のウエイトレスの人がオーダーを取り終わって向こうに行ってしまうと、正美さんは首を傾げながら「あの人どっかで見た事ある気がする」と言った。

「本当?どこでみたんだろうね」

「たぶん最近だったと思うんだけど、よく思い出せないなぁ」

「私もよく行くスーパーのレジの人とガソリンスタンドで会ったとき、“どこかで会った事がある”と思いながらそれが誰なのか思い出せなかったことがあったよ。」

「そうなんだよね。普段は制服とか着てる人と、意外な場所で会ったりすると、どこで会った人なのか思い出せなくなっちゃうんだよね。」

そんな話をしていると、食べ物が運ばれてきた。

正美さんは「そんなにじっと見たら失礼だよ」っていうくらい、そのウエイトレスの人の顔を食い入るように見つめていた。

その後二人でサバ定食を食べながらも、正美さんはどうも気になって仕方がない様子。

「誰かのパーティーで会ったとか。それか、もしかしたら彼女ちょっと有名な人だったりして。」

私が訊くと、

「そうなのかなぁ」

そう言いながら、正美さんは勢いよくサバを食べていた。

そしてそのうち、

「あら、計算間違えちゃった」と拍子抜けに言った。

私が正美さんのプレートをみると、サバはもうなくなってるのに、ご飯が半分も残っていた。

「ちゃんと計算してたのに。魚ばっかり先に食べ過ぎちゃったんだ。ああ、失敗。」

すごく悔しそう。

「まあ、いいや、お茶漬けにするから。」

そう言って、湯のみに入っているお茶をごはんにドボッとかけてそのまま「ズズズー」と喉に流し込んでしまった。

(なんかカッコいいなぁ)

それから二人でしばらく話をしてから、そろそろ行こうかということになり、正美さんが、「お会計お願いします。」と言った。

例のウエイトレスさんが会計をもってやって来ると、正美さんはおもむろに、

「以前どこかでお会いしませんでしたか?」と、まるでナンパのようなセリフを言った。

その女性は首を傾げながら、

「どうでしょう。ちょっと思い出せないんですが。」と言って、お店が忙しいのかそのまま行ってしまった。

その後もしばらく考えていた正美さん。

すると突然何かひらめいたように「思い出した!」と大声で言った。

「正美さん、どこで会ったのか思い出したの?」

「うん。」

「どこ?」

「ここ」

「えっ、ここ?」

「うん、この間このレストランに来た時にここで見たんだ。」

ガックーン。

ドリフのコントだったら、絶対に椅子から落ちてた。

(このオチなのに、おめえさん、それはちょっと引っ張りすぎなんじゃねえんすか?)と思わず突っ込みをいれたくなる。

でもこれだから正美さんとはまたすぐに会いたくなっちゃうんだよね。



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シングルマザーの養子縁組

毎日更新のつもりが、ちょっと間があいてしまいました。

今仕事の方で新しいプロジェクトが入ってしまったので、これからは2−3日に一回更新できればいいかなという感じになってしまうと思います。
でも必ず続けていきますので(じゃないと未だに登場できてない風太がかわいそ過ぎる)今後ともよろしくお願いします。

                            ◇
*これは4年前のお話です。

当時2才のノッコが通っていた保育園の、ノッコがいたお部屋には、3人の先生達がいた。

一人は50代の女性で、頼んだ事は絶対に忘れない、几帳面で頼れるタイプの先生。

一人はもうすぐ60代の女性で、無口だけれどとても温かく、お母さん達の間で一番人気のあった先生。

そしてもう一人は30代の女性で、ノッコのメインの先生。

名前はモリー。

モリーは、ノッコが生後3ヶ月で初めて保育園に来た時からずっと面倒をみてくれていた。

保育園にノッコを預ける前に、先生と親の面談のようなものがあったのだけれど、とにかく私達にとっても初めての保育園体験、どんな先生なのか興味津々だった。

そして面談室に入って来たモリーを見て、私は少し驚いてしまった。

彼女がものすごく太っていたから。

それは「太り気味」とか「ぽっちゃり」とかのレベルではなく、正に「百貫デブ」という感じだった。

このブログには正直な気持ちを書くようにしているので、ヒンシュク覚悟で書いてしまうと、その時私が内心思ったのは「こんなに太っていて大丈夫なのかな?」だった。

だって走り回る子供を追いかけたり、抱き上げてうんちしていないか確認をしたり、一緒にボール遊びをしてあげたり、子育てはとにかく体力が勝負。

それなのに、ちょっと歩いただけで息切れがするような先生にそんな子供相手ができるのかちょっと心配だった。

それにモリーは今まで銀行に勤めていて、保育園の先生になってからまだ一年しか経っていなかった。

しかも独身で子供を育てた経験もない。

そんな私の不安を察したのか、「私は幼児教育の学位を持っていて、、」とモリーは自分の学歴と経験について話始めた。

「とにかく安心して下さい」という思いがモリーの言葉の端々から伝わって来たので、私達もできるだけ安心してノッコをこの先生に預けようと思った。

そしていざ保育園が始まってみると、私の予想に反してモリーはクルクルとよく動くとてもいい先生だということがわかった。

彼女は思った事をわりとズバズバ言うので、自分の子供を侮辱されたようで気を悪くするお母さん達も何人かいたけれど、私はモリーの正直な意見が好きだったし、彼女がユーモアたっぷりに一日の報告をしてくれるのを毎日楽しみにしていた。

モリーにはノッコが養子だということを初日から話してあったのだけれど、そのせいなのか、なんとなく他の担当している赤ちゃんよりも特別に気をかけてくれているような気がしていた。

そして数ヶ月後にそれがなぜなのかわかった。

いつものように私とジョンがノッコを迎えにいくと、モリーは、

「実は私も赤ちゃんを養子に迎えようと思っているの」と打ち明けてくれた。

プライベートのエージェンシーを使った新生児からの養子は費用が高すぎて無理なので、まずFoster Parent(里親)になってから、そのままその赤ちゃんを養子に迎えるという計画を立てていた。

申請書も提出して、今ホームスタディをしているところらしい。

私達がノッコを養子に迎えた時とプロセスが似ていたので、毎日ノッコを迎えに行く度にモリーとアダプションの話で盛り上がった。

そしてなんとモリーは、新しく来る赤ちゃんのために新しい家まで買ってしまった!

今日はこんな書類を提出したとか、今日はこんな部屋の準備が終わったなどと、うれしそうに話すモリーを見ていて(ああ、本当に赤ちゃんがくるのを楽しみにしてるんだなぁ)とその頃よく思った。

そして申し込んでから待つこと約一年半、そんなモリーにいよいよ待望の赤ちゃんがやってきた!

デレックという六ヶ月の男の子。

ノッコの時と同じように、産みのお母さんはドラッグ中毒で無職。

自分では絶対に育てられないので、州に赤ちゃんを取り上げられてそのまま施設に移されてしまったらしい。

デレックの環境がノッコのそれと似ていたので、私も人ごととは思えず、モリーにラザニアの差し入れをしたり、使わない赤ちゃん用品を譲ったりしてできるだけ彼女のサポートをした。

寝不足と急な生活の変化でモリーはヘトヘトのようだったけれど、それでも毎日本当に幸せそうだった。

ある日ノッコを迎えに行くと、他の子供もお母さん達もみんな帰った後、モリーが一人でかたずけをしていた。

またいつもの用にデレックの成長ぶりをいろいろ話してくれた後、モリーが少し恥ずかしそうに、

「実はね私、35才になる今までボーイフレンドがいたことがないのよ。」と言った。

「いままでは、つらかった銀行での仕事を辞めさえすれば自分は幸せになれると思っていたの。でも仕事を変えてみたところで自分の中にあるぽっかり開いた穴はやっぱり埋められなかった。」

「これからずっと自分のためだけに働き続け、自分のためだけに毎晩食事を作って、それを一人で食べていくんだと思ったら、なんだかたまらなく虚しくなっちゃって。」

「モリー、結婚は?」

「結婚はもう、、、諦めてる。」

「そう。それで養子を迎えようと思ったの?」

「ええ。昔から子供は大好きだったから。保育園の子供達と違って、自分の子供を育てるのはやっぱり大変だけど、こんなに自分を頼り切ってくれる存在があることがうれしくて仕方がないの。今はデレックなしの生活は考えられない。」

そう言うモリーの笑顔をみながら、私は久しぶりに養子縁組のパワーを感じた。

「養子を求めている人達」と聞くと私達はつい「不妊治療で苦しんだカップル」を最初に思い浮かべてしまうけれど、世界中には、産めないけれど子供が欲しいと思っているいろんなタイプの人達がいる。

ゲイカップル、トランスジェンダーのカップル、障害者のカップル、そしてモリーのようなシングルの人。

そういう風に、本来は子供が持てない人達、昔だったら子供を持つ事を諦めなければいけなかった人達が、子供を持つすばらしさ,子供を育てる楽しさを知る事ができる。

そしてモリーのように人生の意味を見失いかけていたシングルの人にも生きる目的を与えてくれる。

これは素直にすばらしい事だと思う。

私はモリーの過去についてや、どうしてそんなに太っているのかなど、個人的な事はよく知らなかった。

でも今まで一度も恋愛経験のない、そしてこれからも結婚の予定のない30代半ばの女性が子供を持つ事を望み、そしてそれが叶えられるこの現実はやっぱりすごいなと思わずにいられなかった。

性別に関係なく、年齢に関係なく、そしてそれぞれの事情に関係なく、「子供が欲しい」と思う気持ちは誰でも自由に抱いていいべきもの。

その「叶わないと諦めていた希望」を叶えてくれる養子縁組にはやっぱり足を向けては寝られない。

子供を迎えに来るお母さん達と立ち話をする時、今までモリーはいつも他のお母さん達が話す子供エピソードの聞き役だった。

でもデレックが来てからは、「うちの子もこの間ね、、」などと、顔がすっかり母親になってキラキラしていた。

そんなモリーが眩しくて、私も思わず目を細めてしまった。

よかったね、モリー。



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夫婦の関係が試される時

*これは4年前のお話です。

ノッコがようやく退院してホッとしていたのもつかの間、それから一ヶ月半の間ノッコは風邪だの、中耳炎だの、Pink eyeだの、保育園に戻る度に次から次へと病気を貰ってきては私達を悩ませた。

一ヶ月のうち保育園に行ったのはたった8日間だけという状態だったので、「こんなにしょっちゅう休むのならいっそ保育園をやめさせようか」と真剣に話し合ったほど。

私もジョンも仕事をしていたので、看病のために仕事を休んだり、2−3時間しか寝てないのに仕事に行かなくちゃいけないという日が何日も続いた。

ただでさえノッコの入院で疲れきっていた私達にこれはダブルパンチもので、ジョンも私も、もう毎日へとへとだった。

おかげで家の中の空気は重く、私達二人は口数少なく常にイライラしていて、時には言うことを聞かないノッコに当たったりさえしていた。

そして、

そんな時にジョンが倒れた。

病名はStrep throat (声が出なくなる咽頭炎)

よりによってこんな時に

一番しっかりして欲しい時に

高熱で苦しむジョン。

喉が痛すぎて話す事もできない。

最初ジョンが「なんか具合が悪いみたい」と言ったとき、正直私は心配の気持ちよりも「お願い今はやめて」と思ってしまった。

普段の余裕のある時なら絶対に心配が先にきていたはず。

でも睡眠不足と、仕事が遅れることのストレスにキリキリしていた私には、ノッコ+ジョンの面倒を看ることはとうてい無理のような気がした。

それでも! それでも私はがんばった。

ノッコの世話は、食事からお風呂に入れるのまで全て一人でこなして、その上ジョンの熱でビチョビチョになったシーツを何度も変えたり、ジョン用の食事を別に作ったり。

そんな中で何が一番つらかったかというと、やはり通勤。

私はオフィスまで車で一時間ちょっとかかるので、眠気と闘いながら運転するのが大変大変。

高速で車が知らぬ間に左にそれて、ガッガッガッという眠気防止のガタガタを踏んでから「オット、あぶねえ」とハンドルを右に回したことも数知れず。

気は一生懸命張っていたけれど、身体がもう限界だったんだと思う。

ジョンはそんな私の姿をみて何度も「ごめんね、こんな時に」と誤ってくれた。

その気持ちがわかるので、私もできるだけ「大丈夫」を装って「心配しなくて平気だよ」と言っていた。

こういう大変な時こそお互いの思いやりが大切だもんね。

それが夫婦というものだもん。

そう思いながら身体に鞭を打ってがんばった。

そして、

ジョンがようやく仕事に戻れるようになった頃、

今度は私が倒れた。

病名はStrep throat (声が出なくなる咽頭炎)

もちろんジョンから移されたもの。

そしてジョンは、ベッドで苦しむ私にヒジョーに冷たかった。

確かにジョンの時よりはずっと軽く、声もちゃんと出たけれど、それでも熱があったし、頭痛、身体の痛みもすごかった。

その頃ノッコも熱を出していて、私とジョンはその看病に追われていた。

そこへ私が「なんだか具合が悪いみたい」と言うと、ジョンは心配するどころか露骨に嫌そうな顔をして、「本当?」とだけ言った。

私もこんな時に病気になるのは申し訳ないと思い、がんばって料理や洗濯をしていたけれど、もう立っていられないくらい頭がクラクラした時があって、「ごめん、ちょっと横になってくるわ」と言うと、ジョンは口では「いいよ」と言いながら、ちょっとイライラした感じで「また?」という顔をした。

私が具合が悪かった三日間、結局ジョンから「大丈夫?」という気遣いの言葉は一度もなかった。

こういう大変な時こそお互いの思いやりが大切なのに。

それが夫婦というものなのに。

夫婦が一つになってこの苦境を乗り越えようとしているよりも、その時はなんだか自分がたった一人でそれを乗り越えようとしているような気がした。

そしてその孤独感がたまらなく悲しかった。

だんだん春の気配を感じるようになった4月初旬、私達家族はようやく「病気フリー」になった。

ノッコも元気、ジョンも元気、私も元気だった。

みんな毎晩ぐっすり寝て、毎日楽しく冗談を言いあって、「プレ病気」の頃のいつもの生活に戻った。

私もそれはすごくうれしかったし、病気からの開放感はすばらしものだったけれど、それでも自分の中になにか取り除けないしこりのようなものが存在していた。

それは他でもない、私が病気の時のジョンの態度。

そのことでいつまでも一人で悶々しているのは嫌だったので、折りをみてジョンと話す事にした。

ある日ジョンに「ジョン、話があるんだけど」と言うと、ジョンはまるでいたずらがみつかった犬のように「ビクッ」として、突然オロオロしだした。

それは、私がこの「話があるんだけど」と言うセリフを言うときは、決まってジョンが怒られる話ばかりだったから。

でもジョンは何について怒られるのかはわかっていないようだった。(怒られる事が多すぎたからかな)

「なあに、話って」

「うん、この間私の具合が悪くなった時のことなんだけどさ。」

「うん。」

「ジョンさ、あんまりやさしくなかったよね。なんか露骨に迷惑そうっていうか」

「そうだった?」

(やっぱり自分でも気がついてなかったんだ)

「私はさ、ジョンが病気になった時、「大丈夫?」とか「何か要る?」とか心配して訊いていたのに、ジョンは私ができる事は無理してでもなるべくやって欲しいっていう感じで、「大丈夫?」とか「無理しなくていいよ」とかの言葉を全然かけてくれなかったよね。」

「うん、、、そうだったかな、、」

「あれ、ちょっと悲しかったんだ。特に自分が弱っている時だったから。」

「そうか、、、、ごめんね。」

ジョンは本当に申し訳なさそうだった。

ジョンの名誉のために一応書いておきたいんだけど、ジョンは普段はとてもやさしい。

子供達を買い物に連れて行って、家に帰って来た時に私がソファーでウトウトしていたりすると、そっとまた子供達を連れてコーヒーショップで時間をつぶしてくれたり、私が滅多にしない病気をした時なども、家事と子供の面倒を全て一人でやって、私の看病もしてくれる。

だからこそ今回、まるでジョンが別人になってしまったようで私はちょっと戸惑ってしまったのだ。

「さわこにそんな思いをさせて本当にごめんね。僕あの時本当に余裕がなくて。」

「うん、わかってる。あの時は本当に地獄のような毎日だったから。ジョンに私を気遣う余裕がなかったのもちゃんと理解してる。だけどああいう大変な時だからこそ、お互いにやさしくする事が大切だと思って。」

「うん、そうだね。本当にごめんね。」

ジョンはアメリカ人には珍しく、ごちゃごちゃと言い訳をしない人なので私達の会話はそこで終わった。

でも考えてみれば、私だって結構「察してチャン」になっていて、ジョンの方から私に何かしてくれるのを待っていたような時もあったし、自分がジョンに何かしてあげた時も「ほら、私はこんなにしてあげてる」みたいな態度が丸出しだった時もあった。

だから今考えたら自分もかなーり嫌な奴だったような気がする。

(本当は私もこんな風に偉そうな事言える立場じゃなかったんだよな。)

そう心の中で思った。

それにしても夫婦って本当に難しい。

たとえ「健やかなる時」はうまくいっていても、突然「病める時」が襲って来ると今まで築いた絆がガタガタと崩れてしまう事がある。

でもそうやってガタガタと崩れた絆をまた二人でトントンと釘を打ちながら直していく事も大切だし、それによってより強い関係ができあがっていくんだと思う。

私が言いたい事を「でも!」「だけど!」などと遮ることなくちゃんと聞いてくれて、最後に「ごめんね」と言ってくれたジョンをやっぱりすばらしい人だなと思うし、少なくとも私達にとって今回の「入院+病気の嵐」は、自分たちの関係を見直すいい機会になったと思う。

「養子縁組までの難しい道」、「子供の重い病気」、そして「自分たちの病気」そういうものを通じて私達は少しずつ夫婦になり、家族になっていくんだな。

今回の経験からそれを改めて学んだ気がした。



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育児で一番つらい事 (Part 2)

* これは昨日の記事の続きで、4年前のできごとです。


「集中治療室? どうして?」

「うん、さわこが帰ってから2回も嘔吐したんだよ。それに酸素を吸い込む数値がぐっと低くなっちゃって。もっと多くの酸素を吹き込める器械のある集中治療室に移さないとだめだって。」

「そんなにひどいの? 今ノッコはどんな感じ?」

「んー、あんまりよくない。」

「よくないって?」

「酸素が肺にうまく入っていかない分、それを補うためにすごく荒い呼吸をしてるんだよ。」

「そう。」

「先生が言うには、、」

「何? 先生何て言ったの? ちゃんと全部教えて。」

「うん、こんなに小さい赤ちゃんはそんなに長く荒い呼吸をし続けられないんだって。身体が呼吸をする事に疲れちゃうから。そうすると自分で酸素を肺に取り入れようとするのをやめちゃうんだって。」

「それってノッコが呼吸をするのをやめちゃうって言う事?」

「うん。もしもそうなったら管を通して酸素を器械で送る措置をするって。
でも今はなんとか自分で呼吸してるから様子を見ようって。」

「わかった。私これからすぐそっちに向かうから。」

心臓が壊れるほどドキドキしていたけれど、不思議と涙は出なかった。

それよりはキーンと張りつめた緊張感の方が強かった。

その時は「はやくノッコの顔が見たい」、それしか考えられなかった。

今すぐこの目でノッコが生きている事を確かめたかった。

急いで洋服に着替えて、車を走らせ、ノッコのいる病院に向かった。

治療室に入ると、器械だらけの部屋でぐったりとしたノッコを大事そうに抱いているジョンがいた。

ジョンは泣いていた。

今までにジョンが泣いたのを見たのは、この時と私の姉のお葬式の2回だけだった。

二人で「火垂るの墓」を見た時も泣かなかったジョン。

ポールにノッコを連れて行かれそうになった時でさえ涙は絶対に見せなかった。

そのジョンが今,静かに泣いている。

私が部屋に入って来るのを見るとジョンはとても低い声で、

“Sawako, we might lose her.” と言った。

その一言を聞いた途端、私はその場にしゃがみこんで泣き崩れた。

今までがまんしていた感情がとどめなく溢れ出た。

もう何を考えたらいいのか分からなかった。

自分はその時何をしたらいいのか分からなかった。

そしてそのまま立ち上がり、ジョンの肩を抱いて二人で泣いた。

ジョンに抱かれたノッコを見ると、ノッコは空気を求める魚のように口をポカーンと開けたまま、「はぁはぁ」という弱い呼吸をしていた。

口で呼吸をするというより、体全体で呼吸をしている感じ。

次の瞬間にでもその弱い呼吸は止まってしまいそうだった。

ノッコの身体はあまりにもぐったりしすぎて生気が感じられない。

私の中でその姿は数年前に亡くなった姉の最期と重なった。

ぼんやりする頭。

「はぁはぁ」というかすかな呼吸。

もう何も見えない。

何も聞こえない。

そして次第に弱くなっていく呼吸が、

止まる寸前に言った

「バイバイ、さわちゃん」

という言葉。



それらを思い出して、もう泣く事しかできなかった。

小さなノッコに頬を寄せて(ノッコがんばれ)と祈るしかなかった。

その時の私にはそれ以外にできることは何一つなかった。

                             ◇

次の日もノッコの容態はよくならなかった。

先生は検診に来る度に険しい顔をした。

私はその状況から少しでも逃げ出したくて、誰かに電話しようと思った。

その時一番に思いついたのは、ジョンのお母さんだった。

泣きじゃくる私に、あの優しい声で「大丈夫よ、さわこ。ノッコはよくなるから、きっとよくなるから」と慰めて欲しかった。

そしてジェシカに電話する事も考えた。

私が産みのお母さんだったらきっと知らせて欲しいから。

でも不思議とその時の私には、ジェシカに電話しようという気が起きなかった。

ジョンのお母さんには心配して欲しかったのに、ジェシカには変な心配をかけたくなかった。

その時、こういう所が「家族」と「非家族」の違いなのかなと思ったりした。

ジョンのお母さんに電話をすると、彼女は「いますぐそっちに飛んで行きたい」と言ってくれた。

そしてお義母さんは私が求めていたそのままに、やさしい言葉で私を励まし、慰めてくれた。

私は自分が彼女の娘になったかのように甘え、少しずつ心が楽になっていくのを感じた。

そして「自分のダンナさんのお母さんがこういう人で本当によかった」とその時心から思った。

私の気持ちがいくらか軽くなったのと平行してノッコの容態も少しずつよくなって来た。

だんだん呼吸も落ち着いてきて、水分も取り始め、だんだん遊べるようにもなった。

今回の入院はかなり長引いたので、病室に閉じこもりのノッコは、時々ワゴンに乗って廊下をゴロゴロ走るのを毎日の楽しみにしていた。

ワゴンに乗りながらはしゃぐノッコを見つめる時ほど、この上ない幸せを感じたことはなかった。

ノッコ、

これからどんなに癇癪を起こしてもいい

どんなに夜泣きをしてもいい

最悪のあまのじゃくになってもいい

掃除をしてる所へわざとミルクをこぼしたっていい

ただただ健康で、そしてこうしていつも笑っていて欲しい。

それはその時私が母親として、ノッコに望む全てのことだった。



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育児で一番つらい事 (Part 1)

* これは4年前のお話です。

もうすぐ2歳になる子供の育児の中で一番つらいなと思うもの。

それは何か。

終わる事のない夜泣き?

とても大切にしている物を壊された時?

それとも一生懸命作った離乳食を思いっきり「いやいや」して、床にばらまかれた時?

そしてその汚れた床を雑巾で拭いていると、その上からわざとミルクをこぼされた時?

確かにこれらはみんなつらいけれど、でも私にとって一番つらいなと思うことはやっぱり子供が病気になった時。

それもとっても重いもの。

子供が親孝行をしたいのなら、元気でいてくれることほど私達を喜ばせるものはないと思う。

でも親不孝者のノッコは、2月に入るとまたまた病気をした。

                         ◇

その日私は仕事だったので、ジョンが家でノッコをみていた。

その日のノッコはゼーゼーはしていたけれど、熱はなく機嫌もそんなに悪くなかった。

職場から電話すると、ジョンも心配いらないような事を言っていたので、私はすっかり安心していた。

それでもいつもより早めに仕事から帰宅すると、家のどこにもジョンとノッコの姿がなかった。

ガラーンとした家の中を見回していると、なんだかすごーく嫌な予感がした。

(ノッコに何かあったんだ。)

私達はその頃、一つの携帯を共有して使っていたので、その日はもしもの時のためにジョンに携帯を渡しておいた。

(だから私に電話できなかったんだ、、)

急いで家の電話からジョンが持っている携帯に電話してみた。

そしたら!

リーン,リーンとベッドルームから携帯の音が!

(えっ? 何?)

混乱した頭のままベッドルームに行くと、そこに私達の携帯が置きっぱなしになっていた。

(もう!ジョンは何でこういう時に限って携帯を忘れて行くんだよ!)

早く事情を知りたいのにジョンに連絡をとれないいらだちで、私は持っていた受話器をガチャンと置いた。

でも携帯を忘れていったということは、それくらいジョンも慌てていたっていうことだ。

本当にいったい何があったんだろう。

ジョン、お願いだから早く早く電話して来て!

それからの20分は、私にとって正に生き地獄だった。

シンクに山積みになっているお皿を洗ったり、家の中を少しかたずけたりして気を紛らわそうとしたけれど、全くの効果なし。

目は常にテーブルの上にある電話に釘付けだった。

そしてそれから20分ぐらいすると、ようやく家の電話が鳴った。

「もしもしジョン? 今どこにいるの? ノッコは? もう心配して気が狂いそうだったんだよ。どうしてこういう時に携帯置いてくのよ!」

「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと慌てて出てきたもんだから。実は今ノッコを連れてクリニックに来てるんだ。」

「ノッコどうしたの?」

「うん、最後にさわこと電話で話した後に急にゼーゼーがひどくなって。だから急いでクリニックに連れてきたんだ。」

「それで?」

「RSウィルスだって」

あーーーーーーーーーーーーーーー! それだけは〜 やめてくれ〜!

「RSウィルス? また? 去年もやったばかりじゃない。あれって免疫つかないの?」

「うん、そうらしいね」

「それで今、ノッコはどんな感じ?」

「うん、それがクリニックに来てからなんだか調子がいいんだよ。熱もないし機嫌もいいし。このまま連れて帰ってもいいくらい。」

「本当?」

「でもドクターが念のため一泊だけでも入院させた方がいいんじゃないかって、どう思う?」

先月そう言われて入院した時は、ノッコは次の日すっかり元気になったし、その請求書がまたまたウン十万だったので、私達はちょっと考えてしまった。

「でもお医者さんがそういうなら一応入院させた方がいいかもね」

「僕もそう思う。」

と言うことで、私とジョンはクリニックではなく、小児科病院の受付で会う事にした。

私が病院に着くと、本当にノッコはニコニコして元気そうだった。

なので普通の病室ではなく、入院していた患者が退院する前に様子見のために泊まる大部屋のような所に一泊だけすることになった。

そしてその夜は私がノッコと一緒に泊まることにした。

ノッコの元気な様子から、私は(きっと明日には帰れるだろう)と軽い気持ちでいたけれど、その予想に反してノッコの具合はどんどん悪くなっていった。

夜の検診に着た看護婦さんがドクターと話し合って、ノッコを普通の病室に移す事になった。

病室に入ると、心拍数を計るコードや、酸素呼吸器、そういう見慣れた物が次から次へとノッコの身体に巻き付けられていった。。

そして私が最も恐れていたDeep suctionが帰ってきた。

去年より大きくなっていたノッコは抵抗する力も強く、「ママー」と叫ぶ事ができたので、見ているのが去年よりつらいくらいだった。

(ああ、またあの悪夢のような5日間が始まるんだ)

そう思いながらも知らぬ間にウトウトし、そのうち夜が明けて、次の朝心配したジョンが飛んで来た。

この頃には私もジョンも病院のどこに使い捨てフォークがあるのかを知っているほど、その病院にも、ノッコの入院にも慣れてしまっていたので、あとはこういう治療を続けて、あと何日ぐらいしたらノッコがよくなるというメドも大方つけることができた。

そしてその晩はジョンが病院に泊まることにして、私は一旦家に帰った。

寒くて暗い誰もいない家に一人で帰ってきた時は、なんとも不思議な感じがした。

自分の家なのに自分の家でないような。

それでも前の晩と今日の疲れが出たのか、私は倒れるようにベッドに横になりそのまま眠ってしまった。

すると夜中の1時頃に「リーン」と電話が鳴った。

夜中の電話はいつも不吉な予感を伴って鳴る。

寝ぼけながらも、何かよくない事が起こったんだということは私もうっすらと感じることができた。

急いで電話を取ると、やはりジョンだった。

「どうした? ノッコに何かあったの?」

「うん、、、ごめん、、起こして」

「ジョン、どうした? 何があったの?」

「うん、今、ノッコが集中治療室に移された。」


To be continued……


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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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