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二人のママ

*これは5年前のお話です。

ジョンの両親の所から帰って来て少し落ち着いたら、今度は久しぶりにジェシカと会った。

本当はクリスマス前に会おうと計画していたけれど、ジェシカの都合が悪くなってしまったので、旅行から帰ってから会う事にした。

その日も前回と同じ様に、ジェシカの家の近くのレストランでランチをすることにした。

チャイニーズのお店。

また前回のようにポールがジェシカをレストランの近くまで送って来て、そのまま帰った。

夏に会った時は、濃いお化粧と露出度満点の服でドキッとさせられたけど、今回は赤いシャツにジーンズ、その上に白いジェケットという普通の格好だった。

お化粧もファンデーションだけで、ほとんどスッピン。

ポールとの生活が落ち着いてきて、もうそんなにお化粧する必要がなくなったのかもしれない。

私はこのほうがずっとかわいいと思う。

だけど髪の毛はものすごく派手な赤だった。マネキンみたいなの。

ジェシカはヘアースタイルやヘアーカラーを変えるのが好きらしく、その後もちょこちょこ変えていた。

「ポールとはどう?」私がそう聞くと、

「It’s OK」とだけ答えてその後はあまり話したくなさそうだった。

「毎日ジェシカは何して一日を過ごしてるの?」

「ほとんどインターネットかな」

この頃にはジェシカもEメールやフェイスブックのアカウントを持っていた。

私はフェイスブッックをやっていなかったけど、グランマに無理やり頼まれたジョンはアカウントを持っていた。

ジョンのアカウントを使って以前何度かジェシカのフェイスブックをチェックしたことがあるけど、なんとも不思議な空間だった。

自分で撮った自分の写真ばかり何十枚も載せてあって、ピントがずれたのやら暗すぎてよく見えないようなものばかりだった。

中には「ちょっとその格好はさすがに、、」というようなキワどいものもあったり、ギャンブルゲームの勧誘のようなものもあったり。

毎日こういうギャンブルゲームのようなものをして時間を過ごしているのかも、と思った。

そしてジェシカには友達が誰もいなかった。

私達が唯一のフェイスブックフレンドだった。

“Like” も“comment” も一つもないジェシカの写真がいくつもいくつも並んでいた。

それはジェシカの世界がどんなに狭く、孤独なものかを物語っているようでちょっと切なかった。



ジェシカは、六ヶ月になったノッコを見ると、

「益々私に似て来た〜!」とうれしそうな顔をした。

ノッコはその頃、人の顔を見るとすぐにニコニコするようになっていたので、ジェシカがノッコの顔を覗き込むと、ニコーっととびきりの笑顔をみせた。

「ああ、歯が生えたんだぁ!」とジェシカが叫んだ。

ジョンの両親の家にいる時、突然2本の歯がニョキニョキと生えてきた。

笑うとその歯がちょこっと見えて、とてもかわいかった。

ジェシカもノッコの唇を下げて、その歯をジーッと見ていた。

「本当に大きくなったねぇ」そう言って彼女はノッコを抱いたり、ほっぺをすりよせたりして喜んでいた。

離乳食を自分であげてみたいというので、タッパーに入れた離乳食を渡すと、ジェシカはそれをスプーンですくってノッコの口に運んだ。

ノッコはうれしそうにそれをどんどん食べた。

「お腹すいてたんだねぇ」

“Yummy, yummy” と言いながら離乳食を食べさせるジェシカと、足をバタバタさせながらそれを口に入れるノッコの様子を何枚も写真に収めた。

そしてジェシカは「ノッコへのクリスマスプレゼント」と言って、音楽の鳴るおもちゃをくれた。

一生懸命に選んだのがよくわかったし、すごく丁寧に包装してあった。

きっと懐は厳しいだろうに、気を遣ってくれてありがとう。

こういう物がのちにノッコの宝物となっていくよ。

私達も用意しておいたプレゼントをジェシカに渡してランチを終えた。

食事が終わったあと、「これからどうしようか〜」となって、みんなで近くのモールをぶらつく事にした。

そしてそのモールの中にベイビーザラスがあったので、そこに入って少し買い物をした。

ジェシカはノッコと一緒に赤ちゃん用品を見て回るのがとても楽しそうだった。

ノッコにかわいいドレスをあてたり、ぼうしをかぶせたりして大騒ぎしていた。

ジェシカといて何が一番うれしいかというと、これだった。

私とジョン、そしてグランマ以外にこんなにもノッコを愛してくれる人がいること。

こんなにもノッコとの時間を楽しんでくれる人は世界中を探してもジェシカの他に誰もいない。

母親ならいつでも自分の子供の話をしていたいと思う人は多いはず。

でも自分の子供の話をそんなに喜んで聞いてくれる友人はあまりいないから、みんなちょっと控えているんだと思う。

でもジェシカといる時は全然そんな事を気にしないで、好きなだけノッコの話ができた。

ノッコが初めて寝返りした時の事、よだれがたくさん出て来たこと、爪がすぐのびて顔を引っ掻いちゃう事。そんな些細な事でもジェシカはいつでも興味をもって「うんうん」とうれしそうに聞いてくれた。

ノッコの全てを知りたいと思ってくれた。

母親が二人。

同じ思いで一人の娘を愛している。

ノッコちゃんは幸せだねー。

思わずそうつぶやきたくなった。

そしてノッコがいつか大きくなった時、同じように2倍の愛情を感じ「私って幸せ者だなー」と思ってくれたらいいなと思った。



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ノッコと流産 その3

*これは昨日の記事の続きで5年前のお話です。

ちょっと雑談をしてから急にダナが、「あの、、この前、急に部屋にこもったりしてごめんね」と言った。

「ううん。何かあったのかと心配したんだよ」

「うん、ここにくる飛行機の中でなぜか妊婦さんがたくさん乗っていて、しかも周りは赤ちゃん連れの人ばかりで、見ているのがずっとつらかったの。そこへさわこがノッコにご飯をあげてるのを見ちゃったから、ずっと我慢してたものがブアーと溢れちゃって。」

その時の気持ちを思い出しちゃったのか、ダナの目からまた涙が溢れて来た。

人が泣いているのを見るとすぐにもらい泣きをしてしまう私は、ダナをハグしながら一緒に泣いてしまった。

「でもあれからずっと、ヒック、さわこが気を悪くしてないかどうか気になってて」

「そんなこと、、ヒック、ないよ」

その時、ダナを心配して様子を見にきたジョンの弟がドアを「ガチャ」と開けた。

でも私達二人が泣いているのを見ると、ビックリした感じで「おっと」と言ってそのままドアをしめて行ってしまった。

ジョンの弟のどぎまぎした様子がなんだかおかしくて、その後ダナと二人で笑った。

あー、それにしても鼻水が、、、

なんでこういう時に限ってこの部屋にはテッシュがないんだろう。

ダナも同じ様に鼻をズズーっとやっていた。

「本当は10月にノッコに会いに来てくれた時にも、いろいろ話したかったんだけど、あまり触れて欲しくない話題かなと思って。あの時も本当はノッコをみてつらかったんじゃない?」

「ううん、あの時は本当に楽しい時間をすごせたの。流産してからしばらく時間も経っていたし。もう一度がんばろうって言う気になってたし。でも今回はすごくきつかった。自分の身体に腹が立って。トム(ジョンの弟)にも申し訳なくて。「どうして? どうして?」ってそればっかり。それに次に妊娠した時もまたダメだったらどうしようってすごく不安で。」

私はいつも「妊娠さえすれば」とそれだけを目標に不妊治療をしていたけれど、「抜けられないトンネル」というのは、妊娠するまでも妊娠した後もつきまとうのだということを改めて知った。

「どんなにがんばっても赤ちゃんが来るかどうかわからない」という不確実性は私もダナも同じ様に感じていたんだ。

「私も不妊治療をしていた頃はやっぱりつらかったよ。毎月生理が来る度に絶望的な気持ちになっちゃって。でも今はノッコが来てくれて幸せだと思ってる。」

「うん、私達も養子縁組のことはずっと考えてるんだ。さわこ達を見てると血の繋がりって本当に関係ないんだなと思えるし」

「うん、でもダナはまだ20代だし、養子の事は同時進行で考えていけばいいと思うよ。」

「そうだね。でも今回流産した事で強く感じたことがあるんだ。」

「なあに?」

「うん、トムと結婚してよかったなあって」

「トムはすごくできた人だよね。やさしくて」

やさしいけど気が利かないジョンと違って、トムはやさしい上にとてもマメなダンナさんだった。

“That’s OK” が口癖の、なんでも許してしまう人なので、皆から” スポンジ ” と呼ばれていた。

私からみても本当に理想のダンナさんだと思う。

「うん、彼の慰めや励まし、そしてサポートがなかったら私絶対に壊れてた。」

「そうだよね。私も不妊治療してた時や養子のプロセスを始めた時にジョンとの絆がどんどん強くなっていくのを感じたよ。どんな事でも二人で話し合えたし。夫婦関係がしっかりしていれば、その後のことはどうにでもなるのかなと思ったりした。」

「本当にそうだね」

「ダナとトムの関係はすばらしいものだと思うし、どんな形で赤ちゃんが二人のところに来ても、きっと楽しい家庭を築けると思うよ。」

「ありがとう」

ダナはちょっとすっきりした顔をしていた。

私も今までダナとこんな風にじっくりと話した事がなかったので、こういう機会が持てたことがすごくうれしかった。

そして益々ダナが好きになった。

次の日に別れのハグをした後、車に乗り込んだトムとダナが手をつないでいるのをみて「かわいいなぁ」と思った。

そして飛行場に向かう彼らの車を見送りながら「二人に幸あれ〜」と心の中で何度も叫んだ。


おまけ:ダナは5回の流産を経験したあと、なんと双子を妊娠した。その二人の赤ちゃんは今ダナのお腹の中でスクスクと成長していて4月に誕生予定です。Auntさわこはもう待ちきれませーん!


ダナの双子ちゃん(本人の許可済)

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ノッコと流産 その2

* これは昨日の記事の続きで5年前のお話です。

ジョンのお母さんの話では、ダナは3週間ぐらい前に2回目の流産をしてしまったということだった。

今年の頭に、妊娠したけどすぐ流産してしまったという話は聞いていた。

でも今回の事は全然知らなかった。

私の周りでも最初の赤ちゃんを流産してしまった人が何人かいたので、流産というのは思っている以上によくある事だというのは私も知っていた。

ダナも周りの友達にそう言われてあまり気にしないようにしていたらしいけど、さすがに2回目となるとちょっと捉え方も変わってきて「自分の身体には何か問題があるんじゃないか」と思い始めたらしい。

でもジョンのお母さんもダナと直接そういう話をした訳じゃなく、それらの話はすべてジョンの弟を通じて聞いたものなので、ダナが実際にどう感じているのかは彼女にもわからなかった。

今年の10月に、ジョンの弟とダナはわざわざ飛行機でノッコに会いに来てくれた事があった。その時もダナは全然流産の話を持ち出さなかったので、私もあえて訊かなかった。

それに楽しそうにノッコを抱いたりあやしたりしてくれたので、そんなに落ち込んでいるようにもみえなかった。

今から考えると、かなり無理していたのかもしれない。

私は流産の経験をした事がないので、流産をした人の気持ちがよくわからない。

エリカとの縁組みがダメになってしまった時、友達から”I am sorry for your loss” と書かれたカードやメールをたくさんもらった。

その時「ああ、”loss” なんだなぁ」と思い、まるで流産をしたみたいだなと感じたことがあった。

でも実際に自分のお腹の中に宿った命をなくしてしまうのと、他の女性のお腹の中にいる赤ちゃんが自分のところに来なくなってしまったというのでは、だいぶ違うような気がした。

養子縁組の破談はまだ本当の意味で”gain”していないけれど、流産は間違いなく”gain”した後の ”loss” なんだと思う。

1月にダナが流産した時に、ジョンが「妊娠できるだけでもいいじゃないか。僕たちはそこへさえも辿り着けなかったんだから」と一生懸命励ました事があった。

私もそれは思った。

妊娠する事さえもできなかった私からすれば、すぐに妊娠できることがわかっただけでも羨ましく思えた。これから先の可能性もずっとあるし。

でもそんな事言ってみたところで、悲しみのどん底にいるダナには少しの励ましにもならないのは分かっていたけど。

そんな感覚でいた私だったので、1つ思い違いしていたことがあった。

それは、「流産した女性が見ていて辛いのは、他の妊娠している女性や実子の赤ちゃんを連れているお母さん達だけだろう」という事。

私は自分が不妊治療で辛い思いをしていた頃、やっぱり羨ましかったのは友人の「妊娠」だった。

だから養子縁組をして赤ちゃんを迎えた人達のことは、それほど羨ましいとは思わなかった。

それは自分にもできる事のような気がしていたから。

だからダナもきっと同じように養子縁組をした私とノッコを羨ましいと思うことはまずないし、私達が彼女にとって「見るのが辛い対象」になるなんて微塵も思っていなかった。

でも彼女にとっては、どんな形であれ「赤ちゃんのいる生活」自体が今手に入れたい全てだったのかもしれない。

なかなかダナ達が部屋から出て来ないので、ジョンのお母さんが

「私は流産したことがないからわからないけど、ちょっとダナはオーバーなんじゃない?」と言った。

私が妊娠を諦めて養子縁組の道を選んだ時も、「諦めないで祈りましょう」と言い続けたお義母さん。

妊娠で苦労したことのないジョンのお母さんと、妊娠できなかった私、そして妊娠はしたけど流産してしまったダナ。

不妊に対する受け止め方は皆それぞれなんだなと改めて思った。

ジョンの弟達が部屋にこもって20分ぐらいしてから、目を真っ赤にしたダナがようやくみんなのいるキッチンへ入って来た。

身体全体から「お願い、何も訊かないで」のオーラが出ていたので、みんな「大丈夫?」と訊いただけで、それ以上は何も訊かなかった。

私はその後、このご機嫌で絶好調のノッコをどうしたらいいのかわからなくなってしまった。

変に気を遣うのも不自然だし、かといって「子供がいて幸せ」というのを丸出しにするのもなんだか、、

なんて一人でもじもじしていたけれど、私の心配をよそにダナはノッコにたくさん笑いかけたりあやしたりしてくれた。

本当にいい子だなぁ、ダナは。

赤ちゃんを見るのもつらいだろうに。

ジョンの家族が水入らずだったのはその日だけで、その後は切れる事なく来客があった。

ジョンには何と9人もおじさんやおばさんがいて、ジョンの両親はそのおじさんおばさん達が住んでいる地元に戻って来たので、親戚づきあいが濃厚になった。

毎日違う親戚の人が挨拶がてらノッコに会いに来て、私もその対応に追われて忙しかった。

なので結局ダナとゆっくり話している時間もないまま4日が経ってしまった。

明日はとうとう二人が帰ってしまうという夜に、私が部屋で一人で洗濯物を畳んでいるとダナがノックして入って来た。

(ごめんなさい、長くなるので続きはまた明日!)



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ノッコと流産

毎日一本記事を書く事を目標にしていたのですが、ここ数日ちょっと間があいてしまいました。

風太が風邪をひいた時でもちゃんと書けていたのに、なぜ?

それは単に本を読んでいてとまらなくなってしまったからです。

ジョンが「読んでみなよ」と貸してくれた本。(といってもマンガ)。

それは、全米で知らない人はまずいないだろうという有名な連続殺人事件の犯人、Jeffry Dahmerの子供の頃のお話。




毎日気持ちが「ドヨーン」と沈んでも、それでも読み続けてしまった。

そして読み終わった今、もう気持ちが立ち直れないくらい暗くなっています。

ブログの記事を書くと少しでも気持ちが明るくなれるかなと思い、ようやくコンピューターに向かう事にしました。

それでは、

またまた5年前のお話です。

*     *     *     *     *     *     *
 
ノッコを連れて初めて飛行機に乗った。

クリスマス休暇をジョンの家族と過ごすためにグランマとグランパのお家まで飛行機で行った。

六ヶ月の赤ちゃんを連れて真冬の、しかも一番混んでいる時期に飛行機に乗るのはすごく不安だった。

それにノッコは少し喘息の気があって、風邪をひくとすぐに肺がヒーヒー言いだすので、それもちょっと心配だった。

でも家族と過ごすクリスマスほど ”Priceless”なものはない。

がんばって行く事にした。

飛行機の中でノッコは、「なんか寝てばっかりだね」というくらいずっと寝ていて全然手がかからなかった。起きている時も、あまりグズりもせずおもちゃで楽しそうに遊んでいた。

飛行機が着陸して私がホッとしていると、斜め後ろに座っていた知らない女性が、”You did very well ( がんばったわね)” と言って私の肩をポンと叩いた。

すごくうれしかった。

(ノッコちゃんありがとね。)

ジョンの両親は違う州から今住んでいる所に引っ越したばかりだったので、その年は新しい家でみんなで過ごす初めてのクリスマスだった。

家に着いてみると、、、

ひえーーーー、デカい!

体育館みたい。

真ん中にプールがあって、どの部屋からもそのプールが見えるようになっていた。

キッチンもレストラン並みに大きい。ガスのコンロが6つだよ。

地下にはもう一つ別のキッチンの付いたアパートみたいな部屋があった。

バスルームの数は全部で6つ。

二人で住むために買ったお家なのになぜこんな大きいのを?

八畳の部屋を姉二人とシェアーして育った私には全く理解できない。

「ほら孫が遊びに来た時とか、たくさん走れたほうがいいでしょう」

そんな理由で、、

(これじゃそうじするのも大変だわ)とか(光熱費にもお金がかかるだろうに)などと思いっきり庶民的な事を心配していた私。

お義母さんは「私一人で手が回らなくなったら人を雇うから大丈夫よ」だって。

私も一度は言ってみたいなぁ、そんなセリフ。

でも使い終わったシャンプーの容器に少し水を入れてシャカシャカやってるような自分には当分無理だろうなぁ。

私達が使わせてもらう部屋に荷物をおいて少し休んでから、ノッコを放し飼いにした。

ずっーと飛行機の狭いシートで窮屈な思いをしていたノッコは、リーシュを離たれた犬のように喜び、座ったまま「おしり」を使っていろんな所へ移動していった。

ジョンの妹も数日前に両親のうちに来ていて、ノッコとの再会を喜んでいた。(ジョンの妹は9月にノッコに会いに一度私達の所まで飛行機で来てくれたことがあった)

みんなにちやほやされてうれしそうなノッコ。

思いっきり愛嬌をふりまいてる。

「何かノッコに食べさせた方がいいんじゃないの?」

ジョンのお母さんが訊いた。

私が離乳食を手作りにしていることを知っているお義母さんは、気を利かせて材料になるような食材を買っておいてくれた。

お義母さんも久しぶりに離乳食を作りたいというので一緒に作っていると、ジョンの弟夫婦から電話があって、今空港に着いたのでこれからこちらに向かうという。

「じゃあ、久しぶりに家族みんなでお夕飯が食べられるわね。」

そう言ったお義母さんは本当にうれしそうだった。

その頃私が作っていたノッコの離乳食はもっぱら野菜と果物、お芋のピュレーだった。プラスおかゆ。

それらを氷の入れ物に入れて冷凍庫で保存していた。

食べる時は4キューブぐらいを電子レンジで溶かして、味の違いがわかるように混ぜないでノッコに食べさせた。

ノッコはほうれん草だろうとブロッコリーだろうと、本当になんでもよく食べた。

(それが普通だと思っていた私は、ただいま風太と格闘中!)

ノッコがご飯を食べやすいようにとハイチェアーまで買っておいてくれたお義母さん。

本当に頭が下がります。

ノッコがお腹をすかせてぐずり始めたので、先にごはんをあげることにした。

「今日はノッコちゃんの大好きなさつまいもだよ〜」

一口食べるごとに足をバタバタさせるノッコ。

「おいしい!」を全身で表現してるんだね。

そこへ「ハロー」と言ってジョンの弟と奥さんのダナが入って来た。

私がノッコのスプーンをにぎったまま「ハロー」と言うと、

それを見たダナが急に手で顔を覆って、「ダッ」と奥の部屋へ走って行ってしまった。

そしてその後につづいてジョンの弟も「ダッ」と走っていった。

その場にいた私達はみんなポカーンとあっけにとられてしまった。(口をパクパクさせているノッコ以外は)

「どうしたのかしら」

そう言ってジョンのお母さんが様子を見に行ったけど、

「しばらくそっとしておいて欲しい」と言われて追い返されてしまったらしい。

ダナは泣いていたと言っていた。

「もしかしたら、、、」

そう言ってジョンのお母さんが話してくれたのはダナの最近の流産のことだった。


To be continued……



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ノッコ、正式に我が家の子供となる その2

* これは昨日の記事の続きで5年前の出来事です。

エージェンシーの人とは6月に病院で会ったきりだったので、彼女がノッコを見るのはその時以来だった。

「あらー、大きくなったのねぇ。表情も豊かになって」

そう言ってノッコを抱きかかえながら、目はしっかりとノッコの靴をチェックしていたのを私は見逃さなかった!

(赤ちゃんの靴を気にする裁判官で一体どんな人だろう?)

頭の中でいろいろなタイプの人を想像してみた。

思いっきりゲイの裁判官?

鼻の下で髭がクルンとなっているおじさん?

それともちょっと変態っぽいのかな。

そんな事を考えていると、にこにこしながら裁判官が部屋に入って来た。

「ハロー」

(なーんだぁ)と気抜けがするほどフツーの人だった。

黒いローブをまとった「近所の気のいいおじさん」という感じ。

それぞれ握手をしてから自己紹介が終わると、裁判官は裁判官席に座った。

その法廷はジェシカの公判を聞きに行った所よりずっと小さく、私達の席から裁判官の所までも5メートルぐらいの距離だった。

どうやら今日Finalizeするのは私達だけらしい。私達以外は誰もいなかった。

裁判官が、「それではこれからジョンとさわこ、そしてノッコの養子縁組のFinalization を始めます」と言った途端、私の膝の上にいるノッコが急にぐずり始めた。

(お願いノッコ、ここでグズらないで!)

という私の願いも空しく、ノッコはまさかのギャン泣きを始めた。

「えー、家族というものはですね、、」

裁判官が一生懸命よいお話をして下さっているのに、何を言っているのか全然聞こえない。

というか、これじゃ他の人も聞こえないだろうし、お話をして下さっている裁判官にも申し訳ない。

ジョンも気にしてノッコを抱っこしてくれたけど、それが仇になって泣き声は更にボリュームアップ。

慌てるジョンと私。

それでもなんとかおしゃぶりで泣き止ませる事に成功した。

ホッとして裁判官の方をみると、もうお話はすっかり終わってしまっていた。

裁判官のお話を胸に刻んでおこうと思っていたのにぃ。

「このケースについて何か問題がありますか?」

話し終わった裁判官が私達の弁護士に訊いた。

「いいえ、ありません。」

「このカップルを養親として薦めますか?」

今度はエージェンシーの人に訊いた。

「はい,薦めます。」

「異議を申し立てる者はありますか?」

今度は部屋全体をみまわした。

「では、ここにジョン、さわこ、そしてノッコの養子縁組成立を認可します。」

と言って、裁判官は持っていたこづちを「ターン、ターン」と2回鳴らした。

(無事終わったぁ!)私は心の中でつぶやいた。

裁判官がこづちを叩く様子を見てノッコが「キャッキャ」と笑った。

裁判官はノッコを見ると、両手を前にだして「赤ちゃんを連れて来なさい」というしぐさをした。

裁判官のところにノッコを連れて行くと、彼はノッコを高々と持ち上げて「かわいい女の子だねぇ」と言った。

「名前の意味はあるの?」

「日本語で〇〇という意味です。」

「そりゃいい名前だね」

そう言うとノッコの靴を念入りに調べ始めた。

(ははーん、もしかしてこのためにノッコを抱っこしたかったのかな)

裁判官が靴を見ている間、ちょっとだけ胸がドキドキした。

そして靴を見終わった彼がにっこりして、「かわいいお花の靴だね」と言った。

(あーー、奮発しておいてよかった!)

「ありがとうございます!」

なんだか今日は認定を二つもらったような気がした。

その後、裁判官やエージェンシーの人達と記念撮影をして、最終書類にサインをした。

彼らは何度も私達に「おめでとう!」と言ってくれた。

弁護士が「じゃあ、ノッコちゃんの出生証明書は2ヶ月ぐらいで届くからね」と言うと、エージェンシーの人と一緒に法廷から出て行った。

私達も荷物をまとめて廊下に出ると、そばにいた警備員さんが、

「ちょっと待って!」と私達を呼び止めた。

なぜ人間は別に悪いことをしてないのに、警察や警備員さんに呼び止められるとまず「逃げなきゃ!」と思ってしまうんだろう。

「何か?」

私が訊くと、

「これ今二つもらったから一つその赤ちゃんにあげるよ。」

そう言ってアメリカンイーグルの小さなバッジをノッコにくれた。

「あっ、ありがとうございます!」

そう言ってそのバッジをノッコの服に付けると、それはノッコの胸でキラキラ光った。

まるで一つの節目が終わった事を象徴するかのように 。

これで終わったんだ。

あの宙ぶらりんでドキドキの生活が。

これでノッコは本当に私達の娘なんだ。

もう誰も私達を引き離すことはできない。

私達のノッコ。

私達の愛しいノッコ。

いつかノッコが反抗期にぶつかり、「パパとママの子供なんかになりたくなかったのに!」というような生意気なことを口にするようになっても、

それでも私達は家族だからね。

これから例えどんな事が起こっても、私達はずーっと家族だからね。



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ノッコ、正式に我が家の子供となる

私達の住んでいる州では、赤ちゃんを迎えてから六ヶ月間のソーシャルワーカー訪問が終わると、裁判所に行って養子縁組成立の認可をもらうことができる。いわゆるFinalizationと呼ばれるもの。

裁判官は私達の申請書やソーシャルワーカーのレポート、それからエージェンシーの推薦書などに目を通して、その養子縁組に問題がないと見なした場合は、書類にサインしてくれる。

この裁判官のサインをもらうまでは、法律上では赤ちゃんの親権はエージェンシーが持っている事になっていて、もしも産みのお母さんやお父さんが親権を求めて来た場合、そして縁組みのプロセスの中に法律上適当でないと思われる部分(内緒で多額のお金を産みの両親に渡していたとか)があった場合、養親は赤ちゃんを産みの両親に引き渡さなければならない。

現に以前、私達がとった養子縁組のクラスにも、赤ちゃんを引き取って3ヶ月後に産みのお母さんに赤ちゃんを戻すことになってしまったという人がいた。

でもジョンと私は「ノッコを失うかも」という心配はほとんどしていなかった。

ジェシカの生活は安定しているようだったし、ノッコの産みのお父さんが突然引き取りたいと言って来るとは思えなかったから。

それでも!

それでもやっぱり、このサインをもらうまでは心からリラックスをすることはできなかった。

「失うかも」というより、「早く終わらせたい」というのに近い感じ。

常に「私達がいい家族かどうか」というのをソーシャルワーカーに判断される生活も疲れるものだったし、「手続き」とか「書類記入」とか「訪問」とか、そういうのも全て終わらせて、普通の家族と同じ様に親子水入らずの時間をゆっくりと楽しみたかった。

12月の頭に予定されたFinalization.

家族や友達を呼んでもいいという。

裁判官がサインした後、みんなでワイワイやるのも楽しいかもしれない。

でもジョンと色々相談した結果、結局誰も呼ばず私達だけでやることにした。

その時はなんとなく静かに済ませたいような気がしたから。

そしてジェシカを呼ぶことも考えたけど、それもやっぱりやめた。

これは私達にとってだけハッピーなイベントで、彼女にとっては、永遠に親権を失うことが確定される悲しいイベントかもしれなかったから。

ある日エージェンシーから、当日持って行く物のリストや注意事項が書いてある用紙が届いた。

注意事項を見てみると、、、

1)男性はジャケットとシャツで、ジーンズは不可

2)女性もあまり露出度の高い服は避ける。

3)裁判官が法廷に入ってきた時は起立して待つ。

4)裁判官が話している間は私語を慎み、裁判官の方をみるようにする。

5)赤ちゃんには靴を履かせること。
注:あの裁判官は赤ちゃんの靴フェチなので、靴を履いていないと不機嫌になる。必ず履かせるように。

えーーーーーーーーっ?

赤ちゃん靴フェチ?

なんだそれ?

そのあとエージェンシーの人と話す機会があったので、その事について訊いてみた。

すると彼女は笑いながらも「そうなのよ。あの裁判官はちょっと変わっててね。
必ず法廷で赤ちゃんの靴をチェックするのよ。ちょっとバカらしいと思うかもしれないけど、でも履かせておいてくれる?」

「わかりました。」

その頃ノッコはまだ六ヶ月でハイハイもしてなかったので、靴を履かせた事は一度もなく、そのため靴も一足も持っていなかった。

「こんな一回のためにわざわざ買うのも、、」というケチ根性と「大切なイベントなんだから奮発した方が、、」という思いが葛藤した結果、後者が勝った。

ちょっと高かったけどかわいい靴を購入。(私の靴より高いゾ。)

ノッコに履かせてみると、何か急に「一人前」になったよう。

「ホントだ。赤ちゃんが靴を履くとかわいい!」

よーし、これなら裁判官も気に入るに違いない。

靴以外にもFinalization 用の洋服も着せて、思いっきりおしゃれなノッコができあがった。

ただノッコは頭がハゲだったので、どんなにかわいい服を着せても男の子みたいだったんだけどね。

私もジョンも正装して、いざ裁判所へ。

(ノッコ、裁判官がお話をしている間静かにしてくれるかなぁ)

という心配もあり、ちょっと緊張した私とジョンが裁判所に入ると、ホールでエージェンシーの人と弁護士がすでに私達を待っていた。

To be continued…


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食べられてしまった子供達

物騒なタイトルでスミマセン。

でも本当に食べられてしまった子供はいないのでご安心を。

私の友達に、大学で留学生(英語がネイティブじゃない学生)に英語を教えている人がいて、先日学生にある課題を出したそうだ。

その課題は「自分の国で一番すきなフェスティバル」について2ページの作文を書くこと。

インドの学生はディワリについて書いたり、韓国の学生は秋夕について書いたりした。

彼女のクラスの70%は中国人の学生だったので、彼らのほとんどは中国の旧正月について書いたそうだ。

「これ、その内の一人が書いた作文なんだけど、ちょっと読んでみて」

見せてくれた作文を読んでるうちに「えっ? あれ、あれ?」となって、最後は涙を流して椅子から落ちてしまった。(もちろん笑いすぎて)

なんとその作文の中では、最初の頃使っていた “chicken” という単語が知らぬ間に “children” に変わってしまっていた。しかも手書き。きっとつづりが似ていたからだろうな、、

その一部をここに抜粋します。(注:原文の英語はその学生が書いたままです)

In China, we eat dumplings and chicken on New Year’s day.
(中国ではお正月に餃子とチキンを食べます)

People like to eat chicken.
( 多くの人はチキンを食べるのが好きです)

I also like to eat children.
(私も子供達を食べるのは大好きです。)

There are big children and small children.
(子供達には大きのや小さいのがあります)

I like to eat small children because they are more softer.
(大きい子供よりやわらかいので、私は小さい子供を食べる方が好きです。)

Children have different flavors. Soy source flavor, salt flavor, oyster source flavor.
(また、子供達には色んな味付けがしてあります。醤油味や塩味、オイスターソース味など。)

Soy source flavor children are my favorite.
(私が一番好きなのは醤油味の子供達です。)

ごめんなさい。これ以上は怖すぎて書けませーん!



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ちょっと変わったお医者さん

急に気温が下がって寒くなってきた11月頃、ノッコは頻繁に風邪をひくようになった。

母親からは「ほら言わんこっちゃない。そんな小さいのに保育園なんかに入れるから病気をもらってくるのよ」と怒られた。

「ムッ!」と来たけど、でも彼女の言う事が正しいのも事実。

家でお母さんに育てられている赤ちゃんより、保育園に預けられている赤ちゃんの方が病気になる確率は高いと思う。

ばい菌がいっぱいついた手で触ったおもちゃを別の赤ちゃんが口に入れたりしてるんだもん。

先生方は精一杯病気を防ぐようにがんばってくれていたけど、やっぱりそれにも限界があるし。

ノッコは風邪をひくと必ず高熱を出す赤ちゃんだった。

だからかかりつけのお医者さんにも何度もお世話になった。

そのお医者さんはインド人の男性で、名前をシャー先生といった。

とてもいい人なんだけど、なんというか、ちょっと変わっている人でもあった。

まず私やジョンの言っている事をあまり聞かなかった。

自分の中で「こうに違いない」というのがあるらしく、それに向かって突き進むタイプ。

だから会話があまり成り立たない事も多かった。

例えばノッコの鼻が詰まって苦しそうな時、

「夜鼻が詰まって苦しそうなんですけど、鼻水を吸ってあげた方がいいんでしょうか? セイリン (鼻そうじ用の塩水) はやってるんですけど」と訊くと

「いやいやいや、吸ったりしない方がいい。セイリン知ってますか?あれを数滴垂らしてあげれば大丈夫。薬局で買えるから」

「でもセイリンはもうやってるんです。でもあまり鼻の通りがよくならなくて」

「ああ、セイリンはもうやってるのね。鼻水を吸ってあげた事ある?」

「いえ、ありません。」

「じゃあ、鼻水を吸ってあげて。スポイトで吸えるタイプのものがあるから。」

「はい、、、、」

というまるでコントのような会話ばかり。

最初の頃は「オイオイ、大丈夫なの?」と思っていたけど、診察の結果はいつも間違っていなかったし、急の場合でも電話すると診察時間終了後でも診てくれたりしたので、しばらく先生のお世話になった。

そしてこの先生のおもしろい所は「赤ちゃんの頭の形にやたらとこだわるところ」だった。

それはノッコの一ヶ月検診の時からそうだった。

唐突に、「いつもどちら側に頭を向かせて寝かせていますか?」と訊かれ、

「だいたい右側です」と言うと、

「毎晩寝かす度に右、左と変えなくちゃいけません。そうしないと右側だけぺったんこになっていびつな頭になりますからね」と言われた。

2ヶ月検診の時は、ノッコの寝ハゲを念入りに調べて、

「いつもどちら側に頭を向けておしめを替えていますか?」と訊いてきた。

「おしりを拭きやすいように、左です」というと

「それも毎回右、左と変えないといけない」と言う。

抱っこする時でさえ、いつも同じ顔の向きで抱っこしてはダメだそうだ。

今だったらそんなアドバイスはたぶん無視していたけれど、その頃はパパ、ママ一年生の私とジョン。

言われる通りにいつも、右、左、右、左! とやっていた。

眠りにつく時、いつも右側のほっぺを私の胸にあてていたノッコ。

それも無理やり左側に変えようとすると、ノッコは眠いながらも意地になって右側のほっぺを胸にあてようとがんばっていた。

そのふんばりがなんともかわいかった!

2ヶ月の赤ちゃんにだって、気に入ってるポジションがあるんだよね。

ごめんね、あの頃はおバカなママで。

そのうちノッコは気管支の問題が出てきて、風邪をひくと喘息のような症状を伴ってゼーゼーいうようになってしまった。

これは本当に苦しそうで、見ている方も辛かった。

ゼーゼーが始まるとすぐに先生のところへ連れて行って、気管支を広げる薬を呼吸器から吸う治療をした。

その頻度があまりにも多かったので、とうとう最後にはその機械も購入することに。

「さあ、ノッコちゃん、シューシューの時間だよ」と家で治療できる様になった。

でもある日ノッコの高熱がなかなか下がらない時があって、ジョンが

「これはバクテリアだな。抗生物質を飲まないと治らないぞ」と言った。

急いでいつものクリニックにノッコを連れて行くと、その日に限ってそのシャー先生はいなかった。

代わりにもう一人の女性の先生が診てくれることに。

その先生は「自然治療」を信じている人で、やたらに赤ちゃんに抗生物質を処方しない主義だと言っていた。

「赤ちゃんが熱を出すのは、バクテリアと闘っているからなのよ。だから免疫をつけるためには、やたらと抗生物質を飲まない方がいいの」と説明してくれた。

彼女の言う事にも一理あるので、

「じゃあ、どうすればいいでしょうか」と訊いてみた。

その間ノッコは気が狂ったように泣いていた。その上、ゴホッ、ゴボッ、ゼーゼーと本当に苦しそうだった。

「すみません、熱だけでも今どれくらいあるか測ってもらえませんか?」

ジョンがそう訊くと、

「ああ、そうね」と先生が言って、看護婦を呼んだ。

今は、耳にちょっと入れたり、おでこにスルーと当てるだけ熱が計れる体温計があるのに、その看護婦が持って来たのはなんと戦後のような水銀の体温計!

泣きじゃくるノッコの脇にその体温計を入れて、どんどん水銀が上がっていくのを見ている看護婦。

その横で「あのね、生姜を入れたお茶を飲ますのはいいのよ」と説明する先生。

ノッコの様子を心配しながら先生の話を聞く私達。

「先生、体温が39度まであがりました!」看護婦が叫んだ。

顔が少しこわばったけど、そのまま説明を続ける先生。

「それからね、熱いお風呂に入れてあげるのもいいのよ。」

私達はノッコの様子が気になって先生の話があまり頭に入ってこなかった。

「せっ、先生、40度まで上がりました。このままじゃ危険です。」

今まで自分が説いてきた事をくつがえしたくなさそうな先生。

「OK、わかったわ。抗生物質を出しましょう。」

その後抗生物質を飲んでノッコは元気になった。

「自然治療法」は私達も多いに賛成だけど、あの状態のノッコを見てすぐに「熱を測らなくちゃ」と思わなかった点や、自分の信念を貫くためにちょっと意地になっているようなところはやっぱり医者としていただけないと思った。

あまりコミュニケーションがとれないシャー先生のことも少し不安に感じていたので、私達は思い切ってかかりつけのクリニックを変えてみた。

そしてそれはその後のノッコにとって、生死に関わるほど大切な選択となった。


おまけ:もうすぐ5才になるノッコの頭は、風太がボールと間違って蹴っ飛ばしてしまうほど丸いです。シャー先生、今更だけどありがとう。


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「あらー、ママにそっくりね」について

だんだん季節がよくなってノッコと一緒にお出かけすることが増えてきた頃、ジョンと三人でいると知らない人からいろいろ声をかけられることが多くなった。

だいたいの人は普通に

「あら、かわいいわね〜、いくつ?」という感じで話しかけてくれた。

私が一人でノッコと散歩に行ったりすると、行き過ぎる人達はちょっと「あらっ?」という顔をする時はあるけれど、別に何もいわずただ微笑み合ったり、 ”Hello” と言い合ったりすることが多かった。

でも、「あら、あなたアジア人なのに、なんで子供はブロンドで青い目なの?」と単刀直入に聞いてくる人も時々いた。

そう訊いてくる人はたいてい中国人か韓国人の中年の女性。

自分たちもハーフの子供を産み育てた経験があるので、やっぱり不思議に思うらしい。

そういう時は「ああ、養子なんです」と答えるようにしていた。

すると「ああ、ダンナさんと前の奥さんの子供かと思った」と驚く人もいたりした。

そういう人達は、私が「養子なんですよ」というと必ずその後いろいろな質問をしてきたけれど、私はそういう質問に答えるのは別に嫌いじゃなかった。

他にも「ちょっと不思議に思っているけど、でもそんなに単刀直入に訊けない」という人達は、

「あら〜、大きな青い目ねぇ」と言う事が多かった。

道でちょっとすれ違うような人の時は、ただ ”Thank you” と言って通り過ぎたけど、ノッコの保育園などで言われた場合は、「養子なんです」と答える様にしていた。

そんな中で一番ビックリしてしまったコメントは、

「あらー、ママにそっくりねぇ」だった。

これは言った本人も言われた私も「絶対にありえない」とわかっていたので、
そのセリフが発せられた後、必ず気まずい雰囲気を作り出してしまった。

思うに私達は赤ちゃんを見ると必ず「かわいい〜!」と言ってしまうのと同じ様に、お父さんに似てるとか、お母さんに似てるとかコメントすることも「自然の挨拶」のようになっているのだと思う。

そしてそういう事を言われるのに慣れているお母さんは、「そうですか? よくパパに似てるって言われるんですよ〜。」というようなお決まりの返事をするので、誰も居心地の悪い思いなどせずにその会話は終わることができる。

きっと「お母さんと、お父さんとどちらに似ている?」というような会話は本来楽しいはずのものなんだと思う。

でも私は「ママにそっくりねぇ」と言われると、正直言ってどう返したらいいのかよくわからなかった。

そしてそうやって固まってしまう私を見て、言った本人はたいてい「しまった!」というような顔をした。

その「しまった!」という顔をみて、私もまた「何か言わなければ!」と焦って

「主人にも全然似てないんですよ」などという、更に突き落とすような事を言ってしまうのだった。

お母さんにも似てない、お父さんにも似てない、じゃあそのコメントした人はそのあと一体なんと返せばいいのか、、、

「ああ、、、そうなんですか、、、」

シーン。

「それじゃ、、、また」

と、たいていは逃げる様にレジを済ませて行ってしまうのだった。

どうして「大きな青い目ですね」と言うコメントには何の問題もなく「養子なんです」と応えられるのに、「ママにそっくり」だと戸惑ってしまうんだろう。

心の中で「もしかしたら本当に血がつながっていると思っているのかも」と考えてしまうからかもしれない。

「その期待を裏切っちゃいけない」というような気持ちが働くのかな。

「ただのお決まりのセリフに水を差しちゃいけない」と思っちゃうのかな。

こっちで白人の赤ちゃんを養子に迎えた白人のカップルに訊いてみた事があるけど、彼らは「似てるわねぇ」と言われると、ただ “ Thank you ” としか言わないと言っていた。

でも以前見た日本の番組では、人に「かわいい赤ちゃんね」と言われる度に「養子なんです」と言っているお母さんが出ていた。

養子であることを誇りに思うから、と。

日本では見た目ですぐに養子だと分かるケースは少ないんじゃないかなと思う。

日本で養子を迎えた人達は、知らない人に「ママ/パパにそっくりねぇ」と言われた時、どう返しているのかなとちょっと疑問に思った。

特に子供が、その知らない人とお母さんとの会話を理解できるような年齢になった時どうしているのかな。

適当にごまかす?

「養子なんです」と言う?

どんな感じなのでしょうか。


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グランマから学んだ事

一年の中で一番気持ちのいい10月頭に今度はジョンのお父さんとお母さんが二人で遊びに来てくれた。

ノッコが生まれたばかりの頃、ジョンのお母さんが手伝いに来てくれた時は正直言って「ちょっとキツいなぁ」と思っていたけれど、今回は本当に楽しい時間を過ごす事ができた。

きっとあの時は彼女も初孫で興奮していたし,私も慣れない育児と睡眠不足で余裕がなかったのかもしれない。

でも10月の頃にはもう生活のリズムもできていたし、以前より睡眠もとれるようになったので、ゲストを快く迎えることができた。

ジョンのお父さんとお母さんと私達で毎日いろんな所へ遊びに行った。

公園やハイキング、IKEAやベイビーザラス。

「ジョンの20年後」としか思えない無口でやさしいお義父さんも、初めてノッコと過ごす時間を楽しんでいるようだった。

ノッコのあやし方までジョンとそっくり。

やっぱり親子なんだな〜と思ったりした。

私達が遊びに行った場所の中で特におもしろかったのは「グランマの庭」という植木屋さん。



何百本という樹が売っている以外にも、かわいい植木鉢や手作りグッズ、ハロウィーンが近いので大きなかぼちゃもたくさんあった。

そして一番の魅力は、

汽車ぽっぽ。

小さな池の周りをグルグル回るだけの小さな汽車だけど、四ヶ月のノッコは大はしゃぎだった。

そしてノッコに負けないくらいはしゃいでいたのは、

グランマ。

本当にかわいい人。

ジョンのお母さんという人は、心底子供が好きなんだなぁと思う。

ノッコといるのが楽しくて仕方がないというのが、もう体中から溢れている。

そういう人っていますよね。

自分の子だろうが他人の子だろうが、とにかく赤ちゃんが大好きでかわいくて仕方がないという人。

正直言って私はそういうタイプの人間ではないので、ジョンのお母さんのような温かい人をみると羨ましくなったりする時がある。

そして今回「グランマ(ジョンのお母さん)がいてよかったな」と思う事がいくつかあった。

1)ノッコに ”Honey” “Sweetheart” “I love you” と話しかける頻度が半端じゃない。
  
これは子供にとってとてもうれしい事だろうなぁと思う。例え赤ちゃんはまだ言葉がわからないとしても。
私自身はそんな事言われて育っていないし、そういう事を言うのも「自分らしくない」と思ってしまうのでなかなか言えないんだけど、やっぱりがんばって言った方がいいのかなと思ったりした。

2)ジョンの小さい頃の話がいろいろ聞けた。

これは笑えた。今はこんなに穏やかなジョンも子供の頃はすごい癇癪持ちだったらしい。一度横断歩道を渡っている途中で癇癪を起こし、車にひかれそうになった事があったので、ジョンのお母さんは道を渡りきった後にジョンのおしりをペンペンしたと教えてくれた。お母さんにおしりをペンペンされているジョンを見てみたかったー!

3)ノッコをこの上なく愛してくれる。

実の孫とか養子の孫とか、そんな低レベルの違いなんか吹っ飛んでしまうくらい深い深い愛情を注いでくれる。
ノッコの小さなしぐさ一つ一つを喜び、ノッコに関する話ならどんな話でも興味を持って聞いてくれる。
ノッコといる一分、一秒を楽しもうとしてくれる。
そんなグランマの存在にどんなに感謝してもしきれない。

こんなグランマがいてラッキーだね、ノッコ。

あなたもだよ、さわこ。



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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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