風太の幼稚園へ挨拶に行く

日本帰国の二日目。

前の晩9時ごろ寝に着いた子供達は朝の5時ごろまでぐっすり眠ってくれたので、次の日は二人とも比較的元気で、どこに行っても何をしても興奮しっぱなしだった。

3年前の滞在の時の経験から、高齢の両親には子供達をみててもらうことも料理を作ってもらうことも期待できないということが分かっていたので、今回は私が毎日料理することに決めていた。

けれど前回の記事で書いたように、とにかく家の中に食べ物が何もない!

野菜やお肉がないだけでなく、「ほんだし」「コショウ」などの調味料や「みりん」や「ゴマ油」もなかったので、何の料理も作れない状態だった。

なので午前中は父の運転でスーパーにみんなで買い出しに出かけた。

スーパーに入った途端、子供達が「あーーー!」と言って走り寄って行ったものがあった。

それはお決まりの、

ガチャガチャー!

アメリカにはないバラエティ豊富なガチャガチャに興奮した二人は、おじいちゃんにねだって一回ずつやらせてもらって大喜びだった。

そしてさらにその奥にあったゲームセンターに大興奮。

おじいちゃんの手を引っ張って、そのゲームセンターまで走って行ってしまった。

その隙に私は久しぶりの日本のスーパーを満喫することに。

それにしても皆さん、

日本のスーパーは、

世界に誇れます!!!!

アメリカのスーパーは確かに大きい。

けれど食べ物のバラエティは、実はそんなに多くない。

それと比べると日本のスーパーは、小さいながらも食べ物の種類が本当に豊富!

豆腐のとなりにしらたき、そのとなりにおでんの具、その横にキムチとか。

全然違う種類の食べ物が無駄なスペースなく置いてある。

そしてお刺身コーナー、お惣菜コーナーもすばらしいし、

なんといってもベーカーリーは涙もの。

日本の菓子パンおいしすぎです!

ノッコと風太もすぐに日本のパンの中毒になってしまった!

日本のスーパーでは二時間でも三時間でもすごしていたかったけれど、ノッコたちに手を焼いた父親が戻ってきたので、とりあえず当面必要なものだけを買って帰ってきた。



そして午後は風太の幼稚園へ挨拶に行った。

風太の通う幼稚園はノッコが通う小学校の一階にあったので、できれば幼稚園と小学校の挨拶を同じ日にしたかったのだけれど、ノッコの方は金曜日にして欲しいということだったので、その日は風太の方だけ済ませることにした。

幼稚園に着くと、園長先生と副園長先生が揃って迎えてくれた。

「風太くん、こんにちは!」

先生たちがそう挨拶してくれたのに、風太は恥ずかしがってなかなか挨拶ができなかった。

「あらっ、風太君、こんにちは は?」

私がそう促すと、ようやく小さな声で

「こんにちは」と言った。

そのあと先生たちの方から注意点や揃えて欲しいものなどの説明があり、その間風太は持ってきたおもちゃで静かに遊んでいた。

「風太君はずいぶんと大人しいんですね。」

風太の正体を知らない先生は、風太からそんな印象を受けたようだった。

先生は「1ヶ月という短い期間ですから、そんなに色々揃えなくてもいいですよ。」と言ってくださり、幼稚園のカバンと帽子を貸してくださった。

そしてそのあと風太の担任になる先生二人を紹介してくださった。

風太の担任は、私の描いていた幼稚園の先生そのものという感じのかわいらしい先生達だった。

カラフルな教室、小さなテーブルと椅子、やさしそうな先生達。

私はもう、風太の幼稚園通いが楽しみで楽しみで仕方なくなってしまった。

風太もその幼稚園が気に入ったようで、帰り道に「行ってみたい」と言ってくれた。

とは言え、やはり知らない幼稚園への挨拶で緊張していたのか、それとも時差ぼけがまだ取れなかったのか、風太は4時ごろ家に帰るとそのままぐっすりと眠ってしまった。

そしてお夕飯の時間になったので「風太君、ほら、お夕飯の時間だよ。」と風太を起こすと、風太は、

「耳が痛い」

と泣き出した。


つづく



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ようやく日本に着いてみたら

ちょっと間が空いてしまいましたが、カナダ経由で旅行する人のために、あと二つほどお知らせしておきたいことがあります。

1)これは友人のあつこさんに聞いた話なのですが、彼女が子供二人を連れてカナダ経由で日本に行こうとした際に、旦那さんの許可なしに子供達をアメリカ国外に連れて行こうとしていると疑われ(離婚協議中の夫婦にあり得る話)、取調室で2時間も待たされて大変だったと言っていました。なので、カナダ経由で旅行するひとは、旦那さんに一筆かいてもらうといいかもしれません。私が調べたところでは、Recommended Consent Letter for Children Travelling Abroad なるものがすでに存在していたので、それをジョンに書いてもらい、パスポートと一緒に持って行きました。これで準備万端だと思っていたら、eTAの方が大切でこの書類は特に聞かれませんでしたが、、。でも念のため、旦那さんが日本人以外の方はRecommended Consent Letter for Children Travelling Abroadを持参することをお勧めします。

2)私が1回目にeTAの取得に失敗した原因はクレジットカードでした。最初に入力した時は地元の銀行のカードを使ったのですが、のちにトロント空港でもこのカードは「decline」と出て使えなかったので、それが原因だったのだと分かりました。eTAの申請をする時は、ChaseやCiti Bankなどの大きな銀行のカードを使った方がいいかもしれません。

それでは、短いですが日本に着いた日のお話です。

                        ◇

ハプニングだらけだった出だしとは裏腹に、トロント空港に着いてからの過程は至ってスムーズなもので、12時間に及ぶ飛行も成田空港に着いてからも何の問題も起こらなかった。

成田空港に着くと姉と姉の旦那さんが迎えに来てくれていた。

前回の帰国では、長いフライトの後に空港近くのホテルに一泊しなければならなかったので、それに比べると車でのお迎えは本当に楽だった。

そのまま甥と姪を学校まで迎えに行き、彼らを乗せてみんなで両親の住む家に向かった。

去年の夏に会ったばかりだったせいかノッコも風太も甥と姪にべったりで、車の中でも二人の隣に座りたがった。

そしてしばらくの渋滞を経て実家に到着。

久しぶりの実家は相変わらずで、父も母も歳は取っていたけれど以前と同じように元気だった。

「おう、よく来たな。」

父親のうれしそうな顔。

「あら、あら、あら、あら、ノッコちゃん、風太くん、いらっしゃい。」

母親もうれしそう。

でもノッコと風太は、久しぶりに会ったおじいちゃんとおばあちゃんの前で緊張してしまったのか、常に二人を避けて姪と甥とばかりベタベタしていた。

その日成田空港に着いたのが3時半。

それから姪たちを迎えに行き渋滞にはまったので、実家に着いたのは6時近くだった。

母には6時ごろ着くと伝えてあったし、当然晩ごはんの準備をしてあるのだろうと思っていたら、まさかの

「さわちゃん、晩ごはんはどうする?」の一言。

「えー、準備してないのー?」

「うん、、外にでも食べに行こうかと思って。」

「今着いたばかりで、これからまた出かけるのはキツイなー。子供達もかなり疲れてるし。」

「じゃあ、何か買ってくる?」

母がそう言うと、姉が

「いいよ、じゃあ、これからコストコに行ってお寿司でも買ってくるよ。」

「えっ? コストコがこの近くにあるの?」

「うん、車で20分ぐらい。」

「じゃあ、私たちも連れて行って。子供達に大量のシリアルを買いたいと思ってたんだ。」

「いいよ。」

ということで、子供達を連れて私たちはコストコへ向かった。

コストコへ向かう前に実家の冷蔵庫に何があるのかチェックしてみると、みごとなまでに何も入っていなかった!

二人は一体どんな生活をしているのだろうと思うくらい家の中に食べ物が何もなく、私は本当に驚いてしまった。

結局コストコで大量のお寿司とシリアル、その他の食べ物を買い込み家に帰ってみんなでそれを食べた。

両親がその分のお金を全て出してくれたけれど、子連れで20時間もかけてアメリカから来たというのに、きっと疲れているだろうから何か用意しておこうと考えなかった母の気持ちが私には理解できなかった。

それとも歳をとりすぎて、そんなことをする気力もなかったのか。

ただ晩ごはんが遅くなったことで、逆によかったなと思うこともあった。

それは子供達がお布団に入る時間が遅くなったので、初日から割とすぐに時差ぼけが取れてしまったことだった。

ずっと夢見ていた「ママと3人でお布団で寝る」という夢がようやく叶って、子供達はとってもうれしそうだった。

私も「ようやく着いたんだ」とう安堵感で、その晩はぐっすり眠ることができた。


つづく


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空港でのハプニング4

* これは昨日の記事の続きです。

セキュリティーチェックの場所に行くと、朝早いのに思っていたより列が長く、多くの人が自分達の順番を待っていた。

(ああ、ダメかも、、)

その列の長さを見て、一瞬そんな思いが頭をよぎった。

その時、横で一緒に走ってくれていた補習校のお父さんが、

「こういう時は、通常の列に並ばないであの警備員たちがいる特別口から入った方がいいですよ。」

そう教えてくれた。

「えっ、そうなんですか?」

「そう、そう、ほら、あそこでおしゃべりしている警備員たちがいますよね。あそこで訳を説明して入らせてもらうんですよ。」

「わかりました。」

そう言って子供達の手をひっぱり、その警備員のところへ行くと、

「ああ、国際便への乗り継ぎだね。いいよ、ここから入りな。」

そう言って私たちをすんなり通してくれた。

そのままベルトにバッグや靴を乗せて、セキュリティーを通した。

ゲートをくぐった反対側で自分たちのバッグのチェックが終わるのを待っている時、ふと自分と子供達のバックパックにお水が入っていたことを思い出した!

(それに風太の液体の薬もひっかかるかもしれない、、、。)

「ちょっとカバンを開けます。」

なんて言われて中身をチェックされたりしたら、時間をロスして搭乗に間に合わないかもしれない。

そんな私の心配をよそに、私たちのバックパックは問題なくセキュリティーチェックを通過してしまった!

ボトルのお水は三本とも、バックパックの横のポッケに入っていたというのに!

アメリカの空港のその適当さに、その時ほど感謝したことはなかった。

そのバッグ達をひったくるようにして肩に抱え、私たちはまたゲートに向かって走り出した。

けれどその前に一度振り返り、セキュリティーの入り口のところで心配そうに立っている例のお父さんに深々とお例のお辞儀をした。

そのお父さんは、ニコニコして私たちに手を振ってくれた。

その空港は割と大きい空港だったし、そのゲートはちょっと遠くにあったので、たいていの人はそこまで空港内のシャトルを利用する。

でもあんまり急いでいた私は、そんな電車が来るのを待つ時間さえも惜しいような気がして、とりあえずオートウォークを使ってゲートまで走り続けることにした。

「まだもうちょっと走るけど、二人とも大丈夫?」

「うん。」

ノッコがそう返事した。

風太はさすがに疲れた様子で、返事をしなかった。

今振り返ってもあの時の二人は、本当にすばらしかったと思う。

喉が渇いても、足が痛くても、荷物が重くても、何一つ文句を言わず、ただだまって私と走り続けた。

しかも幸いだったのは、二人とも足がとても速かったこと。

7歳のノッコは私と同じくらいのペースで走れたし、あんなに小さい風太もそんなに遅れずに付いてこれた。(ちなみに二人とも数週間前の運動会ではダントツの一位でした!)

そうやって一生懸命走って、あと三つ四つ先にゲートがあるというところまで来た時、何かにつまづいたのか風太が転んだ。

「ママ〜! 起きれないー!」

転んだ姿勢のまま風太がそう叫んだ。

一瞬風太のところまで戻って風太を抱えて走ろうかと考えたけれど、それより私だけでもゲートに辿り着いて、まだ飛行機のドアを閉めないようにお願いした方が得策だと思い直した。

「風太、ママすぐに戻ってくるから、そこにいて! ドアを閉めないでってお願いしたら戻ってくるから。」

そう言って走り出した私の後ろから、

「Mama!!!!! Don't leave me!!!! (ママ〜!ボクを置いていかないでー) と泣き叫ぶ風太の声が聞こえた。

この状況で置き去りにされることの不安がどんなものか、その時の風太の気持ちがとてもよく分かったので、「ノッコちゃん、ママ先に行ってゲートの人に飛行機のドアを閉めないでってお願いしてから絶対に戻ってくるから、だから風太と一緒にいてあげて。」

そうノッコに言い残して、全力で走り始めた。

すると驚いたことに風太はその後すっくと立ち上がって、ノッコと一緒に私に追いつこうと走り始めた。

ようやくゲートに着くと、カナダ航空の人たちは私たちを待っていたようで、「速く! 速く!」と私をうながした。

「今、、ハアハア、娘と、、息子が、、来るので、、どうか、、ドアを ハアハア、閉めないで、、。」

それだけ言うと、私はまた元来た道を戻ろうとした。

けれどノッコと風太はすでに10メートル先のところまで追いついていた。

本当にこの二人はすばらしい!

私は風太を抱きかかえ、もう走れないノッコの手を引きながらゲートまで歩いた。

そしてチケットを渡してから、雪崩れ込むようにして飛行機に乗った。

自分たちのシートを探して席に着いた時、あまりの安堵感にしばらく動けないほどだった。

まだしばらくは夢を見ているような気分だった。

でもだんだんと「自分たちは飛行機に乗れたんだ」という実感が湧いてくると、私は思わずギューっとノッコと風太を抱きしめた。

「本当に偉かったぞ、二人。本当に偉かった。二人が一生懸命走ってくれたお陰で飛行機に乗れたよ。本当にありがとう。ママこんなにうれしかったの、生まれて初めてだよ。」

そう言ってもう一度二人をハグした。



私たちが乗ってから数分して飛行機のドアが閉められた。

けれどドアが閉まる前に、例の中国人家族が乗って来ることはなかった。

(彼らのeTAは間に合わなかったんだ、、、。)

そう思うとあの状況で私たちがこうして飛行機に乗れたことは、ほとんど奇跡に近かったんだと改めて思えた。

そしてこの奇跡を可能にしてくれたのは、他でもないあの補習校で一緒のお父さんだった。

彼の手助けなしには、私たちの搭乗は絶対にあり得なかった。

あのお父さんにはどんなに感謝しても、とても感謝しきれない。

彼の奥さんとトロント空港で仲良しになり(ちなみに奥さんも、とーっても素敵な人だった!)、少し雑談をした時 彼が小児科のお医者さんだということが分かった。

(どうりであんなに落ち着いていられたんだ、、)

私は心の中でそう思った。

彼は仕事柄、子供が病気でパニクっているお母さんの対応をすることが多いのだろう。

だから彼の「大丈夫、落ち着いて。」という言葉には、やけに説得力があったんだ。

あのチェックインカウンターで偶然あのお父さんと一緒になったことは、私たちにとって本当にラッキーだったと思う。

(ちなみにこの奥さんが、事前にeTAを取得しておいたのは、彼女の友人が私と全く同じ経験をして乗り継ぎに失敗したからだそうです。)

これからカナダに旅行予定の方、もしくはカナダ経由でどこかに行かれる方、eTAの取得をどうかお忘れなく!

今回の私のような経験を、他の誰にもして欲しくないと願ってやまないさわこでした。


つづく




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空港でのハプニング3

*これは、昨日のお話のつづきです。

カナダ入国に必要なeTAの取得に失敗し、思いっきりパニクっていた私は、そのままカウンターに行き、

「今eTAの申請をしたんですが、認証されませんでした。どうしてだか分かりますか?入力の仕方が悪かったんでしょうか、それともただ単に私のクレジットカードが使えなかっただけでしょうか?」と訊いてみた。

とにかくカウンターの人と言葉をかわしていないと不安だったのだ。

「そんなこと、私にはわからないわ。」

と予想通りの冷たい答え。

「じゃあ、私はどうすればいいんでしょうか? どうか、お願いですからこの飛行機に乗せてください。」

私はすがるようにその女性に訊いた。

「残念だけど、私にできることは何もないのよ。これはカナダ入国に必要な書類で、この書類を申請して受理されていない人をチェックインさせることはできないの。そして、もうすぐチェックインのシステムを閉じないといけないわ。」

「じゃあ、この次のトロント行きの便に乗ることはできますか?」

「調べてみるからちょっと待ってて。」

カウンターにへばりつき涙目で交渉している私の肩を、その時トントンと叩く人がいた。

それは例の補習校で一緒のお父さんだった。

「次の便は探すのは後でもできるので、今はもう一度、一か八かで入力し直してみましょう。」

とても落ち着いた口調で彼はそう言った。

「大丈夫ですよ、落ち着いて。きっと乗れますから。」

そう言った彼の姿が、その時の私にはまるで神様に見えた。

「はい。」

そう言って私たちは、スマホを使って再度eTAのウェブサイトを開けた。

さっきと同じように、私はもう一度初めから情報を入力し始めた。

しばらくするとそのお父さんは、

「ちょっとすみません。家族を見送ってからまた戻ってきますので、それまで引き続き入力してもらえますか?」

そう言って、奥さんと子供達が立っているセキュリティーラインの方へ走って行った。

一人残された私は、わざと「フーッ」と大きく深呼吸してから、

「大丈夫さわこ。落ち着いて。」

そう自分自身に言い聞かせた。

そしてさっきよりゆっくり丁寧に、少しずつ情報を入力し始めた。

(これでまた認証されなかったら、もうこの飛行機には乗れない)

それが分かっていたので、全身が緊張でガチガチになっていた。

タイプする手は汗まみれ、喉はカラカラになりながら、それでも一生懸命一つ一つ入力をしていった。

待つことにすっかり飽きてしまった子供達は、「ママー、まだー?」と私の腕をグイッと引っ張ったり、背中に手を入れてコチョコチョしたりしたけれど、私はとにかく入力することだけに全神経を集中させて、項目を一つずつクリアーしていった。

その間あえて時計は一度も見ないようにした。

あと何分で飛行機が出発するのかを知ってしまうと、よけいに焦って失敗すると思ったから。

しばらくすると例のお父さんが戻ってきて、

「どうですか?」と訊いてきた。

「ああ、ありがとうございます。なんとか半分ぐらいは終わりました。」

「僕が子供達を見てますので、どうか落ち着いて入力に専念してください。」

「本当にありがとうございます。」

そう言いながら、私は質問の答えをひたすらタイプしていった。

その間、自分の周りの空間が白く静粛な気がした。

子供達の騒ぐ声も全然耳に入らず、自分が今どこにいるのかさえよく分からなかった。

その時の私には、今目の前にある画面と、それを入力する自分の姿しか存在していないような感じがしていた。

そうしてようやく情報を入力し終え、今度はさっきと違う国際的な銀行のクレジットカードを使うことにした。

そして「送る」を押して、祈るような気持ちでその答えを待った。

10秒ぐらいしてから、

「approved」の文字が目に入った。

「やったー!」

私が大声を出すと、

「eTAを発行しますっていうメールが来るから、それをカウンターで見せれば大丈夫ですよ。自分のメールをチェックしてみてください。」

例のお父さんがそう言った。

言われるままに自分のメールをチェックすると、

そのメールが来てた!

「来てたー! メールが来てます!」

私がそう叫ぶと、そのお父さんは私の電話をひったくり、それを持ってカウンターの方へ走って行った。

「彼女の申請が受理されました。ほら、証拠のメールも来ています。」

そう言って、そのメールをカウンターの人に見せた。

するとその女性は、

「そちらにメールがいっても、私の方のシステムに入ってこないと処理ができないのよ。今のところ彼女のeTAは、まだこちらに届いていないわ。こちらに届くのには5分から72時間かかるのよ。5分で届くかもしれないし、72時間かかるかもしれないの。とっくに申請が終わっているその家族(中国人家族のこと)のeTAもまだ届いていないから、あなたをチェックインさせてあげられる保証はどこにもないのよ。」と言った。

「そうなんですか?」

「大丈夫ですよ。きっと届くから。」

そのお父さんが、その時もそう言って私を元気付けてくれた。

(お願い!どうか、どうか届いて!)

目をギューっとつむって、祈るような気持ちでその5分間をひたすら待った。

そして一時間にも感じられた5分が過ぎた頃、そのカウンターの女性が「あっ!」という表情をした。

咄嗟に心の中で(来たんだ!)と思った。

そしてその女性は電話機を取り上げて、

「今から三人家族がそちらに行く予定ですが、大丈夫ですか?」というようなことを話していた。

(ああ、搭乗口の人たちと話してるんだ)と思ったら、もうチェックインできるのは確実になったような気がした。

その女性は手際よく手続きを終わらせ、スーツケースもチェックインしてから、

「あまり時間がないわ。とにかく走って!」

そう言って搭乗券を私に渡してくれた。

「ありがとう! 本当にありがとう!」

そう言って私は子供達をうながした。

「ノッコちゃん、風太くん、もうすぐ飛行機がでちゃうの。だから三人で走らなきゃいけないんだよ。これからセキュリティーを通るけど、ママの言うことを聞いて、スムーズにできるかな?」

「うん。」

いつもは反抗期真っ盛りのノッコも風太も、この時はさすがに私の緊張した様子に押されたのか、素直にそう返事した。

(セキュリティーさえクリアできれば、きっと乗れる。)

そう自分に言い聞かせ、私たちはセキュリティーチェックの場所めがけて全力で走り出した。


つづく



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空港でのハプニング2

* これは昨日の記事の続きです。

空港の外でヤキモキしながらシャトルを待っていると、ホテルに電話してから20分近く経ってようやくシャトルが入ってくるのが見えた。

(よかったぁ!)

シャトルを停めた運転手さんが、風太のバックパックを抱えて急いで車から降りてきた。

「本当にありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

そう繰り返して思いっきりはずんだチップを彼に渡した。

そのバックパックから風太の薬を自分のバックパックに移し、私たちは急いでまたカウンターに走った。

カウンターに着くと、さっきの中国人の家族がチェックインをしているところだった。そしてその後ろには2組の家族が並んでいた。

(よかった。列はそんなに長くない。)

そう思ってホッとしていると、私たちの前に並んでいた家族のお父さんが

「あらっ? 風太くんですよね?」と話しかけてきた。

「えっ? 風太をご存知なんですか?」

「はい、〇〇の日本語補習校で一緒ですよね。先週ぼく、ボランティアでランチのお手伝いをしたんですけど、風太君が上手に箸を使っていたのでよく覚えているんですよ。」

「そうだったんですか。」

風太は4月から日本語補習校に通い始めたけれど、私はまだクラスのお友達の顔も名前を覚えていなかったので、その人の娘さんが風太と同じクラスだということに気づかなかった。

「お名前は?」

私がその子に聞くと、

「〇〇、、、。」

すこし恥ずかしげにその子が名前を教えてくれた。

その子の他に小学生3年生の女の子とまだ生後数ヶ月の赤ちゃんがいた。

そのお父さんは仕事で帰国できないので、奥さんが一人で三人のお子さんを連れて一時帰国するのだと教えてくれた。

「大変ですねー。」

そんな話をしていると、前の方で何やらもめている声が聞こえてきた。

どうやら例の中国人家族が、何かの書類が足りないために飛行機に乗れないと言われているらしかった。

「でもウェブサイトにはこう書いてある!」そう言って、旦那さんはカウンターの人に食ってかかっていたけれど、「その書類がないとチェックインをすることはできないのよ。それは私にもどうすることもできないの。」と冷たく断られていた。

頭を抱えていた中国人の旦那さんは、急いでスマホで何かを調べ始めた。

その時、

「次の方!」と呼ばれて別の家族がチェックインを始めた。

その間私は、補習校で一緒のその家族と雑談を続けていた。

そしてその奥さんの順番が回ってきたので、奥さんはチェックインを始めた。

すると彼女の旦那さんが、

「そういえば、カナダに入る時にはeTAという書類が必要なんですが、もう提出しましたか?」と聞いてきた。

「ああ、それ、なんかカナダ航空のウェブサイトで見ました。でも、アメリカの永住権を持っていればいいって書いてあったような、、、。」

「あれっ? 違うと思いますよ。カナダの永住権を持っている人は必要ないけど、アメリカの永住権じゃだめだったと思います。」

「えっ、そうなんですか?」

「でもスマホで結構簡単に入力できるので、今、入力しますか? 手伝いますよ。」

「えっ、そうですか? じゃあ、、いいですか?」

そんな話をしているところへ、

「次の方!」という声がして、私の順番が来た。

とりあえずチェックインをしてみようとカウンターのところへ行き、

「今、友人にアメリカの永住権を持っている人もeTAが必要だと聞いたんですが本当ですか?」と訊いてみた。

「ちょっと調べてみるから、待ってて。」そう言ってその人はコンピューターを叩き始めた。

私は心の中で「どうか必要じゃないって言ってくれますように」と祈っていた。

けれどそんな願いも空しく、その女性は

「やっぱり必要ね。その書類がないとあなたをカナダに入国させる事はできないわよ。」と言った。

そして、

「次の人を呼ぶからちょっと横に移動してくれる?」と冷たく言った。

それらの言葉は、彼女が例の中国人の家族に言ったのと全く同じ言葉だった。

どうやらその中国人の家族も私同様eTAを提出していなかったらしい。

その中国人のお父さんは、すごく緊張した顔でスマホに情報を入力していた。

先ほどの風太のバックパック紛失で時間をロスした上に、またこんな事態に陥ってしまった私は少しパニクっていた。

けれどその補習校で一緒のお父さんが、

「じゃあ、入力しましょう」と言ってくれたので、自分のスマホを使って入力を始めた。

けれどいざそのフォームをオープンしてみると、パスポート番号から、住所や電話、日本での滞在先、職業、勤め先の住所など、質問が50個ぐらいあって、そんな短時間で全部の情報を入力するのは不可能のような気がした。

しかも最近生まれて初めてスマホという物を購入した私は、とにかくこの電話に慣れていなくて、入力がおぼつかなかった。

間違えたアルファベットを押しては何度も何度もやり直している私を見て、その補習校のお父さんは、

「私が入力しましょうか?」と申し出てくれた。

そして彼はカットや貼り付けを使ってパッ、パッと入力をしてくれた。

彼の奥さんと子供達はとっくにチェックインを済ませていたので、セキュリティーラインの入り口のところで彼が見送ってくれるのをずっと待っていた。

「もう行かなきゃですよね。すみません。すみません!」

そう何度も謝りながら、どうしても「あとは自分でやるので大丈夫です」という言葉が言えない自分が恨めしかった。

でもここで彼に行かれてしまったら、私たちは絶対にこの飛行機に乗れないような気がして怖かったのだ。

この時はもうこのお父さんにすがるしかないような気持ちで、とにかく必死で入力をし続けた。

そして自分の情報を全て入力し終え、クレジットカードの情報を入力して、ようやく「送る」のボタンを押した。

すると私の目に飛び込んできたのは、まさかの

「decline (認証できません)」の文字だった!

呆然とした。

「どうして? どうしてダメだったんですか?」

混乱した頭で私がそのお父さんに聞くと、その人もビックリした様子で

「分かりません。私が妻の分をやった時は全く問題なかったので、、」と言った。

その時カウンターの方から、

「チェックインの時間が終わります。」という声が聞こえてきた。

(もしかして、、日本に行けないかも)

そんな思いが現実的なものになったようで、私はその場で泣き出したい気持ちになった。

つづく



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さわこ

Author:さわこ
在米のさわこです。売春、ドラッグ、破談などの障害を越えてようやく家へきたノッコと風太の養子縁組のお話を綴っていきます。

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