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立ち直るきっかけ

その「意外な人」というのは、他でもない私の母だった。

ずっと母親に電話をするのを避けてたけど、2月初めに母から「その後どうした?」と電話があった。

エリカとの養子縁組がダメだった事を伝えると、まず一声が

「あら、よかったじゃない」だった。

もう、ずっこけちゃう。

お母さんは本当にうれしそうに「そうするのが子供にとっても母親にとっても一番いいのよ」と言った。

「そうだね、また次の縁があるかもしれないし」と言うと

「次もまた黒人なの?」ときた。

本当に無神経というか、人の痛みがわからないというか。

どうしてこのデリカシーのない母親から私のようないい娘が生まれたのかといつも不思議に思う。 
ホント。

お母さんの無神経な言動に飽きれて、なんだか笑いさえ出てくるほどだった。

「もう、お母さんてさぁ、なんかもう、ほんとに、、アハハハハ」と私が笑い出すと、

母親も「何がおかしいのよ、アハハハハ」とつられて笑った。

二人ともなんだか止まらなくなって、お腹が痛くなるほど笑った。

あんまりにもあっけらかんとした母親と話して、かえって気分がすっきりしてしまった。

そして母がふと、

「でもさわこはお腹を痛めて赤ちゃんを産まないんだから、子供が来るまで多少苦労してもそういうもんだと思ってるくらいの方がいいんじゃないの? 欲しいと思い続けていればその内来るわよ。」と言った。

「そうだね。」と言ってその時は電話を切ったけど、しばらくその言葉を反芻していた。

特に最後の「欲しいと思いつづけていれば」というところ。

そしたらしばらく忘れていた思いが蘇って来た。

”赤ちゃんを欲して止まない気持ち”

そうだ、何度も何度も基礎体温が下がっちゃって落ち込んでも、チャン先生に子供は一生できないと言われても、それでも諦めたくなかったのは、この”赤ちゃんを欲して止まない気持ち“ があったからだったんだ。

今、もしも人に「今でも赤ちゃん欲しいの?」って聞かれたら

なんの迷いもなく「うん、欲しい」と答える。

だったらなぜちょっとでも諦めようと思ったりしたんだろう。

赤ちゃんが来る可能性はまだまだたっぷりあるのに。

”赤ちゃんを欲して止まない気持ち” は少しも変わらずそこにあるのに。

そう。

いつか赤ちゃんがきて、その子が少し大きくなった時、

「あのね、〇〇ちゃんがママ達のところに来るまで、それはそれはいろんなことがあったのよ。
 でもねママ、〇〇ちゃんに会えるまで絶対諦めたくなかった。
 〇〇ちゃんがママとパパのところに来てくれるまでどうしても諦めきれなかった。
 そしてあの時諦めなくて本当によかったって、今心からそう思うのよ。」

と話してあげたい。



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破談の後

ある日家に帰ると、家中を埋め尽くしていた赤ちゃん用品が全て屋根裏部屋に移されていた。

ジョンが移したみたいだった。

確かに家に帰る度に、色とりどりの赤ちゃん用品を見るのは私にもつらかった。

(ああ、赤ちゃんが来ないこと、もしかしたらジョンの方が私なんかよりもっと悲しんでるのかもしれない)

気付いてあげられなくてごめんね、ジョン。

それから二人で今後のことについてじっくり話した。

私にとって今回赤ちゃんが来なかったことは、不妊治療でヒリヒリと傷ついた傷口に更に塩をぬられたような感じだった。

不妊治療で何が一番つらかったかというと、赤ちゃんを授かれるのかどうか確信がもてない「確実性のなさ」だったし、養子縁組を選んだのは、待ちさえすれば必ず赤ちゃんがくるという「確実性」だったのに、ここへきてその「確実性」が崩れてしまった事が本当につらかった。

もう、何にすがったらいいのかわからなかった。

エージェンシーはきっとまた別の産みのお母さんを紹介してくれるにちがいない。

でもまた1から関係を築くのはすごくエネルギーが要るし、それにまた産みのお母さんが気持ちを変えて赤ちゃんを自分で育てる事にしちゃったらどうしよう。

もう一度こんな思いをするのは、どうしてもできないような気がした。

時間をかけて築いたもの、心も身体も精一杯入れこんで築いたものが壊れた時、

「じゃあ、次へ」とはどうしてもすぐに思えない。

ジョンは、できればもう一度くらいはトライしてみたいようだった。でも最終的には私が決めていいと言った。

養子縁組を諦めてジョンと二人で暮らしていくか、もう一人産みのお母さんを紹介してもらうか。

ずっとグチグチと悩んでいたけど、その決断をするきっかけになったのは、意外な人からの一言だった。

(いつも思わせぶりな終わり方でごめんよぅ)


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一本の電話

いつものようにオフィスで仕事をしていると、ソーシャルワーカーから電話があった。

「あのね、これから話す事落ち着いて聞いてね。」

「何かあったんですか?」

「今ねエリカから電話があって、さっき赤ちゃんが産まれたんだって。」

「えっ?産まれたって。。でも、帝王切開の予定日は来週じゃ。。。」

「うん、なんか突然陣痛が始まって、急遽予定を変更したらしいの。でもエリカも赤ちゃんも元気だから大丈夫よ。それでね、エリカやっぱり赤ちゃんを自分で育てることにしたんだって。だから今回の養子縁組はなかったことにして欲しいって。」

えっ、 ちょっと待って。何言ってるのかわからない。

「今回は縁がなかったけど、これからきっとまた縁があるからあまり落ち込まない様にね。じゃあね。」

そう言って、ソーシャルワーカーはさっさと電話を切ってしまった。

電話を置いた後、へなへなと椅子に座り込んでしまった。

「赤ちゃんがこない」

「赤ちゃんが私達のところへ来ない」

これが理解できるまで、かなり時間がかかった。

それでもまだ信じらない気分だった。

次に頭に浮かんだのは、

「ジョンに知らせなくちゃ」だった。

その頃私はジョンと同じ大学で教えていたので、急いでジョンのオフィスまで行ってみた。

でもこういう時に限ってジョンはオフィスにいない。

溢れそうな涙を一所懸命こらえてジョンを探した。

「どうしたの?」

ジョンの同僚が聞いてくれた。

「ジョン、どこにいるか知ってますか?」

「ああ、会議室でみんなとオバマのスピーチ聞いてるわよ。」

会議室に行くとジョンがみんなとテレビをみていた。

そして私に気付いて、廊下に出て来てくれた。

「どうしたの?」

「あのね、今電話があって、ううぅ。。エリカの赤ちゃん産まれたんだって。でもね。。エリカね。。自分で育てる事にしたって。ううぅ。ひっく」

子供のようにしゃくりあげてしまった。

ジョンもとっても驚いた顔して、何も言わずギューっとハグしてくれた。

何事かと廊下に出て来た同僚達も、事情を話すと一人ずつ

“I am so sorry.”

と言ってハグしてくれた。

こういう時、ハグの文化っていいなとつくづく思う。どんな言葉よりずっと温かい。


ジョンとそのまま家へ帰って、二人で長い長いお話をした。そして

「エリカは最初から自分の赤ちゃんを養子に出すつもりはなかった」という結論に達した。

そう考えると全てのつじつまがあった。

最初の頃私達を避けていた事。

自分や赤ちゃんについてあまり話そうとしなかった事。

Entrustment Ceremonyをやろうとしなかった事。

そして赤ちゃんが産まれてからの訪問の予定などを積極的に立てようとしなかった事。

ジョンのお母さんはそれを「詐欺」と呼んだ。

赤ちゃんを切に望んでいるカップルの心を利用し、もてあそぶ最低の行為だと。

ジョンのお母さんがどうしてそんな風に感じるのか理解できたけど、それは彼女がエリカと会った事がないからそう思うんだと思った。

ジョンにも私にもエリカに対する「怒り」のような感情は全くなかった。

もしもエリカが最初から私達を騙すつもりだったとしても、それはそれで別にいいとさえ思えた。

私達はただ純粋に「赤ちゃんがこない」という事実が悲しいだけで、それ以外の感情はあまりなかった。

だけど正直に言うと、私の中には「もうエリカと会えない」という悲しさもあった。

エリカは本当に不思議な魅力を持った人だった。

彼女とこれからも連絡を取りながら、彼女の赤ちゃんを育てる事ができたらどんなによかっただろう。

でも結局はこれでよかったのかもしれない。

赤ちゃんは、エリカの愛情のもとで育てられた方がきっといいに決まってる。


だけどエリカもきっと怖かったんだろうな。

話がどんどん本格的になってしまって、もう後戻りできなくて。

私達が赤ちゃんが来るのをどんなに楽しみにしているかを、会う度に思い知らされて。

ああ、今ならすごくよくわかるよ。

最後にギューッとしてくれた長いハグは、エリカの精一杯の「ごめんなさい」だったんだね。



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エリカと過ごす誕生日

「持つべき物は友達だなぁ」と思う事、よくありませんか?

当時私達がエリカの赤ちゃんを養子に迎える事を周りの友達はみんな知っていて、

彼らは例外なく私達を応援してくれていました。

次から次へと

「お古で悪いんだけど。。。」と言いながら子供用品や子供服を届けてくれて、

出産日の3週間前ぐらいには、チャイルドシートやベビーカー、ベビーベットやベビーブランコなど基本的な赤ちゃん用品は全て揃ってしまった。

1セントも払ってないのに、家中は子供の物ばかり!

(もちろん商品券でお礼をしました。一応私も日本人だから、ほら、そういうところはきちんとしないといけないかなと。)

その時みんなからもらった子供用品は、今度は私が誰かにあげる番。

そういうのって何かいいですよね。

さて、それでは引き続き養子縁組の過程のお話です。

*    *    *    *    *    *    *    *

その日はエリカの誕生日だったので、ジョンと3人でレストランにランチに行くことにした。

エリカの行きたいと言ったレストランは、空港の近くにあったので、ドライブがてらそこまで運転して行った。

すごく寒い日だったけど、久しぶりに空はすっきり晴れていて、私達までウキウキしてくる一日だった。

クルマから飛行機が見えた。

そこは食べ放題のお店だったので、朝ご飯を抜いて来たというエリカは、早速食べきれない程の食べ物をお皿によそって、少しずつ食べ始めた。

私達も負けずにたくさんよそった。

食べ物を選ぶ時も、食べている時もエリカはとても幸せそうだった。

そこにはチョコレートの噴水(?) があって、串でさしたイチゴやケーキをそこに突っ込んで食べることができる。

それをほうばっている時のエリカの顔ったら。口の周りにチョコをたくさんつけて、小さい子供のようだった。

エリカがうれしそうにしていると、私まで素直にうれしくなってくる。

ジョンもそうだと言っていた。

その時にエリカが、

「帝王切開になるみたいで、2月の4、5、6日のどれかが出産日になると思う。」と教えてくれた。

実は私は2月の5日に仕事の面接が入っていたんだけど、出産日より大切な日はないもの、もちろんそんなの延期よ。

赤ちゃんが生まれる日は、絶対に病院にいたかった。

「じゃあ、日にちがはっきりしたら教えてね。」

そう言いながら、2週間後には赤ちゃんを抱いている自分を想像してみた。

まだ実感が湧かない。

不思議な気分だった。

お腹がいっぱいになったエリカを乗せて、またボーイフレンドのところまで送って行った。

エリカが家に入ろうとした時、

「これ誕生日プレゼント。ほら、ヒーターがないって言ってたから。室内用の小型ヒーター。あんまりロマンチックじゃなくてごめんね。。。」

エリカが驚いて私の顔をじっとみつめた。

今まで別れる時はいつも社交辞令っぽいハグだったのに、その日はエリカの方からギューっと私にハグをしてくれた。

いつもよりちょっと長いハグ。

とてもとても寒い一月の、ちょっと暖かい一日だった。


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僕たちは赤ちゃんを買おうとしてるんだよ

これから私がここに書くこと、きっと聞きたくないと思う方、賛成できないと言う方たくさんいると思います。

でもできればそういう方にも最後まで読んでもらえたらいいなと思います。

*     *     *     *     *     *     *

ある日郵便受けをみると、知らない養子縁組のエージェンシーのカタログが入っていた。

私達が養子縁組をしようとしてること、どっから聞きつけてくるんだろう。
個人のデータってどんどん漏れちゃってるんだな。

と思いながら封筒を開けてみると、養子縁組の手続きに関する資料が入っていた。
その中に費用の一覧も入っていて、それを見てビックリ。

海外からの養子縁組の費用が国別に出ていて、その下にアメリカ国内の費用もでていた。なんとその費用が、白人の新生児と黒人の新生児でかなり違っていた。
もちろん黒人の赤ちゃんをもらう場合の方がぐっと安い。

「ねえジョン、これ見て、ちょっとひどいよ。」

ジョンも不快感丸出し。

ジョン:「でもある意味現実を反映しているのだから仕方ないかもね。」

私:「でもこれじゃ、まるで私達が赤ちゃんを買おうとしてるみたいな気になっちゃうよね。安売りだから飛びついたみたいな」

ジョン:「そうだよ。僕たちは赤ちゃんを買おうとしているんだよ。僕はずっとそう思ってたよ。」

えっ、そうなの? でもその「買う」っていう言葉、やっぱり抵抗あるなぁ。

ジョン:「じゃあ、なんで僕たちはこんな高いお金を払ってるんだと思う?」

アメリカで国内の新生児の養子縁組をする場合、だいたい200万ぐらいかかる。
海外からもらう場合は300万から400万。
以前書いた様に、少し年齢の大きい子供や障害児を養子にする場合は逆に政府から補助金がでる。

ジョン;「お金を出せば出すほど、自分が望む子供を手に入れられるようになってるよね。だからみんな高いお金出して海外からもらうんじゃない?」

私:「でも私達だってお金を出して無理やりお母さんから赤ちゃんを奪い取ってる訳じゃないし、産みのお母さんだって自分で育てられないから養子にもらってくれる人を探している訳で、ある意味お互い様みたいなところもあるんじゃない?」

ジョン:「考えてごらんよ。もしも本当に産みのお母さんを助けたてあげたいなら、僕たちが養子縁組に使う費用を全て彼女達にあげればいいと思わない?
そしてそのまま経済的なサポートをし続けてあげればいいだよ。
そうすれば、彼女達だって子供を手放す必要もなくなるんだよ。
でも、僕たちはそういうことはしない。僕たちが望んでいるのはそういうことじゃないから。彼女達は貧しいから子供を手放さなくちゃいけない、そして僕たちはお金があるから子供を手に入れることができる。そういうことだと思うよ。」

確かに貧しいカップルが子供ができないからといって、お金のあるカップルから赤ちゃんを養子にもらうというケースはありえない。

貧しいカップルも不妊で子供ができないという状況は私達と同じなのに、養子縁組にかかる費用が払えないために、彼らは養子をもらうという選択肢までも奪われている。彼らは一生、子供をもつという夢をみることができない。

私達は子供が欲しくて、それをお金を出して叶えようとしているだけなのかな。

もちろん産みのお母さんの中には、貧しいという理由だけで子供を養子に出すことを決めた訳じゃない人もいると思う。でも子育てができる環境を整えてあげてもなお子供を養子に出したいという母親がいったいどれだけいるだろうか。

少なくともエリカは、環境が整ったら子供を手放したりしないと思う。

海外から養子をもらうと、産みのお母さんに会わずにいきなり赤ちゃんが来るから、見捨てられたかわいそうな子供を救うという気がしちゃうけど、国内の養子縁組だとエリカのような産みのお母さんの生活を目の前に見る事ができるのがいいと思う。

私達の喜びは、産みのお母さんの悲しみの上に成り立っている、という現実をしっかり見据えることができる。

私はやっぱり「買う」という表現には抵抗があるし、ジョンだって養子縁組の現実を表現したいだけで、本当はそんな風に思っていないことは知ってる。

そして私は、養子縁組のイメージを壊すことを望んでいる訳では絶対にない。

ただ、養子縁組を「美しいこと」だと疑わず、自分達は困っている産みの親とかわいそうな子供を救ったと信じ込んでいるカップルをみると、何かが違うと思わずにいられない。

少なくとも私はエリカと出会って、自分たちのしていることを見つめ直すことができてよかったと思う。

彼女という人間、そして彼女の状況を十分理解した上で、子供を受け取ることができるから。

そしてこの重みを感じながらエリカの赤ちゃんを育てていくことができるから。


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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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