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それはある週末の昼下がりに

* これは一年前のお話です。


もうすぐ2歳になる風太は、走ったりジャンプしたり身体の動きも激しくなり、少しずつだけれど言葉も話せるようになってきて、だんだんただの「物体」から「人間」に変化しているようだった。

ノッコとは性格が異なる風太は始終穏やかでフレンドリーだったし、靴下のつま先やかかとが足にピッタリ合っていないと嫌という几帳面な部分もあった。

そんな一見育てやすそうな風太君だったのだが、

やはり彼にも難点はあった。

それは、

チョーが付く程の

「ガンコ者!」

例えば「出かけるよー」と言ってみんなで一階に下りて行った時など、なぜか風太だけは下におりたくなくて階段の一番上でへそを曲げている。

最初は「ほら、ママが抱っこしてあげるから下におりよう」と甘い声で誘っても絶対に下りてこない。

「それじゃあノッコと一緒に下りておいで」とノッコを使いに出しても、やっぱり下りて来ない。

じゃあと言って無理やり下におろそうとすると、思いっきりジタバタして危ないためそれもできない。

「いいよ、じゃあそこにいて。ママ達だけで出かけちゃうからね。」と言って行く振りをしても全然焦る様子さえない。

ノッコだったらここで必ず「やだー!」と言って走って下りて来るのに、風太は絶対に折れない。

「もしもここで折れたらボクの人生終わり」と言わんばかりの意地の張りようだった。

仕方なく私やジョンが階段の一番上までいって風太の隣に座り、本を読んであげたり、おもちゃで遊んであげたりするとだんだん機嫌がよくなってきて、最後には素直に一緒に階段を下りてくれる。

これに要する時間、20分也。

そしてこの頑固者の風太君がその本領を一番発揮してくれるのが昼寝の時間だった。

もう、

とにかく

寝ない!

「どうしてそんなに眠たくないのー?」とこっちが泣きたくなるほど溢れるエネルギーで、いくら私達が寝かしつけようとしても全く寝ない。

ノッコは生まれた時からとてもよく寝る赤ちゃんで、もうすぐ5歳になるその頃でさえ一日2−3時間は昼寝をしていた。

しかも寝付きが「超」がつくほどいい子だったので、それに慣れていた私達は風太の寝なさに戸惑う、戸惑う。

春先のある日曜日も、そんな風太の「ボク絶対寝ないもん」モードの日だった。

私が「ほら、お昼寝の時間よ」とやさしく促しても、風太は本をペラペラめくったり、おもちゃで遊んだりして私の声を全く無視。

「じゃあ、本読んであげるから」とロッキングチェアーの上に乗せて、前後に揺れながら本を読んであげていると、だんだん眠そうな顔つきになってきた。

そこですかさず子守唄を歌い始めると、少しずつ目がトロトロに、、。

(おお、いい感じ、、、)と私がほくそ笑んでいると、

なぜか

風太は突然

自分で自分のほっぺを「パシ」「パシ」と平手打ちし始めた。

更に絶対に眠りに落ちないようにと自分の髪をひっぱった。

「もうこうなったら命がけ」とばかりに全身全霊で眠気と闘う風太。

前の晩も寝不足でヘトヘトだった私は、

「風太お願いだから、もう頼むよー!」とほとんどすがるような声を出していた。

それでも私のジャケットのジッパーを上げ下げしたり、ロッキングチェアーのクッションのマジックテープをビリビリ剥がしたりしていつまでも遊んでいる風太。

もうやけくそ気味になっていた私は「スクッ」とロッキングチェアーから立ち上がり、風太を抱っこしたまま私達のベッドの方へ移動し、風太をベッドの上に乗せて「おやすみ」と言ってからそのまま立ち去ろうとした。

こんな方法で寝る訳がないんだけれど。

そして「うわーん!」と風太が泣き出すのを待っていると、

意外にも、

そのまま彼は「スーッ」と深い眠りに落ちていった。

(えっ、寝てんの? なんだよー!だったら最初からこうしてればよかったー!)

何が悔しいのか分からないままそう舌打ちをしていると、

(あらっ?)とあるものが私の目にとまった。

それは風太の足にあるキズ跡だった。

その傷は風太がドラッグ治療のために生後一ヶ月入院していた時についたものだった。

その長い地獄のような日々が終わりようやく退院するというとき、看護婦さんが誤って足に付いていたネームタグと一緒に風太の足を切ってしまったのだった。

たくさん血が出たので看護婦さんもちょっと驚いてしまい、二人で慌ててガーゼで止血してからバンドエイドを貼った。

「赤ちゃんだからすぐに傷は消えますよ。」

そう言った彼女の言葉に反して、2年近く経った今でもその傷跡は残ったままだった。

実は風太の本当の名前は「L」で始まる。

そしてその傷跡も「L字」をしていた。

まるで風太のためにわざと付けられたようなその傷跡を見ていたら、しばらく忘れていたあの入院の時の思い出が蘇って来た。

いつも怯えたように身体を震わせていた風太。

本当に頼りなく、そのまま放っておいたら消えてしまいそうだった小さな身体。

でもその小さな身体で精一杯生きようとしていた。

(あの風太がこんなに強く、大きくなったんだ、、、)

私は思わず風太の足を手に取り、その傷跡をなぞってみた。

これから風太がどんなに大きく成長しても、この傷はきっとここに残るんだ。

まるであの病院での時間を忘れないでって訴えかけているかのように。

「そうだね、風太。」

「ママはけして忘れないよ。」

「あの時のあなたの強さ、健気さ、そしてその存在の尊さを、、」

「風太が大きくなっても」

「けして忘れない」





fuutas foot 2
風太のエンブレム



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そのほっぺで殺して


ここで皆さんに写真をお見せできないのが残念だけれど、風太のほっぺはかなーりかわいいものがある。

ノッコも一才半ぐらいまではほっぺがぷよぷよしていたけれど、元々顔の小さい彼女は2才ぐらいからその「ぷよぷよ感」がすっかりとれてしまい、すっきりとした輪郭になってしまった。

けれど風太は二等身で頭はでっかく、顔も真ん丸のため、そのほっぺの存在は大人になっても変わらないんじゃないかと思えるほどだった。

風太と一緒にベッドでゴロンとすると一生懸命ほっぺをすり寄せて来る時や、「ママー、これやって」と言って何かを持って来た時に下を向いたほっぺの感じ、そしてクルマのカーシートの中で寝てしまった時にシートベルトからこぼれ落ちそうなほっぺの柔らかさをみていると、思わず気持ちが「ぽわーん」としてしまう。

そんな風太のほっぺパワーにいつも私はやられっぱなしだった。

以前ノッコに「日本昔話」という本を読んであげたことがあるのだけれど、それ以来ノッコは風太を「こぶとり」と呼んでいる。

それがどんな意味なのか分かりもしないでノッコと笑っている風太を見ると、もうおかしいやら、かわいそうやら。

そんな風太はノッコと同様なぜかひょうきんで、意味もなく笑わせてくれることが多々あった。

例えば、

風太一歳と四ヶ月の頃。

とにかく食べ物を床に落とすのが趣味になっていた風太王子。

それがご飯粒だろうが、パスタだろうが、それらを口に持って行く代わりに彼は全てを床に投げつけていた。

食事の後に私がしゃがみながら「やれやれ」と雑巾でその汚れをふいていると、風太は必ず「ひたひたひた」と近づいて来て、私のセーターを「さっ」とめくりあげては、背中の上にその小さい手を「ぺたっ」と置くのをこの上ない楽しみにしているようだった。

私が「つめたいっ!」などと言おうものなら、「the mission completed」とばかりにおおはしゃぎしてリビングの方へ走って行く。

「あのねー、君の食べ散らかしをママは片付けてあげてるんだけど。」

なんて一人で呟いても、彼の耳には入らないんだなー。

しかしどうして子供の手って、カエルの吸盤みたいにやけに「ペタっ」としてるんでしょうね。なんかいつも湿っぽいというか。

そしてもう一つの例。

風太一歳六ヶ月の頃(注:下ねたです)

私がトイレに入っていると、必ずそーっとドアを開けて少しだけ顔を覗かせては、

「ママ、ダーリーア?(diarrhea: 下痢 )」と訊いてくる。

えっ? どこでそんな言葉覚えたの!

(ちなみに違いますよ、私は、念のため。)

「もう、風太くんさ、ママにそういうこと訊くのやめてね。」って何度も言っておいたのに、やってくれましたよ、ジョンの職場のクリスマスパーティで。

パーティで食事が半分程進んだ頃私はトイレに立ち、トイレから戻って来るとジョンの上司のスピーチが始まっていた。

「うわ、まずっ」と思って急いで席に着いた途端、すかさず風太が

「ママ、ダーリーア?」

(もう、そんなかわいい声で、やめてって言ってるのに!)

みんな絶対に聞こえたはずなのに、誰一人として笑いさえしなかった。

そのやさしさがなんだかよけいに私の「有罪」を証明しているようで悲しかったんだなー。

私は無実なのに!

でも首を傾げながら「ダーリーア?」と訊く風太のその表情がなんともかわいくて、どうしても怒る気になれなかった私。

そんなママ泣かせの風太君もノッコお姉ちゃんのことは大好きでたまらないようだった。

ノッコのすることはなんでも真似したくて、ノッコがはしを使い始めれば「風太も!」

ノッコがジーンズにベルトをすると「風太も!」

この間はノッコと同じようにハローキティのピン留めをして保育園に行きました。

本当に、本当にかわいい時期ですね。

このままもうちょっと今のままでいて欲しいなぁ、と思ってしまう今日この頃です。


Yoga.jpg
ノッコの真似をしてヨガ


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ああ、嫁姑問題!(2)


ダナが双子を妊娠して今度は順調に育っているというニュースを聞いて、頼まれてもいないのに 「悪阻に苦しむダナの手伝いをしにいく」と言って早速飛行機のチケットを買ってしまったお義母さん。

私もノッコが生まれた時にお義母さんに2週間程手伝いに来てもらったことがあるけれど、その時のお義母さんの突っ走りようにはさすがに疲れてしまい、かなーりイライラした経験がある。

なのでダナを手伝いに行った時のお義母さん張り切りようや、ダナのうんざりした様子も手に取るように分かる気がした。

けれど実際は私が想像していたのよりも更にひどかったらしく、お義母さんの滞在中ダナは絶えず彼女につらく当たっていたらしい。

そしてお義母さんが帰る前の日に、トムの提案でちょっとオシャレなレストランに三人で食事に行った時、お義母さんが双子ちゃんのミドルネームについていくつか提案をしたところ、ダナが突然スクッと立ち上がって「ブワーっ」と何か喚き散らしたかと思ったら「だからあなたには人の気持ちがわからないのよ。いつもいつも自分のことばっかり。ねえ、その性格いい加減になおしてよ。お願いだから変わってよ!」と店中に響き渡る大きな声で怒鳴ってからそのまま一人で家に帰ってしまったそうだ。

残されたお義母さんとトムも食事をしないでそのまま店を出たらしい。

けれど家に帰ってもダナは部屋から出て来てくれず、その晩はお義母さんも一人で泣きながら眠りについたと言っていた。

けれど次の日起きてみるとダナはケロッとしていて、まるで昨日のことはすっかり忘れているみたいだったそうだ。そしてその日から今日まで、そのレストランでのことについて彼女から「ごめんなさい」という謝罪は一度もないらしい。

その事があってからお義母さんはひどく落ち込んでしまい、お義父さんの勧めで月1のカウンセリングを受けているそうだ。

「私ね、正直言って今はダナという人を好きだと思えるかどうか自分でも自信がないの。もうあんな思いは二度としたくないのよ。」

私と二人でお茶を飲みながら、お義母さんは寂しそうにそう呟いた。

以前からお話ししているように、私はダナという女性がとても好きだった。

自分が不妊で苦しんでいる時でも、風太のクリスマスプレゼントを買うために赤ちゃんグッズのお店に行ってくれた人。

あのやさしくて控えめな彼女が公共の場でそんな態度をとるなんて、私にはちょっと想像できなかった。

でもお義母さんが全くの噓を言っているとも思えなかったので、自分でも何をどう信じたらいいのかよく分からなかった。

「ねえ、さわこ。私は自分のどこがそんなにダナをイライラさせるのかがよく分からないのよ。さわこは私のどこがいけないと思う?正直に言ってくれていいのよ。」

そう率直に訊いてくるお義母さんに対して、私はどう返事しようかしばらく考えてみた。

普段はとても思慮深いのに、舞い上がってしまうと自分の意見や価値観を押し付けぎみになるお義母さん。

私達が家を買ったときも、まるで自分が家を買ったかのように「ここをこうした方がいい」とか「これは外した方がいい」と一々うるさく、仕舞いには私達に断りもなく自分好みの家具を買ってきてしまった。

そういう所はやはり直した方がいいんじゃないかと思ったので、

「お義母さんは普段はとても思慮深くていつも私達にとって何がいいのかを考えてくれるけれど、私達のことを思うばかりに時々その態度が度を超してしまうことがあると思う。もしかしたらそれがダナの気に障る時があるのかもしれない。だからダナの方からお義母さんに何かお願いをしてくるまで、今はそっとしてあげるのが一番いいと思うよ。今は妊娠中でホルモンのバランスが崩れてるのかもしれないし、それが治ったらまたいつものやさしいダナに戻ると思う。」

私がそう言うと、お義母さんは「そうかしらね」とだけ言って窓の方を向いてしまった。

その時私は心の中で (ああ、人間関係って本当に難しいなぁ)と思った。

私は同じ嫁の(古い言い方でごめんなさい)立場として、また同じく不妊治療を経験したものとしてダナの傷つきやすい気持ちやお義母さんにイライラしてしまう気持ちがよく分かった。

でも今回はさすがにダナも言い過ぎだったと思うし、それによって深く傷ついたお義母さんを可哀想だとも思った。

ダナもお義母さんもそれぞれはとてもいい人で、私は二人とも大好きなのに、なぜこんな風になってしまったんだろう。

ジョンに私はどうしたらいいと思うか訊いてみると、「とにかくどちらの見方にもならずに中立な立場を保った方がいい。」という返事が返ってきた。

「これはダナと僕の母さんの問題だから、変にさわこが間に入って取り持とうとすると却ってややこしいことになってしまうよ。」

ジョンにそう言われて私も考えてしまった。

私と話した時、お義母さんは本当は私からダナに「お義母さんのことをどう思う?」と訊いて欲しいと思っていたようだった。

でも大人のダナは私にお義母さんの悪口を言ったことは一度もないし、常日頃から私と話すときはその話題を避けているようなところがあったので、私の方からわざわざ訊くのも気が引けた。

それにもしもダナからお母さんの悪口を「これでもか」というほど聞いたところで、それをお義母さんに話す訳にもいかないし。

だから結局私が二人のためにできることはほとんどなく、これはダナとお義母さんが解決しなくちゃいけない二人の問題だと割り切ってしばらく様子を見ることにした。

けれど私達やジョンの「仲直りして欲しい」という願いも虚しく、この事件の後どんなにダナやお義母さんがお互いに和解しようと努力しても二人の間にある溝はどんどん大きくなっていく一方だった。

そしてそれは双子ちゃんが生まれたあと最悪なものになってしまい、今ではほとんど修復不可能な状態になってしまった。

けれどそれについては、1年後の今を綴る時にまた詳しく書こうと思います。


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ノッコの異父兄弟に会えるかも?

* これは1年前のお話です。


毎年クリスマス前の12月中旬になると、私達はジェシカと会うのがお決まりになっていた。

なので12月初めのある日、いつものように会う場所と時間を決めようとジェシカに電話してみた。

「もしもしジェシカ、久しぶり」

「ああ、さわこ、久しぶり。元気にしてた?」

「うん、元気だったよ。ジェシカは?」

「うん、あたしも元気よ。もうすぐクリスマスだね。」

「そう、それで今回電話したんだけど、ノッコがジェシカに会えるのをずっと楽しみにしてるんだ。来週の土曜日あたりにランチでもどう?」

「土曜日? いいよ。 私はいつも予定なんて何も入ってないから。」

相変わらずジェシカはあまり家から出ることもなく、毎日コンピューターの前でフェイスブックをチェックしたり、オンラインのゲームをして1日を過ごしているようだった。

「そっか、じゃあ今回どこか行きたい所がある?」

「うーん」

ジェシカはしばらく考えてから

「またあのピザ屋さんに行きたいな。」と言った。

「あのピザ屋」というのは、私達の住んでいる町にしかないチェーンのピザ屋さんのことで、ジェシカはなぜかそこのピザが大好きだった。

「いいよ、じゃあジェシカの所まで迎えに行こうか?」

私がそう訊くと、ジェシカは「ちょっと待って」と言ってから少しポールと話をして、

「大丈夫、ポールも行きたいっていうから彼に運転してもらうことにするわ。」

「わかった。じゃあ、11時頃にレストランで待ち合わせはどう?」

「いいよ。」

そうして会う場所と時間を決めてから少しお互いの近況報告をしていると、突然ジェシカが、

「そう言えば、もう一人一緒に連れて行きたい人がいるんだけど、、」と言った。

「えっ、もう一人? 誰?」

「ノッコのおにいちゃん。」

「えっ? ノッコのお兄ちゃん? マイクと連絡が取れたの?」

マイクというのは、別の養親に引き取られたジェシカの子供の一人。

「ううん、マイクじゃないよ。ジャックのこと。」

「ジャック? あの行方が分からなくなっていたっていう?」

この時点で私は頭が混乱してよく分からなくなってしまった。

ジェシカは久しぶりに連絡を取るといつも決まってこういう爆弾ニュースを落としてくれるから対応に困る。

「そうそう、私の二番目の子供。友達に預けてそのまま離ればなれになっていた。」

「その友達と連絡が取れたの?」

「そうなの。この間フェイスブックで偶然彼女を見つけたの。チャットしようって言ったら返事がきたので、そのまましばらくチャットしたのよ。」

「本当? よかったね。 それでジャックは元気でやってるの?」

「うん、元気みたい。この間ジャックとも電話で話したんだ。私が産みのお母さんだとわかっているらしく、“ママ”って呼んでくれた。」

「あら、そう。ジャックは今いくつなの?」

「もう10才。ジャックにノッコっていう妹がいることも話したんだ。そしたらすぐに会ってみたいって。だから今度のクリスマスの時にジャックも呼べないかなと思って」

「あらそう。私達の方は別にかまわないよ。ノッコにマイクのことは話してあるけどジャックのことはまだ話してないんだ。でも会えたらきっと喜ぶと思う。」

「ほんとう? じゃあ、また友達に電話して訊いてみるよ。」

「そうだね。 もしも彼らも来たいって言ったら教えて。」

「わかった。」

そう言ってその時は電話を切ってたけれど、次の週にジェシカと会うまで彼女から連絡はなかった。

なので結局ジャックのことはどうなったのか私達にはよく分からなかった。

そしてジェシカと会った当日。

私達がレストランに入ろうとすると、後ろから「さわこ!」という声が聞こえた。

振り返るとそこにジェシカとポールが立っていた。

ジェシカ達は11時前にレストランに着いたのだけれど、レストランは11時にならないと開かないので、私達が来るまでクルマの中でずっと待っていたらしい。

「ノッコちゃんも風太君も大きくなったねー」なんて少し話をしているとレストランのドアが開いたのでそのままみんなで中に入った。

ピザをオーダーしてから早速、

「結局ジャックは今日来るになったのかな?」と訊いてみると、

「実はあれから友達と連絡が取れなくなっちゃったんだ。」とジェシカは言った。

どうやら電話番号を変えられてしまったらしい。

「フェイスブックでチャットをしようと申し込んでも、全然応えてくれないし。」

「そうかぁ、それは残念だったね。私もジャックに会えるかもしれないと思って楽しみにしてたんだけど。」

と口では言ってみたけれど、ジェシカから連絡がない時点で私はきっとジャックは来ないんじゃないかなと思っていた。

ジェシカの話によると、彼女の友達とジャックはまだ正式に縁組みの手続きをしていないらしく、法律上は「里親」のままらしい。

だからジャックのお母さんとしては、ジェシカと今交流を持ったりしたら息子を返して欲しいと言われそうで怖いんじゃないかと思った。

ジェシカと会う前にジョンとそんな話をしていたので、私達はきっと今日ジャックと彼のお母さんは来ないだろうと思っていた。

ジェシカはそんな風にジャックと連絡が取れなくなって大丈夫なのかなと気になったけれど、人に裏切られることに慣れている彼女は今回のこともそれほど気にとめている様子もなく、いつものようにノッコを抱っこしてブンブンやったり、おならジョークでノッコを笑わせたり、風太と一緒に追いかけっこをしたりして大いに二人との時間を楽しんでいた。(注:これはモールのプレイグラウンドでです。)

ところで今回のジャックの件で、一つよく分かったことがあった。

それは例えジェシカに4人の子供がいても、彼女がそれぞれの子供に対して持っている愛情はけして同じではないということ。

自分のお腹を痛めて産んだ子供だから、その一人一人を愛しているのは確かだと思う。

けれど離ればなれになってから10年以上も会っていないジャックや、一切連絡のとれないマイクに対してジェシカが持っている想いや執着は、彼女がノッコに対して持っているものとは比べものにならない。

ノッコのことを「reason for my life」と呼ぶジェシカは、もしもジャックのように突然ノッコと連絡が取れなくなってしまったらきっと発狂してしまうと思う。

「親子の絆」というのはただ単に血で繋がっているというだけで自動的に築けるものではなく、やはり一緒の時間を重ねることで少しずつ生まれてくるものなんだなと改めて思った。

                                   ◇

しばらくプレイグラウンドで遊んだあと、プレゼント交換の時間になった。

今回も「二人の子供達へ」と言って風太の分までプレゼントを用意してくれていたジェシカ。

ノッコにはかわいいシャツといくつかのおもちゃ、それから風太には暗闇で光るボールのおもちゃやミニカーをくれた。

うれしそうにそれで遊ぶ子供達を見ながら、

「こうして風太といると、自分が産んだ子供のような気がしてくるから不思議。」

とジェシカは言った。

「ジェシカったら、この間会った時もそれと同じ事言ってたよ。」と私が言うと、

「そうだっけ?」と言って笑った。

私もそんなジェシカを見ていて、「ジェシカが風太の産みのお母さんだったらよかったなぁ」なんて思ったりした。

風太がこれから成長していく上でジェシカを産みのお母さん代わりにしたい時がくるかもしれない。

そんな時ジェシカなら、彼の期待に応えてくれるかもしれないなと思った。

ノッコお姉ちゃんと同じように、自分を愛してくれるもう一人のお母さんがいる。

それは本当の産みのお母さんと会えない風太にとって、きっと唯一の慰めになるのではないかなと思った。

ジェシカ、

いつも変わらないノッコと風太への愛情を

ありがとね。


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震える風太



2012年の夏、私とジョンが縁組みエージェンシーから生まれたばかりの風太を紹介され、彼の健康状態について説明を受けた時、私達は限られた時間の中で一生懸命ドラッグの影響を受けて生まれてきた赤ちゃんについて調べてみた。

その中で私が特に知りたいと思ったのは、ドラッグが持つ知的障害などの長期的な影響についてだった。

だから10才ぐらいの子供を育てているカップルや、すでに成人した子供を持つ親のブログを探してみたけれど、英語で探した限りでは、みつかったのはみんな一才以下の赤ちゃんを育てているカップルのブログばかりだった。

そのほとんどが「普通の赤ちゃんと同じように育っていて、特に健康上、精神面での障害は見られません」と書かれていてとても安心したのを覚えているけれど、それでももう少し大きくなった子供の情報も知りたいなとやはり思った。

なので今日は、もしかしたらそんなカップルがこのブログにぶつかるかもしれない可能性を考えて、1年前から現在までの風太の成長の過程について少し書いてみたいと思う。

去年の今頃、一才半になった風太を思い出してみると、とても元気で大きな赤ちゃんだったなと思う。

冬の病気の時期はやはり鼻づまりからくる中耳炎に何度も何度もなっていたのだけれど、風太はけして泣きはしなかった。

熱も出さなかったので中耳炎になっていたことに全然気付かず、定期的な健康診断に連れて行って初めて「中耳炎になっていますね」と知らされビックリしたことが何度かあった。

小さいのに根性が据わっているというか、ノッコに押されたり引っ張られたりしても風太はあまり泣かなかった。

なので日本で生まれた訳ではないけれど、風太には「君は九州男児だねぇ」などと話しかけたりしていた。

身体と知能の発達も平均より順調なくらいで、発話も「papa, mama, babble, apple, good bye」などの言葉が言えたし、ジムで遊んだり、輪投げのようなブロックを一人で全部積み立てたりできるほどだった。

そして機械系のものを分解するのが大好きで、ラジオや目覚まし時計をいくつも壊した。

一度風太の通っている保育園の先生のモリー(ノッコの先生でもあった人)から苦情が来たことがあった。

「あのー、風太君なんですが、、以前からコンセントの安全カバーを次から次へとはずしてしまうので先生達はかなり困っていたんです。なので一人の先生がもっと高度なカバーを買って来たんですよ。それはフックを解除しないと外せない仕組みになっていて大人でもすぐに外せないのに、風太くんは早速すぐに作業に取りかかったかと思ったら、10分で外してしまったんです。もうこれで私達は他に打つ手がありません。」

そう言ってモリーは笑った。

私とジョンは先生達には「ごめんなさい」と謝りながらも、思っていたよりずっと早い風太の成長ぶりを、心の中で密かに喜んでいた。

そんなふうに順調に成長を続けていた風太だったけれど、ちょうど一才半の頃からちょっと気になる症状が出てきた。

それは身体の震え。

生まれてから一ヶ月入院していた時も、家に連れて帰ってからの数週間も、風太の震えや筋肉のこわばりはまだ多少残っていたけれど、一才ぐらいになるまでにはほどんど気がつかないくらいによくなっていた。

それがちょうど一才半くらいから急にその症状が戻ってきてしまった。

しかも身体が震えるのは決まって夜だけだった。

ノッコと風太は同じ部屋で寝ていたので二人を寝かしつける時は、ジョンが風太を私達のベッドルームで寝かしつけ、私がノッコの部屋で彼女に読み聞かせをするという方法をとっていた。(そしてそれを毎日交代していた)

そして二人がすっかり寝付いた頃に、風太を私達のベッドからノッコの部屋にある彼のベッドに移していた。

この「移動」の時、風太は少しだけ起きてしまうことがあった。目は開けないけれど、自分がどこかに運び出されていることはわかっているような感じ。

その時風太の身体は痙攣したように震えた。

その時間は8秒ぐらい。

風太を私達のベッドから抱きかかえようとすると、ブルブルッと身体が震え、そのあと手と首が「わなわな」という感じで揺れた。

最初にその様子を見た時、私はとても慌ててしまった。

でも風太はその後すぐにまた眠りについて、夜中に何度かチェックしにいったけれど身体が震えていることはなかった。

なのでその晩ジョンと話してしばらく様子をみることにした。

けれどその次の日も、その次の日も風太は同じように夜中に抱き上げられると痙攣を起こしたように震えたのだった。

(もしかしてドラッグの影響なのかな?)とやはり最初に思ってしまったので、すぐにかかりつけのドクターに電話をして相談してみた。

ドクターは「その時の様子をビデオに録画して見せて欲しい」とおっしゃったので、ビデオに撮って見せてみた。

すると、「リズミカルに手や身体を動かしている訳じゃないので、大丈夫だと思います。」とおっしゃった。

「でも神経系の病気とか、脳に問題があるとかではないのでしょうか?」

「私にはそうは見えませんが、しばらく様子をみましょう。」

「分かりました」

そう言ってその日はクリニックを後にした。

けれどその後も風太は時々震えることがあった。

でもそれはいつも10秒も続かず、風太のベッドに移した後はそのままぐっすり朝まで眠った。

それに昼間に震えを起こす事は一度もなかったので、ドクターがおっしゃったように、深い眠りからスーッと目覚めようとすると脳が混乱して一瞬身体が震えるだけなのかもしれない。

世の中にはそういう人がいるらしいし。

でも実はこの震えは1年後の今でも完全に消えた訳ではなく、しかも時々以前より震えがひどい時さえある。

だからやはり専門家に見てもらってちゃんとした検査をした方がいいのかなとジョンと話しているところだ。

例え風太のように順調に成長していて、一見何の問題もなさそうな子供でも、体内にドラックの影響を持って生まれてきた子は、やはりこうした心配事は絶えない場合がある。

もしかしてこの症状はドラッグとは全然関係ないのかもしれない。

でもあるかもしれない。

それは今の私達には分からないけれど、でも「ドラッグの影響かも」と心配しながら生活していかなければいけないこの状況は現実であり、これから風太のような赤ちゃんを養子に迎える事を考えているカップルはやはりそういう点も踏まえて決断をするべきだと思った。

そういうカップル達に対して「やめた方がいい」と言っている訳ではけしてなく、逆にもっと多くの人が風太のような赤ちゃんを受け入れてくれたらいいなと思うけれど、現実は現実として隠さずお知らせした方が彼らにとってもいいと思った。

でも毎日ノッコと走り回る風太を見ていると、根拠のない「きっと大丈夫」という気持ちがあるのも確かなのですが。

究極の癇癪クイーンのノッコ。

そして

身体が震える風太。

色々と心配事や溜め息をついてしまうことも少なくないけれど、それでも二人はやはり私達にとってはかけがえのない存在です。

こちらで明日はサンクスギビング。

ノッコと風太がいるこの生活に、そして二人の横にジョンがいてくれるこの毎日に、

感謝!



Nokko and Fuuta reading 1
風太はノッコが大好き


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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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