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明けまして おめでとうございます!

皆さま、

明けましておめでとうございます。

大変ごぶさたしておりますが、さわこ家は変わらず元気にやっております。

休暇に入って少しずつ時間はできてきたのですが、いまいち書くペースを取り戻せず記事を書くことができないでいます。(これをスランプと呼ぶのでしょうか?)

キンダーガーテンに入った風太が、いきなり送迎バス乗車禁止をくらったり、ノッコの勉強の遅れ&癇癪など、相変わらず書きたい話題は盛りだくさんなので、早く以前の「書く気」を取り戻せるようにがんばりたいと思います。

2018年が、皆さまにとってもよい年でありますように。

今年もよろしくお願いいたします。

さわこ


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ライベリアへ発った友人

昨日友人がライベリアに旅立っていきました。

そうです。

あのエボラ出血熱の犠牲者が一番多く出ているライベリアです。

滞在の予定は約2ヶ月。

彼女は医療関係に携わっている人で、看護婦などをトレーニングする仕事に就いています。

そして彼女にはノッコより少し大きいお子さんが二人います。

なので今回の派遣も、職場の方からほとんど強制的に行かされたのだとばかり思っていました。

けれど昨日旦那さんと話したところによると、彼女は自ら「行きたい」と申し出たそうです。

旦那さんはもちろん「できれば行かないで欲しい。子供達、家族のことを考えて欲しい。」と懇願したそうですが、彼女は

「But someone has to go (でも誰かが行かなくちゃ)」と言ったそうです。

とても彼女らしい。

この世の多くの人がそのsomeoneになりたくないと願っている中、彼女はそのsomeoneが自分でなければならないと思ったそうです。

自分の知識、経験が一番必要とされている場所に行くのは当然だと。

どうしたらそんな風に考えることができるんだろう。

私は昨日からずっとそのことばかりを考えていました。

自分が感染して死んでしまうかもしれないのに。

あんなに愛している子供達ともう二度と会えなくなってしまうかもしれないのに。

どうしてそのsomeoneが自分だと思えるんだろう。


正直に言うと、今の私にはノッコと風太を残してそんな危険な場所に行く勇気はありません。

でも、

彼女が現地での任務に没頭できるように、彼女の子供や旦那さんに食事を届けたり、時々様子を見に行く事はできます。

私には彼女が今ライベリアでしていることをすることはできない。

けれど彼女のために私がアメリカでできることを、

少しずつやっていこうと思っています。



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不妊治療の先生の「その」一言

はじめまして、在米のさわこです。
もう4歳になるノッコと1歳になる風太の世話でてんてこ舞いの毎日ですが、少しずつ自分の時間も持てるようになってきた今日このごろ。二人の養子縁組が成立するまでのいろいろな経験を振り返りながら、仕事関係の事、最近考える事なども含めてゆっくり綴っていきたいと思います。

養子をもらったほとんどのカップルが恐らくそうであるように、私と主人(ジョン)も子供が欲しいと思い始めてから3年不妊治療をしました。

つらかったですよ〜。経験した事がある方ならわかると思いますが、いつになったら抜けられるのかわからないトンネルをさまよっているような毎日でした。「希望」とか「可能性」とか下手にあるほうがつらいことってあるんですね。がんばって努力すれば欲しい物はたいてい手に入れることが出来ると信じて生きてきたのに、世の中にはどんなにがんばっても手に入らないものがあるんだということを痛感させられる経験でした。

治療による身体への負担も大きいですよね。ジョンに毎晩おしりに注射してもらった痛みは今でも忘れません!
朝起きて「ああ、今夜もあの注射があるんだ」と思うと憂鬱になったのを覚えています。あの時は必死だったけど、今改めて自分が注射してもらってる様子を思い出すとちょっと笑っちゃうんですが。

3人の不妊治療の先生にお世話になっていました。どの先生も「次はこんな治療にトライしてみよう」と積極的におっしゃってくれて、友達も家族も「諦めないでがんばりな」と励ましてくれました。不妊治療の末に子供を授かった人のエピソードをいくつもいくつも読みました。そして知人の紹介でチャン先生に出会ったのです。

それは寒い冬の雪の降る朝でした。7時半の診察のため6時に家を出て雪の中を一時間かけて先生のクリニックにたどり着きました。雪がひらひら舞うのを見ていたら、なぜだかわからないけれど、なんだか今度はいけそうな気がしていたんです。チャン先生なら私の願いを叶えてくれそうな。
ずっとずっと夢見ていた、妊娠検査の棒にブルーのライン(陽性)を見つける瞬間が今度は私にも訪れるような気がしていたんです。

白いTシャツにカーキーパンツというラフな格好で現れた先生は、椅子に座って私の検査結果にしばらく目を通していました。すがるような目の私に向かって先生は、

「君が妊娠する事はまずないと思うよ。可能性はほとんどゼロだよ。」

とあまりにあっけらかんと、でもきっぱりと言ったんです。しかもガムをくちゃくちゃ噛みながら!
最初は先生が何を言っているのかわからず、その情報の重さを理解するのに少し時間がかかりました。そしてそれが理解できた途端、顔を覆って大泣きしてしまったんです。「ああ、これでやっと解放される」と。
そうです、それは悲し涙であると同時にうれし涙でもあったんです。だって今までの先生はみんな可能性は低いけどがんばってみようってずっとポジティブで、周りの人もみんな「がんばれ!がんばれ!」って。私は何度も不妊治療をやめたいと思ったけど、どうしても諦めきれないままズルズルと治療を続けて身も心もボロボロだったんです。そんな日々に先生の一言は終止符を打ってくれたんです。悲しみのどん底に突き落とされたと同時にスーッと肩の力が抜けていったのを覚えています。

先生はしばらくだまって私が泣き止むのを待っていました。先生の顔には私に対する同情も「うっとうしいな」という感じの表情もなく、そのほどよく冷たい態度がなんとなく心地よいほどでした。
しゃくりあげる声でようやく「主人とは養子をもらうことについて話した事がある」と言うと、驚いたことに先生は「それはいい考えだと思うよ。実は僕の子供達も二人は養子だよ」とおっしゃったんです。他の女性が妊娠できる手助けをしている先生が養子を?
ちょっとビックリしました。プライベートな事なので理由などは聞きませんでしたが、奥さんが妊娠できないからという事ではないようでした。その後、親切にも養子についていろいろ参考になるお話をして下さいました。

先生のクリニックを出た後すぐにジョンに電話して先生に言われた事を話しました。
話しながらやっぱり泣いちゃいました。でも不思議なことにもう心はかなり吹っ切れていたんです。治療に苦しむ私をみて何度も養子をもらう事を提案していたジョンは、なんのとまどいもなく「じゃあ、養子をもらうプロセスを始めようか」と言いました。
私も素直に「うん」と答えました。

あれから4年。いま、心から「チャン先生ありがとう」と言いたいです。

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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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