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風太と正式な家族になる

* これは2年前のお話です。


日本の縁組み家族のブログなどを読んでいると、正式な家族になれるまでの時間がはっきり分からないのが辛いだろうなとよく思う。

ブロガーの考えるヒトさんのように、申し立ての書類を裁判所にしばらく放っておかれたり、電話をして問い合わせないとどういうステイタスになっているのかよくわからなかったり。

私達のエージェンシーは、マッチング以外は「こういう書類を出した後は、これくらい時間がかかりますよ。」というのをいつもはっきり教えてくれたので、心配性の私の性格にはそれがとてもうれしかった。

そして子供達を迎えてから6ヶ月後にノッコも風太もFinalization ができたのは、本当にラッキーだったと思う。

風太の正式入籍に関しては、「産みのお母さんに取り戻されてしまうかも」というような心配はほとんどしていなかったけれど、それでも早くfinalization を終わらせたいという理由はいくつかあった。

まずはパスポートのこと。

次の年の夏には風太とノッコを連れて日本に行く予定を立てていたので、それまでにできれば新しい出生届けを受け取って風太のパスポートを作っておきたかった。

次に風太の名前の正式変更のこと。

風太にいつくもの名前がついていることで病院とのやりとりに疲れ果てていた私。
Finalizationの書類を見せればどの病院でも簡単に名前を変更できたので、早く「アンディ」という名前から解放されて「風太」で全てを統一したかった。

更にAdoption Tax Credit のこと。

2012年内にFinalization が終われば、Adoption tax creditというのが適用されて次の年にかなりの額のお金が戻ってくる。噂では2012年でそのcreditの政策がなくなってしまうと聞いていたので、私はちょっと焦っていた。


最後に職場からのお祝い金のこと。

ジョンの職場でも私の職場でも養子縁組に対して「育児休暇」は適用されなかったけれど、でもそのかわり申請をすると合計で50万くらいのお祝い金がもらえることになっていた。その申請をするにはやはりFinalizationの書類が必要だったので、できれば早くそれを入手したかった。

これらの点を弁護士さんに相談すると、風太の親権破棄の書類は6月の後半にサインされたので、クリスマス前にFinalizationするのは無理とのこと。あとは裁判官の都合次第で年内にできるかどうかが決まると言っていた。

そして数日後に弁護士さんから「風太君のFinalizationはギリギリ12月中にできることになりました。」というメールが届いた。

「よかったー!」

(あとは当日風太やノッコが病気にならないように気をつけなくちゃ。)

そんな心配をしたあと、もう一つ考えなくちゃいけないことに気がついた。

それは風太のクツ!

以前の記事をお読みの方は覚えていらっしゃるかもしれませんが、この裁判官はなぜが赤ちゃんの靴が大好きで、六ヶ月の赤ちゃんがFinalizationで靴を履いていないと不機嫌になるという変わり者。

その為にかわいい靴を履かせたいと思う反面、その日1日しか履かないだろう靴にあまりお金をかけたくないとも思っていた私。

そこへタイミングのよさでジョンの妹から「ノッコと風太のクリスマスプレゼントは何がいい?」というメールが届いた。

「実はFinalization用の靴が一足欲しいんだ。」と正直にお願いすると、

早速彼女は風太の靴を2足送ってくれた。

その箱を開けてみてビックリ。

チョー高価な靴が2足も入っていた!

「Finalization」と聞いてきっと奮発してくれたに違いない。

一足40−50ドルはするだろう有名ブランドの靴が2足並んでいた。

(一回しか履かない靴にちょっともったいないかも、、)

などと貧乏性の私の横でジョンが早速風太にその靴を履かせてみた。

すると

まさかの、

履けないーーーーーーーーーー!

風太は普通の6ヶ月の赤ちゃんよりずっと大きい方だったし、足もかなり分厚かった。

「どうする? せっかくこんなステキな靴を送ってくれたのに。」

「うん、、、」

ダナとトムが風太用に送ってくれたスーツにもピッタリのその靴。

なんとしてでも履かせてあげたかった。

その時ジョンが靴の中をちょっと調べると、中のシートが取り出せることに気付いた。

そしてそのシートを剥がしてもう一度履かせてみると、

履けたーーーーーーーーー!

やっぱりちょっとキツそうだけど、でもなんとか足はその中に収まっている。
痛くて泣いたりもしていない。

よっしゃー! これで準備は万端!

あとはFinalizationまでの数日間をアクシデントなく過ごせばいいだけ。

そう思いながら、とにかく子供達の病気に一番気をつけてその数日間を過ごした。

                            ◇

Finalizationの当日、風太に例のスーツと靴、ノッコにもクリスマスにもらったドレスを着せて裁判所へ向かった。

そこは3年前にノッコがFinalizationをしたのと同じ裁判所で、裁判官も弁護士さんもあの時と同じだった。

久しぶりに会ったエージェンシーの人は、まずノッコをみて「大きくなったのねー」と驚き、その後風太を抱っこしてくれた。

(彼女はいつもこうして赤ちゃんを抱っこして靴のチェックをするのを私は知っていた)

裁判官が入って来て早速Finalizationが始まった。

じっとしているのが苦手で何かと問題行動の多いノッコ。

裁判所までの車の中で「ちゃんといい子にできるかな?」と何度も確認しておいたけど、本当に大丈夫かな、と私は始終ヒヤヒヤしていた。

でもそんな私の不安も無駄に終わり、今回はFinalizationの間ノッコも風太もずっと大人しくしていてくれた。

ノッコの時と同じように裁判官が手に持っていた小槌を「カーン、カーン」と鳴らしてFinalizationが終わると、裁判官は「風太を連れて来なさい」というように両手を前に突き出した。

風太を膝に乗せて写真を撮ったり、家族全員の写真撮影が終わると、ノッコが急に身体をクネクネして恥ずかしそうに私に何やらごにょごにょ言って来た。

「何ノッコちゃん?何かしたいの?」

「ごにょごにょごにょ」

それでも何を言っているのかやっぱりよくわからない。

「何? はっきり言ってごらん。」

そういうと、ようやく証言台の方を指差して

「あそこに座りたい。」と小さな声で言った。

「証言台? うーん、どうかなぁ。」

私が首を傾げていると、そばで裁判官が

「いいよ、大丈夫だよ。座ってごらん。」とやさしく言ってくれた。

それを聞いて喜んだノッコは証言台に登り、そこについているマイクに向かってなにやら分からないことをごにゃこにゃ言い出した。

(これは写真を撮るしかない!)と思い、早速持っていたカメラで「パシャ。」

Nokko Fuutas finalization


(あとでジョンの家族に「ノッコがどれくらい風太を愛しているかを証言させられました。」というキャプション付きでこの写真を送ったら、みんな「すごい、ノッコちゃん!」とすっかり信じてくれました。)

今回のFinalizationはノッコの時よりずっとリラックスしていたけれど、それでもやっぱり無事に終わってくれてホッとした。

裁判所を出ると、

「これからお祝いに何かおいしいものを食べに行こうか?」とジョンが言った。

「そうだね!」

それから私達はレストランが多い隣町まで車を走らせ、ちょっとおしゃれなランチを3人で楽しんだ。(風太はミルク)

ランチを食べながら私が

「あー 終わったね。」

とつぶやくと、ジョンも

「うん、もうこれでアダプション関係のことは全て終わりだね。」

と言った。

もうこれからは、あの裁判所にいくことも、あの裁判官に会う事も二度とないんだ。

「アダプション関係書類」と書いた分厚いファイルをキャビネットの奥の方にしまってもいいんだ。

そう思うとちょっと不思議な感じがした。

私とジョンとノッコと風太。

私達は4人家族。

そう言えば裁判所でエージェンシーの人が、風太を最初にアダプトしたカップルが未だにマッチングができていないと言っていた。

あの時彼らが風太を引き取っていたら、今ここでFinalizationをしているのが彼らだったかもしれなかったんだ。

そう思うと今は、風太を諦めてくれた彼らに感謝の気持ち以外はなにもなかった。

風太を生んでくれた産みのお母さん。

風太を諦めてくれた最初のカップル。

そして私達のところへやって来てくれた風太。

本当にありがとう。

感謝の気持ちでいっぱいです。



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養子をもらうことは偉いのか

*これは2年前のお話です。

養子を迎えたカップルのブログを読んだり、周りの縁組親子たちとお話する時、よく聞くセリフに、

「養子を迎えたことを人から “偉いねー” と言われて困っちゃった」というのがある。

そういうカップルのほとんどは、別に自分たちはチャリティーのような気持ちで子供を迎えた訳ではなく、ただ純粋に子供が欲しかったからと考えているのだと思う。

そして私もジョンも全くそれと同じ気持ちでいる。

哀れな子供を救った、などという気持ちは微塵もなく、夢にみていた子供のいる生活が送れるようになってよかったと、本当にそれだけを思う。

自分たちがこうなので、周りの養親さん達の話を聞いてもやっぱり「偉いなー」などという発想はあまり出て来ない。

でも私の周りで一人だけ例外がいる。

それはノッコの保育園の先生。

名前はリア。

                          ◇


風太が3ヶ月になった時、ノッコの時もそうしたように保育園に預け始めた。

すごくラッキーなことに担当の先生は、以前ノッコを担当してくれたモリー。

モリーとは個人的なことでも繋がりがあったし、お互いがお互いのことをよくわかっていたのですごく楽だった。

ただデレックのことがあったので、風太を迎えた私達をみて彼女がどんな気持ちになるかな、などと考えるとやはり気兼ねのようなものはあった。

でもモリーは私達の縁組みをとても喜んでくれたし、ノッコの時と同じように風太をとてもかわいがってくれた。

モリーと最初の面談をした時にもちろん風太の出生の事情や、健康上の問題なども話した。

するとモリーは、

「ああ、今ノッコの担当をしているリア先生の子供と状況が似ているわね。」と言った。

「えっ、リア先生のお子さんもドラッグの影響があるんですか?」

リア先生がノッコの担任になってからもう半年近くが過ぎようとしていたけれど、私はそんなこと少しも知らなかった。

「そうよ。2−3才の組にいるリンデンという男の子を知らない?あの子はリア先生の息子さんなのよ。」

「ああ、そうなんですか。」

リア先生も養子を迎えていたなんて全然知らなかったので、その話を聞いた時はとても驚いてしまった。

その日の夕方ノッコを迎えにいくと、リア先生が寄って来て、

「ノッコちゃんに弟ができたんですってね。」と話しかけて来た。

私もちょうどその話をしたいなと思っていたので、

「そうなんです。風太っていうんですよ。リア先生もお子さんが2−3才の組にいらっしゃるんですってね。全然知りませんでした。」

私は風太のようにドラッグの影響を受けて生まれた赤ちゃんがどんな風に成長するのかすごく興味があったので、もうすぐ3才になるリンデン君の様子を是非聞いてみたかった。

でもあまりに不躾すぎてなかなか言い出せない。

向こうも風太の出生の事情は知っているはずなのに、なかなかその話題には触れて来ない。

なので私の方から思いっきって

「風太は生まれた時にちょっと健康上の問題があってしばらく入院してたんですよ。」と言ってみた。

「ああ、他の先生から少し聞いてます。実はうちの息子も生まれた時にドラッグの影響があったんですよ。ずっと入院していたのも同じです。」

「ああ、そうなんですか。産みのお母さんとは連絡をとられてますか?」

「ええ、まあ」

そう言いながら、リア先生は少しとまどった様子を見せた。

そしてしばらくしてから、

「実は、彼の産みの母親は私の姉なんです。」と言った。

「えっ、お姉さん?」

「ええ、ドラッグ中毒の上に妊娠してしまって。でもその赤ちゃんをとても育てられる状態でなかったので私が引き取って育ててるんです。」とリア先生は打ち明けてくれた。

ご両親もあまり安定した生活をしている人達ではないので、彼らに引き取ってもらうこともできず、今ではその子の親権もリア先生が持っているという。

そんな複雑な家庭環境の中で、なぜリア先生だけがまともに育ったのか。

彼女はしっかりしていて子供好きで、生徒からもお母さん達からもとても好かれていた。

そんなリア先生はまだ20代後半の独身。

自分の恋愛やプライベートなこともあるだろうに、今は自分の生活の全てをリンデン君のために費やしていた。

それはある意味、私達のような養親とは違ったcommitment だと思った。

私達は安定した結婚生活を送り、子供を迎える環境も整えてから養子を受け入れたけれど、リア先生の場合はそんな環境など整えている時間もないうちにいきなりドラッグに病まれた赤ちゃんを育てる事になってしまった。

自分の結婚はどうするのだろう?

自分の赤ちゃんは?

もちろんそんな立ち入ったことは聞けなかったけれど、でも彼女だってきっと考えているに違いないと思った。

私が20代の頃だったら、そんな事できたかな?

いや、

絶対に無理だったと思う。

キャリア、恋愛、結婚、出産。

犠牲にするものが多過ぎる気がして。

アメリカではシングルマザーの再婚はよくあることだけれど、日本だったら20代でドラッグ病みの子供がいたら、きっといろいろ不利になる事が多いような気がする。

だからそんな大きな責任を一人で抱え、それでも何気ない顔をして毎日をやりすごしているリア先生をやはり私は尊敬してしまう。

次の年にリンデン君は偶然ノッコと同じ部屋に入って来た。(そのためリア先生は別の部屋に移ってしまった。)

なぜかリンデン君はノッコにすっかり懐いてしまい、ノッコの後ばかりを追うようになった。

朝ノッコが教室に入ると一番に走って来て抱きついてくるリンデン君のかわいさと言ったら、もう。

その姿が風太が大きくなった時と重なってしまい、目を細めてばかりの私だった。

風太のことがあってから急に前より親しくなったリア先生。

リンデンくんが生まれた時も風太とほぼ同じような症状があった事、今ではすっかり元気になって発達上の問題はみられないことなども話してくれた。

それにバレンタインデーの日にリンデンくんがノッコ用にカードを買ったこともこっそり教えてくれた。

でもノッコの好きな飛行機のじゃなくてボートのを買ってしまったので、ノッコが喜んでくれるか心配していると言っていた。

(かわいい、、、)

リンデン君は心のやさしい、本当にいい子に育っている。

それはきっとリア先生からの溢れる愛情があるから。

時々早く仕事を終えてリンデン君の手を取りながら保育園を出て行くリア先生の後ろ姿を見ると、

「聖母様のようだな」

と思ってしまったりする。

養子縁組はチャリティーではない。

でも彼女が犠牲にしていることの大きさを考えると、リア先生のしていることはやっぱり「すばらしいなー」と思わずにはいられなかった。


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理想の息子かぁ (5)

* これは昨日の記事の続きで、1−2年前のお話です。


近所のご夫婦の息子さんの行動について、彼のお母さんと話をしようと決心した私。

ちょうどその日の夜、息子君のお母さんからちょっとした用件で電話がかかってきた。

その用件を聞いたあと、

「あのね、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど、、」と私は切り出した。

「なあに?」

「あのね、息子さんのことなんだけどね。」

「………………」

急にお母さんの態度が緊張したのが電話口から伝わって来た。

「ほら、息子さん、すごく風太のことが好きでしょう?」

「そうね。」

「それはすごくうれしい事なんだけど、でもね、その、、、風太の扱い方がね、、時々ちょっと、、、」

そこまで言うと、お母さんは私の言葉をさえぎるように、

「ああ、わかってる、わかってる。さわこの言いたい事はよくわかってるわよ。家でもさんざん言ってるのよ、風太くんにちょっかい出しちゃいけないって。でもあのバカ息子、どうしてもかわいくて仕方がないみたいで。ごめんなさいね。これからしっかり言っておくから、大丈夫よ。」

彼女は早口で一気にそう言った。

それを聞いて「すーっと」と気持ちが楽になった私は、

「分かってもらえてよかった。でもうちに来るのはいつでも歓迎だから、それは誤解しないでね。」

「ありがとう。」

そう言って私達は電話を切った。

お母さんは私の言いたい事を分かってくれたようだったけれど、そのあと彼女と息子君がどんな反応をするのかが心配で、私はその夜はなかなか眠れなかった。

そしてそれから二日ぐらいしてから、「ピンポーン」と野菜をもってお母さんが訪ねてきた。

でもその後ろに息子君の姿はなかった。

どうして息子君が来なかったのかお母さんも説明しなかったし、私もあえて訊かなかった。

そしてその次の日も、次の週も、次の月も、息子君はうちに遊びに来なかった。

同時にお母さんがうちに来る頻度もぐっと減ってしまった。

お母さんが息子君に「もう行くな」と言ったのか、息子君が自分で「もう行かない」と言ったのか分からない。

でもとりあえず問題は解決した。

息子君が来なくなったことで風太への「いじり」もなくなり、私のストレスレベルもぐっと低くなった。

だから「よかった、よかった」の結果なのだけれど、

けれど、、、

なんとなく後味の悪さを振り切れない私。

きっと息子君の気持ちをとても傷つけてしまったから。

そしてあんなに大好きだった風太と息子君を引き離してしまったから。

大人になりきれないピーターパンのようだった息子君。

中学生の頃、初めてガールフレンドができた時、ご両親は勉強の妨げになるからと言って話し合いのあと別れさせたと言っていた。

大学の申し込みをした時も、息子君はピアノを専攻したかったのに、ご両親が将来の就職のためといって物理を専攻することを勧めたらしい。

そうやっていつも大好きなものから遠ざけられてきたのかな。

だから人との関わり方が上手にできないのかな。

そう考えると彼の芸術は、その抑えられた欲望のはけ口だったのかもしれないと思った。

                               ◇

その夫婦がアメリカ滞在を終え中国に帰る数日前に、彼らは息子君を連れてさよならの挨拶に来た。(息子君はそのままあと一年大学に残るんだけれどね。)

「ご飯でも一緒に」

そう何度も誘ってみたけれど、

「帰国の準備があるから」と言って彼らは30分も座っていなかった。

その間、息子君は一度も風太にちょっかいを出さなかった。

ただ大きくなった風太の写真を何枚か撮って、そのあとはずっとゲームをしていた。

そんな息子くんを見ながら、私は彼の人と違うところを「個性」として見てあげられなかったことを申し訳なく思った。

(今まであなたを煙たがったりして、ごめんね)

そう心の中でつぶやいた。

私が彼を風太から遠ざけたのは、風太を守るため。

彼の両親がデートを禁じたり、彼に物理を専攻させたのも、息子君のためを思ってのこと。

親の子供を思う気持ちには色々な形がある。

私はこれからもきっと、こうやって自分の子供達を守るために周りの人や子供達自身を傷つけてしまうことがあるのだろう。

でも息子君をみていて、その「守る」ということは「理想の子供にしたてる」というのとは違うのだと思った。

自由奔放に振る舞いながら、本当はあまり自由でなかった息子君。

こんな風に息子君を煙たがり、傷つけてしまった私が言うのは矛盾しているけれど、でも息子君には「理想の息子」という殻を抜け出して、自分の好きなように生きていって欲しいなと願う気持ちが、私の中に存在していたのも事実だった。


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理想の息子かぁ (4)

*これは昨日の記事の続きで、1−2年前のお話です。


近所に住む中国人夫婦の息子さんの行動に少しずつストレスをためていった私。

でも(どうにかしなきゃ)と思いながら実際どうしたらいいのか、なかなか決断することができなかった。

だって皆さんならどうしますか?

「息子さんをもう連れて来ないで欲しい」と言う?

それともそのご夫婦ともども交際をやめる?

私が悩んでしまった理由の一つは、その家族がほんとに我が家の近くに住んでいたということ。

子供達を連れて散歩に行ったりすると、ベランダで夕涼みをしているご夫婦と必ず顔を合わせるような感じだった。

だから「出かける」とか「人が来る」などの嘘を付いて、うちに来ないようにする事はあまりできなかった。

そして二つ目の理由は、その旦那さんとジョンの職場が同じだったこと。

もしもそのご家族との関係がギクシャクしてしまうと、ジョンと旦那さんが職場で気まずい思いをしてしまう。

そのせいもあってか、ジョンは「息子君は一年に3−4回しか来ないんだから、うちに来た時に本人に注意していけばいいんじゃないか。」というスタンスだった。

そして私がその家族とのお付き合いを切りたくない三つ目の理由は、そのご夫婦が好きだったこと。

旦那さんは本当におっとりとしたいい方だったし、奥さんもちょっと押しの強いところはあるけれど、気さくで明るく楽しい人だった。

奥さんとは一緒に中華料理を作ったり、日本料理を教えてあげたりして楽しい時間をたくさん過ごしたし、ジョンが出張中の時なんかは、まるでナニーのように子供達の世話や家事まで手伝ってくれた。

「心を割って話せる友達」というのとはやっぱり違ったけれど、それでも本当に「気の合うご近所さん」という感じだった。

なので息子さんの行動のせいで、あのご夫婦との関係まで切らなくちゃならないのはやっぱり残念に思えて仕方がなかった。

そんなこんなで結局何の行動も起こさないまま、数ヶ月が過ぎてしまった。

そして日差しが温かくなってきた初夏のころ。

息子さんは大学が夏休みに入ったので大学の寮を出てご両親のところへ引っ越してきた。

これから3ヶ月ぐらいそこに住むという。

そして予想していた通り、夏休みの間彼は頻繁にうちに遊びにきた。

風太への「いじり」も、ハイハイする風太の上に乗っかったりと、以前よりも更に乱暴なものになっていった。

その頃ジョンは長期の出張のため不在で相談できる人もいなかったし、私は一人でいろいろ考えながらこれがあと三ヶ月も続くのかと思うと、胃がキリキリするほどストレスがたまっていった。

ある日ジョンのフェイスブックをチェックしている時にふと、「息子君のフェイスブックも見てみよう。」と思った。

彼のフェイスブックを見てみると、そこにはお友達と撮った写真や、成績優秀で大学から表彰されている写真、校内のホールでピアノのコンサートをしているビデオなどが載っていた。

すばらしいピアノ演奏だった。

それを見る限りでは、「友達の多い、才能あふれた大学生」という印象しか受けない。

風太の耳に指を突っ込んで泣かせているあの息子君とは別人みたいだった。

ご両親が「自慢の息子」と呼ぶのも本当に頷ける。

そして彼のフェイスブックには風太の写真もたくさん載っていた。

生まれて数ヶ月の頃のものから最近のものまで。

ジョンのフェイスブックに載せてあった風太のビデオまでダウンロードして自分のページに載せてあった

しかも知らない間に風太の似顔絵も書いていたらしく、それもそこにあった。

Fuuta drawing 2


そしてそれを見た時、私の中で何かがはじけた気がした。

そこにある風太の写真や似顔絵を見て、本来ならうれしいと思うべきなのに、私は少し怖くなってしまったのだ。

普通大学生の男の子と言ったら、勉強やバイトのこと、それから女の子のことで頭がいっぱいのはず。

それなのに息子君のフェイスブックは、彼の両親の近所の赤ちゃんの写真でいっぱい。

毎日風太のことを思い、時間が空いた時には風太の似顔絵を描いている息子君がなんだかとても普通でないように思えた。

だから息子君のフェイスブックを見たあと、(やっぱり彼のお母さんにはっきり言おう!)と心に決めたのだった。


(ごめんなさい! 次回で絶対に最後です。)


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理想の息子かぁ (3)

この記事を書く前にちょっとご説明を。

二日前から書いている中国人家族のお話ですが、私達とこの家族のお付き合いは彼らが中国に帰国するまでの2年間弱続きました。

その間に彼らの息子さんは、サンクスギビングやクリスマス、春休みと、大学が休みに入る度にご両親のところに帰って来て、そしてその度にうちにも遊びに来ていました。

なのでこれから書く事は実際は一年ぐらいの期間の中で起こった事なんですが、そのまま数ヶ月おきに記事にしていくとその間に起こった他の話と混ざって分かりにくくなるので、あえて数週間の間に起きたことのようにまとめて書く事にしました。

その点をご了承下さい。

                ◇


例の中国人家族を我が家に招待した次の日、私達が夕食後にくつろいでいるところへそのお母さんと息子さんは二人でやってきた。

彼女は「今日こんな野菜を買って来たから」と言ってバクチョイを持って来てくれたけど、彼らの目的が風太であることは誰の目にも明らかだった。

私達にすっかり慣れた息子さんは「ニイハオ」と挨拶をすると、まずキッチンに直行して冷凍庫からアイスキャンディーを取り出し、それを食べながらリビングルームへ移動した。

(こりゃ、彼は生まれてから今までアイスキャンディーなるものを食べた事がないんだな)

と私は思った。

そして息子君は風太のところへ行って、昨日と同じようにほっぺをつついたりして彼をいじりはじめた。

息子君のお母さんが、

「この子すっかり風太くんが気に入っちゃって。風太くんの話ばかりしてたのよ。」

とうれしそうに言った。

すると息子さんは昨日撮った風太の写真を私達にも見せてくれた。

「フェイスブックに載せたら、みんなかわいいって。」

そう言って、ジョンにもフェイスブックの友達になってくれと頼んでいた。

そのまましばらく雑談をした後、8時近くになったので、

「そろそろ子供達のお風呂の時間だ。」

と私は立ち上がった。

普通はここで、「じゃあ、そろそろおいとまを、、、」となるのだけれど、

この息子くんは

「じゃあ、僕も」と全く予想外の言葉を放った。

「いやいや、うちのお風呂は狭いから。」

そう断っても、どうしても彼は風太がお風呂に入るところを見たいと言う。

「ごめんなさいね。もうかわいくて仕方ないみたいだから。」

お母さんもなんだか「お願いモード」になったので、仕方なく二人をバスルームに通した。

私はいつものようにベビー用のお風呂を普通のタブに置き、風太をその中に入れて髪の毛を洗い始めた。

すると息子君は、そのタブからお湯をすくっては風太の顔にパシャ、パシャとかけはじめた。

「顔にお湯がかかると嫌がるから止めてね。」

私がそう言っているのに、なかなかやめない息子君。

「止めなさいって言われてるでしょ!」とお母さんに頭をパコーンと叩かれてようやく止めてくれた。

(てめぇは5歳児か?)

とその時私は心の中で突っ込みを入れていた。

この事があってから、私は失礼ながら(もしかしたら息子君には何かの障害があるのかな)と思ってしまった。

実はちょうどその頃私自身もノッコに何か障害があるのかなと疑い始めていたので、ちょっと普通の子と違う行動をする子供をみるとその可能性を最初に考える様になっていた。

でも私達に慣れてきた息子君は会話もちゃんとできるようになっていたし、私達の顔を見て話すし、「ちょっと変わっている」という以外は普通の大学生と同じようにみえた。

でも以前彼のお母さんが話してくれたことの一つに、ちょっと頭に残るものがあった。

それは息子君が一歳の頃、お母さん達は仕事のために8ヶ月ぐらい遠くに住んでいる両親(息子君の祖母)に彼を預けていたそうだ。

仕事の方が一段落して息子君を迎えに行った時、息子君はおじいちゃんとおばあちゃんにかなり懐いてしまい、自分のお母さんとお父さんが誰なのか忘れてしまっていたらしい。

息子君を引き取ってからまた自分たちに懐くようにするまでいろいろ大変だったと話していた。

もしかしたら彼の今の性格はそんなトラウマの影響もあるのかな、などと私は勝手に想像していた。

そんな調子でお母さんと息子君は次の日も夕飯の後うちに来た。

(こう毎日来られてもなぁ)とさすがに私も思い始めたので、「次の日は人が来るから」と嘘をついてしまった。

すると次の日はさすがに家には来ず、息子さんはそのまま大学の方に戻ってしまった。

けれどクリスマス休暇で家に帰ってきた息子君は、またお母さんと一緒に「ピンポーン」と家にやってくるようになった。

もうお座りもできるようになって動きも活発になった風太を見て、息子君はとても喜んでいるようだった。

そして風太が少したくましくなった分、息子君の「いじり」もひどくなっていった。

風太の両耳に指を突っ込んで耳を塞いだり、目の前に手をかざして見えなくしたり、顔に息を吹きかけたり、帽子を無理やり頭にぎゅーっとかぶせたり。

それを風太が泣くまで何度も続けた。

そうやって風太が嫌がって泣くのを面白がっているようだった。

それは根性の悪い「いじわる」というより、風太がかわいくて仕方がなく、でも赤ちゃんとどう関わったらいいのか分からなくてやっている感じだった。

例えば小学校の男の子が好きな女の子をわざといじめるように。

それでも風太がそういう行為を嫌がっているのは事実だったので、私も「そういう事すると風太が嫌がるからやめてね。」と何度も注意した。

でもいくら私が注意しても、お母さんが彼の頭を叩いても、彼はまたすぐ同じことをしてしまうのだった。

そして息子君の風太への「いじり」以外にも私の頭を悩ませていることがもう一つあった。

それは息子君のノッコへの態度だった。

息子君は風太を溺愛する分、ノッコのことがとても嫌いなようだった。

それは誰が見ても明らかだったので、もちろんノッコ本人も分かっていたはず。

でも3才のノッコは若いお兄ちゃんに遊んでもらいたくて、息子君に「遊んでー!」としがみつくことがあった。

すると息子君はいきなり「スクッ」と立ち上がったかと思うと、ゴリラのように両手を広げてノッコを見下ろし、「ガーッ」とすごい声を出したりした。

それは子供とのおふざけの遊びというものではなく、どう見てもノッコを怯えさせるためだけの「威嚇」だった。

それを見てビックリしたノッコは泣き出してしまい、息子君はまたお母さんに頭を叩かれるのだった。

その頃から私は(これはどうにかしなきゃなぁ)と真剣に思い始めた。




ああ、また長くなってしまったので、続きは明日書かせていただきます!


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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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