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日本帰国を終えて思うこと(反省会)

*これは一年前のお話です。

今回の一ヶ月の日本滞在を終えて反省した点はたくさんあった。

もしもまた日本に子供たちを連れて行くことがあった時のために、ここでちょっと自分なりの反省会をしてみたいと思う。

まず最初の反省は、

「もう二度と一人で子供達を連れて日本に帰らない」ということ。

ジョンが日本に来て私達と合流してからは本当に楽しい時間を送る事ができた。

ノッコも穏やかだったし、私もずっとリラックスして日本滞在を楽しむ事ができた。

子供達がもう少し大きくなったら、また子供達と3人だけで行けるかもしれないけれど、それまでは飛行機を乗るところから絶対にジョンと一緒にしたいと思う。

そして次の反省は、かなーりの準備不足。

何人かの方がコメント欄で指摘してくださったように、両親の家にいる間インターネットを使えなかったのは本当に不便だったので、今後のためにテンポラリーで借りられる携帯などを調べてみたいと思う。

そして今度は必ず日本で車の運転ができるようにしたい。

日本で免許の更新をするのは筆記や実技から全てをやり直さなくちゃいけなかったので今回は諦めてしまったけれど、国際免許という手があるらしいので、そちらもちょっと調べておきたい。

そして次回は何とかして子供たちを保育園に入れられるようにしたい。

今回は情緒不安定のためとてもじゃないけど保育園などに入れられなかったノッコも、同い年の子供たちと遊んだときはやはり楽しそうだったので、最初は嫌がっても無理して保育園に入れてみようかなと思う。長い目でみたら、ノッコにとってもその方が充実した毎日を送れそうな気がするし。

ノッコも風太も私のストレスをそのまま自分のものにしてしまうタイプなので、私がストレスを溜めないというのが一番大切なんだということに今回の滞在で気がついた。

次に日本に帰国するときは、今回よりずっとずっとリラックスした楽しいものにしたいなと思う。

                                  ◇

さて、ようやくアメリカに帰ってきて普段の生活に戻りつつあった私たち。

ノッコと風太が保育園に戻ってしばらくすると、ノッコのプレスクールの先生たちとの面談があった。

この面談では、先生達がノッコの学校での様子や発育の状況を説明して下さる。

日本でのノッコの様子が頭から離れなかった私は、ジョンと話し合って先生にノッコのことを相談してみることに決めた。

もっと具体的に言うと、ノッコに何か障害の可能性があるかどうかを先生たちに訊いてみようと思っていた。

面談の当日。

丸いテーブルを私とジョン、それからノッコの先生達3人が囲んだ。

まず先生は最近のノッコのテスト結果の説明から入った。

4歳になってもまだアルファベットも数字も認識できないノッコのスコアはもちろんとても低いものだったけれど、先生はノッコはがんばっているからそんなに心配しなくても大丈夫だと言ってくださった。

一通り先生達からの報告が終わった後、「何かご両親の方から質問はありませんか?」と訊いてきたので、私は家での癇癪の問題についてちょっと話をして、ノッコは学校ではどんな感じか訊いてみた。

すると先生達は驚いたようにお互いの顔を見つめあってから、

「学校ではそんな問題は全くありませんよ。」と言った。

例えば先日ノッコたちは遠足に行ったのだけれど、その時バスの中で好きなお友達と隣に座れなかったと言って、家に帰ってくるなりノッコはものすごい癇癪を起こした。

その話を先生にすると、

「確かにノッコちゃんはエミリーと座りたいと言っていたけれど、だめだと言ったらそのまま違う子と座ってましたよ。全然怒っている様子もありませんでしたけど、、」と言った。

なので先生たちは、ノッコは学校でいい子にしている分、そのストレスを家に帰って発散しているんじゃないかと言っていた。

そしてそれはノッコの年齢の子供にはよくあることだとも。

そして彼女たちの目からは、特別ノッコに障害があるようには思えないと言っていた。

「でも実は、、、」

ここで私は初めて日本でのノッコの様子を先生たちに話してみた。

ノッコが赤いマーカーで身体全体を塗りたくった話をした時は、思わず声を詰まらせてしまい、ジョンに肩を抱いてもらいながらようやく話を続けた。

私の話をとても驚いた顔で聞いていた先生たちは、始終「あのノッコちゃんが?」という顔をしていた。

でも私が一通り話しを終えると、一番リーダー格の先生が、

「確かに少し極端なケースはあったようですが、私からすると4歳児としては極めて普通の反応だったような気がします。」とおっしゃった。

「そんな知らない人だらけの知らない環境の中に置かれたら、たとえ大人だって混乱してしまいますよ。しかも言葉も通じなくて、お父さんもいなかったんですから。」

そう言ったあと、その先生は私の方をじっと見て、

「ところでお母さん、お母さんは日本に行く前、それから日本にいる間、これからどんなことが起こるかをその都度ちゃんとノッコちゃんに話してあげていましたか?」と訊いてきた。

そう先生に訊かれた時、一瞬「ドキッ」としてしまった。

だって、

私はノッコにそんな話をあまりしてあげていなかったから。

「これから日本に行くよ」とか「日本にいったらおじいちゃんとおばあちゃんに会えるよ」とか「飛行機に乗って行くんだよ」とか、そんなことは何度も話しておいたけれど、実際日本にいったらどんな生活が待っているのかなどについては一切ノッコに話していなかった。

子供だから最初からそんなこと話しても分からないだろうし、日本に着いたらきっと楽しくなるから大丈夫と高を括っていたせいもある。

私が「あまり話してあげていませんでした。」と正直に白状すると、先生は

「大人は往々にして、自分たちの生活の変化について子供たちに話すのを怠ってしまいがちなんです。引越しのこととか、離婚のこととか、子供に兄弟ができることとか。子供だから話してもあんまり分からないだろうって。でもそういう変化について細かく話してあげることは、子供のストレスを和らげる上でとっても大切なことなんです。日本とはどんなところなのか、日本に行ったら英語を話しても周りの人は分かってくれないこととか、周りに遊べるお友達がいないかもしれないとか、一ヶ月したらまたアメリカに戻って保育園に通えることとか、そういうことを話してあげていれば、ノッコちゃんの不安は少しは解消されていたんじゃないかという気がします。」とおっしゃった。

ああ、

もうその通り過ぎて返す言葉もなかった。

今回の旅行で私はノッコが「知らない環境、知らないイベント」に対して人一倍不安を抱く子供だということを学んだ。

だからその「知らない」部分を少しでも減らしてあげることでノッコのストレスも減らすことができていれば、もっと穏やかな日々を送ることができていたかもしれないんだ。

それに思い出してみると、ノッコはいつも自分が想像していたのと違う展開になると癇癪を起こす傾向があったので、あらかじめ「こういうことが起こるよ」というのを話しておいてあげれば、間違った想像をしない分、癇癪も起こさなくて済んだのかもしれなかった。

これは私にとって目から鱗だった。

「学校ではいつも生徒たちに今日どんなことがあるのか必ず説明してあります。だから子供たちも自分たちが何をするのかわかっているし、私たちにとってもその方が仕事がやりやすいんです。これからはどんな小さなことでもノッコちゃんに話しておいてあげて下さい。特にノッコちゃんは不安を溜めやすいタイプのようなので。」と先生がやさしくおっしゃったので、

「はい、分かりました。本当にありがとうございました!」と返事をした。

更に先生は子供の脳の働きについての、ためになる本を何冊か貸してくださった。

もう、

先生は神様!

先生たちがノッコという子供をよく理解し、そして彼女をとてもポジティブにとらえていてくれていることがわかってとてもうれしかった。

先生たちに相談して本当によかった。

心からそう思った。

子育てというのは本当に親だけのものではなく、その子供を囲む全ての人によって行われているんだということを改めて実感した一日だった。

そしてこれからはどんな小さなことでもノッコに話していってあげようと心に決めた。



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二つの 「帰国」

しばらく更新が遅れてしまいました。

例によってまた風太の病気です。

(更新が遅れているときはだいたい風太の病気かなと思っていただければ、ほとんど間違いないです。)

あまりにゼーゼーがよく起こるので、喘息を悪化させないための治療に切り替えました。

これでこの冬を乗り切ってくれればいいのですが、、、

でも今は風太もすっかり元気になって、今晩のTrick or Treatに備えてはりきっています。

それでは一年前のお話です。

                             ◇

私達がアメリカに戻る前の日に、姉が私達と母を食事に連れて行ってくれた。 

それは以前ちょっと書いたしゃぶしゃぶのお店のような個室のあるお店で、料理の内容はお鍋やおつまみ等の居酒屋だった。

そのお店に着くと、もう姉家族と母が先に来ていて私達を待っていた。(父は村の集まりがあったため欠席)

その時の、座布団にちょこんと座っていた母の姿がなんとなくテディベアーのようでおかしかった。

そのお店で人気のあるパリパリ皮の餃子や、タラの入ったお鍋、お刺身などをみんなでお腹いっぱい食べた。

こういう食事をしてしまうと、あのJunk Food大国のアメリカに帰りたくなくなっちゃうんだよなー。

みなさん、

日本食は世界一ですゾー!

姉夫婦とは先日のキッザニアの話をしたり、母とは叔母の話をしたりして時間を過ごした。

私達が両親の家を出てから叔母はひどく風太を恋しがり、何度も上野のホテルに私達を訪ねてみようと母に頼んだそうだ。

でも叔母が押し掛けても私達が迷惑すると思ったので母は連れて行かなかったと言っていた。

(その心遣いありがとう、お母さん)

私達が食事をしている間、子供達も楽しく遊んでいた。

子供って面白いもので、こんなに目の前にごちそうがたくさんあるのに、亜美もカイもノッコもひたすら冷やしうどんばかりを食べていた。

一人が「食べたい!」って言い出すと、みんなが食べたがるんだよね、子供って。


Fuuta touching fish
魚に興奮する風太。 この赤ちゃんの指の感じがね、もうね。


以前はノッコを煙たがっていたカイも今回はずっとやさしくしてくれて、ノッコを抱っこして中庭に出たり、廊下を歩いたりしていた。

そんな子供達を見ていて、

(こんな風にちょくちょく家族と食事ができたらいいなぁ)とぼんやりと思った。

そうやってみんなでワイワイと楽しんでいると、あっという間に数時間が過ぎてしまった。

ジョンと姉の旦那さんはまだまだ一緒にお酒を飲んでいたかったようだけれど、そろそろ子供達の寝る時間なので、私達は帰る支度をした。

明日私達が乗る飛行機は夜の11時に羽田を発つので、「送りにいくよ」と言ってくれた姉や母の見送りは断った。

「じゃあ」と言って姉達は駅の改札まで送ってくれることになった。

上野までの切符を買って、

「じゃあ、色々ありがとうね。近いうちにこっちにも遊びに来てね。」

と私が言うと、途端に姉が泣き出した。

姉は昔から本当に涙もろい。

姉が泣いてしまったので、つられて亜美が泣き出した。

でもさすがカイは男の子。

泣きたいのを一生懸命がまんして鼻をピクピクさせていた。

私も涙で顔がぐちゃぐちゃになってしまった。

こんなに人が多い駅の改札口で、まるでメロドラマのようなお別れ。

でも 「じゃあ、さわちゃん気をつけてね。向こうに着いたらすぐに電話してね」

そう言った母は一人でしっかりしていた。

なぜか分からないけれど、母はこういう時絶対に泣かない。

私達の結婚式で両親への手紙を読んだときも少しも泣かなかった。(ちなみに父はその横で泣き崩れてました)

こういう時、普段はドラマクイーンのノッコも絶対に泣かない。

この時もただ苦い薬を飲んだように、つらそうな顔をしているだけだった。

私達は改札を抜けて、何度も姉や母に手を振りながらホームへ下りて行った。

上野行きの電車に乗ると、ノッコは急に黙り込んでしまい、

そのまま窓から見えるトンネルの黒い壁をいつまでもいつまでも見つめていた。

                              ◇

私は日本に行く時いつも「日本に帰る」と言ってしまう。

もうアメリカに住むようになって20年になるし、私が育った家はもう日本にないのに。

そして日本からアメリカに戻る時もやはり「アメリカに帰る」と言ってしまう。

ここに自分の生活の基盤があるから。

こんな風に「帰れる場所」が二つあるというのはとても素敵ことだなとよく思う。

普段の生活を送っていながら、いつも気にかけている場所があること、会いたいと思う家族がいるっていうのは幸せなことだと思う。

今回日本で久しぶりに家族と過ごせて本当によかった。

日本に滞在したこの一ヶ月、

本当に色々なことがあった。

ノッコを叱りつけたり、一緒に泣いたり。

確かに大変な思いはたくさんしたし、「アメリカに帰りたい」と思ったことも何度もあったけれど、でもこうしてアメリカに戻ってしまうと、不思議と楽しい思い出しか思い出せない。

どうしても嫌いになれない、すぐに恋しくなってしまう日本。

一度離れると、また「早く帰りたい」と思わされてしまう。

不思議だね。

私の生まれ育った国、

またお金が貯まったら子供達を連れて帰るからね。

それまで待っててね。

haneda 2
バイバイ、日本。  (羽田空港にて)



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どうしても言えなかった一言

*これは一年前のお話です。


ようやく気になっていたプレゼンも終わり、長い日本滞在も残り二日となったので、私達は家族水入らずで思いっきり楽しめそうな所へ行く事にした。

候補地はたくさんあったけれど、今回はもうテーマパーク系のところはやめて、お台場の海浜公園に行く事にした。

お台場と言えば、

私が高校生の頃よくお台場公園までドライブした思い出がある。

でもその頃のお台場は本当に何もなく、「走り屋 (だったかな?)」とか呼ばれていた車好きの男の子達がレーシングカーのように車を飛ばして遊んでいたくらいだった。

だから姉にも友人にも「お台場変わったよー!一度行ってみなー。」とよく言われていた。

インターネットで海浜公園までの行き方を調べてホテルを出ようとしたその時、突然電話が鳴った。

出てみると、受付の人が

「お客様にお会いになりたいという方が一階におみえです。」と言った。

(えっー、誰だろう? 誰とも会う約束なんてしてないのに。)

そう思いながら一階まで行ってみると、驚いたことに母となっちゃんがそこに立っていた。

「お母さん、何してんの、こんなところで?」

「ほら、なっちゃんが例のDVDを渡したいって言うから」と母は答えた。

実は数日前に母から電話があり、なっちゃんが先日行ったりんどう湖の写真とビデオをコピーしたディスクを私達に渡したがっていると言っていた。

プレゼンがあったので両親の家まで戻っている時間もないし、かといってなっちゃんにわざわざ東京まで来てもらうのも申し訳ないので、とりあえずそのディスクを母に渡してもらって、後から母にアメリカまで郵送してもらうことで話がまとまった(と私は思っていた)。

ところが母が「上野のホテルまで行けばきっといるから大丈夫。」と言って、なっちゃんをここまで連れて来てしまったらしい。

たまたま私達がいたからよかったものの、もしも出かけた後だったら全くの無駄足になっていたはず。

しかも母は上野駅からこのホテルまでの行き方も忘れていて、二人でさんざん迷いながらここまで来たという。(ちなみに母はホテルの名前までも忘れていた!)

これは余談になるけれど、

母は私達がこのホテルに移ってから毎日のようにホテルに電話をしてきていた。

私達の部屋に直接かけるやり方を何度も教えたのにそれが覚えられずに失敗して、その度に受付に掛け直しては伝言を残していた。

だから私達がホテルに戻るといつも受付の人が、

「あっ、お客様」と言って母からの伝言を渡してくれるのだった。

それも「お母様から電話がありました」というだけの伝言。

なので受付の人に、

「あのー、できればお母様にお部屋の方に直接おかけ下さるようにお伝えいただけると大変助かるのですが、、」

と何度も言われていた。

その都度、母に、

「お母さん、受付の人に迷惑だから部屋に直接かけてって何度も言ってるのに」と文句を言うと、

「かけてみてるんだけれど、内線番号を押すところでわからなくなっちゃうのよ。」と反省の色もなく、次の日また受付にかけてしまうのだった。

そんなこともあって、その日もなっちゃんに迷惑をかけてもお構いなしの母の行動に腹を立てた私は、

「お母さんさ、こうして私達がまだホテルにいたからよかったけど、もしも出掛けた後だったらなっちゃんに無駄足踏ませたことになってたんだよ。電話ぐらいしてから出ればよかったのに。」

ときつい口調で言った。

するとなっちゃんは、

「いいの、いいの、今日は私、渋谷まで足を伸ばす予定だったから、そのついでに寄ってみようと思っただけ。もしも会えなかったら受付に預けていこうと思っていたからいいのよ。」と母をかばうように言った。

それをきいて母も、

「そうそう、そうなのよ。ところでさわちゃん達はこれからどこへ行くの?」

と、いつものように立場が悪くなると話題を変える術を使った。

「うーん、これからお台場まで行こうかと思って出掛けるところだったんだよ。」

「お台場? お台場に何かあるの?」

母がそう聞くので、インターネットで調べた内容を色々説明した。

「なっちゃんは、渋谷に何しにいくの?」

「ああ、渋谷にあまちゃんグッズ(テレビドラマのキャラクター?)が売ってるお店があるから、そこにきーちゃん(母の仮名)と一緒に行ってみようと思って。」と言った。(なっちゃんはこのドラマの大ファンらしい)

こうやってなっちゃんはいつも母をいろんな所に連れ出してくれる。

本当に私なんかよりずっと叔母孝行な姪だといつも思う。

「じゃあ」、と言うことになって、私達は乗り換えの駅まで一緒に行く事にした。

道を歩いている時も、電車に乗っている時も、ノッコは久しぶりに会ったおばあちゃんにベタベタしていた。

そして電車が乗り換えの駅に近づいた時、私はずっと考えていた言葉を言おうかどうしようか迷っていた。

「お母さんも私達と一緒に行く?」

この一言が喉まで出かかっていながら、なかなか口にすることができないでいた。

今日は久しぶりに家族水入らずでのんびり過ごしたかったし、母がいるといつもトンチンカンな行動をとって私をイライラさせるので、正直言って一緒に連れて行くのはためらいがあった。

それに母はなっちゃんと渋谷に行くのを楽しみにしているみたいだし。

でも本当はなっちゃんも一人で渋谷に行きたいのかもしれないし、お母さんも本当は私達と行きたいと思っているのかもしれない。

そんなことを考えながらいつまでも決められないでいると、とうとう乗り換えの駅に着いてしまった。

「それじゃ、さわちゃん、楽しんで来てね。」となっちゃんが言うので、私もつい

「なっちゃんもね。じゃあ、お母さん明日ね」と言って、結局そのまま電車を降りてしまった。

ホームに出てから今降りた電車を見ると、母がふり返ってノッコに手を振っていた。

その顔が、

なんというか、

本当に、本当に、寂しそうだった。

顔は笑っているのに、目がすごく寂しそう。

その時私は、咄嗟に閉まりかけたドアをこじあけて、

「ごめん、お母さん、やっぱり一緒に行こう!」と言いたい衝動にかられた。

でもそんなことできなかった。

できないまま母を乗せた電車は走り出してしまった。

                           ◇


お台場海浜公園はとても楽しかった。


ジョンとノッコは日本で2回目のビーチを楽しみ、

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(注:ノッコは濡れないようにドレスの裾をパンツに入れている)



おいしいものをお腹いっぱい食べたし、

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(注:ノッコは食べ放題のサイドディッシュだったカレーでお腹を満たしてしまった)


帰りはお台場から浅草までフェリーに乗ったりした。

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(注:風太の頭は相変わらず絶壁です)


でも私の中では今朝の母の寂しそうな顔が頭から離れなかった。

連れて来てあげていたらきっと母は喜んだだろう。

DVDを口実にわざわざホテルまで来たのは、本当は私達と一日過ごしたかったからかもしれない。

母は私達があさって帰ってしまうことが急に寂しくなったのかもしれない。

そう思うと、どうして「一緒に行く?」という一言が言えなかったのか、それが悔やまれて仕方がなかった。

日本に来てからさんざんお世話になった母。

いつも自分のことしか考えられない私は,最低の娘かもしれない。

                          ◇

その晩ホテルに戻ってから、やっぱり謝ろうと思い母に電話をしてみた。

「お母さん、今日はあまちゃんのお店どうだったの?」

そう私が訊くと、母は

「それがね、、、」と嬉しそうにその日あった事を色々話してくれた。

「そのお店でねノッコと風太にもちょっとお土産を買ったから、明日食事する時にもっていくからね。」

「うん、ありがとう。、、、」

「お母さんさ、もしかして今日本当は私達と一緒にお台場に行きたかった? ごめんね、一緒に行きたいか訊きもしないで。」

「あら、いいのよ。ずっと前からなっちゃんとあまちゃんのお店に行こうって話してたし、お台場なんて行ってもお母さんの好きな物があるか分からなかったし。」

「そっか、、、ならいいんだけど、、」

そう言った時に、なぜか涙が込み上げてきて、私は声をつまらせてしまった。

「なに、さわちゃん、泣いてるの?」

「うん、、、悪かったなと、、、思って、、、」

「何よ、そんなことぐらいで。お母さん全然気にしてないってば」

「うん、、、、」

「なあに、急に、変な子ね」

そう言って母は、電話口の向こうで笑った。




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こんな時に、なぜこんな展開に ? (2)

* これは昨日の記事の続きで、一年前のお話です。


バスは会場の目の前で停まったので、私はそこから降りて急いで辺り一面を見渡した。

小さなお弁当屋さんがひとつ。

中華レストランが一軒。

ホームセンターのような建物が一つ。

それしかなかった。

コンビニって、どこにでもあるから「コンビニ」っていうんじゃないの?

駅前にも、会場の周辺にもないコンビニって、「コンビニ」って呼べないんじゃないの?

こんなに私があなたを一番必要としている時に!

仕方ないのでこの辺で一番近くにあるコンビニを訊いて、そこまで歩く事にした。

本当はランチを兼ねた打ち合わせがあったのだけれど、それは顔合わせのようなものなので別に出席してもしなくてもいいと言われていた。

なので接着剤を優先する事にして、その打ち合わせには少し遅れて出席する事に決めた。

まずそのことを担当者の人に伝えなくちゃと思い公衆電話を探してみたけれど、これがコンビニを探すよりも難しい!

今どき携帯を持っていない人なんて本当にどこにもいないんだろうな。

会場になっているビルの受付で、

「この辺に公衆電話はありませんか?」と訊くと、

「あることにはあるんですが、ここからですとちょっと分かりにくいかもしれません。」

と言われてしまった。

それでも行き方を教えてもらっていると、そばにいた女性が、

「私が案内しましょうか?」

と言って私を公衆電話のあるところまで案内しれくれることになった。

「わざわざご親切にすみません。」

と頭を下げていると、

「今どき携帯をお持ちでないなんて珍しいですね。」とやはり言われてしまった。

それからしばらく世間話をしながら歩いていると、

「その足、どうかなさったんですか?」

と訊いてきた。

靴の底が剥がれてしまったことを説明しながらその靴を見せた時、靴の剥がれた部分が少しすり減っていたことに気がついた。

すると彼女は、

「それはもう接着剤でもくっつかないかもしれませんね。いっそのこと全部剥がしてしまったらいかがですか。」

と言ったので、私もそうだなと思い、思い切ってそのヒールの部分を「ビリっ」と剥がしてしまった。

(もうこうなったら接着剤を探すんじゃなくて、新しい靴を探すしかないな)と考えながら、高さの違う右左の靴を引きずってその女性について行った。

そのあとすぐに公衆電話が見つかったのでその女性にお礼を言った後、担当者の人に電話をして事情を説明した。

すると、

「実は打ち合わせにちょっと大切な方が加わる事になったので、さわこさんにも是非紹介したかったんですが。」

と言われてしまった。

その人は確かに今後のネットワーク作りのためには、顔を合わせておいた方がいい人物だった。

次に自分がいつ日本に来れるか分からないし、、、

(よし、仕方がない、行くか。靴のことはみんなと顔合わせをした時に説明すればいいや)

そう決心して、打ち合わせのメンバーが集まっているレストランに向かって歩き始めた。

その途端、

「バリッ!」

と、どこかで訊いた事のある音がした。

そう、

もう片方の靴もやられたのだ。

私は「あちゃー」という顔をして、その姿勢のまましばらく動けなかった。

もうすでに片方のヒール部分が取れてしまっている今では、もう片方のヒールを引きずりながら例の「パタコン」をやる必要性は全くない。

私は迷わずもう片方の靴を手に取り、さっきと同じようにその靴のヒール部分も思いっきり「ビリっ」とひっぺがした。

両方ともヒールを剥がされたぺったんこの靴。

とりあえず左右の高さは同じになった。

そのまま歩き出してみると、

その履き心地は、正に

「トイレのスリッパ!」

周りを歩く人達もまるで私に

「おめえさん、それは ”わらじ” ってもんですかい?」と訊いているよう。

しかもしばらく歩いていくと、後ろから

「ママ見て、 雪!」

というかわいい女の子の声が。

慌てて振り返ってみると、発泡スチロールの粉のようなものが、グレイのカーペットの上に広がっていた。

そしてご想像の通り、その「雪」は私の靴から発生しているものだった。

どうもヒール部分に詰め込んであった白いプラスチックが、私が歩く度にカーペットと擦れて粉状になり、それが靴からこぼれ出ていたらしい。

その部分はどんなに手で靴から引き剥がそうとしても無理だった。

もうこうなったら諦めるしかない。

私はすっかり開き直って、その粉の出るトイレのスリッパを履いたままそのあと大切なお客さんとランチをし、そのまま何十人もいる人の前でプレゼンをした。

私がパワーポイントを指差しながら行ったり来たりしたステージは、ほとんど真っ白になっていたけれど、もう気にしない。(お掃除の方ごめんなさい!)

準備不足のためボロボロだった質疑応答も終わり、

「さわこさんもこの後、一緒にお食事でもいかがですか?」というやさしいお誘いも断り、

私はそのスリッパを履いたまま、真っすぐホテルに戻ることにした。

そして帰りの電車はもちろん渋滞。

ホームでも電車の中でも思いっきり粉を吹き出してくれた私の靴は、周りの人から大ヒンシュクだった。

そして上野駅に着いた頃には、形のずれた靴を履いていたせいか足がパンパンに腫れてしまい、もう歩けないくらい痛かった。

ようやくジョンと子供達の待つホテルに着くと、私は

「ただいまー」

という挨拶よりも先に、

まずその靴をゴミ箱に捨てた。

そして、

「今夜はお姉ちゃんに靴のお礼の電話をしないと」

と呟いた。



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こんな時に、なぜこんな展開に? (1)

* これは一年前のお話です。


私が日本に帰る時は、いつも姉から着なくなった服をたくさんもらった。

姉は美容師という職業上、見た目にはいつも気を使っていて、服や靴も私の3倍以上持っている。

でも住んでいるマンションの収納スペースが狭いため、もう着なくなった服の処理にいつも困っていた。

「こうやってさわちゃんがもらってくれると助かるわ。」

そう言いながら、いつもいらなくなった自分の服や子供達の古着を箱一杯に詰めてくれた。

今回帰った時も例外ではなく、私が姉のところに泊まっていた間、彼女はいつものように私の髪を切り、ストレートパーマをかけて、その上たくさんの服をくれた。

「さわちゃん、靴も何足か持って行く?」

そう訊きながら、姉はその日いくつかの履かなくなった靴も見せてくれた。

次から次へと目の前に出される靴箱を見ていると、その中にちょっとよさそうな黒い靴があった。

「あっ、これ。」

「何、それ気に入った?」

「うん、実は再来週プレゼンをしなくちゃいけないんだけど、それ用に持って来た服が黒なのに、靴がブルーのしかなくてどうしようかなと思ってたんだ。その日これ借りていい?」

私がそう訊くと、

「いいよ、いいよ、あげるよ。そのプレゼンが終わったらアメリカに持って行っていいよ。」

「本当? ありがと。」

そう言って私はその靴を自分のスーツケースの中に入れた。(洋服はいつも郵送する)

                                 ◇

私達が帰る数日前にそのプレゼンはあった。

もしもそのプレゼンが日本滞在の最初の頃にあったなら、こんなにストレスを溜めることなく日本での時間を楽しむ事ができたかもしれないけれど、それが滞在の最後の方にスケジュールされていたため、常にその準備の心配ばかりしていて心から落ち着くことができなかった。

なので例え準備は万端ではなくても早くこのプレゼンを終わらせてしまい、もっとリラックスした気持ちでジョンや子供達と残り数日しかない日本滞在を楽しみたかった。

そしてプレゼンの当日。

会場は八王子にあった。

私はアメリカから持って来た黒いフォーマルなパンツスーツを着、先日姉からもらった黒い靴を履いて朝早くホテルを出た。

乗り馴れない路線の電車に長い時間揺られて、ようやく目的の駅に着いた。

電車から降りたはいいけれど、どちらに向かって歩いて行ったらいいのか分からなかったので、近くにある交番で会場までの行き方を訪ねた。

それは駅の反対側にあるというので、とりあえず駅を通って反対側の出口まで行く事にした。

時間に余裕を持って来たつもりだったのに、プレゼン前の打ち合わせにはギリギリの時間になってしまった。

(ちょっと急いだ方がいいかな)

そう思ってちょっと急ぎ足で階段を上り始めた時、突然

「バリッ」と変な音がした。

(なんだろ今の?)

と思いながらそのまま歩こうとすると、足の辺りから

「パタコン、パタコン」という音が鳴り始めた。

(えっ!なっ、何! )

急いで音が鳴っている方の足を見てみると、

なんと靴の大きめのヒールの部分がそっくりそのまま剥がれ、一枚の皮でかろうじて繋がっている状態だった。

なので歩く度にその剥がれた部分が靴からぶらさがって、また地面に押し付けられる度に「パタコン」という音を立てていたのだ。

(ちょっと勘弁してよー! 噓でしょ こんな時に!)

「靴の底が剥がれた」というコメディとしか思えない現状が信じられず、私は腹が立って仕方がなかった。

しばらく途方に暮れてしまい、どうしたものかと考えていると、

(そうだ!  近くのコンビニで強力接着剤を買ってそれでくっつけてみよう)と思いついた。

とりあえず駅の向こう側に行ってコンビニを探そうと、また階段を「パタコン、パタコン」と登っていると、後ろから女子高生数人が「クスクス」と笑いながら通り過ぎて行った。

(恥ずかしいなー、もう!)

ところが、

駅の反対側に出たはいいけれど、

コンビニが一つもない!

今どき周辺にコンビニがない駅なんてあるの!

もうあまり時間もないし、目の前には会場行きのバスも停まっているし、仕方ないのでとりあえず今はバスに乗って現地まで行ってしまい、向こうに着いて時間に余裕があったら会場の周りでコンビニを探そうと決め、私は慌ててそのバスに乗り込んだ。


To be continued…….




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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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